「水曜日の少女」                               
 
 市民病院の長い廊下は薄暗くて陰気で、ぼくは嫌いだった。途中の部屋は器具室、空調室、薬品倉庫といった具合で、病院の裏手にあたり人の出入りも少ない。ぼくのように人と顔を合わせるとうつむいてしまうような人間には、そのほうが都合がいいはずなのに、それでもここに漂っている冷気にはなじむことができない。毎週通っている通路、うっすらと露が浮いていて滑りやすい。
 この先の部屋には若くてまじめそうな医者がいて、ぼくの話を聞く。なにをしゃべっても「そう、それで君はどう思っているの?」、こんな調子で、自分の考えはまったく言わない。しゃべりたいことをみんなしゃべって、もうここにはいたくないのに、医者はもっとぼくをしゃべらせようとする。
「今日はもう帰ります。宿題があるんだ。」
「そう。それじゃ来週もこの時間においで。」
 初めての時はぼくもウブだったから、泣きながら自分のことを話した。胸のつかえが一度に消えたような、すがすがしさを覚えた。だけどこのごろ、ここにくるのがイヤになりはじめている。ひょっとすると来週、ぼくはここに来ないかもしれない。
 帰りに薬局に寄って、薬をもらう。飲んだからといって、どこも良くなった気がしない。眠くもならないし、楽しくなることもない。薬局のお姉さんは、壁の引き出しからぼくの薬を出して袋に入れた。うす青い錠剤を二粒、寝る前に毎日飲むことになっている。
 病院から出ると、カサがなくてはどうにもならない雨だった。ぼくと同じようにカサを持たない人と、バスが来るのを軒下で待って、ぼくは思う。今の日本には、人が多すぎるのではないだろうか。カサから垂れるしずくを迷惑そうに、身をすくめている人がいる。カサを持っているのなら、狭い軒下に入らなくてもいいじゃないか。だけど彼女は人に迷惑だなんて思っていない。知らないことの強さを感じる。知らなければのびのびと、思うままに生きられる。駆け出す。濡れてもかまわない。駆け出すついでに、知らないし知ろうともしない人にぶつかった。何か悪態をついたがぼくには聞こえなかった。走るのは速いのだ。
 ぼくは変だろうか? アーケードを駆け抜け、息をはずませ考えた。ぼくは考えるから迷うし苦しいのだと思った。考えることを止めて、したいようにすると楽なのかも知れない。
    ☆
 水曜日ごとに、ぼくは午後の授業を休んで市民病院に通っている。先生とお母さんが話し合って決めた。公然と授業をさぼることができて、嬉しい。数学と国語がなくて嬉しい。普通の中学生が勉強している時間に、自由に街を歩くことができる。平日の午後一時に街を歩いていても、ぼくには理由がある。
 六月十七日。バスに乗ったけれども、病院には行かなかった。
 新しく出来たプラネタリウムは以前のものよりも大きくて、星空にはリアリティがあった。空調の風が自然のもののように思える。夜明けの冷気、明けの明星がマイナス四等の鋭い光を放つ。乾いた冷風に体が慣れて、東の水平線に初オリオンがのぼりかけると、朝の光に星々が埋もれて行く。
 ぼくは思う。人工の星をひとときでも本物と信じることができるのは、ぼくの眼の奥に本物の宇宙があるからだ。映像は忘れない。
 去年の七月から今年の二月まで、ぼくはいじめられていた。ぼくのことを、特に理由もなく嫌う人たちがいた。ぼくはこれといって悪いことをしていないのに、みんながぼくの悪口を言って、いつでもぼくにプレッシャーをかけた。
 トイレの壁に、ぼくのことが書かれていた。ひそひそ聞こえるのは、ぼくのうわさだ。「神経症的傾向がある生徒」と呼んで、先生はぼくを特別扱いした。いたずらは繰り返され、しょっちゅう靴がなくなった。ある日登校すると、ぼくの机はなかった。それなのに先生は、ぼくに席に着けと言った。いたたまれなくて、走り出したぼく。それは、九十二年の夏だった。
 架空の夜明けが来て照明がつくまでの四十五分、半球の星を見上げながら思った。
 人類のすべてがぼくの敵であっても、それでもぼくだけはぼくの味方だ。
    ☆
