| 第10回 3月9日 「御台所への決意」 |
幾島の御台所教育が始まった。
けれども相変わらず気乗りのしない篤姫はやることなすこと中途半端で、自分の思い通りに事が運ばない周りの環境に苛立ちを覚えるばかり。
幾島をして「あんなお姫様は初めて・・・・」と手こずらせるほどのじゃじゃ馬ぶり。
篤姫のモチベーションを高めるには、いっそ御台所の一件を打ち明けては、と斉彬に進言する幾島。しかしまだ本決まりですらない話に斉彬はまだ時期尚早と判断し、他言無用とする。
自分はおそらく島津家の家格に見合う大名家へでも輿入れするのだろう、と思っている篤姫にとって、幾島の厳しさは尋常ではない。なんでたかだか大名の正室が政治の習わしなんかを学ばなければならないのか。
幾島の進言にようやく乗ってみることになった斉彬は篤姫に
「お前を御台所に、と考えている」
と告げる。
あまりのことにビビってしまい、鶴丸城を抜け出そうとする篤姫。
夜陰に紛れようとしていた篤姫を見つけた幾島は、ことここに来て腹を据えない篤姫に期待するだけ無駄、と呆れ顔。
よく考えてみれば外様大名の分家にすぎなかった少女が政略結婚で日本の国主ともいうべき将軍家へと嫁がされる。単なる政略結婚だけでも意に添わないのに、相手は将軍。
こういうとき、天皇家のお妃候補に一庶民がとつぜん選ばれたということを想像してみると、それがいかにとんでもなく途方もないことだったのかがよく分かる。
普通ならばそのプレッシャーに押しつぶされそうになる弱冠18歳の小娘とは違うのが篤姫。
養父の斉彬に向かって「私を利用しようとしているのですね」とはっきり尋ね、斉彬も思わずその篤姫の真っ直ぐな気性に「そうだ」と肯定し、国を憂い、何とかしなければと覚悟を定めることができる彼女だからこそ、斉彬は篤姫に重大な使命を課すことができる。
「御台所の父ともなれば、幕閣での発言力も増す。自分に力があれば、この国の混乱を治めることができる」
ものすごい自信。
その養父の真っ正直な答えに、篤姫はようよう腹を据える覚悟を決める。
女と生まれ、度量を見込まれたからこそ将軍家へ嫁がされる。
これこそ女冥利に尽きるということじゃないか。
この決意、並みの19歳じゃあできません。
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| 第9回 3月2日 「篤姫誕生」 |
薩摩藩主の養女となった於一に「篤子」という新しい名前が付けられる。
このときになってようやくタイトルロールの「篤姫」になるというワケ。
さて、その篤姫の下に京からやってきたのが幾島。
養父の斉彬は何を思ってか、お姫様教育のエキスパートともいうべき彼女をわざわざ召しだし、篤姫に礼儀作法からお琴、鼓まで、ことさら厳しくしつけようとする。
相変わらず自由奔放な篤姫は堅苦しい幾島がなんとも息苦しく、何をやらせても達者な彼女が鬱陶しくて仕方がない。
そのうえ幾島から薩摩訛りを指摘され、死んだ菊本のことを根ほり葉ほり聞き出そうとする。
こうなって初めて菊本がなぜ死を選んだのかが分かった篤姫。
菊本は自分が身分の卑しい出てあることを承知していて、藩主の娘になる於一にとって、身分の低い者に育てられたということがやがてはハンディになるということが分かっていた。
そうなる前に自ら死を選び、篤姫には自分のような身分の者などいっさい関わっていなかったというこを示そうとした、ということか。
篤姫の世界は日本の南端に位置する城の中だけではあるが、時代はこのとき大きなうねりを起こそうとしていた。
嘉永6(1853)年6月。アメリカ海軍のペリーが浦賀に来航し、日本に開港を迫った。
ところがこの直後に12代将軍の家慶が病死してしまい、跡を継いだのは暗愚と評判の家祥(堺雅人)。13代将軍・徳川家定となるこの人、暗愚なのかどうか、クセ者堺雅人が演じているだけに斉彬じゃあないけれど、どうもとらえどころがない。
ともかく、斉彬は老中の阿部正弘(草刈正雄)と謀って、篤姫をこの家祥の正室にしよう、と目論んでおり、水戸の斉昭をも抱き込んで御台所探しを決定事項にしてしまう。
