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| 観光地名 | : | 南洲神社・南洲墓地(なんしゅうじんじゃ・なんしゅうぼち) |
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| 電話番号 | : | 099-247-1100(西郷南洲顕彰会),099-216-1327(鹿児島市観光課) |
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| 住所 (リンク先は地図) |
: | 鹿児島県鹿児島市上竜尾町2-1 |
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| 地図 (powered by Google Map) |
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| 訪問日 | : | 2006年9月30日 |
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| HP | : | 南洲神社・南洲墓地(楽天トラベル旅コミ[口コミ]) 南洲神社・南洲墓地(「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」更新情報)(カミタク・ブログ内記事。コメント,クチコミ情報はこちらへどうぞ。) (2007年1月現在、公式WEBサイトは見つけられませんでしたが、その他、 鹿児島県公式観光ガイド「ゆっくり・悠・遊・観光かごしま」でも西郷南洲顕彰館・南洲墓地として、 フリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)でも南洲神社として、 るるぶ.com・るるぶ観光情報:鹿児島県でも南洲墓地として、 Travel@nifty・国内スポット情報・鹿児島県でも南洲神社として、 島津交通タクシー・歴史探訪コースでも南州墓地として、 チェスト!でも西郷南洲顕彰館・南洲墓地として、 曹洞宗護国山善昌寺でも南洲墓地でとして、 明治という国のかたちでも南洲墓地として、 鹿児島情報局かごしまかごしまでも2004年1月3日 南洲墓地として、 ぼっけもんの詩でも南州墓地からとして、 鹿児島史跡探偵団・鹿児島史跡MAPでも西郷南洲顕彰館・南洲墓地として、 空手師範のボディガード日誌(ブログ)でも南洲神社として、 げんにぃのつぶやき(blog)でも 初詣、南洲神社として、 S席かごしま・デートのアイディア(blog)でも南州神社, 六月燈2005 〜南洲神社〜として、 Yuki'sわーるど(blog)でも南州神社からとして、 スーパーカブで、Run、ラン♪ラン♪(blog)でも南州墓地として、 カゴシマライフネットブログでも南州神社として紹介されています。) |
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| 交通案内 アクセス |
: | 鹿児島への切符の予約は、【楽天トラベル】航空券予約, 【楽天トラベル】ANA楽パック(航空券+宿泊併せて)予約, 九州新幹線「つばめ」等のJR九州(九州島外のJR各社の予約も行う場合、JR CYBER STATION), 【楽天トラベル】高速バス予約で行うことができます。レンタカーご利用の方は【楽天トラベル】レンタカー予約でレンタカーの予約ができます。
鹿児島市内についた後の移動手段としては、観光地周遊バス・カゴシマシティビューの南洲公園入口バス停(リンク先は地図)下車すぐです。 カゴシマシティビュー1日乗車券は市電・市バスも乗り放題なので便利です。 |
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| 最寄りの温泉地,宿泊地 |
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| 解説 | : |
南洲神社と南洲墓地は、西郷南洲顕彰館と共に南洲公園の中にある観光スポットです。南洲墓地は時宗の浄光明寺跡に、西郷隆盛ら西南戦争薩軍戦死将兵を合葬した墓地であり、鹿児島観光・文化検定 公式テキストブック『かごしま検定』p.77によれば浄光明寺墓地とも呼ぶ模様です。南洲神社は、後述するようにこの南洲墓地の参拝所を起源とする神社で、祭神は「西郷隆盛命」です。なお、南洲というのは西郷隆盛の雅号です。 上述の本・鹿児島県高等学校歴史部会編『鹿児島県の歴史散歩 歴史散歩 (46)』(山川出版社,2005)p.19によれば、西南戦争での1877(明治10)年9月24日の城山陥落の後、鹿児島県令の岩村通俊が西郷隆盛以下40名の遺体を引き取り、浄光明寺境内に仮埋葬したのが嚆矢とのことです(現在の南洲神社の鳥居附近)。1879年に鹿児島市内外に仮埋葬されていた220余人の遺骨を有志が収容し、最初の40人と併せて現在の場所に改葬して南洲墓地になったとの由です。この時、参拝所が設けられました。さらにその後1883年に九州各地の遺骨を収集した結果、現在では墓碑数749基、2,023人が葬られているとの由です。 『鹿児島県の歴史散歩 歴史散歩 (46)』p.19によれば、1879年に設けられた参拝所は、その後1913(大正2)年に南洲祠堂(なんしゅうしどう)になり、これがさらに1922年に現在の南洲神社になったとの由です。南洲神社は1945(昭和20)年に太平洋戦争の空襲で焼失しましたが、1950(昭和25)年9月に再建されました。南洲神社では、毎年9月24日に例祭があるとの由です。 