 山羽あきらは、中学三年生である。今年の三月から心理療法のカウンセリングを受けている。角倉が靴を隠した。出川ゆきこが彼の教科書を切り刻んだ。大場たけしがあきらの右手を締め上げ、つめにシャープペンシルを突き立てた。誰かが、彼のノートに「死ね」の二文字を書いた。しかし彼は、黙って死にはしなかった。少し屈折してしまったけれども、見事に復讐を遂げて生きている。生き延びた命は、元の素直さを失っていたが。
 暗くなってから家に帰った。彼の母はもう家にいて、今日の無事を聞いた。
「なんにもないさ。いつもどおりだよ。」
 そう言うと安心して、彼女はキッチンに戻っていった。あきらはこの人を心配させてたことについては悪かったと思っている。彼が大場たけしを殺そうとして、バットで殴ったからだ。
 今日は鳥の唐揚げとコンビネーション・サラダ、野菜スープの夕食である。彼が赤味の残る鶏肉を食べ残すと、彼女は料理が上手でないことを謝った。
「あきら君が鳥の唐揚げ、好きなこと知ってるのに、上手く作れなくてごめんなさいね。」
    ☆
 彼女はぼくにとって不愉快なことは決して言わない。食後にお茶、そして薬を飲んで、本を読んだ。今日の本は「若き日の思い出」。薄い文庫本だ。
 ぼくは月に二十冊以上の本を読むが、彼らはほとんど読まない。彼らはぼくの世界を知らず、ぼくは彼らの世界に興味がない。ぼくは彼らを野蛮だと思い、彼らはぼくを不気味だと思っている。大場が怪我したことを、内心愉快に思っている者もいるが、それはぼくを支持してのことではない。ぼくはぼくを支持している。しかし、味方はいない。
 いま読んでいるのは、ヘルマン・ヘッセの随筆である。マダガスカルの蝶がどんなに美しいか、さし絵はなくても想像することができる。柳に似た樹木の間を大柄な蝶が舞い飛ぶ。捕まえようとしてぼくも網を振る。ひらりとかわして蝶は水辺へ飛んでいった。彼女の自由を妨げようとしても、それは誰にもできないことだ。
 午後十一時ごろ、あきらは眠った。幸せな眠りを願って。願わずにいられないのは、あのころ彼の心に魑魅魍魎(ちみもうりょう)が現れて、心を切り刻んだからだ。彼に害をなす者たちは、死をもってその罪をあがなわなくてはならない。憎しみが心の多くを支配して、どす黒い霧が彼の心をくもらせた。いやだった。憎しみに支配された心がいやでたまらなかった。彼がとった方法は、彼の彼らしさを守るために、自分の中の悪魔を封じ込めること。自分の心象を画用紙に叩きつけ、無心になることを目的に、明滅する映像に形を与えた。描き始めると夜も昼もなく、食事も忘れて打ち込んだ。そして、映像を破壊した。
 あきらは自分の感情をコントロールする術を覚え、心に潜む悪魔を飼い慣らし操ることができるようになった。どす黒い赤くにじんだ抽象世界を描き殴り、自らを容赦なく傷つけた冬を過ごして、ようやく自分の中の悪魔を封じ込めることができた。三月からは学校にも行けるようになった。彼は被害者なので、どこにも後ろめたさはない。かつて自分を苦しめた者たちを下に見るために、先へ先へと勉強を進めた。テストで良い成績であるかぎり、先生もぼくの味方になる。
    ☆
 いろんな傷を引きずって、どうやら平安を取り戻した夏、ぼくは彼女に出会った。彼女にひきつけられた。彼女に会うことで、ぼくの運命は変わると確信した。
 六月二十七日水曜日、ぼくは美術館にいた。それぞれ違う作者の絵が、ここに集められている。気に入った絵を見つけると足を止めた。もうその絵に気がついていた。だからぼくはいちばんあとに、彼女を見つめた。明るさとはつらつとした表情、すこし憂いを含んで、美しい。ぼくと違う種類の人だ。
 作者はT市の人だった。この人にやきもちを焼いた。一足飛びに思考が跳ねて、この人が描いてくれたから彼女に会えたのに、この人が彼女を好きなのではないかと想像してくやしくなった。
 ぼくは市民病院に行かなくなっていた。もう心は落ち着いて、あの先生に話すこともなくなった。水曜日はぼくにとって特別な日になり、原爆資料館や児童科学館、県立図書館といった、制服で行っても不思議に思われない場所でゆうゆうと過ごした。
