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〜発光ダイオードの葬儀看板〜
=函館・亀田葬儀社が開発=
函館市桔梗3の亀田葬儀社はこのほど、発光ダイオードを使用した葬儀看板
「自光式セレモニーディスプレイ」と、光ファイバー使用の遺影用額「アー
トフラワーセット」を開発した。4月からは全国販売も行う。
故人名や葬儀の時刻を記す看板は、紙や板に手書きするケースが多いが
夜は字が見えにくく、とっさの書き換えができない。
そこで、飲食店などの広告に使われている発光ダイオードの電光掲示板を
利用し、暗いところでも見えるうえ、リモコンでいくつでも文字が入れら れる
ようにした。祭壇の横に置き、故人のプロフィールなどを流すこともできると
いう。また、アートフラワーセットは、遺影の縁を飾る造花に光ファイバーの
糸を巻き付けてあり、美しく神秘的に見せる効果があるという。
祭壇の花全体に使用することもできる。
同社はこれまでにも、自宅葬向きのコンパクトな祭壇など新商品を開発しており
川道一司社長は「(遺族が)どんな弔いをしたいのかは、千差万別。いろいろな
選択肢を提供していきたい」と話している。
(2002年3月26日 北海道新聞夕刊掲載)
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〜省スペースの祭壇商品化〜
ひつぎを下に洋風デザイン・来月から全国販売
自社設計で開発した新商品で、 奥行き3畳分程度の広さが必要だった既存の祭壇の
デザインを大幅に変更。ローラーを取り付けた下部に柩(ひつぎ)を収納することで
同1畳分に省スペース化を図った。外観も従来の木目調から緑などのシンプルな単色で
洋風の装いにし、祭壇をシンビジウム、コチョウランなどの洋花で飾る。ろうそく立て
や焼香台などの具足も同系色のガラス製のオリジナル品を揃え、弔いの場のイメージを
一新した。同社によると、核家族化に伴って近年は自宅葬の需要が増えている反面
祭壇は大型の物が多く一般的な6畳間では対応しきれないという。川道社長は「同商品
では弔問客の場所を確保できるほか、大規模葬の第2会場用など多様な利用が可能」と
話す。来月3日から大手卸売会社を通じて全国の葬儀業者向けに販売し、当初5000台
年間2000台の需要を見込む。自社でも同祭壇を使った葬儀を既存料金より割安の
10〜20万円台でサービス化し、新スタイルの浸透を目指すとしている。
また、葬儀費用などの共通化を狙い同社を含む道内7社で立ち上げた同業グループ
「mec(メック)21」では、同商品を主軸に事業展開する方針。川道社長は
「地域にかかわらず同じサービスが受けられるよう、将来的には全国ネットワークを
広げたい」と期待している。
(2001年7月31日 函館新聞、北海道新聞掲載、9月10日 祭典新聞掲載) |
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〜海が好きだった夫もきっと喜んでくれる〜
大好きだった海に主人を・・・。
洋上に遺灰をまき、故人を埋葬する海洋散骨が10日、穴間沖合で神道の儀式にのっとって
行われる。桔梗町372の澤田晴子さんが昨年12月に心不全で亡くなった夫の重清さん
を送るため準備を進めてきた。葬儀関係者によると、洋上での儀式にならった散骨は
函館ではおそらく例が無いと言う。
重清さんはもともと建築業を営んでいたが、ここ20年ほどは仕事を離れ、樹医の資格を
取ったり、気性予報士の資格取得を目指していた。高校を出てすぐ当時の保安庁警備隊
(海上)舞鶴練習隊に入隊するなど「海へのあこがれをずっと抱いていた人だった」という。
今回の海洋散骨は、重清さんが生前「散骨の会にでもはいろうかな。いろいろやり方は
あるだろうが、俺はやっぱり海がいい」と口にしていたのを思い出し、晴子さんが同じ
桔梗町の亀田葬儀社(当時 川道政義社長)に施行を依頼し準備を進めてきた。
当日は神道の儀式にのっとって実施、午前中、自宅で粉骨の儀式を行ったあと、午後1時過ぎに
函館シーポートプラザ横から小型の観光船に乗船、穴間方面の沖合で船を停止して散骨の
儀式を行う。同船には大森稲荷神社小野孝良宮司、晴子さんの友人ら約10人が乗船、献花
や黙祷も行い、重清さんを海にかえす。
