貧しい者と乏しい者とは水を求めても、水がなく、その舌がかわいて焼けているとき、主なるわたしは彼らに答える、イスラエルの神なるわたしは彼らを捨てることがない。 イザヤ書41章17節
1.神様は、貧しい人、乏しい人が求める時に、助けてくださいます。
上で示した本日の御言葉の「貧しい者」、「乏しい者」というのは、
i) 貧しい者・・弱い人、貧しくて弱い人、貧しく悩んでいる人、不運な人、身分の低い人
ii) 乏しい者・・とりわけ貧しい人、乞食、貧窮している人、しえたげられている人、酷使されている人、助けが必要な人
のことです。神様はそのような人々を問題から解放して下さいます。
マタイによる福音書5章3節で、イエス様は「こころの貧しい人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである」と仰せになっています。ここで「こ ころの貧しい人」というのは、クリスチャンとしての品性・徳・永遠の富に欠乏している人、義に飢え渇いている人のことです。私たちは、神様の恵みで自分を 満たす必要があります。
貧しさを保つことは、神様の恵みをいただき、それを与えるものであり続けることでもあります。「死海」のように受けるばかりでは、文字通り死んだ信仰になってしまいます。「ガリラヤ湖」のように与える者になりましょう。
2.神様は祈りに答えてくださいます。
上のイザヤ41章17節の後半には「主なるわたしは彼らに答える」とあります。この「答える」はヘブル語では、「答える、効き目を示す、証しする、応答する、住む」と言った意味があります。祈りに答えてくださるとともに、住んで共にいてくださるのです。
3.神様は、祈り求める貧しい人、乏しい人に答えてくださいます。
そして、同じ17節には「わたしは彼らを捨てることがない。」とあります。「捨てることがない」というのは「放っておかない、かえりみてくださる」と言う
意味です。また、ここにある「イスラエル」というのは霊的なイスラエル、すなわち神様の命をいただいているクリスチャンのことを指しています。
第1ペテロ5章7節には「神はあなたがたをかえりみていて下さるのであるから、自分の思いわずらいを、いっさい神にゆだねるがよい。」とあります。
4.「ゆだねる」という言葉は投げ出すと言う意味です。
それは、かかえている諸々の問題を神様に投げ出すことです。この世に答えを求めず、信仰を働かせましょう。自分が貧しいと思ったら、この世のもので満たされる前に祈って、主から満たしをいただきましょう。