| (注1) | なお、チェコスロバキア動乱は、安保闘争よりも後の1968年に起きている。チェコスロバキア動乱について詳しくは、拙稿「チェコスロバキア動乱のケース・スタディ」ご参照。また、共産主義諸国がどのような国だったかという実体を示すレポートとしては、拙稿「ソ連およびロシアの国境紛争のケース・スタディ」,拙稿「北朝鮮の政治経済学」などご参照。さらに、日本がどのような外交・安全保障政策を採用すべきかについては、拙稿「海洋の自由維持のための日米安保再々定義の提唱」(防衛大学校防衛学研究会『防衛学研究』第22号,1999(平成11年)11月)pp.122-136ご参照。 | |
| (注2) | 一般均衡とは、「需要曲線と供給曲線のモデル」のような単なる1財だけの需要・供給のモデル(これを部分均衡モデルと言う)にとどまらず、複数財(ひいては全財)での需要・供給に関する市場の均衡(=需給の一致)のことである。一般均衡解の存在証明が行われたということは、単に需要曲線の供給曲線の交点で需給が一致することによって資源の最適分配が行われる(=需要超過[=供給不足]も供給過剰[=需要不足]も起きない)という1財だけの部分均衡にとどまらず、全ての財において市場全体で需供が一致して需要超過(=供給不足)や供給過剰(=需要不足)が無く資源の最適分配が行われる状態が、市場メカニズムによって実現可能である旨が証明されたということを意味する(なお、1財だけの部分均衡ならばアダム・スミスの昔から既に証明済み)。ちなみに同時期、「計算可能性」という課題は無理である旨が別途別研究で証明されたが、これはつまり、需要曲線と供給曲線の交点を全ての財について人間が事前に頭で予想して計画することなど不可能である旨が証明されたことを意味する。したがって、社会主義計画経済による財の最適分配(=全ての財での需給の一致)などは不可能である旨がこの時期の理論経済学研究によって明らかになった傍らで、一般均衡解の存在証明によって市場メカニズムならば全ての財での資源の最適分配が可能である旨が明らかになったため、経済学の純粋理論の上では共産主義がお陀仏になった訳である。 なお、全財以前に1財だけの需要曲線と供給曲線の部分均衡モデルだけでも、人為的に価格・数量を決めた点がたまたま偶然に需要曲線と供給曲線の交点に一致しない限り、需要超過[=供給不足]や供給過剰[=需要不足]が生じて資源の最適分配が実現できない現象は容易にシミュレーション可能である。具体的には例えば、需要曲線と供給曲線を使えば、旧・ソ連のモスクワや共産主義政権時代のポーランドのワルシャワでスーパーに行列ができていた理由や、日本のかつての食糧管理制度で赤字が蓄積した理由が容易に説明可能であり、これは個別財市場でも市場メカニズムを無視すれば需給が一致しない例となる。したがって、市場メカニズムが○であるか否か以前に単に共産主義が×である旨を指摘するだけならば、一般均衡以前に1財だけの部分均衡モデルだけでも、素朴な分析の上では実は十分である。計算可能性の不可能性の証明は、「共産主義による資源最適分配は、単に『現実的に偶然以外には考えにくい』というに止まらず、『(机上の)理論の上でもあり得ない』旨を証明した」より厳密な議論であり、さらに加えて、一般均衡解の存在証明によって「市場メカニズムならば資源の最適分配が可能だよ」と断言可能になったことによってノックアウト・パンチになったものである。 |