2003年8月
1日〜11日 浜松&周辺 ランチ日記+?
注意!ここには、 私に都合の良いように書いております!
12日〜  痔と読書の日々(痔瘻根治手術その後日記)
外回りのため毎日昼は外食。ランチ情報を日記で記録します。そして、プラス、読書、飲み会など雑記です。
尚、感想は、あくまでも私個人がその時に感じた事に過ぎない旨ご了解下さい。たまたまその日の私の嗜好にあっていたかどうかですので、
その後も同じとは限りません。人は常に100%の仕事をしているとは限らないのです。
(背景はサイト
Art and Technology for Networkingより使わせて頂きました)
尚、今月は12日より痔瘻根治手術をしたので、その後は闘病記(?)が主になっております。
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日記の目次   おでかけ日記   メルマガ「浜松ランチ日記」 
  ランチ日記9月はこちら・・・・「*」の関係はこのままここに書きます。
9月27日(土) 通院する。数日前から排便時に少しだけ血が混じる。時には鈍い痛みがある事も。
もし、痔瘻がもう一つでもあれば、またこの12日からがくり返される。
少し心配し行くと、出血は内部の傷が治りきっていないからとの事。外痔核も小さく残っているそうだ。
いずれも自然治癒するであろうとの事。
なんだかんだ言っても手術というものをすると、ほんとうの完治まで時間がかかる。
9月18日(木) 完治。もはや余計な物を身につける必要は、ない。
9月15日(月) 完治したつもりなのにまだ血が出る。血が固まった物か何かそんな物が出た。
でも夕食にキムチを食べてみる。
9月13日(土) 通院、経過良好。触診してもほとんど分からないくらい治っているとの事。
飲む薬をやめ座薬のみになる。次回は2週間後の通院でよい。
9月11日(火) 明日で1ヶ月。お尻のガーゼはとれないけれど、ナプキンだってまだしているけれどほぼ完治。
この「ほぼ」がとれるには後2週間かかるかも知れない
9月8日(月) もうちょと、もうちょっとで治るのに、そのもうちょっとが長い。時には痛痒く、時には痒痛い。
溶けるひもが排出された。
9月4日(木) 普通の階段は気にならない、普通より少し段差の大きい階段は、下りる時にちょっと痛む。
ほんのちょっとの差が体で分かる。

出血する。もはや血をみてもなんとも思わない。
9月3日(水) 通院する。良くなっているとのこと。外痔核(血栓)は小さくなっているとの事。2〜3質問する。

Q:この間風呂で触ってみたら「*」からひものような物が出ていたが何か?
A:手術の傷を縛ったひもで、心配はいらない、溶けるひもである。

Q:入れた座薬が洩れるが「*」の締まりが悪くなってのでは。
A:手術で筋肉を切っているから、完全に元に戻るのは2ヶ月くらいかかるだろう。

Q:今月末にゴルフコンペがあるが参加してよろしいか。
A:よろしい、但しフェアウェイだけを歩くこと。
Q:えー、むりー。
A:冗談、冗談、大丈夫。

飲み薬と座薬と便秘防止薬を受けとる。痛み止めは余りがあるので今回は無し。
9月2日(火) 楽になっている。だが「*」から何ごとか洩れるのはいかんともしがたい。ガーゼは1枚にしている。
丸座布団を使わなくなった。
9月1日(月) 夜、町内に寄合で皆さんよりご心配いただく。みんな恐れているようだ。怖い事はない、痛いだけだ。

歩く姿が普通に戻っている(と思う)。今日は痛み止めを1錠も飲まなかった。術後初めてだ。
8月31日(日) やはり昨日と同じ。昨日から出血がないと喜んでいた、が、夜になり鮮やかな赤。
日常生活には支障が無くなってはいる。仕事にも行っている。だが休みの日はあまり出たくない。

それでも午後、今日最終日である平山郁夫展へ、浜松美術館。
体育館に車を停め、浜松城公園を歩いていく。歩く速度が遅い。自然に遅くなってしまう。
普通の速度で歩こうと思えば歩けるのに、どうやら遅い速度が基本になってしまったようだ。
椅子から立ち上がる時も、手で支えて立ち上がる。
そうしなければならない程ではないのに、なんだかそういった状態に慣れて、それが普通になってしまったようだ。

さて平山郁夫展。西アジアやインドの風景、人物を見せられても、実物を知らないから共感しにくい。
そこを知らない人間に、何も先入観のない人間を圧倒出来るだけの力は感じなかった。
しかし、私が絵について物を言うのはおこがましい。
絵とか陶器とか器とか掛け軸とか、そういったのに気がつかないでランチ食ってますから。
乱暴に言えば、そういった朴念仁も圧倒する力があるのが本物だと思う。

