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パンチ?(ワールドカップ3) '02.06.16


 某くだらな随想サイトや某雑文日記サイトで、『ワールドカップが始まって途端につまらなくなったサイトが増えた』みたいな 事が書かれていたが、この意味は『ワールドカップが始まるまでは面白いサイトだったのに』も含むのだから、本サイトは 関係ないかなと。
 どうでも良いが、『華麗なテクニックを誇る』または『に頼る』のは南米のサッカースタイルであって、ヨーロッパサッカーの基本は あくまで組織プレイ、戦術重視じゃないかと。そう言う意味で、今の日本代表戦。私は嫌いじゃありません。フォワードに突出した 選手が居ないこと以外ヨーロッパに似た戦い振りだし、戸田のレッドカード一直線なパンチ?の効いたプレイにもポリシー感じます。

 それと性懲りもなく、また『イングランド−イギリス』について会社で聞かれたので書いときます。(別にここに書いても全く意味は 無いのだが)
 イギリス人を掴まえて、『君、出身は?』って聞けば多分『イギリス』って答える人はいないと思われます。良くて『U.K.』普通は 『イングランド』or『スコットランド』or『アイルランド』or『ウェールズ』のはずです。実際に聞いたこと無いからほんとかどうか 知らんけど。
 イギリスの正式名称は『北部アイルランド及びグレートブリテン連合王国』であり、『U.K.』とはつまり『連合王国→ユナイテッド・ キングダム』の事で、まあぶっちゃけた話、イギリスも解体前のソ連同様一つの民族の国じゃ無いんですよ。そんでも普通なら 一つの国家から代表は一つしか認められないのでしょうが、何しろイギリスはサッカー発祥の地ですから各民族ごとの代表参加を ごり押ししてるだけの話です。ちなみに日本じゃ北のアイヌ人や伊豆諸島先端のアメリカ系や沖縄や他にもあるのか?の事は、 多数決理論で無視しちゃってるので気が付きにくいですが、やっぱり民族間の仲は非常に悪いみたいだね、日本同様。

 えっ?日本同様って所の意味が判らないって?それじゃあんた、自分より弱い国のテロ行為に対して自分たちだけの価値観の正義 の下に殺人行為を繰り返してるどっかの国とおんなじですよ。それだったら食べる為に人殺しを請け負うヒットマンの方がよっぽど マシだと思うんだけどな〜。

 毎度の事ですけど、ワールドカップ見てると、フェアプレイってのは所謂教科書レベルのサッカーなんだな〜って事がつくづく 思い知らされますね。一流選手に成るための条件の一つに『審判にばれないように反則をする技術』ってのは必須だと思われます。 その最たる例が、メキシコ大会(だったよな)のマラドーナの『神の手』。あん時は見ていて「おいおいおい」って思ったけど、 その直後にあの5人抜きを見せられて何も言えなくなりました。あの後リネカーもプラティニもルンメニゲも普通の選手に見えちゃった もの。でもこの5人抜きはゴールまで行ったから有名だけど、西ドイツ戦では6人抜きもあったんだよな。

 とにかく服は掴むし、エルボー入れるし、ど突きあってるし、そのくせ普通のショルダーチャージで大げさに倒れて ファール貰ってるしで、何が正しいプレイなのかがよく判らなくなって来ます。けど、得点に繋がればそれが正しい プレイだと言えるでしょう。そんな訳で、戸田選手。次も見つからないように上手くパンチの効いたプレイをやって下さい。 応援してます。



ベッカムになろう(ワールドカップ2) '02.06.10


 昨日の日本の勝利で、どこもかしこもこの話題だとは思うけれど、やっぱり私も書いちゃおう。何せ一億 総にわかサッカー評論家のこのご時世。時には流れに身をまかせるのも一興かなと。

