| ツーリング・レポート | 添付映像やその他の情報 | |
| お天気は大丈夫 ラーメン屋で見た新聞によると、北海道の天気は晴れときどき曇りから曇りまでの間にあり、雨の心配はなさそうだった。 |
2003年8月12日 ひどい宿酔いのまま、五島福江発17:50のANKで福岡に飛んだ。たった35分で着くのだから、飛行機は速い。 バイクは昨日の18:30に博多を発った九越フェリーの「ニューれいんぼうらぶ」に乗って、新潟県の直江津に着く頃である。19:10スカイマークエアラインズのカウンターで手続きを済ませてから、地下鉄で博多駅まで行って地下街で寿司を食べた。食欲がなくて、3皿しか食べられなかった。 羽田行きは、定刻の21:10より15分ほど遅れて出発し、23:00ごろ羽田についた。着陸した場所からターミナルビルまではバスだったが、かなり遠かった。 23:30ごろ、京成電鉄に乗って蒲田に行き、東横インに宿泊となった。 |
奈留島の航空写真(削除) 五島福江空港から福岡ゆきの飛行機は、奈留の上空を飛ぶ。 |
| 体調はだめみたい 胃腸がこわれていて、北海道のおいしいもの、ちっとも楽しめない。ジンギスカン食べ放題! 帯広の豚丼! サロマ湖のほたて! いくら山盛りの親子丼! 幌加内そば! ぼくはいいから、きみたち好きなだけたべなさい。 |
8月13日 朝6:00の京成バスでJR蒲田駅前を出て、6:35ごろ羽田空港に行ったら、大変な混雑だった。お盆の帰省ラッシュである。予約してある航空券の手続きでカウンターに並ぶが、ぐんぐん時間は過ぎていく。出発時間の迫ったお客は、優先して荷物検査をしていたが、これではうっかりすると乗り損なってしまうだろう。 ぼくが並んでいた時間は、40分ほどだが、悪酔いが治ってなかったのでつらかった。7:30JAL503便で新千歳空港へ飛ぶ。機内ずっと眠っていた。 JRのみどりの窓口で備え付けの時刻表を見ると、「快速ニセコライナー」があり、フェリーの到着にちょうどいい時間に室蘭に着けるようだった。函館本線まわり室蘭ゆきの切符を買おうとしたら、「一日散歩きっぷ」を勧められた。2,040円だった。これは、JR北海道の札幌を中心としたかなりの範囲を自由に乗り降りできる切符だ。ただし、普通列車しか乗れない。でも、ぼくが行こうとしているルートには、長万部−東室蘭しか特急が走っていないから、あまり影響はない。結局、総額で、2,000円以上安くついた。 小樽で途中下車。駅の回転寿司で3皿食べたが、やはり食欲はなし。11:22の倶知安ゆきに乗り、車窓を楽しむ。銀山付近がもっとも標高が高かった。 長万部からは特急を使い、16:28東室蘭到着。すぐにタクシーで、フェリーターミナルへ行った。東日本フェリーのカウンターで、無人車受け取りのサインをして、まもなくぼくのSRVと、再会できた。 17:00ごろ、第3次北海道ツーリングのスタート! 白鳥大橋を越えて、伊達紋別方向に行く。速度は九州標準より少し速めである。豊浦から道道に入り北上した。道ばたの酒屋の前で真狩ユースの宿泊を決め、羊蹄山に向かって走った。夕映えの羊蹄山が大きく見えた。ニセコに夕日が落ちた。 真狩村の焼肉屋かラーメン屋かあいまいな店で、みそラーメンを食べた。炒めたタマネギがいっぱい入っていて、相当な分量だった。おれの腹は大丈夫か? しかし具と麺は全部食べた。弱った胃にとってこれは食べ過ぎだったのだろう。ユースに荷物を置いた後、近所の温泉施設に行った。風呂上がりなのに寒くて、ひどく気分が悪かった。だから誰とも語らずすぐに寝てしまった。 |
