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| 観光地名 | : | 福昌寺跡(島津家墓地) |
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| 電話番号 | : | 099-216-1327(鹿児島市観光課) |
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| 住所 (リンク先は地図) |
: | 鹿児島市池之上町48 |
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| 地図 (powered by Google Map) |
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| 訪問日 | : | 2006年9月30日 |
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| HP | : | 福昌寺跡(島津家墓地)(楽天トラベル旅コミ[口コミ]) (リンク先は楽天トラベル(旧・旅の窓口) ・ 旅コミ(クチコミ) ・ 鹿児島県・(鹿児島・桜島)(口コミ)のサブ・コンテンツ。 その他、 鹿児島市観光ガイドでも福昌寺跡として、 鹿児島県公式観光ガイド「ゆっくり・悠・遊・観光かごしま」でも福昌寺跡(ふくしょうじあと)として、 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』でも福昌寺 (鹿児島市)として、 Samurai Worldでも福昌寺跡 鹿児島市として、 やまものの部屋でも獅子文六の「南の風」と福昌寺跡, 福昌寺跡のキリシタン墓地として、 鹿児島県四地区観光連絡協議会・かごしまの森でもおすすめ観光スポット検索: 福昌寺跡(ふくしょうじあと)として、 川元パパのホームページでも福昌寺跡として、 愛知学院大学 禅研究所でも【研究活動報告 研修旅行レポート 鹿児島 平成17年度】として、 Laudate-聖パウロ女子修道会(女子パウロ会)WEBSITE - キリスト教(カトリック)を知りたい人のための道案内でも日本キリシタン物語−1.鹿児島の福昌寺にてとして、 ザビエル上陸450周年記念 ホームページ(St. Francis Xavier Memorial Association)でもイラストで見るザビエル街道・福昌寺跡のキリシタン墓地として、 絵画と写真の旅(SAWARADEのホームページ)でも福昌寺跡,島津家墓所,ザビエル記念公園として、 ポンコツ山のタヌキの便り(ブログ)でも 福昌寺跡と斉彬の墓, 福昌寺跡近くのキリシタン墓地として、 CASE REAL Blog(blog)でも→2007, Shimazu Nariakiraの中で、 Copernicus(blog)でも廃仏毀釈として、 世界の端っこで何かを叫ぶ(blog)でも島津斉彬の中で、 ♪#マユ#の部屋♪(blog)でも福昌寺へG0→として、 (´・(ェ)・`)クマー の森(blog)でも回想の鹿児島稽古 その3の中で、 膏肓記(blog)でも福昌寺の島津斉彬墓, 福昌寺にてとして、 お薦め鹿児島旅行マップ(blog)でも曹洞宗 玉龍山福昌寺跡として、 鹿児島玉龍 進路指導部 Official BLOGでも福昌寺として紹介されています。また、廃仏毀釈については、Samurai World・歴史再発見でも鹿児島に寺院がほとんどないわけ, 鹿児島に寺院がほとんどないわけ その2で解説されています。) 移転再建後の福昌禅寺(薩摩川内市)関連 (また、北薩 ・ 薩摩川内市で再建された福昌禅寺については、 瀬戸啓一朗のブログでも福昌禅寺 (九州36不動霊場めぐり 17番札所)として、 机竜之介の自宅日記(blog)でも福昌禅寺として、 薩摩川内市|ふるさと薩摩川内でも隈之城の中で紹介されています。そして、今日の福昌禅寺が属する九州三十六不動霊場めぐりについては、 瀬戸啓一朗のブログでも九州三十六不動霊場めぐりとして、 臨済寺(大分県大分市:九州36不動霊場めぐり10番札所の寺)でも九州三十六不動霊場として、 蓮華院誕生寺(熊本県玉名市:九州36不動霊場めぐり21番札所の寺)でも九州三十六不動霊場として紹介されています。) 福昌寺跡(島津家墓地)訪問記(「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」更新情報)(カミタク・ブログ内記事。コメント,クチコミ情報はこちらへどうぞ。) |
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| 交通案内 アクセス |
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鹿児島市内についた後の移動手段としては、観光地周遊バス・カゴシマシティビューの南洲公園入口バス停(リンク先は地図)で下車し、南洲神社入口交差点(リンク先は地図)で右折(北上)し、この三叉路(リンク先は地図)ここで心持ち斜め前に曲がり、鹿児島市立鹿児島玉龍中学校・高等学校の角の手前(リンク先は地図)で左折し、突き当たり(リンク先は地図)で右折し、この辺り(リンク先は地図)を回り込めば、ここが福昌寺跡(リンク先は地図)です。玉龍高校前バス停には、鹿児島市営バスの2番線:清水・常盤線, 6番線:吉野線(東高校下経由), 6-2番線:吉野線(せばる団地経由), 6-3番線 吉野線(葛山行き), 22番線 葛山線で行くこともできますので、公共交通機関としてはこの方が便利かも知れません。 カゴシマシティビュー1日乗車券は市電・市バスも乗り放題なので便利です。 |