昨日と今日、缶ビールを1本ずつ飲んだ。長い長い禁酒も一応終わり。でも酔うほど飲めるのはまだまだ。

マイ・シューヴァル&ペール・ヴァー著 高見 浩訳「消えた消防車」を1日で読む。
1969年の作品。出だしにアクションがあり引きつける。味はあるがミステリー的な要素はぼんやりしている。
これまで書き込まれなかった人物にスポットを当てていくのはうまい。
シリーズ4作、つまり4年間を2週間で読んでしまった。なんだか申し訳ない気もする。

それにしても今月はよく読んだ。「翔ぶが如く」10巻もあと少し。日記を書いちゃったら読み終えちゃおうか。
8月30日(土) ほとんど昨日と同じ。もう痛くはない、かゆいような感じかといえば、そうでもあるがもう少し痛いに近い。
つらくはないけど外出する気分になれずほぼ一日家にいる。

午前中は「ヘアーサロンコバヤシ」さんで散髪。手術前は甘く考えていて、経過によっては休みの後半に
散髪しちゃえと考えていたが、とてもとても。術後18日にしてやっとさっぱり出来る。

その後、マイ・シューヴァル&ペール・ヴァー著 高見 浩訳「笑う警官」を読み出し夕方に読了。
1968年、シリーズの第4作、中でも評判が高い。確かに面白い。
おなじみになった人物がそれぞれ過不足なく書き込まれ、それぞれの人間に好感が持てる。
それにしても1968年、今から35年前に、ストックホルムではもう薬や外国人労働者の事が話題になっている。
8月29日(金) 昨日の方が調子が良かった。善し悪しは外から見て分かる。歩き方に現れる。
とはいえ、緊張を強いられる時には気にならなくなる。逆に夜、寝つく時には患部が気になり、
小さな痛みでも眠りにくくなる。

少し長めに車の運転をした。行きは普通に、帰りは丸座布団を使用して。
「痔の手術をした」と言うと「あれ使っているの?ほら、ま〜るい座布団」と言う人が多い。
答えははい、またはいいえ。術後すぐは座る事なぞままならず、少ししてから丸座布団を使った。
この時は座る時間も短時間で、直接、患部に圧力がかかるなど恐ろしく、座布団無しは考えなかった。
術後8〜9日、社会復帰しての二日間は座布団を持って歩いた。
車で使い、デスクで使い、訪問先へも持ち込んだ。
「何それ?」「ええ、実は・・・」と、見かけだけでは、こちらのしんどさが伝わらないのでいい看板になった。
まあ、歩き方でも分かってもらえたと思うけど。
その後しばらくしてから、いちいち持ち歩かなくても良くなり、車でも使ったり使わなかったりするようになった。
丸座布団を使って運転し、ある程度時間がたつと、かえってもちにくくなる。
丁度西洋便器に長く腰掛けているのと同じような感じで、お尻を開くように力がかかってしまい、ちょっと痛くなる。
むしろ丸座布団を使わずに全体に力がかかる方がよくなる。ただ、これもまた時間がたつと居にくくなる。
そんなわけで丸座布団はそれがあればいいというわけでなく、決して万能ではありませんでした。

村上春樹「うずまき猫のみつけかた」読了。海外のうらやましい生活。
これに先立つ「やがて哀しい外国語」よりも生活様子は書かれている。
中華料理がラーメンを含めていっさいダメだというのが、申し訳ないが、笑える。
それで中国旅行をするから凄い。
8月28日(木) 術後16日目。なんだか調子がいい。痛みが違和感程度になっている。階段も手すりを使わなくていい。
急いだ時には小走りにもなる。相変わらず全体的に歩くスピードは遅いし、小便の最後の「キレ」は
ちょっと覚悟してからでなければ出来ないけど。

すいません、「*」関連にもう少しお付き合いを。今月中で思いついた事を書ききっちゃうつもりだから。

私は得難い経験をしている、これまでの人生になかった事であり、これからも、あまりなさそうだ。
手術の次の日から私はナプキンを使っている。言うまでもなくこのナプキンは食卓で使う布でなく、
女性の使う生理用品である。もう、2週間以上。こんなに長期に使うのは女性だっていだろう。
今月、我が家では女房よりの私の方が多く消費している。足りなくなって買いに行かなきゃと思ったくらいだ。
昨日聞いたある手術経験者(男性)は「入院2週間、ナプキン1ヶ月」と言っていた。
ブリーフにナプキンを貼り付ける事も初めてなら、
それをくるくると巻いてトイレの汚物入れ(これ他に何て言うの?)
に捨てる事も初めてだ。そんな経験、普通じゃするわけない。