れいんぼう・らぶ (削除) すべて2等寝台なので、クラスアップの喜びはない。平成13年には、博多から直江津まで乗ったことがある。これまでに何度も、バイクを無人車扱いで送った。博多−室蘭の料金は1万6千円ほど。 夕暮れの羊蹄山 (削除) GR1vでいい写真撮ろうと思うのだが、いい感じの視点を見つけても、通り過ぎるのはあっと言う間。写真のためにわざわざ引き返す気持ちにはならない。 |
| SRVの調子だって 無人車として預けるために、長崎自動車道を走っていた佐賀付近で、走行距離13,000qを突破しました。エンジン快調で、タイヤも十分溝がある。 ところが、塩気の多い奈留の露天に停めているものだから、見える部分はアルミの腐食、見えないところでも問題が起きていたのです。 |
8月14日 こみ上げる吐き気と、定期的にせり上がりi痛む胃のせいで、朝食の代わりにくみあい胃薬を貰って、7:30ごろ出発。札幌へのメインルートである中山峠越えの道は、まだ通ったことがなかった。北海道標準速度?より少し遅く走り下って、定山渓から真駒内に入る。 札幌市街を迂回して羊ヶ丘、月寒から東に進路をとる。千歳手前から栗山を目指すが、紅葉山への道に入ってしまった。道道を探りながら渋滞をさけ、栗山に至って夕張への峠越え。一休みでうめソーダを飲み、大清水から芦別への山間部を突っ切って行く。下りの車が多かった。たくさんの車が右折して行くので、ぼくは富良野へ行くのはやめて芦別へ、そして旭川方向へ。+いずれも道道を通る。すれ違うバイクとVサインを交わすが、道道を通る人は少ないようだ。 神居古潭で休む。胃のいたみ、せり上がる感じが強く、我慢を重ねる。 上川から白滝へ。旧北見峠を越えた。計画段階で一休みを想定した上白滝の駅は、道路下などではなく、しかし無人のさみしい駅だ。一日に上下1本ずつしか便がない。 遠軽から湧別に至り、漁港横の漁協直営店で、ほたて加工品を1万円ほどみやげにして、クール宅急便で送った。 ここのカモメも人をおそれない。埋め立て地の地面にたむろして、バイクで近づいても平然としている。距離3メートルで動いた。 昭和58年の旅で、斜里漁港を歩いた時は、3センチでも動かなかったが、少子化のせいかこのごろのカモメは落ち着きがないようだ。 網走市に入るあたりまで行き過ぎたあと、18:15サロマ湖ユースに入った。あと少しで到着、という路上でついに吐いてしまった。ヘルメットを脱ぐひまもなし。うめソーダどころか、24時間前のみそラーメンに入っていたタマネギも、ぼくはまだ消化できてなかった。 夕食は、食べる元気なし。かにが出ていたが、食べても消化できない。だから食べなかったのだが、ユースでは食べていない人がいることに気づいていなかった。 繰り返す痛み。さし込みをこらえて寝る。誰とも語らず、ビンゴをやっていたミーティングにも行かず。 |
旧白滝駅(削除) 朝夕1本、遠軽方面ゆきがあるだけ。 寂しい駅に草花がひっそりと咲く。 |
| 左足の調子だって 砂利道で転び、裂傷を負ってしまった。ひざを曲げると痛いので、クラッチ操作がつらかった。 |
8月15日 7:45出発である。まず網走方向に走る。能取岬に行ったダートで、前輪に異常な振動を感じた。網走では沿道にバイク屋を見ず、呼人を過ぎ女満別の道ばたで停車して確かめると、軸受けがぐらぐらしていた。異音を気にし、速度を50qに抑えて美幌までもたせた。駅近くのバイク屋さんで見て貰うと、ベアリングがくだけて粉々になっていた。修理費5,800円である。(おかげで赤いフラッグを貰えた。) 北見から置戸へ道道を走る。薬局で、鎮痛効果がはっきりラベルに書いてある胃薬を買って飲み、道ばたで考えた。88号に入り帯広に出たとする。豚丼など食べられる状態ではないし、この方面は曇っていて眺めも期待できない。