著/薊野佑子

 ある豊かで平和な国に、白いお城がありました。お城には良く陽のあたるふたつの塔があって、そこにはそれぞれお姫様が住んでいました。このお話はその国の二番目のお姫様、ミナワ姫のお話です。

 ある日、ミナワ姫は王様に鸚鵡(おうむ)が欲しいとねだりました。王様は可愛いミナワ姫にすぐに鸚鵡を買ってくださいました。ビリジャン色の羽で、頬がレモンイエローの美しい鸚鵡です。けれど姫はとくに喜びはしません。いつだって王様におねだりをすれば、何でも手に入るのが当たり前だからです。王様にお礼も言いません。だって、いつもの事ですから。

 鸚鵡は銀の鳥籠(とりかご)に入れられて、セルリアンブルーの旗のついたミナワ姫の塔に運ばれました。塔には十二の大きな部屋があり、鸚鵡にそのうちの一つの部屋が用意されました。

 鸚鵡はとても人になれていて、すっかりこの待遇が気に入ったようでした。「おはよう」とか「おやすみ」とか元気な声で繰り返します。そして、歌をひとつ覚えていました。


   昼には金のお日さまが

   夜には銀のお月さま

   照らしてくれて ありがとう

   照らしてくれて ありがとう

 その歌は、それほど上手ではないのですが、言葉ははっきりと聞き取れました。ミナワ姫はたいそうその歌が気に入りましたので、毎日鸚鵡を籠から出して歌わせました。

 ところで、鸚鵡の世話はミナワ姫の召使いたちがします。本当は、姫は自分で向日葵(ひまわり)の種や水を鸚鵡に与えたかったのですが、召使いの仕事を取り上げては行けないので、それはできません。


 そのうち、ミナワ姫は鸚鵡にあきてきてしまいました。鸚鵡を嫌いになったわけではないのですが、いつでも遊べる鸚鵡といつも遊ぶことはありません。

 姫はふと思い立って再び鸚鵡と遊びにやって来ました。鸚鵡は籠から外に出ず、甘い果物や向日葵の種をたっぷり食べていたのですっかり太っていました。姫が遊びに行かないので、召使いにうんと時間をかけて磨かれた銀の鳥籠もぴかぴかです。それを見たミナワ姫は急に機嫌を損ねてしまいました。

「わたしが来ないほうが楽しそうね。」

 鸚鵡は人間の言葉がわかるわけではありませんから、ちょっと首をかしげて「オハヨウ」と言っただけでした。

「わたしの鸚鵡なのに、わたしが居ないほうがいいの?」

 鸚鵡は伸びをするように翼を広げて、内側にある鮮やかな七色の羽を見せました。そののんびりした様子にミナワ姫はむっとして言いました。

「そんなに籠の中の居心地がいいのなら、ずっとそこにいればいいわ。」

 それから姫は、また一ヶ月ほど鸚鵡に会いに来ませんでした。けれどミナワ姫が鸚鵡をほったらかしにしても、召使いたちは変わらず鸚鵡の世話をします。姫は鸚鵡が元気なのがくやしくてたまりません。姫は本当は鸚鵡が大好きで、鸚鵡にも自分を好きになって欲しかったのです。だから、元気な鸚鵡を見ると、ほったらかしなのは自分のほうだと思いました。ミナワ姫は寂しがり屋なのです。

 ある日ミナワ姫は、とうとう我慢できずに言いました。

「わたしが可愛がらないのに、どうしてわたしの鸚鵡は元気なの?!もう誰もわたしの鸚鵡に近づかないで!わたしのなんだから!」

 ミナワ姫は召使いに命じて、美味しい果物はぜんぶジャムにしてしまいました。向日葵の種は、ぜんぶパンに入れて焼いてしまいました。鸚鵡は餌をもらえず、だんだん痩せ細っていきます。

   昼には金のお日さまが

   夜には銀のお月さま

   照らしてくれて ありがとう

   照らしてくれて ありがとう

 おなかをすかせていても、それでも鸚鵡は歌います。鸚鵡が歌うのを聞くと、ミナワ姫は悲しくなります。

「もう籠から出してあげない。食べる物もあげない。そう言ってるのに、おまえはまた『ありがとう』なんて歌うんだね。」

 ミナワ姫は、その日少し優しい気持ちになって、初めて自分で鸚鵡に餌をやりました。すると鸚鵡は嬉しそうにいつもの歌を姫に歌って聞かせました。ミナワ姫は最後の節を聞いては、まるで自分がお礼を言われているようで、なんだか鸚鵡に意地悪をしたことが恥ずかしくなりました。


 その日の夜のことです。白いお城はしんとして、冷え込みはじめました。大理石の柱は、寒さにぴんと張りつめています。ミナワ姫の塔にも、冷たい空気がはい上がってきて、セルリアンブルーの旗を震わせました。空の三日月もすっかり凍えて、まるで氷でできているようです。

 ミナワ姫は夢を見ました。大きく曲がったくちばしを持つ、真っ黒い鳥の夢です。長くて大きな翼をうならせながら悠々とはばたいて飛んでいるのを、姫は塔の飾り窓から見ていました。その鳥はこちらへ向かってくるようです。ミナワ姫は怖くなって窓から離れました。


 次の日の朝、ミナワ姫は一番に鸚鵡に会いに行きました。なぜか嫌な予感がしていたのです。

「おはよう」

 鸚鵡は返事をしません。銀の鳥籠の中で静かにうずくまっています。

「おはよう、おはよう」

 ミナワ姫は、まるで自分が鸚鵡になったように、何度も何度も呼びかけました。けれど鸚鵡は答えません。ビリジャン色の一塊になって、昨日の夜のように、冷たく硬くなっているのです。姫は「やっぱり」と思いました。夕べの夢の黒い鳥は、鸚鵡を迎えに来た、鳥の死神だったのでしょうか。ミナワ姫は、突然喉がふさがったようになり、涙があふれ出しました。

 召使いの誰かが言いました。

「鳥は寒さが苦手なんです。それに少し、弱っていましたから…。」

 ミナワ姫はそれを聞くと、よけい激しく泣きました。胸をつまらせて、むせるように泣きました。

「弱って…なかった…ら…?」

 とぎれとぎれの姫の言葉に、召使いは答えました。

「わかりません。さっきも申し上げた通り、鳥は寒さに弱いんです。」

 その時、冷え冷えとしたグレイの空から、真っ白の雪が降ってきて、白いお城の上へそっと確かな重みを築いていきました。


 幾日も過ぎました。鸚鵡は、お城の庭の立派なお墓の下に眠っています。ミナワ姫は、疲れて体が弱るほど泣きました。それでも泣きやんでから、いくらか元気になりました。そして、前より少し優しくなりました。

 今になって思うのです。

 もしあの鸚鵡が、あの歌を歌わなかったら、わたしはあの鳥に餌をやらずに殺しても、きっとなんとも思わなかった。そして、「鳥を失って、可哀想なわたし。」とサラサラした涙を流したでしょう。それから名残を惜しんで、骸が骨になってしまうまで、銀の籠を窓辺に吊るしていたかもしれません。

 ミナワ姫は鸚鵡を弔って歌います。

   昼には金のお日さまが

   夜には銀のお月さま

   照らしてくれて ありがとう

   照らしてくれて ありがとう

 わたしがもっと、「ありがとう」が上手だったら…

おしまい

おはなし・音楽 / 薊野佑子    最後まで読んでくれて、ありがとう。

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