 私も西崎達史さんの日記同様、ロシア戦も引き分けだと思っていたので、とにかく嬉しい。あれ? 西崎さん、ベルギー-チュニジア戦の予想も外してるよ。これも私もだけど。

 それにしても、全く面識の無い人の事をこんな風に書いて良いの だろうか?えっ?良いわけ無いって?そんな、怒っちゃいやん。いやん西崎さん、そこはぶたないで〜、ぶつならここにして〜ん。 でも優しくしてね。Mじゃないから。でもまあ、こんなサイト彼は見てないだろうから大丈夫だろう。

 ここら辺が田舎だからか、それとも日本全国そうなのか、町を歩くとそこら中にベッカムがいる。君もベッカム、彼もベッカム、 おっとこんな所にもベッカムである。しかし、格好でしか個性を現せないのはヘタレの象徴だと30うん年も信じて生きて来た私ですら あと15年若かったらやっぱりベッカムに成っていただろう。痺れるほど格好いいです。あの頭。でもどうせ真似するなら戸田の ヘアースタイルにすれば良いのに…とは思わないわな、やっぱり。あの頭を見ると私の年代では、
「…パン食う?」
と呟くしかないものな。リフをもっと前面に押し出してくれないと印象に残らないんですよ。おぢさん的には。

 ベッカムのプレーを見てると何であんな体勢からあの正確なクロスがあげられるのか不思議です。スローで見ても足首が変な風に曲がって る様に見えます。そうか、骨折したから角度が良くなったのか、と思ったけれど、彼は以前からああだったから違うしな。きっと 彼は直立不動の体勢をとると膝から下が90度曲がっているのでしょう。いや、そうとしか思えん。

 MFには攻撃のスタイルとして、3つのタイプがあります。一つはゲームメーカータイプ。中田ヒデなんかそうですよね。次が アタッカータイプ。稲本みたいに二列目から飛び出して自ら点を取りに行くタイプ。そして最後がサイドアタッカータイプ。ベッカムは これです。サイドを鋭く切り込んでいって、中央へ正確なクロスを上げます。日本では市川が一番近いかな?けれどもベッカムほど クロスは正確じゃないですよね。
 私はあくまで個人的に思うんですけど、代表を外れた中村(俊)って、実はベッカムタイプが良いんじゃないかなと。彼は中央で のゲームメーカータイプたらんとしているようですけど、彼の技量、プレースタイル、それとキックの正確さ、 どれをとってもベッカムに引けを取らないと思うんですよね。だからその方が向いているんじゃないかなと、何よりあの正確な キックは他の誰も真似が出来ません。彼の技量はまさにサイドアタッカーで最大限に生きると思うんですよ。あくまで個人的な感想 ですけど、彼はベッカムになれると思います。ベッカムとの唯一の違いは、ベッカムは膝から下でクロスを上げるけど、中村は腰で 上げること位かな。あと、報復プレーでレッドカードをもらえるようになれば完璧です。

 それと、どうでもいいことですが、今回のワールドカップが始まってからかれこれ10人くらいの人に
「何でイギリスって言わないで、イングランドって言ってるの?」
と聞かれました。頼みますからもう少し勉強して下さいよ、じゃないとIRAに殺されちゃうよ?

 最後に、これもあくまで個人的な感想ですが、今の全日本って稲本をFWにした方が良いような気がしません? ボランチは戸田と服部でしっかり守ってもらって、彼にゴール前で活躍してもらう。何だかその方が勝てそうに思うのは素人の 私だけの浅はかな考えでしょうか?稲本FW説、私は強く主張したいんですけどね。

 ところでベッカムってどうして試合の時はいつも長袖なんだろう?



ワールドカップ '02.06.05


 何だか月並みな題名だが、内容が月並み(以下?)になるに違いないのでこういう題も有りかなと。

 皆様、今回のワールドカップシーズンを如何お過ごしでしょうか?私はと言えば、どうしてもバティーがハルク・ホーガンに 見えてしまう今日この頃です。ちなみに、今日は日本の初戦。仕事で重大クレームを抱えている真っ最中にも関わらず、ぶっちして 早上がりしてきたのも私です。首になったらバイロム社に抗議しようかと思ってます。あんなの会社じゃないね。

