空も青くていい気候!
1年で一番いい季節だよな!
2002年9月20日(金)
というわけできょうは久々の、というか2ヶ月ぶりの「梓ママの日」です。
11区をやってきて、一番意外性があったというか、一番面白かったのは実はこの「ママの日」がけっこうあたったことでして、ママの日はこれまでのところつねに大入り満員になっていただいてるし、さらに意外だったのは、最初はお客さんがいなかったら困る、というのでなかば脅迫まじりに(^^;)編集者諸君を恫喝してきてもらった(笑)んですけど、2,3回きてくれるうちに編集者の皆さんたちが「次のママの日はいつですか」と楽しみにしてくれるようになったことで、この数年間担当編集者の皆さんのお相手はマネージャーまかせでまったく編集者のかたたちとおつきあいしてなかった、1年に1回会うか会わないかくらいで過ごしてきたのですが、こういう場所があって、その上編集者の皆さんというのはとにかく飲むのが大好きですから、そういうおつきあいだとなかなか悪くないな、とちょっと見直したりして、これは大変に楽しい話だったですね。「ママの日、毎月もう1,2回やってもいいのに」なんて声もいただいたりして、私も楽しんでやってますし、こうなれば「自分の店」がほしいな、と思うにいたったきっかけのひとつ、というかずっと夢みたいに思っていたそれを「現実にしたいし、現実にできるな」と思うにいたったのは、この「ママの日」が強力なプッシュだった感じですねえ。
まあむろん、たまに月イチでやるのと、毎日そういうものとしてお店やってるのじゃ全然意味が違いますから、それはもうよくわかってると思いますし、ハンパに裏を見せてもらって「これはやっぱり相当に大変そうだなあ」ということもすごく思いましたから、ハンパな覚悟じゃできないな、っていうのもわかったと思いますけど、この先、人生の最終のパートにむけてゆくのに、そういう「自分の場所」「自分の城」があるってのは、ひとは知らず私にとってはすごくいいことなのかもしれない、という気がしています。最初は「神楽座のために作ろうかな」と思っていた店でしたが、いまは「自分の老後(爆)の楽しみのためでいいかな」と思ったりもしています。ま、神楽座は来年前半には必ずやるつもりですけどね。
でも、そういうわけできょうのママの日はなんとなく楽しみなんですが、一方ではこの1週間ちょっと飲み過ぎで、かなーり肝臓が痛んでいるので、お酒関係についてはちょいとかなり自粛しなくちゃ、って感じであります。指のほうはまた、どうしても仕事しなくちゃならないのでタイプはしてしまうので、なかなか意外とよくならないのですが、タイプにはそう不自由ではなくなってきましたけど、やっぱりきょうに延期したジャズピアノのレッスンはまだやめておきました。2回もキャンセルが続いてしまって申し訳ないのですが、私はタッチが強いので、鍵盤を叩くとかなり指にまだダメージが響いてしまいそうです。ほんとにばかなことをしたもんだと思いますけども。そういえば前にも、1回、ヴィトンの巨大スーツケースをしめそこねて自分の中指をつぶしてしまったことがあって、大きな手の事故というとその2回くらいしかありませんが、あれはほんっとに痛かったな。それにそっちはほんとに指折れてなくてよかったってくらいやっちゃったから、それからひと月くらい不自由でしたし。まだ人前でピアノとか全然弾かないころだったからよかったんですけどねえ。いまだったら真っ青です。
まだ拉致事件のことはなんとなく考えていまして、こんど考えているのは「それにしても北朝鮮はいったい『なぜ』そんなばかなことをしたんだろうか」ということでしたね。どう考えてもよくわからない、「なんで」そんな危険で意味のない犯罪をしなくちゃならないのか。スパイを養成して日本に送り込もうと思ったのか。日本語とか日本の風俗とかを勉強するため、っていうんだったら、日本人を拉致してそれに教えさせたところではじまらないんで、逆に日本に潜入して日本で暮らしたほうがずっと早く覚えるでしょうし、それに特に13歳の女の子なんてものをさらっていったいどんな日本についての先生になるのかさっぱりわからない。金賢姫を教育した日本女性ってのがいたという話がありましたが、あれがどのくらい効果があったものなのか、だって在日の韓国人のかたというのはたくさんいるわけなんだから、自分も「そうである」ということにしたほうが、ヘンな教育なんかして日本人になりきって潜入したりするよりよほど効果的ですよね。