「夫の遺志を尊重、宗教や親子、親戚関係にこだわらず、私達2人の家庭であることを
考えて散骨することにしました。海が好きだった主人ですから、きっと喜んでくれる
ことでしょう。」自宅床の間に飾られた遺影と遺骨を前に、晴子さんはむしろ穏やかな
表情で明日の葬送を待っている。同葬儀社によると、今回の散骨は、既に葬儀も行われて
おり、いわゆる”自然葬”とは異なるものだと言う。
(函館新聞掲載)
(その他、他社新聞でも紹介されました。)
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亀田葬儀社がセミナー
遺言などの講演メインに
道内の葬儀業者グループ「mec(メック)21」に加盟する亀田葬儀社(桔梗町340
川道一司社長)は葬儀や相続などをテーマにした「葬送セミナー」を26日、亀葬会館で
開いた。同社が開発した省スペース型祭壇のPRを兼ねて企画した内容で、今後、会員企業の
ある札幌、釧路などで開催する。
mec21は地域格差の大きい葬儀費用やサービスの共通化などを目指し、今年7月に札幌
旭川などの道内の同業7社で発足。同セミナーは「敷居が高いと感じられている葬儀に
ついての相談の場に」(川道社長)と、グループ初の共同イベントとして展開する。
同社では4年前から同様の催しを開いており、今回は司法書士による遺言、相続などに
ついての講演をメインに内容を拡充。会場には葬儀式や海洋散骨、合祀墓などの相談
コーナーも設けられ、この日は午前中から家族連れら約30人が来場した。
講演では司法書士の畠山清氏が遺言書の有効性など、相続を取り巻く社会情勢の変化を
紹介。特に少子、核家族化の進展に伴い無縁墓が増加している現状を踏まえ
「今後は大都市圏でみられる納骨堂で永大供養するスタイルが一般化するのでは」と
語った。また、会場内には同社が商品開発し、今月から全国販売を始めた省スペース型
祭壇「一畳くん」を展示。近年増加する自宅葬に対応した祭壇として引き合いが高く
来場者からもシンビジウムなどの洋花を用いる斬新な装飾が感心を集めていた。
同セミナーは9月以降、札幌、釧路、旭川で開催し、グループ活動の浸透を図る方針。
川道社長は「同祭壇を使った共通サービスも計画しているので、今後の事業拡大に
役立てたい」と話している。
(2001年8月27日 函館新聞より)
その他、北海道新聞でも紹介されました。
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珍しや「お葬式大展示会」
自宅葬コーナーも登場
祭壇や葬儀用品など数百点を集めた「お葬式大展示会」が11、12の両日、JR桔梗駅前の
亀田葬儀社で開かれ、年配客や親子連れが足を運んだ。
函館市内の亀田葬儀社が142社の商社などの協賛で開いた。葬儀関連のこうした大規模な
展示会は道南で初めて。祭壇や香典返し、仕出し料理の見本をはじめ、葬儀式相談や
霊柩車の変遷をつづった写真パネルコーナーなど多彩な内容。葬儀は親類だけでひっそりとー
という故人の遺志を尊重するケースが最近は増えていることを反映し、自宅葬のコーナーも
設置され、年配の夫婦らが身ぶり手ぶりで相談しあう姿が見られた。
(北海道新聞、専門誌「SOGI」通巻47号(1998年)掲載)
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テレビロケに参加して・・・
今、函館はテレビドラマや映画のロケが相次いでおり、例年より多く感じられます。
その中でフジテレビ系列で放送中(毎週水曜日午後9時から)の「愛をください」のロケに
当社保有のキャデラック洋型霊柩車、黒塗り送迎車など計4台が撮影の協力を依頼されました。
撮影は7月17日から21日までで、主な撮影場所は谷地頭電停、教会青柳町、函館ロープウェイ
函館駅前朝市、幸坂、外人墓地、函館斎場など。
当社の出番は前記場所で18日、霊柩車および送迎車での出棺シーンと、教会での葬儀の受付
シーンなどの撮影。20日と21日は、朝市の買い物客、ロープウェイの観光客として当社社員が
エキストラとして出演しました。テレビ局スタッフによるきびきびとした機材セットの移動
そして段取りや撮影風景など、当社の社員たちは普段見慣れないものを色々と見てよい勉強に