 それにしてもトッティー(は特にだが、イタリアのユニフォーム)ってピチピチでとっても素敵です。私はトッティーが 胸トラする度に、北斗の拳状態になるんじゃないかと気が気ではありませんでした。余程鍛えているのか、女性の気をひくために ピチピチなのかと思っていたら、違うらしいですね。競り合いの時に服を掴まれにくい様に、また掴まえられると目立つように ピチピチなんだそうで、確かにそれは名案かも。でもやっぱりピチピチのムチムチで、私は気になってしょうがないです。

 何だか何が言いたかったのか自分でも解りません。これ以上書いてもろくな方向に行きそうにないので、今日は ここらでやめておきましょう。けれど何はともあれ、私はベルギーには負けると思っていたので勝ち点取れて とっても嬉しい!そして韓国も初勝利!嬉しいですけど、一寸くやしい。



百段坂の木の下で '02.05.30


 放課後の昇降口

 空模様を気にするのも忘れて

 落ちてははじける雨を一人眺めていると

 肩越しに差し出された青い傘

 そこに君がいた



 坂の上に僕らの高校はあった。あの夏の空の下、振り向くと小田原の街並みの向こうに見えたのは御幸ヶ浜。 三原山の噴煙もよく見えた。

 その坂は『百段坂』と呼ばれていたが、実際には階段になっていた。何故『百段階段』でなく『坂』だったのか? そもそも数えると百三だか六段だかだった。舗装される前は百段丁度だったと聞いた事があるがあやしいものだ。駅から歩いて来て、 坂の下まで来ると気合いを入れ直す。それまでも十分に昇り道だが、最後にこの百段が待っている。まったく誰だよ?こんな所に 高校創った奴は?

 坂を上ると左手には樫の林に埋もれた高校、右手には八面位のクレーのテニスコートがあった。テニスには全く興味は無かったが、 女生徒のスコート姿を興味なく通り過ぎるのは当時も今も不可能だ。

 ちなみに僕は、足は速い方ではなかったが、この坂を駆け下りるスピードだけは陸上部の友達よりも速かった。スピードに対する 恐怖感が人並み外れて鈍かったようだ。今、重力加速度の大きさを気にした貴方は反則金\100,000及び減点7です。今日中に僕の口座に 振り込むように。

 あの夏の日、僕は夏休みだというのに英語の先生に個人補習を喰らっていた。かったるい5文型云々の講義の後、理系希望の 僕に向かって何故だか「君は哲学科に進みなさい、いや進むべきだ」との説教を長々と頂戴し、うんざりしながら校舎を出ると 雨が降り始めていた。もちろん傘など持っていない。ついていない時はこんなものだ。当時カバン代わりに使っていた紙袋を 雨よけにして、僕は小走りに駆けだした。樫の木に見え隠れする校門を抜けると目の前にスコート姿の女子高生がずらっと 並んでいた。この日は丁度小田原地区高校の女子テニス大会があったらしい。ところが途中からあいにくのこの雨だ。 彼女らはコートの端、唯一雨よけになる屋根のついたスタンドの下、丁度道路に面した位置に並ぶようにして雨宿りしていたのだ。 別に注目を集める様な人間ではないが、やはりどこか気恥ずかしい。一方の彼女たちも手持ちぶたさに空を見上げていた所、不意に 現れた僕に多少の感心を示していた。もっともこの時点ではそれ以上の何物でも無かったのだが…。 ただ、持っていた紙袋が上杉達也(タッチ)の図柄だったのが今思うと情けない。

 雨がまだ小降りだったのを幸いに、僕は駅まで一気に駈け下ろうとしていた。ところが『百段坂』に差し掛かったところで 雨が急に本格的に降り出した。このままではいくら何でも紙袋ではずぶ濡れになる。僕は坂の途中にせり出していた木の下まで 駈け降りて、ひとまずそこで雨宿りをすることにした。