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| 鹿児島の温泉地&観光地 | : |
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| 解説 | : |
福昌寺跡(島津家墓地)は、薩摩藩主・島津氏宗家の菩提寺だった名刹の跡地です。後述の廃仏毀釈により福昌寺は廃寺になってしまいましたが、今でも島津家歴代の墓が福昌寺跡に残っています。鹿児島県高等学校歴史部会編『鹿児島県の歴史散歩 歴史散歩 (46)』(山川出版社,2005)pp.20-21によれば、1394(応永元)年に島津氏第7代当主島津元久によって曹洞宗の玉龍山福昌寺として創建されました。室町時代の南北朝合一直後の頃です。開山は伊集院氏出身の石屋真梁との由です。福昌寺は薩摩,大隅,日向の三州の僧侶を支配する僧録所になり、江戸時代には薩摩藩最大の寺院として繁栄したとの由です。福昌寺には最盛期には1,500人もの僧侶がいたとの由で、原口泉著・NHK鹿児島放送局編『NHKかごしま歴史散歩』(日本放送出版協会,1986)p.133によれば、天保年間(1830〜1843年)に作られた『鹿児島城下絵図』や『三国名勝図会』に、この時期の広大な寺域と堂塔が描かれているとの由です。この『鹿児島城下絵図』は、塩満郁夫・友野春久『鹿児島城下絵図散歩−新たな発見に出会う』(高城書房,2004)として現代の本に収録されている絵図がそうなのではないか、と推測します。 『鹿児島県の歴史散歩 歴史散歩 (46)』pp.20-21によれば、戦国時代の1546(天文15)年の忍室和尚が福昌寺住職の時に後奈良天皇勅願所となり、また、1549年には、島津貴久から宣教の許可を得たフランシスコ・ザビエル(Francisco de Xavier)が福昌寺住職・忍室和尚と宗教論争を交わしたとの由で、ザビエルゆかりの史跡としても知られています。 しかし、このせっかくの名刹も、明治時代の廃仏毀釈で廃寺になってしまいました。薩摩藩の廃仏毀釈の歴史は、薩南学派と呼ばれる儒教の朱子学の薩摩独特の学派に起源があると言われています。薩南学派とは、戦国時代が始まった頃の島津氏第11代当主島津忠昌により薩摩に招かれた、京都五山の臨済宗の禅僧・桂庵玄樹(けいあん げんじゅ)が始めた学派です。『NHKかごしま歴史散歩 』pp.133-137によれば、桂庵玄樹は中国・明(みん)に7年間滞在して朱子学を修め、薩摩では朱子学を正しい儒学として広めて、これが薩南学派の礎となったとの由です。桂庵玄樹は一時期京都に戻って建仁寺や南禅寺の住持となりますが、最後には薩摩に戻って来て薩摩で没しました。『NHKかごしま歴史散歩 』pp.133-137によれば、やがて戦国時代末期・安土桃山時代・江戸時代初期の頃には、島津氏第16代当主・島津義久や第17代当主・島津義弘が桂庵玄樹に連なる儒学を重んじ、桂庵玄樹の孫弟子・一翁玄心に学んだ南浦文之が島津氏第18代当主&薩摩藩初代藩主の島津家久(忠恒)の侍読になり、文之の弟子の泊如竹は島津氏第19代当主&薩摩藩第2代藩主の島津光久に儒教の一派である宋学を講じたとの由です。『NHKかごしま歴史散歩 』pp.133-137によれば、光久は「学文の道」をもって政道とし、しばしば訓令を出して家臣の教化に努めたとの由です。なお、島津光久は、鹿児島市の名園・仙巌園(磯庭園)を築いた藩主でもあります。 その後、島津氏第25代当主&薩摩藩第8代藩主の島津重豪(しまづ しげひで)が作った藩校・造士館では、『NHKかごしま歴史散歩 』pp.133-137によれば、朱子学を学ぶべきとして異学を禁じ、造士館の訓導師・後醍院真柱(まはしら)によって国学、特に平田篤胤の復古神道が広められたとの由です。このため、八田知紀などの、平田篤胤門流の国学者が輩出し、平田篤胤流の復古神道が、明治維新における薩摩藩の思想的背景になっていったとの由です。 『NHKかごしま歴史散歩 』pp.133-137によれば、1868(慶応4)年3月布告の「神仏判然令」に始まる神仏分離政策の下、上述のように過激な平田篤胤流国学が充満していた薩摩藩では「神仏分離」を「廃仏毀釈」に曲解し、激しく仏寺が破壊されるに至りました。この1868(慶応4,明治元)年に薩摩では、由緒の無い寺や別当寺(神社付属寺)はほとんど廃され、かろうじて各地の名刹28寺と福昌寺・宝満寺 (志布志市)など6寺が残されたとの由ですが、翌1869(明治2)年にはこれらの名刹さえ廃されるに至りました。Samurai World・歴史再発見・鹿児島に寺院がほとんどないわけ その2によれば、薩摩藩で廃仏毀釈が激しかった理由は上述のような過激平田篤胤流国学の充満に加えて、明治維新後の新政府の財政難を支える意味からの寺院の財産没収と僧侶の兵士への転職の一石二鳥政策という意図もあったとの由であり、薩摩藩での廃仏毀釈運動の責任者は家老桂久武であったとの由です。 この過激な廃仏毀釈の結果、薩摩藩では文字どおり1寺も残らず寺院が全滅し、『NHKかごしま歴史散歩 』pp.133-137によれば破壊を免れた寺院は神社に衣替えされ、福昌寺は島津氏は島津氏菩提寺であったために長谷場神社(はせばじんじゃ)となって(一旦は)神社として残ったとの由です。