 三年生になってからは、誰もぼくにかかわらなくなった。大場は退院して、隣のクラスにいたけれども、ぼくをこわがって、ぼくをさけていた。角倉も別の学級でおとなしくしている。出川のことは、ぼくも初めから問題にしていない。
 今日から二科展の入選作品が県立美術館で展示されていることは知っていた。絵を見るのは好きだ。作者のメッセージが読みとれる。言いたいことがある。それを持てる限りの技巧で表現する。ぼくは描き手の苦心の跡を見て、完成した姿に感動する。ことばには出来ないことが、絵には出来る。映像の可能性を信じることが出来る。ぼくにはわかる。彼女はぼくを助けてくれるだろう。
 その絵はぼくを魅きつけて、恋、所有欲、嫉妬、おそれなどのさまざまの感情を喚起した。混乱した感情を整理しながら、彼女の前に閉館まで立っていた。美術館が閉まって、どうしても彼女と別れなければならなくなるまで、自分からそこを離れたくはなかった。左向きの横顔。それはただの絵だけれども、ぼくに命を感じさせた。
 翌週も水曜日に彼女に会いに行った。小さな所有欲を満たし、彼女がいつもぼくのそばにいてくれるように、彼女をフィルムに焼き付けた。いまぼくの定期券入れに彼女がいる。彼女はいつも左を向いて、ぼくではない誰かを見ている。その人の目を通した向こうに彼女はいる。
    ☆
 彼の特殊な感じ方について、今のうちに説明しなければならないと思う。彼の読書はグリム、アンデルセンの童話に始まり、アラビアンナイト、小川未明、雨月物語とつながっていった。かといって、本人はどの物語を読んだという自覚がなくて漠然と、創作されたイメージの世界にあこがれていた。彼は宇宙ロケットやUFOではなく、人魚姫やラプンツェルの絵を好んで描いた。有機質の曖昧さを愛し、早くから原色のありえぬことに気づいていた。
 彼の思考は時々跳ねた。途中経過をいっさい省略して、いきなり結論へ行ってしまう。その短絡さにはどこか危険なにおいがあったけれども、わたしは作者として彼に興味を持った。彼の論理の飛躍を、なるだけおぎなって書いていきたいと思う。
    ☆
 一九九三年十月、山羽あきらは同級生だった大場たけしを待ち伏せして、彼のバットを横殴りに一振りした。見ていた女生徒が悲鳴を上げ、駆けつけた教師にバットを取り上げられた時、彼は復讐の完成を願った。
『「死ね」と書いたのは大場の字だ。ぼくに落ち度はない。』
自分の行為を合理化し、信じたことを否定されぬために、彼は過去を再構築した。
「ぼくは小柄で非力な生徒。ぼくの手を痛めつけたやり方は卑怯で単純。ぼくが不意打ちを狙ったとしてもそれは仕方のないことだ。待ち伏せしたのではなく、偶然生徒玄関で出会った。大場がなにか悪口を言ったから、衝動的にバットを取ったのだ。あの女生徒はぼくが大場を殴るところを見てはいなかった。倒れた大場を見ただけだ。大場はぼくをいじめていたことを自覚していたはずだ。報いを受けたことを、彼なりに理解できるだろう。」
    ☆
 七月十四日、二科展が終わった。絵は次の展示会場に運ばれる。これだけ思いこめるのだからいつか、彼女に会いに行こう。そう思える自分をかわいいとも馬鹿だとも思える。
 彼の本心とは関わりなく、事件はいじめた生徒がいじめられた生徒に反撃を受け、全治三ヶ月の傷を負っただけのことになった。被害者の父が謝罪し、加害者である山羽あきらはなぐさめられた。小さく新聞に出たけれども、もちろんあきらの名前は出なかった。彼の自己防衛は盤石となり、その後一九九七年の夏まで、何者をも受け付けなかった。
    ☆
 ピグマリオンは願い続けて、願いは奇跡を呼んだ。ぼくはこの物語を知っているから、願い続ける。不安はひとつある。水曜日の少女が実在しないことである。ぼくの定期入れの彼女をじっと見る。左を見てはにかみ、恐れ、期待している不思議な表情は、画家の眼と手を通して絵になった。写実であるのか、イメージの視角化なのか、それがわからない。作者がこの少女に、一種のあこがれを持っていることは間違いなさそうだ。