行きたいところが残っていないのだ。 それで、留辺蘂からR242を通って2度目の遠軽を経て、道道137号に入るルートを選んだ。道北への方向転換だ。夏の日差し・青空と秋の筋雲の下で、ぼくは走った。北海道を走っている! 心躍っていた。そして、一部は前回のルートと重なってしまったけれども、だいたいは初めての道を通って名寄に着いた。 16:30、もういい。みどりの窓口で宿を見つけて貰い、さっさと宿泊。背丈の低い名寄の繁華街?を散歩しつつ、コンビニでシュークリームとヨーグルト、バター入りパンと牛乳を買った。食べないとまいってしまう。消化のよいものをゆっくりよくかんで食べた。置戸で買った薬の効果か、痛みはゆるんでいる。しかし、まだときどき差し込む感じがある。 薬局を見つけて症状を訴え、薬を所望したのだが、勧める薬はテレビコマーシャルで有名なもの。プロのみたてではないのが明らかだったが、道徳のとき話題にできるかも、と思ったのでその薬を買った。実は飲んだのだが、効き目はなかった。 日が暮れる頃、夕立が降った。早めに泊まってよかった。羽幌や留萌まで行こうと思っていたら、この雨にやられたところだ。 網戸を開けていた。一つ上の階に泊まり客があり、そこからぼくのいる部屋がよく見えるらしい。そんな会話が聞こえたが、ぼくはのぞき見する者の品性を疑っているので、放って置いた。 |
SRV前輪のベアリングが砕けた(削除) 塩分の多い奈留の雨が、ぼくのバイクを浸食していたのです。ボールベアリングの玉が砕けて、粉になっていました。 旧上興部駅(削除) かつての時刻表がむなしい。 |
| 不運は団体で来るのか? ただの偶然! もうすぐ厄年だけど、それは迷信。 ぼくぐらい陽気だと、こう考える。 胃が痛くなかったら食べたジンギスカンで、食中毒になってたはずが、なんと無事。 怪我してなかったら行ったはずの、富良野・帯広方面では、居眠りダンプと鉢合わせするはずが、なんと無事。 前輪軸受けの故障がなかったら行ってた斜里方面で、盗まれてたはずのバイクが、なんと無事。 クラッチケーブルが切れてなかったら直行していた、日本海夕日ラインでは、きっとスピード違反で捕まっていたところ、なんと無事! よかったねぇ。 そして、こういうことがなかった場合、この記事はとっても退屈なものになっていたでしょう。だって、突っ走っているだけの北海道ルーリングですよ。名所旧跡・有名観光地にはぜんぜん行ってない。 おかげで、ちょっとだけおもしろくなったでしょう。 |
8月16日 智恵文のひまわり畑に行った。曇った陰影のはっきりしない空のした、ひまわりはそれでも東に顔を向けている。GR1vで写真を少々。 美深から朱鞠内、幌加内へと快調に走り、霧立峠を越える。さらに道道を使い、小平に出た。たばこ2本吸う間、1台も車が通らないほど交通量が少ないのに、道は非常によい。速度を出すなと言う方がどうかしている。 留萌では黄金岬に行った。晴れていたがまだ午前中であるせいか、水着の人はいなかった。第1次の時は海水浴場のようでもあったが、今日は普通の観光地だ。 妹背牛町へ抜ける道道で転んだ。晴れて明るい田舎道を、かなりの速度で調子よく走っていたのだが、たった1カ所、200mほどの区間が砂利道になっていたのだ。かどの取れた丸みのある砂利がたっぷり敷いてあった。速度を抑えて入ったのだが、逆ハンドルとアクセルでしのぎきれず、左方向に転倒してしまった。左ひざ下に幅5センチ、深さ2センチ程度の裂傷を負う。すねとひじに深めの擦過傷と打撲があった。バイクのダメージはハンドルのねじれとクランクケースの砂利傷のみ。 この時、後続の旭川ナンバーのワゴンに助けられた。