『NHKかごしま歴史散歩 』pp.133-137によればこの時、薩摩藩領の薩摩,大隅,日向の三州では廃された寺院は1,616ヶ所に及び、2,966人の僧侶が還俗させられた上でその3分の1が兵士になったとの由です。『NHKかごしま歴史散歩 』pp.133-137によれば、薩摩藩には寺請制度が無く檀家を持つ寺院が少なかったり、民衆への影響力が大きかった一向宗が薩摩藩では禁じられていたりしたために民衆と寺との距離が遠かったことも廃仏毀釈が容易に成功してしまった背景要因であったとの由です。上述の2,966人という薩摩藩領還俗僧侶数対比では、福昌寺最盛期在籍僧侶数1,500人は過半数と言える数字であり、このような数字からも最盛期福昌寺の規模の凄さを窺うことができます。 『鹿児島県の歴史散歩 歴史散歩 (46)』pp.20-21によれば、廃仏毀釈は徹底しており、福昌寺跡の島津家歴代の墓石には法号(戒名)とは別に神号が追刻されているとの由です。『鹿児島県の歴史散歩 歴史散歩 (46)』pp.20-21によれば福昌寺は鹿児島市内では再興されることなく境内の一部は墓地として昭和まで残されていましたが、第二次世界大戦後、島津家歴代の墓やその他一部の墓石を残して一般市民の墓は移転改葬され、跡地に鹿児島玉龍高校が建設されたとの由です。福昌寺の神社としての後身・長谷場神社(はせばじんじゃ)がその後どうなったかについては存じ上げません。訪問した時には神社は無かった模様です。 『鹿児島県の歴史散歩 歴史散歩 (46)』pp.20-21によれば福昌寺跡に現存する墓石は、島津氏第6代当主・島津師久(鎌倉時代〜南北朝時代)から、島津氏第28代当主&薩摩藩第11代藩主の島津斉彬までの島津家歴代の墓石の他、墓地の背後の山には福昌寺開山石屋真梁から71世白洲(はくしゅう)までの歴代住職の墓があるとの由です。2006年9月現在中に入れるので、島津家歴代の墓石にお参りすることが可能です。これらの墓石のさらにその上方には、キリシタン墓があります。このキリシタン墓は、浦上四番崩れで1869(明治2)年に長崎県の浦上で捕らえられたキリシタンが各藩に分かれて預けられた際、375人が福昌寺(跡地?)に収容されたことが契機になっています。『鹿児島県の歴史散歩 歴史散歩 (46)』pp.20-21によれば、鹿児島滞在中に病死した58人の墓がキリシタン墓と呼ばれているとの由であり、隠れキリシタンの悲話を伝える墓石であり、福昌寺跡はキリシタン史跡スポットでもあります。 鹿児島観光・文化検定 公式テキストブック『かごしま検定』p.33によれば、火山県・鹿児島県では墓石のほとんどが溶結凝灰岩でできており、この玉龍山福昌寺(跡)では墓石に加えて石垣、石塀、敷石も含めて主に吉野火砕流が固まってできた溶結凝灰岩でできているとの由です。吉野火砕流とは、上述の本・『かごしま検定』p.30によれば、約50万年前の火砕流堆積物と考えられているもので、鹿児島市吉野台地を形づくっているとの由です。ただし、島津斉彬をはじめとする藩主の墓石は山川町で切り出された山川石(山川火砕流)が使われているとの由です。 なお、島津家歴代の内、島津氏第6代当主・島津師久以降の墓石は島津家墓地として福昌寺跡にありますが、鎌倉時代初期から南北朝時代にかけての初代島津忠久から第5代島津貞久までの5代の墓石は、北薩・出水市野田町にある臨済宗相国寺派の寺・鎮国山感応寺(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』では感応寺 (出水市))にあります。福昌寺は後述するように、後に北薩 ・ 薩摩川内市で再建できたものの、鹿児島市内での復興は叶わず、移転した上での後継寺院の有無は別にして場所の上では廃寺になってしまいましたが、感応寺の方は廃仏毀釈で一旦は廃寺になった後で元々の場所に再興され、場所の上でも寺が現存しています。また、『鹿児島県の歴史散歩 歴史散歩 (46)』pp.20-21によれば隣接スポットとして、福昌寺跡地に建つ鹿児島玉龍高校の近くには鹿児島出身の洋画家・藤島武二宅跡の記念碑もあるとの由です。拙訪問時にはこの記念碑には気づきませんでしたが、藤島武二の絵画作品は鹿児島市立美術館や岩崎美術館等の鹿児島県内の美術館で見ることができます。なお、この鹿児島玉龍高校(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』では鹿児島市立鹿児島玉龍中学校・高等学校)は、進学実績も高く、ラグビーでの花園出場等を果たす等ラグビー部,野球部,バレー部に全国大会出場の実績があるという文武両道の高校であり、近年では中高一貫教育を始めるなど、なかなか良い高校の模様です。 福昌寺跡に眠っているのは島津氏宗家の方々です。県内各地に島津氏庶流の人びとの墓所が残っており、例えば、加治木島津家の墓所は、加治木の長年寺跡の島津墓地にあります。 福昌寺跡は、せっかくの名刹・玉龍山福昌寺は残念ながら廃寺になってしまい姿が残っていませんが、島津家歴代の墓石が残っている貴重な歴史遺産スポットですので、歴史ファンの方々には観光スポットとしてお勧めです。 |
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| 移転再興 (後日補足) |