鹿児島観光・文化検定 公式テキストブック『かごしま検定』p.33によれば、火山県・鹿児島県では墓石のほとんどが溶結凝灰岩でできており、この南洲墓地の墓石もほとんどが吉野火砕流が固まってできた溶結凝灰岩の墓石であるとの由です。吉野火砕流とは、上述の本・『かごしま検定』p.30によれば、約50万年前の火砕流堆積物と考えられているもので、鹿児島市吉野台地を形づくっているとの由です。吉野火砕流が噴出した場所は定かではない模様なのですが、『かごしま検定』p.30によれば「姶良カルデラの可能性がある」との由で、吉野火砕流は、吉野台地以外の地域では見つかっていないとの由です。ここで、「可能性がある」というのがなかなか微妙な表現であり、「有力説の一つではあるが定説ではないため断言できない」状況かと推測します。余談ですが、『かごしま検定』pp.34-35によれば、シラス台地で有名なシラスは入戸火砕流(いとかさいりゅう、いりとかさいりゅう)堆積物のことを指すため、吉野火砕流堆積物はシラスではないことになります。 上述のとおり南洲墓地の墓石のほとんどは溶結凝灰岩(吉野火砕流)でできていますが、『かごしま検定』p.19によれば、西郷隆盛の墓石の隣にある桐野利秋の墓石は赤みがかった花崗岩でできているとの由です。赤みがかった花崗岩は鹿児島県にはなく、中国地方の瀬戸内海に広く露出する領家花崗岩の特徴であることから、『かごしま検定』p.19によれば、この墓石は「京都で桐野利秋を愛した女性から送られたもの」との説もあるとの由です。 江戸時代にあった寺が廃仏毀釈で全滅したことに加えて、近現代以降薩英戦争,西南戦争,太平洋戦争と3回もの戦災で街が被害を受けた鹿児島市では、歴史が売りの城下町としては珍しく観光資源となる寺社仏閣が少ないので、南洲神社は鹿児島市では数少ない貴重な寺社の観光スポットでもあります。また、『鹿児島県の歴史散歩 歴史散歩 (46)』p.19によれば、浄光明寺は廃仏毀釈で一旦は廃寺になりましたが後に南洲公園内に再興されたものとの由であり、一旦廃絶したとは申せ鹿児島市では極めて珍しい、江戸時代から続く寺です。寺が少ない理由が「廃仏毀釈のやり過ぎ」であるため、「神社の方は少ないとは申せこの南洲神社以外にも照国神社や荒田八幡宮等の観光スポットや古社があるのに古寺は見つけられない鹿児島市」においては、浄光明寺のこの「(一旦廃寺になった後再建されたとは申せ)歴史の古さ」は、実は文化財級の貴重さだと私は考えます。 なお、南洲神社境内には、現代に残る郷中(ごうじゅう、ごじゅう)の場である、四方学舎もあります。郷中とは、薩摩藩の武士階級の子弟の地域教育システムのことです。四方学舎には、四方学舎公式WEBサイトの他、公認HPではありませんが四方学舎の紹介WEBサイト(音が出るHPなので、音が出てはマズイ場所では要注意)もあります。 南洲神社と南洲墓地は、隣接する西郷南洲顕彰館と併せて訪れるのがお薦めです。 |
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| 鹿児島県内の寺社仏閣観光スポット訪問記 |
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| 鹿児島県内の幕末・明治維新〜西南戦争にかけての歴史観光スポット |
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| 感想 | : |
西郷隆盛と大久保利通が親友同士だった旨に鑑みれば、路線対立により幾多の尊い人命を戦死で失うような西南戦争は胸が詰まるような悲しい戦争だと思います。また、西南戦争を最後に幕末以来の「日本の国を変えることに伴う内乱」が終息し、欧米列強の植民地化も免れて近代経済成長に成功できた旨に鑑みれば、今日の我々の生活がある過程で西南戦争の犠牲者があったことを忘れてはならないのだと思います。 現代の日本人は忘れがちですが、イギリスやオランダの東アジア進出は「最初は東インド会社による、政治的占領を伴わない間接統治」システムだったたこともあり、18世紀以前よりはむしろ19世紀に「政治・軍事的にも占領しての直接統治」が激化していました。日本が明治維新に至る過程で開国した背景にはこのような国際情勢があり、北東アジアと東南アジアを併せての東アジア諸国で植民地化されずに独立を保った国は、(名目上は独立を維持しながらも半植民地状態になったり、中央政府が統治機能せず軍閥割拠状態と化した中国は独立維持国に含めないとすれば)日本とタイしかありません。今日の多くの日本人は忘れていますが、実は19世紀は日本が植民地化されるか否かという危機的状況の中で日本は国際社会に船出して行ったのです。 でも、その日本の「近代化による独立維持」の過程では幾多の路線対立により散っていった貴重な命の犠牲があり、ここ南洲墓地にも、そのような犠牲による御霊が多く眠っております。このようなことを思う時、南洲神社と南洲墓地は、深く頭を下げざるを得ない鎮魂の観光スポットだと思います。鹿児島県の観光スポットは、ここ以外にも例えば知覧特攻平和会館のように、「行くとべらぼうに感動できてイチオシでお薦めなのですが、その良さや価値の質は悲しみであり、おもしろおかしな楽しさではない」鎮魂スポットが多く、この南洲神社と南洲墓地もそのような観光スポットの一つです。知覧特攻平和会館その他の鎮魂スポットと同様に、今日(2007年現在)の我々の豊かで平和な生活の礎ができる過程で失われた尊い命に思いをいたすのに最適な、イチオシでお薦めの観光スポットだと思います。 |
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