なったようで、初めの緊張がとけると同時に、それぞれに今後の葬儀の仕事に生かせる何かを
つかんだ感じです。なお、放送日は8月16日と9月20日の最終回を予定。主演は菅野美穂
共演は江口洋介、伊藤英明、風吹ジュンなど。函館西高校出身の芥川賞作家、辻仁成氏が初めて
テレビドラマの脚本を担当した話題作です。
(祭典新聞掲載、専門誌「SOGI」通巻59号掲載:2000年)
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地域に密着し利益還元
宗派すべてに対応・・・家電販売など幅広い事業
葬儀業を柱に、仏壇・仏具の店舗販売部門、家電製品販売の商事部門など5部門にわたり
幅広く事業展開している。社の基本理念は「地域に密着した企業で、利益を地域に還元
すること」。本社社屋に二つある亀葬会館を、葬儀や法事だけではなく、町内会の会合や
忘・新年会、踊りの発表会、老人クラブなどに利用してもらっている。料金は「ほんの
数千円です。」という。家電製品やタイヤなどの販売も、地場の問屋と取り引きし、地域に
お金を落とす。仏教各宗派、キリスト教、神式、無宗教のすべてに対応。菩提寺を持たない
本州出身者が無宗教の葬儀を希望しても、1周忌などの年忌法要で困らないよう故人の
出身地や菩提寺などを確認。遺族と相談して寺院や神社、教会を紹介し、住職や神主さん
による密葬を済ませてから無宗教としてお別れ会や追悼式などを執り行う。
身寄りのない人や生活保護を受けて亡くなった人の葬儀を、市や病院、老人ホームなどから
依頼される。市などから規定の葬儀料が支払われっるが、通常より少ないのが実情。
「身内のいない人はなおさら通常の人と変わらぬ内容で荼毘に付し、葬式をあげます。
金額が安いからといって差別したり略式でしたり絶対しません。人の命の重さはみな同じ
ですから」と川道専務。
できるだけ安い料金設定を心掛けており「仮に葬儀部門が赤字でも、他部門からの収益も
あり、全体でペイできればいいと考えています」。と語る。
棺をオリジナルに製作しており、故人の体格や棺の材質、色や形など全部で25種類ある。
社の独自性を出すため、葬儀代金の割り引きなどの特典がある「あんしん亀の会」の
スペシヤルパックも始めた。
(1998年3月2日 函館新聞掲載)
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地場に仕え、地場に育てられる
ずいぶん前のことになるが、北海道・函館の亀田葬儀社から手紙をいただいた。「ぜひ一度
取材に来てほしい」という内容でっあた。この手紙の発信人が、専務の川道一司氏である。
父親が異業種から参入
亀田葬儀社はJR函館駅から二つめの桔梗駅前にある。社名は函館市に行政区分される前の
地名である亀田郡からとったもの。創業者は、一司氏の父親である川道政義社長、昭和46年
に友人との共同経営の形で始めた。政義氏はそれまで電機店をを経営していたが、二重価格
問題で電機業界が不振になったとき、多角経営の方向を模索、友人が霊柩車の運転をしていた
関係で最初は霊柩車業として始めることで、葬儀社の看板を掲げた。電機店経営も継続しな
がらの、文字通り見よう見まね、てんてこまいの出発であった。地道な努力が実を結び
4年後の昭和50年には会館(旧亀葬会館)を建設し、仏壇、仏具、神具の店舗、事務所を完成
するまでになった。平成2年、共同経営の友人が病気になり引退、同年10月には、亀葬会館
店舗、事務所を新築した。単独経営を契機に、それまで異業種に携わっていた息子の一司氏が
入社した。
両親の背中を見て育つ
一司氏は今年28歳、父親が葬儀業を始めた時は、まだ2、3歳であった。両親が多忙で、幼稚園
小学校の参観にも来てもらえないことが多かった。祖父母と起居をともにする生活が続く。
父も母もそれほど丈夫な身体ではなかった。母は無理がたたってか失明寸前になり、父は肺を
患い何度も手術を受けるなど病弱で、寡默な人であったが、意志は人一倍強く、決心したことは
曲げずにやり抜こうとする人であった。一司氏は祖父母の腕の中で両親の後ろ姿を見て育った。
大学を出たあと別の業界に就職したが、家業を継ぐのを敬遠したためでははな。
「黙々と頑張っている両親の姿には子供を納得させるものがありました。他人のお世話をして