どう考えてもこの「拉致」については「なんでー?」って気持が抜けないので、「ヘンな国だ」で終わってしまうのですが、ニセ札作ったりという話もあったし、とにかく「何考えてるんだかよくわからない」国ですねえ。論理的でないというか、正直いうと私はそういう回路が抜けてるのかどうか、本当いうと「スパイ」というものがよくわからんのですが(爆)ゾルゲ事件にしても川島芳子にしても、ううむ007号だとよくわかるのですが(爆)政治事件としてのスパイ事件だと「ううむ、この人らは本当は何をしたかったんだろう」ときょとんとしてしまうので、なんらかの感覚が欠如しているらしく、それで私はスパイものというのは実は書けません。国際謀略てのも駄目なんですね。なんか「わからないこと」がたくさんありすぎるみたいです。
にしてもほんとに、わざわざそうやって大勢の日本人の一般人を拉致なんかして、かえってすごい騒ぎになるだけなのに、いや領海侵犯もそうですね、あの、「不審船」はいったい何のためにやってくるのか、最終的な目的みたいなものが全然わからない、とにかく論理性がなさすぎるじゃないか、国家のやることとして、こんなわけのわからんことしてていいんだろうか、と思ったりするわけなんですが、もともと食糧不足で困ってる国になんでわざわざ他国の国民をさらってまで人口を増やさにゃならんのか、これももう、ほんとに謎です。私はどうしても「ホワイダニット」の作家だもので、「動機」から考えていってしまうのですが、今回の事件で一番わけわからんのはこの「動機」なんですねえ。カップルで拉致されたかたたち2組は北朝鮮の人ということで平和に暮らしていて子供もいる、みたいな話だったんだけど、ますますそれって「なぜや?何のために?」って目が点になるだけで、理解しがたい。さらって洗脳して北朝鮮の忠実な奴隷にしてから日本に戻して破壊工作をしろ、というんだったら、理解できるんですけどねえ。いやあ、わからん。まったくわからん。まあ私は脳にかなり欠落があるようなので、「なんでそんなことがわからんの?」っていうかたは必ずいると思うんだけども。率直な感想としては「なんでそんなわりにあわないヤバイことわざわざすんの?」というのが最大のものでありました。
きょうのママの日は、ちょっとゆっくりお話してもらおうかなってことで、バラライカデュオはお休みです。そのかわりに10月に、バラライカライブの日を作ろうかなと思ったりしています。あと3ヶ月しかないのでそのあいだに、11区が閉まってしまったら新しい場所を作るにしてもしばらくあいだがあくだろうから、いまのうちにやりたいこと全部やっておこうと思ってるので、いろいろな企画であっという間に週末が埋まりそうです。もっとも11月はライブがいっぱいあるから、あんまり使える週末がなかったりするんだけど。おお、そう、きのう打ち合わせしたので、きょうはライブのほうのスケジュールどりもしなくっちゃあ。なにやら忙しい秋です。
2002年9月20日(金)AM10:50
ここまで書いていったん転送したのですが、昨日私が更新日記に書いたことが、かなりの反響を呼んでいるようで、いろいろと反響のメールが届いたのですが、まったく私のいいたかったことが伝わっていなかったり、誤解されているようなので、もういっぺん追記を書きます。こういうことはふだんしないのですが、確かに私の伝えたかったことは非常にデリケートな、難しいことでもありますので、よりわかりやすい言い方で云わせてもらいたいと思います。
昨日の更新日記で横田めぐみさんほかの拉致事件について、「それでも、ずっと不幸であったばかりではなく、幸せな瞬間や青い空を見られるときもあったに違いない、そう思いたい」という趣旨のことを書いたのですが、それに対して「お前は北朝鮮の犯罪を正当化するのか」というような、あえていわせてもらいますがまったく悲しくなるほどに見当はずれなメールをもらうことになりました。私のいったことはかなりデリケートで、また一般的なことではないかもしれませんが、きちんと読んでもらえれば、最初に「政治問題とはまったく違う視点から」ということはくりかえしいっています。私の書きたかった、伝えたかったことは、「どんな悲劇や逆境のなかにあっても、崇高であれるのが人間の最大の希望なのではないか」ということでしかありません。