: | 上述のとおり福昌寺は鹿児島市内の場所としては(=元々の場所では)廃寺になってしまったのですが、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 ・ 福昌寺 (鹿児島市)によれば(2009年3月21日参照)、廃仏毀釈の嵐が収まった後で「有志が同地に福昌寺を再建しようとしたが諸事情により許可されず、明治31年、現在の薩摩川内市に後裔寺院にあたる「福昌寺」が建立された。(引用)」との由ですので、「お寺の組織」としては廃寺になった訳ではありません。移転の上で復興を遂げたとの由です。この補注を加えている2009年3月以前に当ページを見た方には、この点に関して誤報をお伝えしてしまったことになり、大変申し訳ありません。 瀬戸啓一朗のブログ ・ 福昌禅寺 (九州36不動霊場めぐり 17番札所)によれば(2009年3月21日参照)、この移転再建後の福昌禅寺は九州三十六不動霊場の十七番札所であるとの由です。九州三十六不動霊場とは、四国八十八箇所, 坂東三十三箇所, 西国三十三箇所と同様の霊場めぐりの巡礼の一種で、臨済寺(大分県大分市) ・ 九州三十六不動霊場や瀬戸啓一朗のブログ ・ 九州三十六不動霊場めぐりから引用すれば(2009年3月21日参照)、「不動明王の眷属である三十六童子に因んだ謂ゆる不動尊の曼陀羅世界を現したものであり、この霊場を巡拝することは不動明王の功徳をことごとく得るという信仰の現れです。」との由です。後継組織としての福昌禅寺に興味がある方や、九州三十六不動霊場の霊場巡りをしたい方は、薩摩川内市に移転再建した福昌禅寺に立ち寄ることが可能です。薩摩川内市の福昌禅寺の場所は以下のとおりです。
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| 鹿児島県内の寺社仏閣観光スポット訪問記 |
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| 鹿児島県内の幕末・明治維新〜西南戦争にかけての歴史観光スポット |
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| 感想 | : |
福昌寺跡(島津家墓地)は、かつては南九州を代表する名刹だったにもかかわらず、廃仏毀釈で廃寺になってしまったのは極めて残念なことです。残存していればその大伽藍は城下町鹿児島にとっては歴史遺産としても観光スポットとしても価値が極めて大きかった筈です。 幕末・明治維新史を俯瞰するに、一見イメージとしては長州藩よりも薩摩藩の方が、例えば島津斉彬公による我が国初の洋式工業団地・集成館事業(現・観光スポットでは尚古集成館)による地道な国力産業振興を行ったように「思想的過激狂信者」度合いが少ないように見え、それが本来の薩摩藩の魅力なので、「実は薩摩藩でも『思想的過激狂信者』による暴挙があった」という史実は残念です。薩摩藩の廃仏毀釈の歴史は無念です。 本来、昔ながらの伝統的な神道の最大の長所は私にとっては、「教義」などという「『思想、信条、哲学、イデオロギー』の類的なウザい代物」が無い珍しい宗教だ、という点にあります(「信じる、信じない」の次元ではなく、「好き、嫌い」の次元で好きです)。であるにもかかわらず、平田篤胤流の復古神道はその神道に「教義」を持ち込んだとも言える訳で、言い換えれば、本来は「思想、信条、哲学、イデオロギー」の類とは真逆の宗教だった筈の神道を「狂信者の母体」化させてしまったと言える訳です。「教義」が無ければ、「思想的過激狂信者」は出て来ようがありませんので。この理由のため、平田篤胤は、私が個人的には毛嫌いする人物であります。平田篤胤流の復古神道は、或る意味では思想的には元々「『思想的過激狂信者』の傾向が強い西洋列強の圧力に対する日本側からの思想的反作用」であるとも言えるのですが、その結果むしろ、「『思想、信条、哲学、イデオロギー』の類が『狂信者の出身母体』になる、という点では西洋や中近東のおぞましい文化を日本に導入してしまったのだ(←思想的内容ではなく行動文化において)」と考えております。繰り返して申しますが、昔ながらの伝統的な神道の最大の長所は私にとっては「教義」などという「『思想、信条、哲学、イデオロギー』の類的なウザい代物」が無い点にあります。狂信者を産み出す母体になりかねないが故に、内容如何に関わらず「思想」などというものはウザいもの、内容如何に関わらず「思想」であるというだけで嫌なもの、これが私の感性であります。否、むしろ、もしも仮に「完璧に内容が正しい思想」などというものがこの世にあったとしたならば、それにかぶれる者が増えて「思想的狂信者」が生じる確率が上がるため、「正しい思想であればある程、むしろ存在自体が罪悪であり諸悪の根元である。どの思想が正しいか否かではない。それが思想であるというだけで、この世に存在しなければ存在しないほど望ましい。」とさえ思います。 余談ながら、私は神道や禅宗が好きなのですが、その理由は、(平田篤胤達に汚染される以前の本来の)「教義」などという代物の無い神道や、極論を言えば無神論にも到達してしまいかねないように私には思える禅哲学では、「思想的過激狂信者」の類は出て来にくいためです(この点ではキリスト教は一神教であったり「教義」が存在するが故に「思想的過激狂信者」の母体になりかねないので、実はかつて自分自身が受洗したことがあるくせに、本音では日本でこれ以上の普及はして欲しくない宗教です)。話を廃仏毀釈に戻せば、「神仏習合でどこが悪い?。昔ながらの素朴な神道での神社が寺院と共存してどこが悪い?。百歩譲って神仏分離が必要だったとしても、何も寺院破壊までやるこたぁねーだろー!。おかげで、寺社巡り観光が大好きな私が、大好きな第2の故郷・鹿児島で巡るお寺が『跡地』になっちゃったじゃねーか!。」とか思う訳です。 