 ぼくは母に、自分の考えの半分を言った。ぼくはT市の高校に進みたい。だから、夏休みに、T市を見てきたい。(T市にはあの絵を描いた人がいる。)(水曜日の少女が実在するなら、T市に住んでいる可能性が高い。)(表向きまっとうな理由があるのだから、彼女は許してくれるはずだ。)そして、夏休みの間しっかり勉強しようと思う。(それは、結局ぼく自身のためだ。)(この街でぼくは有名すぎる。大場を殴ったいじめられっ子の山羽あきら。新聞に名前は出てなかったけれども、うわさは必ず伝わっている。)(万一大場が復讐を考えたら、ぼくは逃げられない。)三年生だからね。(ぼくには何かが不足している。何かが抜け落ちている。)(絵を描いてもどこか冷たい絵になってしまう。)(あの人には、どこがどうと言えないけど、暖かいこころがあると思う。) 将来のことを考えるんだ。この街にいたらだめになってしまう気がする。(普通科に行っても絵は描ける。芸術はしょせん、独りで行うものだ。)(あと三年、それでもぼくの絵がぼくの眼で見てだめなら、・・・しかし、それであきらめられるものか?)T市に行かせて欲しい。
 思った通り、彼女は賛成した。T市のM高は自由な校風で知られ、しかも有名な進学校だった。
「あきらくんにはぴったりかもね。いいわ、夏休みになったら、行ってらっしゃい。お父さんにはわたしから話しとく。」
    ☆
 七月二十二日、ぼくは一人でT市に向かった。特急列車で二時間の大きな街だ。駅からタクシーでホテルに入り、荷物を置いて周囲を歩いた。この街にぼくのことを知っている人はいない。なんとなく愉快で、昔からこの街に住んでいる人と同じように、あちこちを歩いた。本屋から本屋へ、行き先は本屋ばかりで、自分の行動にあんがい意外性が少ないことに気づいて、変化をつけるために映画を見た。ストーリーのでたらめなSFファンタジーにあきれながら、あきれられる自分にうぬぼれて、なぜこの映画がつまらないのかを頭の中で感想文にしていた。ラーメンを食べていつも食べている店と比較したり、おそるおそるゲームセンターに入って、ほどなく補導員らしい二人連れを見つけて隠れたり、せまい自分の自由を楽しんでいた。明日、M高校の体験入学会がある。
    ☆
 ぼくはバスでM高校へ行った。
 M高校はホテルからおよそ五キロの川沿いにある。あらかじめ送られてきたパンフレットのバスに乗ったのだが、一万分の一の地図を持ってきたので故意に手前のバス停で降りた。川辺の道を歩いていった。補習の高校生が自転車でぼくを追い越して行く。しだれ柳をかわしながら、自転車は走って遠くなった。歩くにはちょうどいい距離だった。
 正門の前で案内に立っていた職員に学校見学のはがきを見せて、ぼくは指示された通りの教室に入った。まだ見学の生徒は少ししか来ていなくて、誰もがお互いを知らない様子だった。ちらりと目を走らせて、人を値踏みしているようす。造形的に優れた容姿の少女がいたけれども、瞳はいやしい。ぼくもまた値踏みしているのだった。
 八時四十分にこのクラスを一日だけ担任する先生が来た。戸倉と名乗ったその先生は今日の時間割を説明し、一時間目のLL教室に連れていった。英語、数学、国語、理科、社会、美術、音楽の六時間。これが学校説明会の時間割だ。
 他の授業は非常にわかりやすく、国語と数学が苦手だと思っていたぼくにもよく理解できた。五時間目、期待していた美術の時間。広い美術教室に現れた先生は、知っている名前だった。あの絵を描いた人だ。ぼくはこの先生に会いたかった。
 ぼくの知りたかったことを、内容を深めてぼくの前で見せてくれた。一時間だけの授業で、ただデッサンするだけだとつまらないな、と思っていたが、対象への接近方法をよくわかるように教えてくれた。五時間目が終わって、他の見学者が音楽教室に移動したあと、ぼくはもう一度美術室へ向かった。水曜日の少女のことを知りたい。
 さっき後にした美術室に戻り、そっとドアをあけて中を見ると、先生は部屋の掃除をしていた。
「手伝いましょうか?」