「*」から血と体液と入れた座薬が出る。尻にはガーゼを当てている。ガーゼは絆創膏でとめている。
朝出勤前に付け、昼は自宅へ戻り付け替える。
朝食後すぐと昼食後すぐにその作業を女房にしてもらう。かわいそうに、食後にする事じゃないよね。
昼に替える事を、私は「ピットイン」と言い、wakuさんは「それはおむつ替えだ」と言う。ふん。

我が家系においてこの病は優性遺伝である。
祖母もそうだった、父もそうだった。弟は2回も(ごめん書いちゃった)。
叔母はかつて手術を経験して、「お産より大変」との名言をはいた。
(そうなると逆もまた真なりで、お産より大変な手術を経験した私は、お産だって大丈夫か?)
驚くべき事に私の同年代の従兄弟は私と同日、つまり今月12日に遠方で、同じ手術を受けた。
経過は良好らしい、痛くなかったとも伝わってきている。なんで?
漫画「じゃりンこチエ」にて、花井拳骨先生はチエちゃんにしわのあるエンドウ豆の説明をした。
チエちゃんは分からなくとも、私は理解出来る。我が病はエンドウ豆の「しわ」だ。4人に3人はなる。
そは我がものだけにあらず、血のなせる業なり。
その源はおそらくは祖母。血を分けた我が同胞よ。気をつけたまえ。もはや手遅れでもある。
8月27日(水) 医者へ行く。週末に行ってもいいのだが、軟らかくする薬をもらうために行く。
中の傷はまだ治りきっていない。血栓は少し小さくなっているとの事。
ほんとう?自分の感じではふくらんできている。
手術の影響で血栓が出来てしまう人は2割り程度いるとの事、どうしても力が入ってしまうのか。
治るには3〜4週間かかる、但し痛みはその前にやわらぐらしい。
私は出来て1週間とちょっとだから、もう少しこいつと付き合わなければならんかな。
お酒を飲んでもよいと言われる、但し下痢をしてはダメ。適度に飲むべし。

お酒飲みの皆さん、下痢は痔瘻のもとです。痔瘻の原因の60%は下痢とも聞きました。
あなたも、あなたも、あなたも、私と同じ目にあう可能性が高い!
私の日記を読んで痛そーいと思ったでしょう?怖いと思ったでしょう?
さあお酒を飲みましょう。たくさん飲みましょう!!

村上春樹「村上朝日堂」ほとんど読了。前に読んだ事あり、これで2回目、あるいは3回目。
2ページの肩のこらないエッセイが続き、1つをよむと自然に次を読んでいる。やめられないとまらない。
ついつい手に取ってしまう、ある種の軽さ、ちょっとクセになる。スナック菓子みたい。
もちろんジャンクではありません。ちゃんと骨があります。
8月26日(火) 昨夜は蒸し暑かった。風も少なく寝苦しかった。せっかく早く寝たのに4回くらい起きて寝不足の状態。
4回の内1回は痛みが伴い、深夜3:00頃痛み止めを飲む。
なかなか薬から離れられない。まだ術後2週間だからやむおえないか。

はいっ、やっばり「*」の話。今日からトップのタイトルも変えました。
開き直りでもあり、目下の最大関心事はやはり毎日痛むこの病状がどうなるかであるので
心情に素直に書きましょう。

だんだんよくなっているのだけれど、毎日の排便後は痛い。出血もしている。
ここで怖いのは便秘をする事、もしくは固いヤツを排出しなければならない事。
う〜んう〜んといきむのは、まだ消えずにいる外痔核ちゃん(血栓)に刺激を与えてしまいます。
できれば毎日するっといきたい。それには通常より、やや軟らかである方が望ましい。
もともと便通はいい方と思っていたので心配はしていなかった。どちらかといえば軟らかめであると思っていた。
それがどうもここ数日これまでと違う。だんだん硬度を増しているようで、毎度毎度ちょっと痛い。
最初は牛乳を飲むとその影響が現れ助かったが、続けて飲む内に体の方が慣れてきたらしい。
朝、昼、晩、夜、ガブガブ飲んでも硬度が変わらん。牛乳だけが減る。
我が家の牛乳消費量はここ数日すごい勢いで増しているのに、軟化剤としての効果は薄れつつある。
こまったなぁ。・・・とそこで突然、今日の夕方にした会話を思い出した。
「酒を飲むと必ず下痢するなぁ」・・・ああっ−、そうかぁ!!
私がこれまで便通がよく、軟らかめであったのは、酒か?酒を飲んでいたからなのかぁ?
確かに痛飲した翌日はゲル化もしくは液体化する。翌々日もその名残はある。
やばいぞ、私は今月10日の夏祭りをさかいにアルコールを摂取していない。
16日間!こんなに長い禁酒は知らん。
ひょっとすると、さかのぼればこの20数年間、東京に出た時からこの方で、最長の禁酒期間かも知れん。
こりゃやばい、思い起こせばお酒を習慣的に飲む前は、もりもり食べてもりもり出していた。