まぁ、平田篤胤流の復古神道が幕末・明治維新史の思想的背景だったので、これが無ければ日本が「欧米列強による植民地化から免れて、明治維新後の近代経済成長することも無かった」り、「大好きな薩摩藩が維新回天の原動力になることもなかった」りする旨に鑑みれば、平田篤胤流の復古神道には功罪相半ばする点があり、「歴史の評価は難しいし、歴史に『タラレバ』は無い」などと考えたりもいたします。 日本の歴史・文化遺産が他国と異なる長所は、他国では往々にして歴史・文化遺産が「遺跡」と化してしまうのに対して日本の寺社は「生きている現役」である点にあり、「遺跡としてしか残っていない歴史・文化遺産は少ない」点にあると私は思います。例えば京都の魅力は「街全体が生きている歴史・文化遺産」だからですし、「鎌倉の寺社に魅力があって素敵で、でも関東者の私でも悔しいけれど街全体の魅力では鎌倉は京都に及ばない旨を認めざるを得ない」のも、「鎌倉では寺社は現役だけど、街自体は現代都市になっちゃった」ためです−少なくとも私にとっては。このような見地からは、「福昌寺が福昌寺跡になっちゃった」というのはクソべらぼうに残念なことです。 いずれにせよ、このような観点からは、私が大好きな鹿児島でこのような廃仏毀釈の歴史があり、その結果貴重な文化や文化財や寺が消えてしまったのは、残念無念という他ありません。廃仏毀釈は、アフガニスタンのタリバンによるバーミヤンの大仏破壊にも匹敵する文化的愚挙であり蛮行であると私は思っており、その愚挙や蛮行が、よりによってあろうことか、私が大好きなかけがえのない第2の故郷・鹿児島で激しく行われたということが心から悲しいです。繰り返しになりますが、廃仏毀釈さえ無ければ、福昌寺跡(島津家墓地)は今でも現役の「名刹・福昌寺」として参拝できた筈です。 とは申せ、歴史ファンの私としてはせめて島津家歴代の墓石が福昌寺跡(島津家墓地)に残っているだけでもありがたいことであり、かつての広大な寺域のごく一部でかつ「現役ではない(=遺跡)」とは申せ、過度の廃仏毀釈で寺院が全滅したこの地で、せめて跡地(=遺跡)してだけでも福昌寺跡を見られるというのは貴重なことです。この福昌寺跡(島津家墓地)は、歴史ファンに対してはお薦めの観光スポットです。島津義久公や島津義弘公の墓石があるので戦国時代史ファンの方にはお薦めの観光スポットです。また、島津斉彬公の墓石があるので幕末・明治維新史ファンの方にもお薦めの観光スポットです。 |
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| 鹿児島市内(含む桜島) | 南林寺由緒墓 |
| 鹿児島市内(含む桜島) | 松原神社 |
| 鹿児島市内(含む桜島) | 天保山公園(坂本竜馬新婚の碑,共月亭,砲台跡,調所広郷の像) |
| 鹿児島市内(含む桜島) | 鹿児島カテドラル・ザビエル教会 |
| 鹿児島市内(含む桜島) | ザビエル滞麑記念碑(ザビエル公園) |
| 鹿児島市内(含む桜島) | 桜島納涼観光船 |
| 鹿児島市内(含む桜島) | 桜島フェリー |
| 鹿児島市内(含む桜島) | 桜島(特に湯之平展望所) |
| 鹿児島市内(含む桜島) | 桜島焼窯元・桜岳陶芸 |
| 指宿周辺 | 岩崎美術館・工芸館 |
| 指宿周辺 | 時遊館COCCOはしむれ(指宿市考古博物館),橋牟礼川遺跡 |
| 指宿周辺 | 知林ヶ島 |
| 指宿周辺 | 特別快速なのはなDX |
| 知覧周辺 | 知覧特攻平和会館 |
| 知覧周辺 | 知覧武家屋敷群 |
| 知覧周辺 | ミュージアム知覧(南九州市立博物館) |
| 知覧周辺 | 薩摩英国館 |
| 南薩地域(指宿市山川) | 長崎鼻 |
| 南薩地域(指宿市山川) | フラワーパーク かごしま |
| 南薩地域(指宿市山川) | JR日本最南端の駅「西大山駅」 |
| 南薩地域 | 開聞岳 & 開聞山麓自然公園 |
| 南薩地域 | 池田湖 |
| 南薩地域 | あじろ浜(網代浜)訪問記&坊津観光案内 |
| 霧島周辺 | 霧島神宮 |
| 霧島周辺 | 霧島神宮古宮址 |
| 霧島周辺 | 高千穂河原&高千穂河原ビジターセンター |
| 霧島周辺 | 霧島連山登山(霧島トレッキング・霧島縦走コース:韓国岳,獅子戸岳,新燃岳,中岳) |
| 霧島周辺 | 高千穂峰登山 |
| 霧島周辺 | 高千穂牧場 |
| 霧島周辺 | 生駒高原 コスモス園 |
| 霧島周辺 | 特急きりしま |
| 霧島周辺 | 観光特急「はやとの風」(肥薩線の旅行) |
| 霧島周辺 | 観光列車「いさぶろう・しんぺい」号(肥薩線の旅行) |
| 隼人・国分・姶良地域 | 龍門滝 |
| 隼人・国分・姶良地域 | 長年寺跡と島津墓地・亀墓 |
| 隼人・国分・姶良地域 | 加治木島津館跡(加治木護国神社) |
| 隼人・国分・姶良地域 | 蒲生八幡神社 |
| 隼人・国分・姶良地域 | 蒲生の大クス(特別天然記念物) |
| 北薩・中薩 ・ 日置市 | さつま湖公園 |
| 北薩・中薩 ・ いちき串木野市 | 薩摩金山蔵 (鉱泉水利用温浴施設,焼酎蔵[焼酎工場]見学,金山跡坑道見学,薩摩料理&焼酎お食事処) |
| 北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 | 川内川花火大会 |
| 北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 | 泰平寺 |
| 北薩・中薩 ・ 薩摩川内市 | 藺牟田池(いこいの村いむた池入湯記) |