きたから、弱いながらもこれまで生き延びさせてもらえたのだと、両親は口癖のように言って
感謝していました。学校を出たあと、すぐに家の仕事を継がなかったのは、しばらく別
の仕事を
しておいた方が将来のために良い経験になると思ったからです。それに、祖父母と暮らしていた
おかげで、お年寄りを見ると優しくしてあげたいという気持ちが自然に湧いてくるものです」と
語る一司氏である。
有言実行で、着々整備
平成3年に入社した一司氏がまず心に誓ったことは、「父親が大切にしてきや遺族への想い」
「それによって培われてきた会社への信用」を第一義に考えるということであった。
そのうえで、家業イメージを払拭し企業イメージを獲得するための整備が一つ一つ具体化
されていった。亀田の名にちなんでロゴマーク「おじぎ亀」を自分でデザインし、パンフレット
類も整備した。この亀マークは、「常に感謝の気持ちを忘れないように」という意味だという。
設立当初からの主業務であった霊柩車業にも力を注いだ。これまでの軽霊柩から一般
貨物
自動車運送事業・霊柩(青ナンバー)の許可申請書を平成5年4月に許可が下りるまでの間に
事業遂行に必要と考える9種類の資格を次々に取得。中でも、運行管理者、三級整備士は
当時年に一度の国家試験だったので不合格になるとそれだけ遅れることになると、仕事を続け
ながら半年間夜学に通うなど背水の陣で臨んだ。これに関しては特別な思い入れもあった。
長く関わりのあった行政書士が許可申請を作成してくれたが、彼はそのときガンで死の床に
あった。最終の書類を作成し終えた数日後に、彼はこの世を去った。死の間際まで力を貸して
くれたのかと思うと、胸が熱くなり、奮起したという。平成5年12月には、洋型霊柩車
(キャデラック、米国S&S社初の試みの特注車両で6人乗り、独自の洋風棺室仕様・二遺体
搬送可能)と総ステンレスのバス型霊柩車を導入し、霊柩車の保有台数は全部で6台にまで
なった。独自の会員システム「あんしん亀の会」も始めた。これは1000円の入会金のみで
各種費用1割り引きの特典が得られるというもの。現在約1600名の会員がいる。
これらを一司氏は有言実行でやってきた。父の政義氏はどちらかといえば不言実行型。
有言無言の違いはあるが、いずれも重点は実行にある。
サービス拡大と話題性の追求
おもしろいのは、法人登録の営業目的に「自動車用品の販売」「家庭電気製品および家具の
販売」「清涼飲料水・酒類・たばこ・食料品の販売」「衣料用繊維製品及び衣料用付属品の
販売」などがふくまれていること。家庭電気用品以外は、葬儀業の中で遺族の要望に応えよう
としているうちに、同じやるなら営業許可までちゃんと取得して、となったものだという。
もちろんこれは「葬儀社がこんなことまで?」という話題性も一つの狙いであろうが、
葬儀業の枠にとらわれず、遺族へのサービスを突き詰めた結果、自然とこうなったのだという。
原点を見失わずに
父の補佐をしてすでに3年、一司氏は今、専務として全業務の6〜7割を任されるまでに
なったが、まだまだ父から教えられることが多いという。
「父は昔から自分で施盤機を動かし塔婆等の葬具を作っています。もうそういう時代ではない
という考えもありますが、頑として今でも続けている。父にとっては、遺族への想いの原点が
そこにあるのだと思います。若い私たちにはなかなかできませんが、急激な変化の中にあって
も本当に大切なものは何かをいつも考えながら仕事をしたいと思っています。」
「この数年間、会館の整備、霊柩車の新導入など、ハード面を充実させることに努めてきました。
これからは遺族の方々との心のふれあいをより大切にし、それに十分に応えられる人材の養成
社員教育の強化が課題です。」社員は現在、パートも入れて16名。近々これを20名くらいに
増やすつもりだという。葬儀施行件数は月20件前後、年商は約3億円である。
電話がなった。「タイヤ一組ですね。はい、かしこまりました。どうもありがとうございました。」
と対応し、配達に向かう一司氏。
将来の姿は「葬儀部門を持つ総合サービス会社」とユニークなものになっているかもしれないと
ふと思った。
(1995年 専門誌「SOGI」通巻25号掲載)
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