そんな斉彬の思惑を最初に知らされたのは幾島。
このときから篤姫にとって幾島は波瀾万丈の人生の介添え役となるかけがえのない存在となっていく。 |
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| 第8回 2月24日 「お姫様教育」 |
自由奔放に今和泉家で育った於一にとって、鶴丸城の暮らしは息が詰まるばかり。
老女・広川(板谷由夏)をはじめとする鶴丸城の奥女中たちは、一日も早く於一を大名のお姫様になってもらいたい一心で厳しく接するけれども、快活で思いのままに生きてきた於一にとっては何もかもが鬱陶しいことばかり。
やれ庭には出るな、トイレには一人で行くな、言葉遣いには気をつけろ。
一家臣の娘から77万石の大名の一の姫となったからには、それ相応の礼儀作法と格式と威厳を持ってもらわなければならない。
一日中、誰かの視線を浴び続けるなどと於一には一瞬たりとも気の休まるヒマもない。
全てが自分の意のままに成らず、周りの下女たちの好奇の視線にさらされて次第に気鬱になってしまう於一。
一方の今和泉家では、家の中心的な存在だった娘がいなくなり、火が消えたような寂しさが漂う。自分の想いを封じ込めた尚五郎も、遠くへ行ってしまった人を思いながら、自分のできることを見つけていくしかない。
嘉永6(1853)年。
いよいよ黒船が江戸表に襲来し、開国を迫る異国の脅威に軍備の強化と幕権の強化をもくろむ阿部正弘(草刈正雄)と斉彬は強硬な攘夷論者である水戸の斉昭(江守徹)を焚きつけて海軍の創設をあっさりと認めさせてしまう。
そして斉彬は阿部正弘となにやら密計を案じている。
於一に関することであるのは明かで、京の近衛家から明敏な老女の幾島(松阪慶子)を譲り受けてまで果たそうとしていること。
鶴丸城の於一の気鬱はいよいよ深刻さを増し、その身を案じた広川は香を焚いてみることを勧める。思いがけず旧知の小松お近(ともさかりえ)を呼び寄せることを思いついた於一は、さっそくお近を呼び寄せる。機転の効くお近は今和泉家と肝付家を訪ねて於一への言伝をそれぞれ貰い受ける。
母のお幸からは手紙を。肝付尚五郎からは「大久保正蔵が復職した」という報せを。
お幸から亡き菊本が最期に綴った手紙を読んだ於一は
「もう後ろを向いてはいけない。真っ直ぐに前に進むしかない」
と腹を据え、今の自分がやるべきことをやろう、と決意を固める。
そんな於一の前に現れた幾島。
「女優!!」というかけ声をかけたくなるくらいに迫力のある松阪慶子の登場。
これにタジタジとなっている宮崎あおい。
この幾島をも使いこなす女主人に、果たして於一はなれるかどうか。
グッと低音で決めセリフを吐く宮崎あおい。
きっぱりとした気性の強い、賢い女性を凛として演じているのが気持ちいい。
この後、彼女がいかにして幕末の女傑とよばれる女性へと変貌していくのかがいよいよ楽しみになってきた。
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| 第7回 2月17日 「父の涙」 |
斉彬が於一を養女にと請うたのは、於一が斉彬の実母と似た気性だったから。
その斉彬の言葉に納得した於一は、養女になることを承知する。
しかしいざ本家の養女になるということが決まってしまうと、父・忠剛や母・お幸はまさしく「娘を嫁に出す気分」で、嬉しいやら寂しいやら。こと、忠剛はこれまでお転婆な娘に手を焼いてきたものの、いざ娘がいなくなるとなるや、寂しさを持てあましてマトモに娘の顔を見られない。
尚五郎もまた、於一の覚悟が菊本の自害によって揺れていることに気付き、思わず於一を叱咤してしまうが、その言葉の厳しさの裏には於一には立派な女性になってもらいたいという気持ちの表れ。
「あなたのことを想って身を退いた」
と菊本の覚悟を代弁する尚五郎もまた、まさにそんな気持ちで於一への想いを断ち切ったのだから。
着々と於一の縁組準備が整い、本家の鶴丸城へと移っていく日が近付いていく日々。