| 北薩・中薩 ・ 出水市 | 出水市ツル観察センター |
| 北薩・中薩 ・ 出水市 | 出水麓武家屋敷群 |
| 北薩・中薩 ・ 出水市 | 出水市出水駅観光特産品館「飛来里」 |
| 北薩・中薩 ・ 出水市 | 日本一のお地蔵様(出水市・八坂神社) |
| 北薩・中薩 ・ さつま町 | 紫尾神社(紫尾区営温泉「神の湯」入湯記) |
| 島嶼地域2(屋久島等) | 屋久島大社 |
| 島嶼地域2(屋久島等) | 屋久杉自然館(+「縄文杉の写真」,杉の茶屋) |
| 島嶼地域2(屋久島等) | ボタニカルリサーチパーク(屋久島有用植物リサーチパーク)+トローキの滝 |
| 島嶼地域2(屋久島等) | 屋久杉ランド(ヤクスギランド) |
| 島嶼地域2(屋久島等) | 紀元杉 |
| 島嶼地域2(屋久島等) | 白谷雲水峡 |
| 横浜 | ホテルニューグランド |
| 横浜 | 横浜伊勢佐木町ワシントンホテル |
| 横浜 | 横浜ランドマークタワー&横浜ロイヤルパークホテル |
| 北九州,下関他 | 門司港レトロ地区:全般 |
| 北九州,下関他 | 門司港レトロ地区:旧門司税関 |
| 北九州,下関他 | 門司港レトロ地区:門司港駅 |
| 北九州,下関他 | 門司港レトロ地区:旧門司三井倶楽部 |
| 北九州,下関他 | 門司港レトロ地区:海峡プラザ(赤煉瓦ガラス館 & オルゴールミュージアム門司港を含む) |
| 高知の観光 | 高知城 |
| 名古屋の観光 | 覚王山日泰寺 |
| 名古屋の観光 | 末森城址(末盛城址)&城山八幡宮 |
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| 「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」の温泉・温浴施設の入湯記 | |
|---|---|
| 温泉,地域 | 入湯した温泉・温浴施設 |
| 鹿児島市内温泉(ホテル,旅館) | 城山観光ホテル・城山温泉・さつま乃湯(桜島と海が見える露天風呂があります。) |
| 鹿児島市内温泉(ホテル,旅館) | ホテル吹上荘 |
| 鹿児島市内温泉(ホテル,旅館) | 温泉ホテル中原別荘 |
| 鹿児島市内温泉(ホテル,旅館) | 錦江高原ホテル |
| 鹿児島市内温泉(ホテル,旅館) | ホテルエスポワールタナカ |
| 鹿児島市内温泉(ホテル(兼)立ち寄り湯) | 健康プラザ田中温泉(市電沿線) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | 芦刈温泉(市内北部) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | 池田温泉(市電沿線) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | 一本桜温泉センター(市内西部) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | 今村温泉(市内中心部) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | うちの温泉センター(市内北部) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | お乃湯(市内北部) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | 温泉錦湯(市電沿線) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | かごっま温泉(天文館最寄り) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | 春日温泉(市電沿線) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | 霧島温泉(天文館最寄り) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | 花野温泉たぬき湯(市内北部) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | 郡元温泉(市電沿線) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | さつま温泉(天文館最寄り かつ ウォーターフロント・ベイエリア)(注) (注)残念ながら2007年6月に廃業したとの由です。 |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | 野天風呂 薩摩いろはの湯(市電沿線) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | 慈眼寺温泉(市内南部) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | 寿康温泉(市内北部) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | 城山長寿泉(市内中心部) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | 新川温泉(市電沿線) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | 新とそ温泉(市電沿線) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | ジェルめいわ温泉(旧・めいわ温泉,市内北部) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | 太陽ヘルスセンター(市電沿線) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | 武岡温泉(市内西部) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | 竹迫温泉(市電沿線) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | 中山温泉(市内南部) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | 中村温泉(市電沿線) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | 永吉温泉(市内北部) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | 滑川温泉(市電沿線,JR鹿児島駅最寄り) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | 南開温泉(市電沿線) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | 西田温泉(鹿児島中央駅最寄り) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | はらら温泉(市内北部) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | 真砂温泉(市内南部) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | みずほ温泉(市電沿線) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | みやこ温泉(市内北部) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | みょうばん温泉(鹿児島中央駅最寄り) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | みょうばん温泉まきばの湯(市内南部) |
| 鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) | 薬師温泉(市内北部) |
| 鹿児島温泉(桜島地域) | 国民宿舎レインボー桜島・マグマ温泉 |
| 鹿児島温泉(桜島地域) | さくらじま白浜温泉センター |
| 鹿児島市・桜島古里温泉 | ふるさと観光ホテル |
| 鹿児島市・桜島古里温泉 | 桜島シーサイドホテル |
| 鹿児島市・桜島古里温泉 | さくらじまホテル |
| 鹿児島市内温泉・足湯 | ドルフィンポート・足湯 |
| 指宿温泉 | 指宿いわさきホテル |
| 指宿温泉 | 指宿白水館 |
| 指宿温泉 | 指宿こころの湯(日帰り温泉立ち寄り湯のスーパー銭湯。旅館「指宿こころの宿」も併設されています。) |
| 指宿温泉 | 二月田温泉殿様湯(指宿温泉でも特に歴史と伝統のある、日帰り温泉立ち寄り湯) |
| 指宿市(旧・山川町地域)・鰻温泉 | 区営鰻温泉 |
| 指宿市(旧・山川町地域)・鰻温泉 | うなぎ温泉まつまえ |
| 指宿市(旧・山川町地域)・伏目温泉 | 山川ヘルシーランド露天風呂(海が見える露天風呂がある日帰り温泉立ち寄り湯) |
| 南薩地域・枕崎市 | 枕崎なぎさ温泉(海が見える露天風呂がある日帰り温泉立ち寄り湯) |
| 霧島温泉郷 | 霧島いわさきホテル |
| 霧島温泉郷 | 霧島国際ホテル |
| 霧島温泉郷 | 霧島第一ホテル スパヒルズ |
| 霧島温泉郷 | 硫黄谷温泉霧島ホテル |
| 霧島温泉郷 | 静流荘 |
| 霧島温泉郷 | 旅行人山荘 |
| 霧島温泉郷 | 前田温泉カジロが湯(日帰り温泉立ち寄り湯) |
| 霧島温泉郷 | 新湯温泉・霧島新燃荘 |
| 霧島温泉(霧島山麓) | 野々湯温泉 |
| 霧島温泉郷&霧島山系山麓の温泉地 | 栗野岳温泉南洲館 |
| 霧島山系周辺平野部・吉松温泉郷 | 吉松駅前温泉 |
| 新川渓谷温泉郷 | 塩浸温泉福祉の里 |
| 新川渓谷温泉郷 | 日の出温泉きのこの里 |
| 日当山温泉 | 日当山温泉・花の湯 |
| 国分,隼人,姶良地区・足湯 | 鹿児島空港天然温泉足湯「おやっとさあ」 |
| 国分,隼人,姶良地区 | 船津温泉 |
| 国分,隼人,姶良地区 | 重富温泉 |
| 国分,隼人,姶良地区 | 蒲生町多目的温泉保養センター「くすの湯」 |
| 国分,隼人,姶良地区 | 龍門滝温泉 |
| 北薩・中薩・吹上温泉郷 | みどり荘 |
| 北薩・中薩・いちき串木野市 | 薩摩金山蔵 「杜氏乃湯」 (鉱泉水利用温浴施設) |
| 北薩・中薩・川内市街地温泉 | 温泉平佐城(平佐城温泉) |
| 北薩・中薩・藺牟田温泉 | いこいの村いむた池 |
| 北薩・中薩・紫尾温泉 | 紫尾区営温泉「神の湯」 |
| 屋久島等・屋久島の温泉 | 屋久島いわさきホテル |
| 屋久島等・屋久島の温泉 | JRホテル屋久島 |
| 屋久島等・屋久島の温泉 | 平内海中温泉 |
| 屋久島等・屋久島の温泉 | 湯泊温泉 |
