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ネコと音楽と |
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退屈しのぎにどうでもよい話を書いています。
08/08/16
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ポチの死 5月3日、ポチが死んだ。我が家に居ついたのは6年前だが、そのとき既に若くはなかった。呼ぶと犬のように走りよって来るし、私の散歩に同行することは既に書いた。 またドアには猫用のノッカーがつけてあるのだが、中に入りたいときそれをコンコンと鳴らすのはポチだけであった。そのような暮らしを6年ほど続けたわけだが、半年くらい前から食欲が細り、7kgあった体重も徐々に減ってきた。 死ぬ2週間ほど前からは通常のエサを食べなくなったので、気に入りそうなものを次々と与えたが、やがてそれも自分からは食べなくなった。その後スプーンで口元に運ぶと食べたがそれは一時しのぎにしかならなかった。 死ぬ1週間前からは食物を受け付けず、水ばかりとなったが、今まで以上に散歩に行きたがるようになった。体力が落ちているので帰ってこられない可能性もあるので、その都度同行し、帰りは抱いて帰った。死ぬ前々日と前日はとくに頻繁で、あわせて30回ばかり出かけた。 もっともその距離は徐々に短くなり、最後には数mしか歩けなくなった。そして翌日も数回庭を歩いた後、最後に室内で2m程歩いて横になり、その15分後に死んだ。文字通り、眠るような死であった。 ネコは死ぬときには姿を消すと言われているが、根拠ははっきりしない。今回、出かけようとする強い意志を感じたのは確かである。しかし死ぬ5日くらい前、朝から行方不明になったことがあり、夕方みんなで探していると他家の庭から自分から出てきて帰ろうとしたので、姿を消す意図があったとも断定はできない。 獣医師へも行ったが、老齢なので積極的な治療は薦められなかったし、私も同意見であった。200ccの点滴が終わったあと、どれくらいのカロリーがあるのですかと訊くと、ゼロだという。食べ物の代わりにはならないわけだ。人間のように静脈に入れるのではないのでカロリーのあるものは無理なのだそうだ。
死期が迫ると周囲のものはなんとか元のように元気になって欲しいと願う。もっともなことだと思う。私も様々な工夫をして食べるようにしたり、獣医師に見せたりした。また食べずに体力が低下一方のとき、歩くことは死期を早めるようで見ていて辛かった。 |
07/10/27
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忠猫 ポチ・・・散歩するネコ 困るのは長時間外出するときである。私が戻るまで1時間以上も待つことがあるからだ。 ネコは待つのが得意とは言うものの、あまり待たせるのはかわいそうである。だから出かける時、ポチがついて来ないように走ったり、また途中まで自転車に乗ったりと気を遣う。 |
07/05/26
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管理人 岡田克敏
(京都市在住)
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