妻からも「寂しいんでしょ」と言われても男親のテレなのか、素直になれない不器用な父親の姿は、今も昔もちっとも変わらない。
於一の登城前夜。
今和泉家では最後の家族団欒。
兄の忠敬は「酒を注げ」と妹に命令するも、明日からは立場が逆になってしまうと思えば酒の味も苦く感じてしまう。憎まれ口をたたきながらも忠敬にとっては妹の縁談。寂しいはずがない。
その席に祝いの品を持参して現れた尚五郎。
長年の碁仇である於一と最後の一局。最後の最後まで於一には及ばなかった尚五郎。
しみじみと互いの碁石を片付ける演出がイイ。
いよいよ最後の別れが迫ったとき、尚五郎が互いが肌身離さず持っていたお守り袋の交換を提案する。
「友の証」として於一が尚五郎に贈ったお守り袋。
初恋の人を守るようにと尚五郎が心を込めて於一に贈ったお守り袋。
このお守り袋がいつの日か有為転変を経て2人が目にすることになるであろうと想像に難くない。
夜が明けて、於一が今和泉を出立する日。
最後まで娘の前では不器用な父親であり続けた忠剛の涙はグッと胸に迫る。
親子の一生の別れになるかもしれないこの日。
この日のことは生涯、心に深く刻まれるに違いない。
さて、時代はいよいよ風雲急を告げる。
日本は黒船来航の前夜。
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| 第6回 2月10日 「女の道」 |
尚五郎一生の思いは儚く露と消え。。。。
於一を養女に欲しいという斉彬の意向には逆らえない忠剛。
今和泉家は於一の破格の縁組に沸き立ち、当の於一は自分の道がいきなり拓けてしまったことに当惑してしまう。
於一が素直に思いを吐露できるのはかけがえのない友だと思っている尚五郎だけで、自分の思いを秘めながらも尚五郎は於一に「殿様に直接うかがってみればいい」と提案してくれる。
さて、そのころ西郷家では吉之助の結婚式が執り行われており、めでたい席だというのに尚五郎は失恋の痛手を背負って泥酔。
初恋の相手が自分とは遙かに身分が違う大名家の姫君になる。
もはや縁談だの何だのが通じる相手ではなくなってしまう。
号泣する尚五郎を遠巻きに見つめながら、ただごとではないその様子を訝しむ西郷家とその朋輩たち。
尚五郎の提案に添って、殿様との対面にでかける於一の姿を感慨深げに見つめるのは於一を幼い頃から手塩にかけて育ててきた今和泉家の老女・菊本(佐々木すみ江)。
「女の道は一本道。引き返すのは恥」
このときの、女の覚悟を簡単な言葉でまとめてしまった菊本。
おそらく篤姫となったのちの、於一の覚悟を決めることになるのは、この言葉に違いなく。
於一の成長を見届けた菊本は自ら命を絶ってしまう。
なぜこんなことをしたのかは分からない。この時代、主人の許しもなく自害してしまうことは不忠と扱われてもしかたのない行為。
菊本の命懸けの覚悟をしっかりと受け止めることができるかどうか。
ここが17歳の於一、生まれて初めての人生の岐路。 |
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| 第5回 2月3日 「日本一の男」 |
於一に縁談?!
驚いたのは父・忠剛だけでなく、いつも於一に振りまわされながらもその真っ直ぐな気性に惹かれていた肝付尚五郎(瑛太)。
於一の兄・忠敬(岡田義徳)は面白がっているが、その忠敬の口から
「縁談を阻止するには他の男との縁談がある、と断ること」
と聞いたものだから尚五郎は大いに悩む。
そのころ薩摩にはジョン万次郎(勝地涼)が訪れていた。
その万次郎の口から語られたアメリカの様子は少なくとも縁談話が持ち上がって己の道を考えざるを得ない立場に立った於一を驚かせはしたけれど、「日本では親から命令された縁談は断れない」という現実も受け入れざるを得ない。
一方の尚五郎はというと、いつになく現実的な言葉を口にする於一が言った
「日本一の男と結婚したい」
という言葉を考え続ける。
刀も才も不甲斐ない。上士の家柄とはいえ肝付家の3男坊で、養子入り先を探さなければならない身。そんな自分が果たして「日本一の男」になれるのか?