「そうか? ここにゴミを持ってくるから、君、集めて捨ててきてくれ。」
 水曜日の少女を、描いた人とは見えない。買ってから三年は洗っていないように見える白衣の下にしっかりネクタイをして、じわりと汗をかいている。
「美術館で、先生の絵を見ました。」
「そうか・・・。」
 口のはしにちょっと得意そうな笑みが浮かび、それから恥ずかしそうにぼくを見て、何をしに来たのか尋ねた。ぼくは、他の絵も見せてもらいたくて来ましたと言った。部屋の前で思いついたせいいっぱいの口実だ。彼はここには少ししか置いていないが、と言い置いて奥へ入った。窓の外から、ピアノの音、合唱の声、歓声や鳥の声などが聞こえる。しみのあるカーテンを風がゆする。数分ひとりでいる間、ここの生徒が描きかけた絵を見ていた。まだまだだ。こんな技巧では、どんな叫びもひとに伝えることはできない。
「この絵は、三月に描いた。」
 照れながらぼくに静物画を見せて言った。単純でいやみのない人だ。ぼくが懸命に言葉をさがしてほめると喜んで、崎陽の丘から市内を写した風景画や、生まれたての赤ちゃんを二十人も描いた人物画?(人物画だろうか? 命の主張だけは感じられた。)を出してきて、どんな風に描いたか説明してくれた。初めはただ怪しまれないための口実だったけれども、ぼくもだんだん熱中して、あこがれはあっても思ったような絵をかけないこと、イメージを形象化するためにはどうしても一定量以上の技巧が必要らしいと思うことなどを話した。この人の率直さにぼくまで影響されはじめている。この人の絵だったからこそ、彼女を好きになったのかも知れない。
 その時、チャイムが鳴った。ぼくは水曜日の少女のことを知りたいのに、素直に訊くことができなくて言った。
「先生、もっと見せてもらえませんか?」
 先生は、ああ、いいよ、次の日曜に、と言って絵を片づけ始めた。
「家は近いよ。市民プールの裏、弁当屋のあるマンションの三○一号だ。」
    ☆
 中学二年生の七月、山羽あきらは美術の時間に大場たけしの絵を見て、前衛的だね、と言った。別にからかう気持ちはなかった。言われた大場は、そうかあ? と少し照れて、その絵にもう一匹、クジラを描き加えた。沖合の島と、岸につないだ小舟に並んで、シロナガス・クジラが浮かんでいる絵だった。その時、横にいて海を青く塗っていた出川ゆきこが言った。
「莫迦ねえ。下手だっていうことよ。」
「山羽、そうなのか?」
 大場が太い声であきらを呼んだ。違うよ、とあきらは言ったが、大場は出川の方を信じたようだ。
 あきらはすでに忘れていたが、こんなささいなことが発端になるのだ。うぬぼれている、イヤな奴だと思われてしかたがないようなことが他にもあって、その頃には彼を遊びに誘う者もいなくなっていた。
 あきらは昼休みに図書室へ行って、その日読む本を選ぶ。中学生向けの文学全集などはとうに読んでしまい、今は岩波文庫の棚に取りかかっていた。ひとりで本を読み続けるあきらは、同級生に理解されない。接点のない両者には誤解が重なり、今にもはじけそうな緊張状態になった頃、滑り込むように夏休みが来た。
 大場が野球部の練習とテレビゲームで過ごした夏休み、あきらは思い通りに描く技術が欲しくて、午前中はデッサン、自分を楽しませるために、午後は読書の夏休みを過ごした。
 あきらが県立図書館に行くために乗ったバスに、偶然大場が乗り合わせても、あきらは気がつかないふりをしていた。あきらはうつむいて歩き、街で同じクラスの誰かと会っても気がつかない。誰かが悪口を言ったとしても、あきらには聞こえていない。
 八月九日の原爆記念日、登校日のその日もあきらは教室で本を読んでいた。岡倉天心の「茶の本」である。あきらは初めて芸術へのあこがれを感じていた。分野は違っても、これが芸術の心だと思った。
 大場があきらの席に近づき、あきらの本を取った。
「あれっ! まんがじゃない。」
 本を教卓近くにいた殿村に投げて、まんがは先生に取られるのにこういう本はいいなんて不公平だよな、と出川に言った。出川はさっき先生にまんがを取り上げられたばかりだった。