 「さて…どうしたものか…」

 雨足は強くなる一方だ。こんな申し訳程度の木の下では、いずれずぶ濡れになることは目に見えている。駅まで行くにはちと 遠い。最良の策は学校まで引き返しての雨宿りであるが、もう一度あの女子スコート軍団の前を駈け抜けるのは、僕のプライドが 許さなかった。一体何のための何に対する何のプライドだったのか、今思うと眩暈がしてくるのだが、多分軍団だった所とそれ以上に スコート姿だった所が極めて重要だったのだろう。ふがふが。

 2~3分そうしていただろうか…ふと見えて来たのは青い傘だった。坂の下に見えたその影は、ゆっくりと、まるで雨の中、漂う様に 僕に近づいて来た。

 「誰だろう…?」

 俯瞰の位置の僕からは、その青い傘と僅かばかりの足下しか見えない。足下の制服から、同じ高校の女生徒だという事は判る。 一方の彼女の方も、まだ僕には気が付いていないようだった。左右に揺れる青い傘、そのリズムはどこか楽しげで、雨に濡れた 百段坂に、そこだけがパステル色に染まっていた。

 ふと青い傘の動きが止まる。僕の足が見えたのだろう、ゆっくりと顔を上げたのは同じクラスの浅倉さんだった。

 「………」

 「………」

 「…お困りですか?」

 「…うん、かなり…」

 「………」

 「………」

 「…じゃ〜助けてあげましょうか」

 「悪い、サンキュ!」

 不思議と抵抗は無かった。照れくさくなかったと言えば嘘になるが、もともと浅倉さんは仲の良い女の子だったし、 当時は相合い傘などつき合っているカップル以外に考えられなかったが、幸い今日は夏休みだ。クラスの誰かに見られるという事も 無いだろう…確かにクラスの誰にも見られはしなかったけどね。

 「う〜〜!!」

 「ヒュ〜ヒュー!!」

 迂闊と言えば迂闊であった。百段坂のその上にはあのスコート軍団が待っていたではないか!しかも強まる雨足に、 スタンドに入りきらなかったとおぼしき別スコート軍団が、道の反対側、生い茂る樫の林の下に雨宿を求めて、これまたずらっと 並んで立っていた。よって浅倉さんと僕は、両脇がスコート軍団で埋め尽くされたその道をまるで行進の如く相合い傘で歩く羽目に なってしまったのだ。彼女たちからやんやの喝采が挙がる。何故か拍手しているスコートもいた。

 「てれちゃうね」

 浅倉さんは背は低かったが、肝っ玉は座っているようだった。そんな台詞を僕に言う余裕さえあったのだから。 僕はと言えば、背が高いのを良いことに必死に傘で顔を隠していた。けれども浅倉さんは彼女らから丸見えだった。 けれどもにこにこしながら僕に向かってそう言っていた。僕は、校門までの約20mが永遠に続くかと思う程にへこんでいた。

 3年程前の夏に、僕は再び百段坂を歩いていた。振り返ると、小田原の街並みの向こう、海と空の青い境目に、白い雲が あの日と同じ色で見えていた。けれども坂の途中、雨宿りをしたあの木は今はもう無い。



レンゲ草の想い出 '02.04.20


 レンゲ草を見ると想い出す風景があります

 あの日から止まったままの時間の中

 無邪気に走り回っている

 幼い僕と君の、影の無い一枚の風景です



 この季節になり、田んぼ一面に咲き乱れるホウレンソウ…じゃなかった、レンゲ草を見ると想い出す一人の女の子がいる。 僕の中で、その子はイコールレンゲ草であり、レンゲ草はイコールその子のイメージなのだ。どちらがイメージの源なのか よく判らない。ただ、その子とレンゲ草、どちらを先にイメージしても、必ずもう一方に結びつく。言ってみれば、オンドリが先か メンドリが先かを考える様なものだ…って、それじゃ両方とも既にニワトリだってばさ。

 『おぐら』という名字と、つんとすました顔を良く覚えている。幼稚園が一緒だった。多分その時にレンゲ草の首飾りを作って くれたのだろう。首に掛けていないと泣いて怒った、少し気の強い女の子だった。

