『短歌21世紀』十月号作品評・作品1(『短歌21世紀』2002年12月号,pp.92−93) : Keywords = 作品,短歌21世紀,評,短歌
『短歌21世紀』十月号作品評・作品1
(『短歌21世紀』2002年12月号,pp.92−93)
十八時ミンミン蝉の静もりて木群の緑闇の中なり 荒井 孝
寂寥感漂う情景故に心に残った。夏の夕暮れ時の時間の流れが聴覚と視角でよく捉えられていると思う。都会人には懐かしさも感じさせる歌である。日本の自然は心が落ち着く。
あと幾夜ともる螢か今夜またひとり見てゐぬ老のこころに 清水正男
これも夏の季節感漂う歌だが、前歌よりも心象詠の要素が強い。螢は歌材というよりはむしろ契機であり、老境こそが歌材であろう。作者の心境を思えば形容に窮するような寂寥感があると思う。
丘陰の牧場近く赤屋根の家ぺしやんこに草むらのなか 楠瀬兵五郎
第四句のオノマトペの一見ユーモラスな語感とは百八十度逆の重い歌材の一首である。経営が成り立たず潰れた畜産農家が雪に潰された情景であろう。私事で恐縮だが国の石炭政策業務に従事して炭鉱労働者の失業に涙を流しながら働いた体験を持つ私にとっては、心情的にも政策課題の上でも心を大きく突き動かされ、思わず感情移入してしまう一首だ。
けたたましく救急車来り一時の階下ざわめきやがて静まる 樋田太郎
作者は入院しているらしい。病床という視野自体は子規以来の古典的な視野ではあるが、聴覚だけで状況を読み取る切り口は心を打つ。読み手としては作者にも救急患者にも感情移入して案じてしまいたくなる一首だ。
捕えらるる油蝉一ついつまでも鳴き羽ばたきいしにすでに動かず 斎藤邦明
命のはかなさと、せつなさに溢れている歌。歌材ゆえに心に残った。
かつて船を入れしドッグの跡深く珈琲に憩ふ人ら居らしむ 藤原みよ子
横浜のみなとみらい二十一地区のランドマーク・タワー脇に保存されている、三菱重工のドッグ跡地の情景であろう。読み手としては、午後の憩いや新しい街の発展の心地よさ、都市の発展に伴う工場移転の喪失感、産業遺跡がきちんと保存されたことへの安堵感、等を同時に感じた。日本の近代化を支えてくれたドッグは、第二の役割を今果たしている。歌材自体が無常感ある素材であるため、現状への楽しい思いと、消えゆくものへのせつなさとが同居した歌だと思う。
薬ひとつ減りしを喜び帰り来しかの日の夫のかの靴の音 西村栄子
挽歌であるが故に最もせつない恋の歌だと思う。人生を共にした最愛のひとを亡くした心境は察するに余りあるものだ。夫君の思い出一つ一つが忘れられずに作者を襲っているに違いない。
蹴られてもなほ蹴られてもつややかにボールは跳ねて生きて躍れり 岩崎フサ子
スポーツの歌で、ボールに焦点を合わせた視点が新鮮な歌だと思った。表現技法としては繰り返しが強調の効果を出している。失われた十年に突入して以来この国では暗い話ばかりが多かったが、ワールドカップは久し振りに明るい興奮と感動を与えてくれたと思う。
個室より夜昼となく叫ぶこゑ聞こえずなりぬ昨日も今日も 故 赤平武雄
赤平さんが亡くなられたことを今月号で初めて知った。これも樋田さんの歌と同様、聴覚に焦点を合わせた病床の視野である。隣室の患者の苦しみと死を、自ら死の床にあって聴く作者の心境を思えば言葉が見つからない。
病棟より時雨の道を帰りゆけり妻は今頃家に着きしか 故 赤平武雄
同じ作者の歌。病床にあって妻を思う夫婦愛がよく詠まれていると思う。妻君を思う優しさはと思慕心とが感じられ、落ち着いた良質の恋の歌なのではないかと思う。
わが力及ばざること詫びながら閉鎖となりし職場を出ずる 多賀陽美
作者が再就職した企業が夢破れて潰れた際の歌だ。他の作品から察すれば、新規産業所属企業かも知れない。単なる失業詠にとどまらず、事業に賭ける夢が破れた無念さが伝わる歌である。新規産業創出による日本経済再興を祈念する者ならば誰でも、この一首の歌材には残念な思いを共有し易いであろう。
落日の光を受けて寄る波のほのくれなゐに映ゆる白波 今関久義
静かに落ち着いた抒景歌。せつない歌が多い今回の歌評対象作品の中では、落日のせつない情景ながらも心和らぐ落ち着いた情感に、くつろげる歌だと思う。
仕事辞め看取りきたりし母逝きて出来し暇を友は嘆けり 渡辺喜子
私事で恐縮だが、昨年九月に祖母と伯母を相次いで亡くした私にとっては、祖母の看病をしていた両親の姿を連想させる作品だ。身近な者を闘病の末に亡くした者ならば共感可能な悲しみが、よく写生されていると思う。
歴史的にはや衰退期に入りたるか薄雲光り高くゆけども 藤田信宏
作者の心象と景色の対比が印象的な歌だ。この歌材は現役世代にとっては、不況が単なる景気問題ではなく構造的なものだと気づき始めた九十四年頃以降は、ポール・ケネディーの名著『大国の興亡』の影響もあり、歴史に詳しい者の多くが共有する「閉塞感と喪失感の入り交じった鬱積感」なのである。
力ぬけし膝をさびしむ朝明を向う高層群に月落ちてゆく 奥山善昭
業務を終えた時の情景であろうか。おぼろげな記憶で真偽は自信が無いが、奥山さんは最近膝が痛むという話を聞いたような気がする。朝の月が沈む様を眺めながらの作者の心情が窺える歌であると思う。上の二句の作者の描写と第三句以降の抒景を組み合わせて心象を著す手法は、学んでみたい方法論だ。
木の葉なべて一つの方になびくならず遠く東京の夜のきらめき 古賀多三郎
木の葉の動きを観念ではなく実際に見ているからこそ詠めているのが上の句だと思う。多摩から埼玉にかけての武蔵のどこかの山か丘陵からの光景であろう。
雲の影は塩山の町に及びたり留まるものと過ぎゆくものと 大橋栄一
この一首も山の上から眺めた歌。雲の影が街を覆ったり動いたりする様がよく詠まれていると思う。
Keywords = 作品,短歌21世紀,評,短歌