この企画展では、当館収蔵の狩野派絵画を一堂に会し、ご覧頂きます。
これらが如何にして高梨家へもたらされたのか、絵画入手を示す手紙や受取等が
現存していないため、収蔵経緯は明らかではありません。
唯、狩野素川章信筆「扇面散らし図」屏風は、背面に江戸町の漢方医・二宮桃亭
への感謝の言葉が記されていることから、経緯は分かります。この二宮桃亭とは、
漢方医でありながら書画戴金を趣味とし江戸で活躍していた人物で高梨家二十三代
の四男・泰元は桃亭の娘婿となっています。また、その子孫は、明治期まで漢方医
として当家の侍医でした。つまり、素川の作品は親戚関係筋からの移入として今に
伝えられたものと思われます。
その他の作品は狩野派の本流、奥絵師と言われた絵師たちの作品です。江戸時代
には醤油造家や名主の身分で、表絵師や、ましてや奥絵師の作品を直接購入する事
は難しいと思われますから、当家の収蔵品は明治期以降収集されたものと考えられ
ます。ただし、親戚筋であった糠田(現埼玉県鴻巣市)・河野家の日記には、安政
三年に購入した探幽筆三幅対の絵が描かれていますので、幕末には、この様に農民
でも購入する事があったのでしょう。高梨家にはこの様な文書は残っておりません
が、名主を務めていた村の神社の御神体は、延宝二年(1674)寅八月二十五日記の
探幽の長男・守政の筆によるものですから、何らかの関係は考えられます。
これら絵画の収蔵状態は、外蔵の戸棚に入れられたり、あるものは巻き取られた
形で塗り箱に収納されていました。特に昭和初めに住宅が数寄屋造りになって以降
は、屏風も軸物も使用されていませんでした。
今回は、軸物は床の間で、屏風は座敷で、という本来の鑑賞のかたちをとれない
ことが残念ですが、どうぞごゆっくりお愉しみ下さいます事を願っております。