「本が傷む。返せ!」
 あきらが言っても大場は返さず、殿村とキャッチボールを続けた。カバーが取れて表紙が破れ、ちぎれて、飛んだ。本を取り返そうとして右往左往することの滑稽さを思って、あきらは「茶の本」がひどいありさまになるのを見ていた。これはぼくの過失ではない。しかしこのまま図書館に返すことはできない。古い本だから同じものは弁償できない。その前に、これはぼくの過失ではない。
 あきらは先生に訴えなかった。大場はあきらがチクったと言いふらすだろう。いさかいの種をこれ以上大きくするよりは、ぼくが黙っていればいい。心をゴムの皮膜で覆い、恨みを胸に飲み込んで、あきらは床に落ちた本を拾った。
    ☆
 夏休みの間に、あきらは六十三冊の本を読んだ。三島由紀夫「盗賊」、「仮面の告白」、「沈める滝」、「音楽」、「真夏の死」、堀田あけみ「一九八○アイコ十六歳」、北杜夫「ドクトル・マンボウ航海記」、「同昆虫記」、川端康成「美しい日本の私」、今道友信「美について」、「愛について」、岡倉天心「茶の本」、宮本輝「泥の河」、「蛍川」、「幻の光」、田中英光「オリンポスの果実」、高橋和己「堕落」、高野悦子「二○歳の原点」、「二○歳の原点ノート」、堀辰雄、「美しい村」、三浦綾子「塩狩峠」、太宰治「晩年」、「人間失格」、「走れメロス」、「斜陽」、「ヴィヨンの妻」、「津軽」、谷崎潤一郎「春琴抄」、「刺青」、「秘密」、「痴人の愛」、「細雪」、「卍(まんじ)」・・・・。
 これらの本に共通項を見つけようとすると、それは「美」と「死」の二項目であるだろう。その甘美ないざない、十四歳になったばかりのあきらにとって、たまらなく魅力的だった。彼は好んでジュリアス・シーザーの像をデッサンした。英雄の死を写し取ろうとして果たせず、彼は何度も描き直した。
 画塾の先生は彼を自由にさせておいた。なにかアドバイスしようとしても、彼は聞こうとしなかったし、それだけ熱心にデッサンを繰り返すあきらは、放っておいても何かを学び取るはずだったから。
    ☆
 九月になった。一見平穏に見える日常が始まった。
 もうすぐ合唱コンクールである。音楽の先生はあきらに、アルトのパートに入るよう指示した。あきらはまだ完全に声が変わっていなくて、中途半端なアルトは、声変わりした男子パートに合わなかった。女の子たちは男子生徒が加わることを嫌った。自分には居場所がない。そう感じてあきらは放課後の練習をサボって家に帰った。音楽の時間も、声を出すことがいやでたまらなかった。
 九月十日、合唱コンクールまであと九日の水曜日に、教室を出ようとしたら大島綾子が見とがめて言った。
「学級で協力し合っていることに協力できない人は、もう仲間でも何でもないからね!」
 彼女は以前、あきらのことを好きでいてくれた。あきらは気がついていなかったし、今のあきらはすべての人に嫌われているのだと孤立感を深めていたから、彼女のことを他の多くの生徒と同じだと思っていた。
「みんな学級のために協力しているのに、山羽君だけだよ。勝手に過ごして、いい加減に合わせて、そして最後に裏切ってる。」
    ☆
「そう。ぼくは裏切っている。だが、はじめにぼくを裏切ったのは誰だ?」
 一度思いこんでしまった者を、誰が変えることができるだろう? 大島綾子を取り残して、彼は早足で教室を出た。胸の中のどす黒いものを、うわーっと、吐き出してしまいたかった。じりじりと彼の心を焼く憎しみ、彼を苦しめているあらゆる者に、反撃してやりたい。
 彼は自分の靴を取り、大島の靴を廊下に投げ出した。
「あとは、何者かがやってくれる。」
「廊下に投げ出したのはぼくだけれど、その後のことは知らない。」
 あきらはまっすぐ帰宅し、知らなかったけれども、靴が見つからなくて帰ることが出来なかった大島綾子の気持ちを変えた。人を悪く変えるのは簡単なことだ。
    ☆
 そして、大場たけしが怪我をした十月になった。(続く)

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