曲がっていたチェンジペダルを曲げ戻してくれた。 前輪をまたいでハンドルを戻し、再び走り始めた。15年愛用のGパンに、血のしみが広がっていく。 滝川市郊外のスーパーマーケットで、治療用品一式を買い求めた。スプレー式血止め殺菌薬・オキシドール・マキロン・油紙・包帯・ガーゼなど2,500円分買って応急手当した。人通りが絶えず、傷と血をさらすことができずなかった。 治療? してから富良野に向かう自転車の若者と少し話した。医者に行かないのか聞かれたが、保健証を持ってきてないし、今日は土曜日だからいいさと答えた。でも、実は縫わなければいけない傷だったと思う。 (8月30日現在、ひざ下の裂傷以外はふさがった。問題の箇所は、皮膚が盛り上がりつつあるが、まだ8oの深さでくぼんでいる。) ここで2度目の進路変更をした。高速道路を使って一気に小樽へ向かう。体のダメージが本当に深刻だった場合、フェリー乗り場に近い方がなにかといい? 走りつつ左足の具合をみるに、痛みはひどくない。化膿だけがこわい。しかし、常識的な手当はした。 岩見沢のPAで電話。島牧ユースの宿泊を手配。胃の具合は改善したと思うので、2食付きである。 北海道に高速道路は必要か? 都市間連絡の幹線だけはあった方がいいだろう。都市部をあっさり通り抜けることができる。他車の走行ペースは、九州道を走った感じより、およそ10q/h速い。でも、、一般道との差は小さかった。 高速を降りたすぐを左折して天狗山に上がる。広域農道に入り、塩谷から仁木町へ。予想される海水浴渋滞をかわし、国富から岩内に降りる。すでに夕方なので、海水浴から帰る人たちの車が列をなしていた。ぼくは逆方向なので、気の毒に思った。 ! 岩内市内に入ったところで、クラッチに違和感がでた。切れた。 ホンダウィング岩内はお盆休み。船外機と自転車を扱っている「佐藤自転車商会」を訪ねる。普通、部品がなければ修理を断られるのだが、ここでは断られなかった。真鍮板を切り加工して、切れたワイヤーの端をくわえて半田付けし、修理してくれたのだ。クラッチの遊びはまったくないが、機能はすっかり取り戻せた。2,000円しか請求されなかった。この修理技術は過去のもので、今その技を持つ人は少ない。時間も1時間程度かかった。もっと取ってくれてよかったと思う。 ところで、島牧ユースの夕食は18:30である。あと1時間強しかない状況で、ぼくはメロスのように走った。寿都・弁慶岬と、海岸線をそうとうな速度で駆けた。通常、バイクを抜くのは遠慮していたのだが、この時は違った。 海面に太陽がついてしまう! アクセルを開ける。最良のラインを選んで走った。 まにあった。日没直前の到着である。 よくかんで食事。岩手ナンバーのSRV、それも同色に乗っている人と同じ部屋になったので、少し話をした。胃の痛みはなくなったが、足の痛みはひどく、ぼくは足を引きずっていた。 |
GR1vのひまわり(削除) ひまわり畑(削除) だーれもいない。太陽が似合う花なのに、どんよりした空だった。 黄金岬(削除) 夏の海岸らしくなった。道内各地の乗用車がいっぱい来ていた。全国区ではないとしても、道内では訪れやすい観光地なのでしょう。 転んだ場所(削除) 角が取れた深い砂利の道。お盆休みの前に、一気に砂利を流し込んで平らにしただけ、という感じだ。 左足の怪我(削除) そうとうひどいです。詳しく書くと映像が想起され、気分が悪くなることも考えられるので、書きません。 国富交差点近く(削除) 岩見沢PAから一度も休憩せずに走り続けたので、くたびれた。海水浴客が早めに帰途についた、という状態である。 佐藤自転車商会(削除) 部品ないのに、昔の方法でクラッチケーブルを修理してくれました。 |