 僕が通っていたのは仏教系の私立幼稚園だった。だから学区と言う概念が無く、通園バスを利用して少し遠方から通う子も 大勢いた。僕は地元組だったが、『おぐら』さんはそんな子の一人だった。当然小学校の学区は違ってくる。卒園すると会うことは 無くなった。

 幼稚園の時、彼女を好きだという気持は確かに無かったと思う。僕は当時、野中先生に夢中だったのだ。けれど不思議な事に 会えなくなって、彼女の事をよく想い出した。春になり、レンゲ草を見ると僕の心はざわめいた。

 一度だけ、小学校3年の時に彼女に逢いに行ったことがある。偶然、僕らと同じ幼稚園に通い、彼女と同じ小学校へ通っていた 高梨君に会ったからだ。幼稚園時代の話をしながら、僕は自分でもよく判らないが彼女に逢いたいんだと高梨君に言った。すると 高梨君は『じゃ〜次の日曜日に逢いに行こう、家は多分判る』と言ったのだ。僕はドキドキしながら日曜日を待った。
 彼等の最寄りの駅に着くと高梨君が待っていた。それから二人で彼女の家へと歩き出した。

 ずいぶんと歩いた事はよく覚えている。けれども僕は彼女に会えなかった。ああは言ったが、高梨君は彼女の家を知らなかったのだ。 多分ここだと言ってインターホンを押した家の人は、そんな子は家にいないと言った。けれども僕には家の人が出てくる前から 結果は判っていた。だって高梨君、表札の名字違ったよ?そんな事を5軒位繰り返し、そうこうする内に僕はもう帰らなくてはいけない 時間になっていた。高梨君はすまなそうな顔をしていたが、彼を責める気は僕には無かった。だって彼も僕の為に一日中歩き通し だったのだから。

 それから8年経ったある日、高校へ向かう電車の中で僕はある事に気が付いた。いつも僕が乗る電車、乗る車両、乗るドアの場所の 目の前の位置に、ある時期を境にいつも決まって同じ一人の女子高生が必ず立っているのだ。僕は大体ドア横の手すりにもたれかかりながら 本を読んでいる事が多かったのだが、いつの頃からか、ふと顔を上げるとどことなく懐かしい横顔がそこにあったのだ。その顔はつんと すましていて、けれども僕の自意識が過剰でないならば、明らかにこちらを少し意識していた。
 最初はあまり気にしていなかった。電車に乗る位置って大体みんな決まっているものだ。そこが彼女の最新の定位置なのだろう位に しか思っていなかった。けれどやっぱりその横顔はどこか懐かしい、何となく意識し始めた僕の脳裏にレンゲ草のイメージがわき上がっ てきた。

 果たしてあれが彼女であったのかどうか、事実は知らない。けれども僕は確信できる。あれは間違いなく彼女だった。 そう気が付いてから、何度も声を掛けようと思った。けれど、彼女だと気が付くまでの時間が僕にとっては長すぎた。タイミングって あると思う。一度逃したそれを再び引き寄せるには当時の僕はあまりにも不器用だったのだ。

 レンゲ草を見ると想い出す風景、6才から止まったままのすまし顔の君の横に、17才の君のつんとすました、それでいて 少し淋しげな横顔が今も並んでいる。



あれは恋だった '02.04.08


 ……顔を上げると

 いつもそこには君の瞳があった

 14才の授業中

 僕は

 ノートよりも黒板よりも長い時間

 その黒く澄んだ瞳ばかり

 見つめていた様な気がする……



 あの時、14才だった僕が見つめていたものは、一体何だったのか。純粋という言葉の意味も知らず、未来を空想する力も、 想いに対する後ろめたさも無く、ただ君を見つめる事に強い意味があるのだと信じていた僕が見つめ続けていたものは。

 言葉にする事が簡単な人もいれば、言葉にしない事が簡単な人もいる。それはつまり勇気の問題だと人は言うけれど、 恋ってそんな簡単なものじゃない。だって言葉に出来ないくらい苦しくて、切なくて、もどかしくて、それでいて思い出すと笑っちゃう 位独りよがりな想いだからこそ、それが恋なんだと思うから。