昔読んだ山口瞳のエッセイ。(本がどっかにいっちゃった)
酒飲みの山口瞳がどこかのトイレで、誰かが流し忘れたモノをみて、
自分は酒を飲むから、こんな立派なヤツをした事がないと嘆息する、そんな内容だった。
他のは忘れてしまい、この部分だけ覚えている。
きっと、読んだ時すでに私は酒飲みであったので、なんだかうなずけて、印象に残ったのだろう。

期間限定的に酒飲みでなくなった私の腹の中は、酒を飲む前に戻りつつある。
悪い事(?)に酒をやめているために食べる方の調子はいい。このまま、もう少しすると昔の様にもりもりと・・・
勘弁してくれ、想像するだに恐ろしい。
出来得れば、患部に悪くないよう、またいき過ぎにもならぬよう、かといってお腹をゆるくする効果はある、
そんな程度に、丁度よくお酒をのみたいけど、出来るか?
8月25日(月) すんません、今日も昼は「内食」です。外で食うから外食、
では反対語に「内」食があるかと広辞苑を調べるとありませんでした。

昨日、映画「ピンポン」で中国人役の俳優が上海出身なのに広東語をしゃべるのはおかしいと書いた。
今日、「ピンポン 映画 広東語」で検索すると、あの「孔:チャイナ」訳はサム・リーという俳優で、
「メイドインホンコン」の主演であった。
「メイドインホンコン」はビデオ屋で手に取った事がある。(最近は見かけない)。
そうかぁ、香港映画ファンならば知っていてしかるべき名前だった。
遠州弁的に言うと、やいやい、村上春樹的に言うと、やれやれ、だ。
そうかぁ、あの頃から私は香港映画から離れていたのか。
サム・リーだから広東語でやむおえず、吹き替えも出来ないのか、それはそれでしょうがないかも知れない。
逆に出身を上海じゃなく広東語圏にすればよかったのに。
一般には違和感ないと思ったのかな。そんなのは枝葉末節のつじつま合わせとして気にせず、
もっと映画本来の良さを追ったのか。うん、映画全体にパワーがあれば、私もそんな事気にしないんだな。

「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」を読む。村上春樹による、湾岸戦争についての記述で

それは日本の戦後的な価値観が、世界の中でほとんど汎用性を持たなかったことを、

とあり、うひゃーと叫び声をあげる。そうかそういう事だったのか。そんな事も気づかなかった私はアホだ。

漫画「オフサイド」のなかでディフェンスが「チャンスは俺たちが作る」というような事を言う。
KCスペシャル13巻、川高対成京にてGK日比野が言う。

「わかってるな!? クリアは外へだすなよな!? 必ず 必ず前へ進めるんだぞ!
絶対FWへ送るんだ! チャンスはオレたちがつくるんだぞ!?」

こういった視線が、またそれを効果的に言葉にするのが塀内夏子の良さだ。泣かせるよ。

8月24日(日) 術後12日目。さしたる変化なし。いろいろうっとうしく、いい加減片づいて欲しい。
完治まであと少しの道のり。この、少しがけっこう長いのでないかと懸念する。

マイ・シューヴァル&ペール・ヴァール著 高見 浩訳「バルコニーの男」読了。
マルティン・ベックシリーズ3作目。シリーズ物としてのスタイルが固まったような観がある。
読む方もなじんできたのかな。
個人的には小さな子供がつらい目にある話は勘弁してほしいが、うまさに読まされる。
今日は家族が都合で出かけ、ひとり留守番だったので風通しの良い場所で、水だしにした煎茶を飲みながら
読みふけった。あ、もちろん頼まれた用事=洗濯物をちゃんと干してからです。
このシリーズ第1作から、全体の印象の割りに、何て言うんだろう、性的な要素が強い。
そう多くない性的な記述が印象深い、ある種の生々しさを感じさせる。