矢も楯もたまらず、尚五郎は今和泉家を訪ね、
「自分はまだ日本一の男ではないけれど、いつか必ず成ってみせます!」と忠剛に縁談を申し込む。この男意気に思わず呑まれた忠剛は、渡りに船とばかりに尚五郎の申し込みを承諾する。
翌日、忠剛は斉彬直々に於一の縁談を申し渡されると覚悟していたが、ところが斉彬の口から出たのは
「於一を養女に欲しい」
さて、薩摩の一領主に過ぎなかった今和泉家に吹き荒れる大嵐。
於一の波瀾万丈の人生の幕開けはもうすぐそこまでやって来ている。 |
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| 第4回 1月27日 「名君怒る」 |
さて、お由羅騒動も一件落着し、無事に斉彬が藩主の座に就いたということで、島津忠剛をはじめとする斉彬派は意気揚々。
翻って側室・お由羅の子・忠義(山口祐一郎)をはじめとする前藩主・斉興(長門裕之)は意気消沈。斉興派の大粛清が吹き荒れるかと戦々恐々する。
ところが忠剛をはじめ、大久保正助や西郷吉之助も「これで赦免される!」とばかりに大喜びするが、何故か斉彬の口からはお由羅騒動で処罰された藩士らの赦免が出てこない。
いぶかしむ於一は父や小松清猶(沢村一樹)に問い質すが「女の口出しすることではない」と一蹴されてしまう。
納得いかない於一はムクれてしまうが、当の藩主・斉彬に直接問い質すこともできず、さりとて女の身ではなにもできない。
そんなときにお国入りした斉彬が一門全員をお城に呼んで直接対面するという好機が訪れる。大喜びする於一は父の心配をよそに無邪気に「お殿様ってどんな方なんだろう!」と胸を躍らせるばかり。
さて、ご対面の当日。
於一は斉彬を前にして少しも媚びず、「頭を上げろ」と言われて迷いもせず真っ直ぐ斉彬を見据え、趣味は何かと聞かれても女の子らしく「お華」「お茶」とは言わずに史書を読むこと、と素直に答える。そのさっぱりした利発さを斉彬も一目で感じたのか、赦免を求める於一にまるで大人の者を相手にするように「政」とは何かを厳しいながらもはっきりと分かりやすい言葉で諭す。
於一は斉彬を怒らせてしまったと思い込むが、当の斉彬は才長けた姫君をいたく気に入ったようで、腹心の小松清猶にも「また会いたいなぁ」と笑みを浮かべる。
さて、この時の斉彬の腹には何があったのか。
「政治は正しいだけでは成り立たない。清濁併せのむことこそ為政者に求められる資質のひとつ」と言う斉彬の意見は極めて正しい。
正しいけれど、そんななかでも努めて正しいことを希求する於一の清々しさ、若さをできればいつまでも続いていて欲しいと思う。 |
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| 第3回 1月20日 「薩摩分裂」 |
俗に言う「お由羅騒動」
嘉永2(1849)年12月。久光、お由羅謀殺を謀ったとして斉彬派が一斉に検挙され、約50名の藩士がことごとく処罰された。
その禍に連座したのが大久保家で、正助の父・利世(大和田伸也)は鬼界島に遠島、嫡男の正助は謹慎を申しつけられてしまう。
一家困窮に瀕した大久保家を助けたのが朋友の西郷吉之助で、尚五郎からこの大久保家の困窮を聞いた於一はさっそく尚五郎を伴って大久保家に陣中見舞いにやってくる。
下級藩士の家に小大名・今和泉島津家のお姫様がやってくるというのはドラマならではの設定。今でいえば大企業の社長令嬢がアルバイト社員の家にやって来る、くらいのことか?
物見遊山の気分ではなく、彼女なりに困っている人の窮地を見かねて、という思いはあったろうけれど、迎える大久保家にしてみればあまりに身分の高いお姫様にふらりとやって来られては遠慮ばかりでどう接すればいいのか分からず、右往左往。
お姫様育ちの於一は何の気もなく大久保家にサンマや鯛などを差し入れするが、まだ食べ物に留まっているうちは大久保家の台所を支えるマス(真野響子)も遠慮しながらも受け取っていたけれど、困窮を見かねて於一が差し出した高価な簪はきっぱりと拒否。
「物乞いではない」と凛として固辞するマスの姿に自分が高見から彼女たちを見下ろしていたことを自覚させられる於一。
母親のお幸からも「あなたの驕りだ」と指摘され、於一の心には女の誇りというものがはっきりと植え付けられることになる。
毎回、なんかすごく印象的なセリフを吐く母・お幸。聡く勝ち気な性格はまさにこの母譲りというのがよく分かる。
チラッと登場した近衛忠煕(春風亭小朝)に近衛家老女・幾島(松阪慶子)。後に13代将軍となる家祥(堺雅人)。
この家祥。かなりエキセントリックな愚昧っぷりを演じている堺雅人。この堺サン独特の、なんだか裏がありそうなあの微笑みを一瞬、真顔に戻して斉彬に相対する瞬間。「おお?」と思わせる。