 「ファーストキスはレモンの味」

 誰だ?こんな無責任な嘘を広めた奴は?当時の僕は雑誌で見たこの台詞の真偽をどうしても知りたかった。けれど確かめるには 実践が必要だ。しかしすぐ実践できるくらいなら初めから悩む必要はない。しょうがないから梶井基次郎の「檸檬」を買ってきて読んだりしてみたが、 まるで見当違いの努力であった。大体ちょっと考えれば判るだろうに、キスして檸檬の味がするのなら、僕自身いつも口の中が檸檬臭く なくてはならない。い、いやそれとも女の子の口の中が檸檬臭いのか?ん?雑誌では女の子の体験として書かれていたぞ?なんだやっぱり 男性の口の中が檸檬臭いのだ。けれど少なくとも自分の口は檸檬臭くない。僕が異常なのか?他の野郎の口は檸檬臭いのか? 真相は知りたいが、野郎とキスする趣味は僕にはない。う〜ん、困った。こんな事を真剣に考えていた14才の僕が愛おしくも情けない。

 当時僕はいつも鞄の中に檸檬味のアメを携帯していた。だってもしファーストキスをした時に

 「津村君のキスって檸檬の味がしない!ひどいわ!私のファーストキスを返して!!」

 なんて訴えられたら困るではないか。だからキスしそうな場面になったら素早くアメを口に放り込む。あくまで気付かれないように さり気なくだ。そうすれば完璧、僕のキスは檸檬の味、当時気づかれないようにアメを口に入れる練習までしていた僕はやっぱりバカ かもしれない。

 思い出すだに我ながら情けない記憶ばかりだが、何故か悪い気はちっともしない。独りよがりと言われても、気持ち悪い奴だと言われても、 あんなひたむきな僕がいた事を誇りにさえ思う。あの時、14才だった僕が見つめていたもの。それはそんな想い、あれは恋だった。



後ろめたくもほろ苦く '02.03.26


 後ろめたくもほろ苦い想い出というものがある。

 当時中学生だった僕は、文通というものをやっていた。今から20年も前の話だ。メールはおろか、インターネットも無い時代。 文通は遠距離で暮らす見知らぬ二人の唯一と言ってよいコミュニケーション手段だったのだ。 相手の苗字はもう忘れてしまったが、名前は晴美さん。確か石川県に住んでいたと思う。

 この文通の事は、実はここで初めて公(おおやけ)にする。当時硬派を気取っていた僕の最大にして最強の隠し事だった。恐らく家族以外の誰に も話したことは無い。周りでは交換日記というものが流行っていたが、硬派な男はそんなことはしない。隠れてこっそりと文通なのだ。

 きっかけは誤解からだった。雑誌を何気なく眺めていたら、ふと一人の女性の笑顔が目にとまった。すごく楽しそうな、見ている こっちがにこにこしてしまう様な笑顔だった。どこかの見知らぬ中学、部活動の一コマ。周りのみんなはひどくはにかんでいる。 けれど、中学生ってそういうものだ。カメラを向けられると、素直になんかなれない。おどけたり、とまどったり、視線をずらしたり、にらみ付けたり、 かしこまったり、はにかんだり。最近ではテレビのコマーシャルで挑戦的な目線をカメラに向ける20前後のタレントを見かけたりも するが、あれもこの延長線なのだろう。いい年して中学生を引きずってる様が滑稽にしか見えないのは僕だけだろうか?

 けれども彼女のそれは不自然なくらいに自然だった。その自然に僕は引きつけられた。当時の僕には出来得ない笑顔だと思った。 ふと見ると、「彼女たちに手紙を出そう」とページの端に書いてある。引きつけられたそのままに、僕は手紙を書いた。軽いファンレター 位の気持ちだった。
 しばらくすると、彼女から手紙が来た。見ると「文通O.K」ですと書いてある。意味が判らなかったが、雑誌を引っぱり出してよくよく 見ると、それは文通相手募集のコーナーだった。こうして僕たちの文通は始まった。