今回も楽しいのは中年の警官達が仲間意識をもって事件(仕事)に当たる事。
気になるのは、1、2作と同様に殺意が偶然性による事。トマス・ハリスやJ・エルロイを読んでしまうと
物足りなくなってしまう。もちろん、こちらの方が古いから、これはほとんど言いがかりみたいなもんだ。
それにしてもストックホルムを舞台にした小説を、私はこれから、この人達の他に読む事があるだろうか。
他のスウェーデンの作家の作品を読む機会があろうとは思えない。
そう思うと、とても貴重な体験をしているのかな。なんだか不思議な感じ。

村上春樹「ランゲルハンス島の午後」読了。上記の合間に読む。短くてちょっと一休み的に読めてよかった。
そういえばF・K・ディックの小説も時々でてくるな。

昨日から今日に掛けて塀内夏子「オフサイド」1〜15巻を読む。良質のサッカー漫画。家族で読む。
試合と試合の合間、ちょっとした日常の記述が気持ちよい。
最初と最後がラブストーリー的で、結末がちゃん出だしの出来事を受けて、
釣り合いをとっているのを初めて知った。
勝ち上がり方が少年ジャンプ的じゃなくて良い。敗者にも目配りがある。
でも、漫画ばかり読むと、あたまがぼぉっとします。気をつけましょう。

DVDで「ピンポン」を見る。私はのれなかった。「奇」の俳優ばかり並んでいて疲れた。
ぼそぼそしたしゃべりが聞き取れなかった。日本語字幕をつければよかった。
ところで、中国からの留学生「チャイナ:孔」がしゃべっていたのは広東語だと思う。
上海からの留学という設定だったから言葉が違う。広東語は賑やかな開いた語感で、
上海語はよく知らないけれど、比べると少し引きずっているような、閉じた語感の言葉だと思う。
香港と上海の気温の違いがそこから感じる。
広東省出身で上海でピンポンをしていた、というのもあり得るから、
間違いとは言えないけど上海語、もしくは普通話に吹き替えた方が好きだな。
(ここの所、もし私の思い違いでしたら教えてください)
8月23日(土)










































ちょっとお勧め
術後11日目。午前中医者へ。自分で運転して行く。やれうれし。
経過良好。内部の傷からはまだ出血。3つあった外痔核は1つに。痛み止めの量も減らした。
次の通院は1週間後。帰りにレンタルビデオ屋さんにもよる余裕が。

レンタルビデオ店によるたびに韓国映画を物色するのに借りるまでにならない。
韓国語の学習をかねて借りるつもりでいても借りられない。なんでだろう。
香港映画も新しいのを借りる気がおきない。いくつか手にとって結局「ワンス・・・天地争覇」にした。
徐兄監督、李連杰主演の黄飛鴻シリーズ3作目。1,2作が好きで数回見直したけどこれは2回目。
ひところ、私は香港映画に熱中した。返還前、香港映画が熱い時期だった。
子供が生まれる前だった事もあって、空いている時間を、香港映画及び香港を知る事に随分費やした。
(最初は香港及び香港映画だったのに、時間がたつにつれて順序が逆転してしまった)
それは凄く幸せな時間だった。その当時、香港映画は不思議なオーラも放っていた。
冷静に考えればナンジャコリャ的なくずの映画も多いのに、えーいもってけみたいなパワーがあって
気持ちが良かった。レンタルビデオ店に香港映画の棚があって、よーしここにある作品を全部見るぞ、
ともひとり秘かに誓ったもんだ。香港映画に関する本も読み、作品を探して店を数件まわった事もある。
香港まで封切りを見に行く人などから比べると、たかが知れた量かもしれないが、けっこう見た。
ただ、その結果、香港が返還され、何人かがハリウッド進出を果たし、
香港映画がそれまで持っていた(と私が感じられた)オーラの力を弱めた頃になると、
お腹いっぱいになってしまった。
今にして思うと、どうもその時に香港映画のいろんなパターンを楽しんでしまったような気がする。
「シュリ」あたりから、韓国映画が面白くなったと言われる。きっとそうだろう。
でも私には香港映画の影響がどうしても見えてしまう。(そうじゃなくても、そういう枠組みで見てしまう)
韓国映画を借りられないのはそういった理由だと思う。
今はむしろ泥臭い、情念が渦巻いているような、昔の韓国映画(のような)方を見てみたい。
(まあ、でも、「チング」は好きな作品だったし、
 「猟奇的な彼女」と「ガン&トーク」は見てみたい。1週間レンタルになればだけど。)

