□田尻智

[Satoshi Tajiri]

 ゲームフリーク代表取締役社長。『ポケットモンスター』シリーズのゲームデザイナー。
 1965年8月28日生まれ。東京都出身。
 中学時代、当時ブームだった『スペースインベーダー』にのめり込み、ビデオゲームに興味を持つようになる。高専時代の1981年、セガ・エンタープライゼス主催の「ゲームアイデア大賞」に、「跳ねる」という動詞をコンセプトにしたゲームを応募し、見事に大賞に輝く。そして、現在のゲーム攻略本の元祖といえるミニコミ誌『ゲームフリーク』を創刊。ほぼ隔月で『ゲームフリーク』は発行され、「ゼビウス1000万点への解法」と題された特集号では1万部を越え、日本全国に熱狂的な読者を獲得。プロのライターとしても活躍の場を広げていく。その頃、のちに『ポケットモンスター』のキャラクターデザイナーとなる杉森建氏に出会い、二人で『ゲームフリーク』が制作されるようになる。田尻氏の高専卒業後も『ゲームフリーク』は続いたが、商業ゲーム誌や攻略本が次々と発行され、二人は役目が終ったことを悟り、『ゲームフリーク』の発行を停止する。
 1987年、ファミコンゲームの自主開発を目指し仲間を集め、「めくる」という動詞をコンセプトに、『クインティ』の制作を開始。2年後の1989年に『クインティ』は完成しナムコに持ち込んだ。すぐに発売が決定し、『クインティ』は1989年6月27日に発売され20万本のヒットになった。
 1989年、『クインティ』で得た収益を元手に株式会社ゲームフリークを設立。代表取締役社長に就任した。
 1990年に『ポケットモンスター』の原型となる『カプセルモンスター』の企画を持ってエイプに訪れ、任天堂が開発費の支出を決定し、開発がスタートした。1991年末が納期だったが開発は難航し、1992年からの数年間は開発そのものがストップしてしまう。そのため『ポケモン』の開発と並行して、別のソフトの開発に取り掛かる。そうして作られたのが『ヨッシーのたまご』で、国内販売本数が100万本を越え、ゲームフリークは資金面での不安はなくなった。
 しかしその頃、田尻氏は社内問題で悩みを抱えていた。『クインティ』を共に開発したプログラマ達がゲームフリークを去ったことにより、第二の創業と言っていいほどメンバーの大半が入れ替わった。現在のゲームフリークに『クインティ』の開発メンバーは、田尻氏と杉森氏、増田順一氏の3人しか残っていない。
 『ヨッシーのたまご』以降、ゲームフリークは5本のゲームソフトを開発するが、ポケモンが完成する気配はなかった。しかし1994年に転機が訪れる。エイプが休眠状態に陥り、新たにクリーチャーズとの開発契約を締結したのを契機に、『ポケットモンスター』の開発が本格的に再開され、一気に完成へと向っていった。
 当初は1995年夏に発売される予定が、延々と続いたデバッグ作業の影響もあり、発売は延期されていく。さらに大きな二つの仕様の変更がスケジュールの遅延の最大の要因だった。
 ひとつは、バックアップメモリの容量の拡張だった。当時は8キロバイトのSRAMが主流で、ポケモンを30匹しかセーブできなかった。150匹以上のポケモンをセーブするには32キロバイトのSRAMが必要だったが、田尻氏と石原氏で任天堂を説得。最後は任天堂の宮本茂氏が32キロバイトのSRAMの採用を決め、「別のゲームになったね」と言ったほどゲームに奥行きが出てきた。
 ふたつめは、ROMが複数になったことだった。田尻氏はIDナンバーを設定することにより、個々のカートリッジを区別するというアイデアを任天堂に提案。それに対して宮本氏はわかりづらいと答え、色違いのROMを出すというアイデアが新たに出てきた。結局、IDナンバーによる個別化ができる、2種類のROMが発売されることになった。
 1995年8月に発売される予定が、2度に渡る仕様変更とそれによるデバッグ作業の肥大化により、マスターアップを迎えたのは1995年の暮れのことだった。
 かくして『ポケットモンスター赤・緑』は1996年2月27日に発売された。初回の出荷本数は23万5000本で周囲の期待は低かった。しかし、追加出荷されるようになり、その量も5万本、10万本と増加。ミリオンセラーを達成したのは、発売から7ヵ月後の1996年9月だった。その後も1996年10月に『ポケットモンスター青』、1998年9月に『ポケットモンスターピカチュウ』を投入し、『ポケットモンスター』ファーストシリーズの国内累計出荷本数は1300万以上にも上った。
 1998年に発売のゲームボーイカラーに対応した続編が、『ポケットモンスター金・銀』として1999年11月21日発売され、どちらも300万本以上のセールスを達成。翌年12月にはゲームボーイカラー専用の『ポケットモンスタークリスタル』を発売し、『ポケットモンスター』セカンドシリーズの国内累計出荷本数は、900万本以上に達した。
 現在は『ポケットモンスター』のサードシリーズ、『ポケットモンスタールビー・サファイア』を開発中で、国内では2002年11月21日に発売される予定になっている。

■主な代表作
タイトル 機種 発売日 ポジション
クインティ FC 89.06.27 プロデューサー/ディレクター/ゲームデザイン
ジェリーボーイ SFC 91.09.13
ヨッシーのたまご FC/GB 91.12.14 ゲームデザイン
まじかるタルるートくん MD 92.04.24
マリオとワリオ SFC 93.08.27 ディレクター/ゲームデザイン
パルスマン MD 94.07.22
ポケットモンスター赤/緑 GB 96.02.27 ディレクター/ゲームデザイン/シナリオ/マップデザイン
バザールでござーるのゲームでござーる PCE 96.07.26
ポケットモンスターピカチュウ GB 98.09.12 ディレクター/ゲームデザイン/シナリオ/マップデザイン
ポケットモンスター金/銀 GB 99.11.21 ディレクター/ゲームデザイン
ポケットモンスタークリスタル GBC 00.12.14 エグゼクティブディレクター
ポケットモンスタールビー/サファイア GBA 02.11.21 エグゼクティブディレクター
ポケモンボックス ルビー&サファイア GC 03.05.30 エグゼクティブディレクター