恋猫 


いつも傍に居て

喉を鳴らして擦り寄り膝の上にのってきたかと思えば、呼べども待てどもそっぽを向いたままのつれない仕打ち。甘えるだけ甘えてみせてあんなにも私の心を虜にしておきながら・・・。猫は人間の自由のままにならず、何にもしばられず気高く生きています。でもいつも私たち人間の傍らに居てくれるのです。

「午前八時」 谷川俊太郎

猫のクロが寝室の扉をしつこくひっかいている
腹をすかしているわけではなくただベットに入ってきたいのだ
まるで人間のようにお前は寂しがっている

今ぼくは空白でその空白の中にお前はすっぽりはまりこんでる
かすかな甘ったれた鳴声と爪の音がぼくを満たし
その微妙な力がぼくに教える
生き物はこういうふうにしか生きられないと
それには何の理由もないからどんな解釈も役に立たない

けもののお前の知らない歴史をぼくは生きているが
ぼくはいつも束の間の空白から書き始めてきたような気がする

空白だから何もかも容れられる
ぼくはそこに一枚の木の葉といっしょに核兵器を収め
倦怠とともに喜びを収めようとする
意味と意味との葛藤から逃れたいとは思わない
だが拮抗するものと矛盾しあうものをどこまでいっしょに容れられるか

クロがとうとう入ってきてぼくのかたわらで丸くなった

ほとんど人間を裏切るに等しいところでぼくは書いている
どんな言葉にも騙されないことを願いながら

「すばらしい月曜日」  寺山修司

ぼくはバイオリンの弓をなくした
奥さまはよそゆきの羽帽子をなくした
ぼくはよそゆきの羽帽子をみつけた
奥さまはぼくのバイオリンの弓をみつけた

すばらしい月曜日
ぼくはよそゆきの羽帽子をかぶった
奥さまはバイオリンの弓をもって
いねむり猫をおいかけた

いねむり猫は鈴をなくした
ご主人がその鈴をみつけた
鈴をふりふり出かけていった

さあ奥様ふたりっきりです
弓と帽子をとりかえっこしましょう
ぼくはあなたの寝室が大好きなんだ

「猫」  ボードレール(佐藤朔訳)

来ておくれ、美しい猫よ、恋するぼくの胸に。
足の爪を秘め隠して、
金属と瑠璃のまじった美しい眼のなかに
ぼくを浸らせておくれ。

その頭としなやかな背とを、
ゆっくりと指で撫でるとき、
電気をおびた体に触れて、
ぼくの手が快感に酔いしれるとき、

ぼくの女を 心に見る。 その眼差しは、
愛らしい動物よ、おまえの眼のように、
奥深く冷ややかに、投槍のようにつらぬいて、
足の先から頭まで、
微妙な気配と 危険な薫りが漂って
褐色の体をくるんでいる。

猫の恋

俳句の春の季語には「猫の恋」「恋猫」「うかれ猫」「春の猫」といった言葉があります。いつもは良く通る声で鳴く猫達も芽吹き時には喉の底から搾り出すような狂おしくも切ない声で鳴きたてます。春の夜の静寂をぬって響き渡るその声は私たちの耳には凄まじい様子で聞こえ、中には戦慄を覚える人もいるのでしょうが、恋猫たちにとっては切ない恋情の発露であって、また煩悩に生きる私達をして果てない人の世の性の神秘の在り様にも想い至らしめるのではないでしょうか?猫の発情期は春と秋の2回といいますが、生きとし生けるもの総てが生まれ出づる光り煌くこの春にこそ、悩ましい恋は相応しいのかもしれませんね。猫を擬人化することで秘めたる恋、忍ぶ恋、そういった抑えても溢れ出す想いが表現された幾つかの俳句や詩などを紹介していきたいと思います。


仮寝して待ちをる猫の春の闇   阿波野青畝
恋落ちしときの猫の尾おろおろと 加藤楸邨
月の出の夜々におくるゝ猫の恋  山口誓子
落ちてゆく姿か遠く恋の猫    山口青邨
たまきはるいのちの声や猫の恋  五十嵐播水
恋猫のかへる野の星沼の星    橋本多佳子
山中に恋猫のわが猫のこゑ    橋本多佳子
水影に耳ふる猫や恋痩せて    武田鶯塘
恋猫に思ひのほかの月夜かな   中村汀女
はるかなる地上を駆けぬ猫の恋  石田波郷
月恍と恋猫の声地をくぐる    柴田白葉女
なの花にまぶれて来たり猫の恋  小林一茶
色町や真昼ひそかに猫の恋    永井荷風

春の月夜

若草の萌えいづる春、辺りは梅や桜の花の馥郁たる香りが漂い、月はますます朧に霞む宵・・・・幻想的かつ官能的な美しさで日本人に愛されてきた「朧月夜」。さまざまな事象の影の部分を繊細な感受性で見据え愛しんだ詩人・萩原朔太郎が猫に託して語った都会の夜の艶かしい詩を紹介します。

猫  

まつくろけの猫が二疋、
なやましいよるの家根のうへで、
ぴんとたてた尻尾のさきから、
糸のやうなみかづきがかすんでゐる。
『おわあ、こんばんは』
『おわあ、こんばんは』
『おぎやあ、おぎやあ、おぎやあ』
『おわああ、ここの家の主人は病気です

青猫  

この美しい都會を愛するのはよいことだ
この美しい都會の建築を愛するのはよいことだ
すべてのやさしい娘等をもとめるために
すべての高貴な生活をもとめるために
この都にきて賑やかな街路を通るはよいことだ
街路にそうて立つ櫻の竝木
そこにも無數の雀がさへづつてゐるではないか。
ああ このおほきな都會の夜にねむれるものは
ただ一匹の青い猫のかげだ
かなしい人類の歴史を語る猫のかげだ
われらの求めてやまざる幸福の青い影だ。
いかならん影をもとめて
みぞれふる日にもわれは東京を戀しと思ひしに
そこの裏町の壁にさむくもたれてゐる
このひとのごとき乞食はなにの夢を夢みて居るのか。




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