村上春樹「朝日村上堂 はいほー!」読了。「うずまき猫」よりこちらの方が少しだけ重みあり。
私は、チャンドラー、フィッツジェラルドは好きで(覚えていないけれど)ほぼ全作読んだ。
マルクス兄弟の映画も何作か見た。ピンボールにもこった事がある。
18歳の時、名古屋の千種のゲームセンターにはどでかいピンボールがあった。
球が野球のボールくらいあった。システムは単調だった。それも随分やった。
そんな風にいくつか、あ分かる、と思う記述があってついつい気に入ってしまう。
この本のなかでは「『うさぎ亭』主人」が秀逸。虚構なのかモデルがあるのか。
店と食べ物が実に見事に書かれている。プロのすごさだ。
また、英会話について。日本語でも話がうまく出来なければ、英語でも出来る訳がないという指摘は正しい。
忘れないでおこう。

横浜Fマリノスと大分トリニータの試合を見る。
比べてみると先日見たプレミアムリーグの凄さを思い出す。ほとんどワントラップでびしばしパスしてた。
そのスピードたるや、まるで香港映画のコマ落とし技法だ。
録画だったけど、まさか早送りで放送していないよなぁ。そう言われても不思議でないくらい、比較すると、早い。

今日の昼は北田町のプラタナス。土曜日も平日と同じランチがある。
約1000円でスープ、鮭のパイ皮包み、チキンソテー、ライス。家中ここが大好きです。
8月22日(金) 術後10日目。やはり私たちを超えた存在は遠くで見ているようで・・・
良くなった良くなったと言っていたら、寝付いてから1時間ほどで、痛みに目覚める。眠れなくなるかとおそれる。
睡眠薬を飲むにはタイミングを逸していたので、痛み止めをもう一錠飲む。
明け方にもう一度目覚めるが、まあなんとか眠られた。ふぅ。

この間読み終えた村上春樹「やがて哀しき外国語」は面白かったなぁ。
以前読んだ事があり、2度目だと思うが、相変わらずの春樹節に心地よく乗せられる。
今回は、韓国語訳の本があり、それと合わせるつもりで買った。
韓国語の方は4ページだけ、意味を確かめるつもりで読んだ元本が面白く、先に読み終えてしまった。
村上春樹は小説を「羊」で「?」、「ノルウェーの森」で「??」と思って以来読んでいない。
エッセイは好き。当たり前でも忘れがちな事。基本的に変えてはいけない事。示唆に富む。
最近読んだ「約束された場所で」も良かった。いろいろ読んでみようか。

↑こんな風に思い、夕方、村上春樹のエッセイを3冊買う。
ぱらぱらと読んでみると、どうやらこの3冊は軽めに書いているようだ。読みたい傾向と違う。
作者のせいじゃないが、ちょっとがっかり。

そういえば数日前から、夜、虫の音が聞こえる。
8月21日(木)

ちょっとお勧め
「*」←こんな話ばかりじゃなんなんで久々に・・・

ランチじゃなくて晩ご飯。
中国家庭料理
大中華 領家2丁目 トマトと卵の炒め物+水餃子+小ライス 1300円
ちょっとした突発的な事情があり、晩ご飯を外食。
おお、ドーナッツ座布団なしにストゥ−ルに座れる・・・だ・か・ら、そんな話題じゃなくて・・・。
えー、先月来た時に気になったお店です。日本人好みに変えられた中国料理ではなく本場っぽい。
必ずしも精錬されているわけじゃない、とはいえ、荒削りではない。方向が正しい、世界共通のワクはとらえている。
店の宣伝文句通り、中国の家庭料理。
まずは、日本的な中華より、どちらかといえば、中国で一般的なおかずをと思い。「トマトと卵の炒め」
それから、「焼き」よりは「水餃子」。ご夫婦の(多分)普通話(おそらく)を聞きながら食べる。
ここいいです。好きです。まず、「トマトと卵」は暑さのもどったこの季節にいい。
トマトの赤、卵の黄、キュウリの緑、彩りがいい、キクラゲの黒はアクセント。
トマトの軽い酸味、卵の火の通り具合が良く心地よい舌触り、程良い甘みと中華のコクが連合軍となって・・・
いかんいかん、読み終えたばかりの小泉武夫に影響されている。
ともかく、キュウリの歯ごたえも丁度よく、楽しめる一皿です。
水餃子は専用のたれを掛ける。皮の厚みが頼もしく、中の具にコクがある。
この次ぎは家族で来よおっと、いろいろなのを食べたいもんね。
店の場所は大浜通り沿い、本・ビデオの精文館さんの筋向かいくらい。大きくて黄色の看板に赤い文字。