しかし大久保正助は、困窮の時に外聞も憚らずに大久保家を訪ねてくれた於一や尚五郎に恩義を感じ、「何ごとかあったときには必ず役に立ちます!」と朋友・西郷ともども誓いを立てる。
このときの誓いが、この後、20年後にどう購われるのか。
14歳になった於一の前に運命の大きな扉が立ちはだかるのは、もうすぐ。 |
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| 第2回 1月13日 「桜島の誓い」 |
いきなり調所広郷(平幹二郎)が死んじゃった・・・・
たった2回目にして死んじゃうなんて、ちょっとビックリ
時は嘉永元(1848)年。於一は13歳。
父・忠剛(長塚京三)の謹慎がようやく解け、今和泉家にも束の間の安らぎの時が訪れる。
その今和泉家を訪れた郡方書役助の西郷吉之助(小澤征悦)。偶然に居合わせた肝付尚五郎(瑛太)は思いもかけず西郷の剣術を見てライバル心をそそられ、おぼっちゃま育ちよろしく西郷や大久保正助(原田泰造)らと連んでいた有馬新七(的場浩司)に挑んで見事に負けを喫する。
さて、この有馬新七。文政8(1825)年生まれで、このとき24歳。後に薩摩藩にとっては痛恨事である「寺田屋事件」の渦中の人物となる過激な攘夷派の志士となる人。
もう一人の伊地知正治(三宅弘城)は文政11(1828)年生まれの21歳。長州の大村益次郎と並んで戊辰戦争では軍略家として官軍の先鋒総督府参謀となった人物。
2人とも後の於一の人生に大きく関わってくる薩摩藩の下級藩士。
なんかね、こういう後々のオチを知っているだけに「ここで出てくるか〜」とか思ってしまうんですよね〜、歴史モノってのは。
上級藩士の坊ちゃんである尚五郎が後に西郷や大久保といった下級藩士を抜擢することになるんですが、この回ですでに尚五郎が身分の上下にこだわらない大らかな人物というその萌芽が見える。
この尚五郎が於一の耳に入れたのが「偽金」と「世子調伏」に関する調所のよからぬ噂。
案の定、その噂は江戸にも聞こえていて、老中・阿部正弘(草刈正雄)は斉彬(高橋英樹)と謀って現藩主・島津斉興(長門裕之)の隠居を画策するけれど、調所は自ら潔く退くことを斉興にもそれとなく告げていた通り、自ら毒を飲んで自害してしまう。
調所が死んだ、と小躍りする家中のなかにあって於一は薩摩藩の“恩人”である調所の死を素直には喜べず、むしろ一命を賭して薩摩を守ろうとした彼の信念をズシっとその胸に受け止める。
人に天命というものがあるのなら、於一に課せられた天命とは何か。
それを知るためには、もうしばらくの時が必要。 |
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| 第1回 1月6日 「天命の子」 |
幕末モノというだけでなく、近年の大河ドラマにしては久々に若手女優が単独主演ということでもあって2年ぶりの大河レビュー。
さて、初回は無難に主要登場人物の紹介で1時間が終わったというカンジ。
天保6(1836)年に今の鹿児島県で島津分家・今和泉家の長女として生まれたのが後に13代将軍の御台所となる於一(おかつ)。幼い頃から闊達で、薩摩藩家老・調所広郷(平幹二郎)が主導する藩財政改革により領民の困窮を目の当たりにし、それを「なぜ働きもしない自分がご飯を食べられるのか」という、子供にしては実に聡い疑問を口にする少女に育つ。
領民から搾取した権利を得るには支配階級に身を置く者としての義務がある、という母・お幸(樋口可南子)の言葉はその後の於一の人生にもきっと大きく関わってくるだろうと思われ、誰よりも世の理に疑問と好奇心を持ち、もっと広い世界を知りたいと瞳を輝かせる於一の姿は演じる宮崎あおいの透明感とも相まって今後の展開に大きな期待を持たせてくれる。
後の小松帯刀こと肝付尚五郎を演じるのが瑛太。後に幕末の名宰相と呼ばれ、彼がいなければ大久保利通も西郷隆盛も世に出なかったとまで評される人物のはずが、その片鱗すら見えないただの「お坊ちゃん」。弘化元(1844)年の頃の話なのでまだ10歳くらい。
ついでにこのころ郡方書役助を勤めていたのが文政10(1828)年生まれの西郷吉之助(小澤征悦)で、弱冠17歳。下級藩士の西郷吉之助が島津斉彬に認められるのはこの10年後のことで、まだまだ彼らの世界は狭い薩摩領内にとどまっている。
激動の幕末を薩摩の片田舎で生まれ育った田舎娘がどのように駆け抜けたか。
幕末の女傑とまで呼ばれるようになった彼女の生涯が1年をかけてどう描かれるか。
毎週日曜日が楽しみになればいいなと期待を寄せつつ、いつまで続くかちょっと心配。。。
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