| 屋久島等・屋久島の温泉 | 尾之間温泉 |
| 屋久島等・屋久島の温泉 | 楠川温泉 |
| 屋久島等・屋久島の温泉 | 旧・大浦温泉(大浦の湯) |
| 横浜の温泉 | 横浜みなとみらい万葉倶楽部 |
| 横浜の大浴場付きホテル | ブリーズベイホテル・リゾート&スパ,& リゾートカプセル桜木町 |
| 東京都の温泉 | 麻布十番温泉 (注) 残念ながら2008年3月末で廃業しました。 |
| 福岡市内温泉 | 薬院しろやま乃湯 (注) 残念ながら閉館しました。 |
| 福岡市内温泉 | 萃豊閣ホテル&南福岡グリーンホテル温泉 |
| 福岡市内温泉 | 八百治博多ホテル・八百治の湯 |
| 人吉市内の温泉 | 球磨川ラフティング MAIN STREAM & ビジネスホテル白山山荘 附属温泉 |
| 高知の温泉 | 龍河温泉(香美市) |
| 高知の温泉 | 物部川ほとりの温泉 夢の温泉(香美市) |
| 高知の温泉 | 高知黒潮ホテル・黒潮温泉「龍馬の湯」(香南市) |
| 高知の温泉 | 高知三翠園・高知三翠園温泉水哉閣(高知市) |
| 高知の温泉 | スーパーホテル高知・長岡温泉・龍馬の湯(高知市) |
| 高知の温泉 | 国民宿舎 桂浜荘(高知市桂浜:人工温泉) |
| 札幌市内温泉 | JRタワーホテル日航札幌・スカイリゾートスパ「プラウブラン(月の島)」 |
| 札幌市内温泉 | ホテルモントレエーデルホフ札幌・スパ |
| 大阪市内温泉 | スーパーホテルCity大阪天然温泉(なにわ天然温泉「花乃井」) |
| 大阪市内温泉 | ホテル阪神「徳次郎の湯」(天然温泉スパ&サウナ) |
| 大阪市内温泉 | 天然温泉なにわの湯 |
| 大阪府・箕面温泉 | 箕面温泉スパーガーデン |
| 県外温泉(秋田県) | 乳頭温泉郷・鶴の湯温泉 |
| 長野県の温泉 | 奥蓼科温泉郷 渋御殿湯 |
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| 全国と鹿児島県の温泉&観光 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 横浜 (全般,観光) (横浜のホテル) |
東京 (全般,観光) (東京のホテル) |
川崎 (全般,観光) (川崎のホテル) |
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| 横浜温泉 (温泉宿の宿泊予約ができます。) |
東京の温泉 (温泉宿の宿泊予約ができます。) |
川崎温泉 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 湘南・三浦・鎌倉の温泉・観光 (ホテル宿泊予約, 観光案内, 温泉) |
相模原市,厚木市,相模湖,丹沢,小田急沿線(箱根,東京,川崎以外)の温泉・観光 (ホテル宿泊予約, 観光案内, 温泉) |
札幌市内観光・温泉(定山渓温泉も含む) (ホテル宿泊予約, 観光案内, 温泉) |
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| 夕張の温泉・観光 (温泉宿の宿泊予約ができます。) |
花巻温泉郷 (温泉宿の宿泊予約ができます。) |
名古屋・愛知県の温泉・観光 (ホテル宿泊予約, 観光案内, 温泉) |
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| 京都市の温泉・観光 (ホテル宿泊予約, 観光案内, 温泉) |
大阪府の温泉・観光 (ホテル宿泊予約, 観光案内, 温泉) |
神戸市の温泉・観光(有馬温泉も含む) (ホテル宿泊予約, 観光案内, 温泉) |
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| 高知の観光・温泉 (ホテル宿泊予約, 観光案内, 温泉) |
松山市の観光・温泉(道後温泉も含む) (ホテル宿泊予約, 観光案内, 温泉) |
北九州&筑豊&豊前&下関の温泉・観光 (ホテル宿泊予約, 観光案内, 温泉) |
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| 福岡市の観光 (全般,観光) (福岡のホテル) |
福岡市及びその近郊の温泉 (温泉宿の宿泊予約ができます。) |
甘木朝倉地域の温泉 (温泉宿の宿泊予約ができます。) |
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| 荒尾・大牟田地域の温泉 (温泉宿の宿泊予約ができます。) |
黒川温泉 (温泉宿の宿泊予約ができます。) |
由布院温泉 (温泉宿の宿泊予約ができます。) |
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| 別府温泉 (温泉宿の宿泊予約ができます。) |
人吉温泉 (温泉宿の宿泊予約ができます。) |
その他の地域の温泉・観光(全国各地) (ホテル宿泊予約, 観光案内, 温泉) |
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| 各地の温泉入湯記 | 各地の観光訪問記 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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