で、相も変わらず以下「*」の話。術後9日目。

 「今日は昨日じゃない、私たちはチームだ 」  ハード・オン 矢作俊彦作  平野 仁画

日々良くなっていうのは心地よいもの、昨日出来なかった事が今日は可能に。(引用とあってないか)
・階段を下りる時に痛みがない時もある。上るのは早い時期から割と楽だった。下りる時の第一段目が難関。
体の重心がカックンとなるからか。2段目以降はうまくいけば平気。いやはやバリアフリーの必要性を感じるよ。
・歩行姿勢が良くなったらしい。同僚wakuさん曰く「昨日はペンギンさんだった」(体型じゃない、歩き方ね)
両足を開いたまま移動する、力学法則で手が振れる。急ぐ時は早くか大きく振る。
思い切って手を大きく振って歩くと、おおお懐かし、ホンダホンダホンダ、だ。
・ドーナッツ座布団もあれば楽、但し無ければいられない訳でもなくなった。無しでいた時もある。
・痛み止めの量も普通に戻した。これで新たな痛み曲線が生じなければ収束に向かう。

日常の、単純だけど必要な事が出来るようになる。ひとつひとつ取り戻していく、これがうれしい。
ん、この感じはだいぶ昔に覚えがある・・・初めて訪れた国、その街での一人歩き。
トイレの場所を聞けるようになった。地下鉄に乗れた。買い物が出来た。映画館に入る。行きたい所に行けた。
大人であれば出来るごく普通の事を、覚えたての外国語で言ってみる。
ソウルで、釜山で、サイゴンで、香港で、楽しかったなぁ。ちょっとそんな感じがある。
明日は今日よりまたひとつ、きっとなにか出来るようになる。

現在はまだ、
・椅子から立ち上がると時にスッとはいかない。机に手を付き、体重を支え、よっこらせと立ち上がる。
・何かの拍子に痛い所に何かがあたり「いててて」と声が出る。
 そんなに痛くなくても不意をつかれつい声が出る。周囲の耳目をそばだたせる。
・まあなんとか歩ける。とはいえ一般のスピード、カッカッカッからは段違いに遅い。登坂車線なみ。

今日も昼は自宅にピットイン。取り替えるべき物は取り替え、食事をし、薬を入れ、リターン!

痔の手術をした、と言うと「痛かったでしょう」と気遣ってくれる。ドーナッツ座布団を小脇に抱えていれば尚更だ。
私は「ええ、大変でした」と答える。これはもちろん正しいけれど実は一部、本当ではない。
本当は
・手術で痛かったのは局部麻酔の注射。
・その後は短時間だったら、なんとか我慢出来る痛み。
・でも、それが弱まらないで、一定のボルテージで継続する。
・手術の痛みは3日くらいで収束に向かい、他に何も起きなければそれでおしいまい。1週間くらい。
・でも、他に影響が出て、それが痛いんだ。
・その痛み自体は最初より弱いけど、やはり継続するので、いい加減まいる。
・普段はそれほど痛くなくなっても排便後が痛い。意外にも排便時は痛くない。
・一口に痔と言っても内痔核と痔瘻と違って、手術後の痛みも違うみたい。
そんないくつかの要素をいちいち説明するわけにはいかないし、説明した所でそこまでは聞きたくないよね。
だから、とりあえず、期待度通り、「痛かった」と答える。
私がその様に答えるから、(おまけに、まだそんな歩き方をしているし)世間の「痔の手術=凄く痛い」
の図式は、ああ、やっぱり、と再確認され、みんなの固定観念はまた強まる。
できれば詳しく説明したい。聞きたくないですか?