 何を書いたかなんて覚えちゃいない。とにかく楽しかった記憶があるだけだ。一度も会ったことが無いペンフレンド、時折届く 文面から全てを推し量るしか術(すべ)はない。そんなミステリアスさに痺れてもいた。それは恋と呼ぶにもあまりに幼いやりとりだった けれど、当時の僕には絶望的だった二人の間の距離さえも輝いているようだった。今でも北陸の地名を聞くとセンチメンタリズム にひたれる僕がいるのはその為だ。眉村卓の「まぼろしのペンフレンド」を何十回も読んだのもきっとこのせいだ。

 ある時彼女からの手紙に写真が入っていた。やっぱり彼女は笑顔だった。それもとびっきりの。僕はその写真をこっそりと定期入れに 入れていた。ちなみに僕は当時電車通学では無かったし、定期も持っていなかったし、定期入れもそれまで持ってはいなかった。

 その手紙を貰った直後、ちょっと僕の周りでごたごたが起こった。少しブルーになっていた僕はしばらく彼女に手紙を書く気分 では無くなっていた。それで彼女に短い手紙を書いた。「ちょっと手紙が書けません。しばらくしたら僕の方から手紙を出します」と。 そしてそれが僕らの最後の手紙になった。

 今考えれば彼女に非道いことをしたと思う。そんな気はまるで無かったが、写真を貰ってその写真の彼女が気に入らなくて 手紙を出すのをやめてしまった風にしか彼女は受け取っらなかっただろう。僕のごたごたは思ったより長引いた。それが収まった時、 時間はあまりにも経ちすぎていた。言い訳にしかならないけれど、過ぎた時間の長さに僕が感じたのは戸惑いだけだった。 何だかばつが悪かった。それでも手紙は出せただろう。少なくとも今の僕だったら間違いなく書く。けれども15歳の僕は出さなかった。 それはつまり、彼女の笑顔を初めて見たときに僕が引きつけられた理由であり、当時の僕には出来得ない笑顔だと感じた理由でも あるのだろう。

 北陸の地名を聞くと、今でも僕は少しセンチな気分になる。それは少し後ろめたくて、そしてほろ苦い15歳の香りがするからだ。



ポエティックジョーク '02.03.25


 若気のイタチ終了に伴い、こんな所を立ち上げてみた。けれど内容は大して変わらないかも知れない。だって名前が気に入らなかっ たんだもの、「若気のイタチ」。

 自分で付けといて何だが、何でこんな名前にしたんだろ?不思議だ。3秒で付けたのだけは覚えているが。
 そんな訳で、今回は 考えてから題名を付けてみた。それで出てきたのが「ポエティックジョーク」。いいんだか、悪いんだかまだよく判らん。 けどまあこんなもんでしょう。と言うことで、今回は、名前の由来について。

 僕にとって、「詩(ポエム)」とは、リズムが全てであると言ってもよい。綺麗な詩を読んでいると、そこには必ず リズムがあり、心地よいメロディーが流れてくる。そしてこれは、僕の人生観に繋がる。やっぱりリズムは必要です人生には。でもこれは、音楽を聴いたり、自分で バンドを組んだりするのとは少し意味が違う。また、朝何時に起きて…とか言う生活のリズムともまるで違う。上手く説明出来ない。 とにかく、気持ちいい瞬間には必ずリズムがあり、頭の中をメロディーが奏でている。そして僕にとって、一番心地よいリズムは 「詩」特に「恋愛詩」の持つリズムに他ならない。そんなリズムがあるから、生きているのが楽しい。

 それともう一つ。人生に絶対必要なモノは「しゃれ(ジョーク)」だ。不必要にしか見えない「しゃれ」だけど、やっぱりどうしても 必要だ。どうして?って聞かれても困る。そんなしゃれがあるから、生きているのが苦痛でない。

 だから「ポエティックジョーク」。これが名前の由来。そしてこれが今の僕の持つリズム。やっぱりかなり書き易い。 まだイメージしている文とは少し違うけど。そのイメージに近かったのが、第5回雑文祭に参加した、「秋の夜長に」に書いたような 文。これからあんな文を書いていきたい。




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