崇高だったり幸せだったりするのは、人間のもっとも気高い資質だと私は思います。拉致されたかたたちの人生というのは、北朝鮮によって暴力的に強引にねじまげられたり失われたりしたわけですが、それをその「拉致された人の側」から考えたら、わけのわからない事件にまきこまれ、しかしそのあと10数年、あるいはいまにいたるまで、もといた環境とはまったく違う世界で生きてきたことには違いはないわけです。この話をすればわかってもらえるのではないかと思ったのは、たとえばナチスのユダヤ人虐殺、アウシュビッツでナチスのした行為についてはみんな知っています。私はあのなかの「コルベ神父」の挿話というのに非常に胸をうたれ、「自分がもしもああいう状況におかれたときに、あのようにふるまえるだろうか」というのをずっと考えるのですが、「アウシュビッツのなかでもコルベ神父のように崇高にふるまった人がいました」ということが、「ナチスの犯罪を擁護するのか」という論旨につながるでしょうか。私が話しているのはユダヤ人の行動についてであってナチスの犯罪についてではない、ということは、この言い方では伝わらないでしょうか。
私は、酷い逆境におかれたとき、どのように感じたり行動するかによって人間の崇高さや強さは決定すると信じていますし、それが「人間のもっともよい部分」だと思います。それと「逆境をもたらした相手」を糾弾することはまったく別の話であって、だから私は繰り返して「政治問題とは別に」と書いているのです。コルベ神父がアウシュビッツで崇高に行動したのを賞賛することが、「ナチスを擁護するのか」という批判にまったくつながらないことはおわかりいただけるのではないかと思います。その状況をもたらしたものへの問題はまったく別です。13歳の少女が、20代の女性が力づくで拉致されて異郷で死んでゆかなければならなかった、そのことが残酷であればあるほど「でもせめて、ほんのちょっとでも幸せな瞬間があってくれたら」かれらとてもどれだけか救われるだろうか、とはお考えにならないでしょうか。ご両親にしたところで、拉致された人たちがただひたすら酷い目にあって死んでいったと思うよりも、そのような環境のなかでも恋愛をし結婚をし、出産をし、という「人間としての幸せ」を味わったかもしれない、と思うことで、失われた子供たちの人生への救いにはならないでしょうか?私が親の立場なら、何ひとつ幸せもなくて10数年泣き続けて暮らした揚句に殺された、などと思うことこそもっとも耐え難い苦しみだと思います。「せめて、そのなかでつかめるものをつかみ、そのなかで強く生きてゆくことができた」と思いたいのは私のほうかもしれません。ともあれ「北朝鮮を擁護するのか」という批判はあまりにも感情的な上に私の書いた内容を誤読されていると思います。もしもそれで、全員が同じ論調でひたすら「被害者は可愛想、北朝鮮は酷い国で何があってもやっつけろ」というような反応をすることが求められたり、それが当然、そうでないやつは非国民、というようなことになってしまったら、そのとき、私たち日本人はまさしく全体主義国家北朝鮮と同じレベルで同じファシズムの道に踏み込むことになるのではないでしょうか。
私のいおうとしたことは確かに作家としての感想で一般的でもないし、それほど理解するのにたやすいことでもないかもしれません。しかし、私は北朝鮮のした犯罪を擁護したり正当化など一切していません。私がいっているのは「そういう非道の一方的な犠牲者としてではなく、それをのりこえてその逆境のなかに生きる場を見つけだすことができたら、その人は人間としてむしろ崇高な、苦しみを勝利にかえる試練を持ったことになるのではないか」ということです。そこにはアウシュビッツのユダヤ人のことを語るのがナチスについて語るのとはまったく別問題であるのとまったく同様、北朝鮮の犯罪性についての論議ではありません。このような、誰がみても興奮し、ナショナリズムをかきたてられる事件であり、また時代そのものがそのようなナショナリズムにむかってじりじりと転げ落ちてゆきつつあるように思われる「いま」だからこそ、私は、「自分の頭で考え、感じること」を見失ってはいけない、「皆と同じ反応をしないやつは敵の仲間」だという風潮を伝播させるのは非常に危険なことだと思います。
以上、昨日の更新日記についての補記でした。
2002年9月20日(金)PM0:05