8月20日(水) 術後8日目。昨夜から最後の痛み曲線も下降化したみたい。だいぶ楽に眠られた。
今日から一応、社会復帰。これだけ休むと不思議なもので会社に行くのが楽しみ。
さあ、ドーナッツ座布団もって職場に行こう。

昼に一時帰宅、ピットイン、再スタート。結局フルタイム働けました。ちょっとリハビリ的だったけど。
車の中も、デスクの前も、はたまた訪問先でもドーナッツ座布団。持って歩く。
あれはあれでけっこう座り午後地がよい。
普通の座布団が面で体重を受けるから、時間がたつとへたるの対し、○で受けるから適度な硬度を持続する。
なんだかこのまま愛用しようかという気になる。

あちこちでカミングアウトするといろいろな話が聞かれる。書きたいよう。
あの人もあの人も痔瘻であった。あのひとはあんな所に注射した。書きたいよう。
でも書かないから、いろんな話を聞かせて下さい。
8月19日(火) 休み7日目、術後7日目。少〜しだけ痛みが弱くなったような。
昨夜は、もらった薬のおかげでよく眠れ苦しみがなかった。痛みもひりひりからぴりぴりに。

ところで、読んでくださるいろいろな方の為に誤解の無いように言っておかねば。
私の今回の手術は痔瘻の為です。痔瘻・痔ろう・あな痔です。
痔にはいくつか種類があって、痔瘻はある原因で大腸に近接した肉が膿み、その膿が広がります。
手術は膿んでいる箇所を取り除きました。
何人か聞くと、どうやら、痔瘻の手術、及び手術後の経過は一般に痛い様です。

そしてまた何人かに聞くと痔でも内痔核の手術は、あまり痛くないようです。
内痔核、鬱血して盛り上がり、いぼになり、時には脱肛する、いわゆる、いぼ痔です。
昨日待合室で話したご老人も内痔核(いぼ痔)の手術をしたそうです。
20歳くらいに内痔核が出来、大きくなり、脱肛して手で押し戻す程になり、70歳で手術。
「全然痛くなかった」とおっしゃってました。それに類した事は他の人からも聞きました。

毎日痛い痛いと書いているので、読まれた方の中には
「痔の手術=痛い」と式が出来上がってしまうかもしれません。
もともと一般にそう思われてもいます。しかし、必ずしもそうではありません。
私のしたのは痔瘻の手術。また、私は手術後、外痔核(血栓、血だまり、血豆)が出来、
苦しんでいますが、これも出来る人、出来ない人がいるそうです。
要するに、私は痛かった、だからといって誰もが痛いとは限りません。誤解の無きように。

村上春樹「やがて哀しい外国語」読了。村上春樹のエッセイはいいなぁ。説得力ある。
マイ・シューヴァル&ペール・ヴァール 高見 浩訳「蒸発した男」読了。
1966年の作。シリーズ2作目、読ませる。ただ、またしても犯行の動機が。
背後にもっと壮大な陰謀がと思うと肩すかしを食う。
8月18日(月) 休み6日目、術後6日目。ひりひり痛い。
当初の予定では社会復帰するはずであったがその一歩を踏み出せない。休みを頂戴する。
フルタイムでなくとも、短時間だけでも行けないか考えて見る・・・だめだ。

以下、言い訳的に。

世間は段差に満ち満ちている。
段差を越えるには足をあげ、体重移動し、足をおろし、体重を受け止める。
そのどの行為をしてもお尻に力が入る。

私の現在の歩き方はお尻が開いたままで歩く状態、心持ち尻を突き出し、
足は開いた位置をそのまま、地面からそれほど持ち上げず前方に。
がに股です。ゴリラの様な、アシモの様な、クロスカントリースキーの様な歩き方。
力学の法則で自然に手が振れる。大きく振れる。急ぐ時は早く振る。

車の運転はともかく、乗り降りする事を考えても気が遠くなる。
足をあんなに大胆に広げるなんて。

水平移動はなんとか可能であるものの上下移動に困難が伴う。
階段を上るのは比較的楽。上れば下りなければならない。これがけっこうつらい。
両手で手すりにつかまりそろりそろり下りる。
片手にものをもっていると体を階段と水平にし、一段一段下りる。
スキーで坂を上る時と逆ね。とっても世間様のスピードについていけない。

午前中、女房に運転してもらい、私は後部座席に横になり病院へ。
患部を見てもらう。手術の傷は順調。傷の上にあったハレも引いてきている。
ただ、小さな外痔核が3つ出来ている。土曜日になかったもの。
これは手術の傷により臨時に出来たもので、血栓、つまり血だまりです。血豆みたいなもの。
小さな血豆が肛門のまわりに3個ほどあり、神経が集中する場所に出来ただけありこれが痛む。
何かに触れても痛い。どうりで痛みが表面でひりひりした感じだった訳だ。
土曜日に診てもらった時には無かったとの事。
痛み曲線的に言えば多分こんな具合
・手術による傷の痛みは火曜日にピークで徐々に下降。
・金曜日くらいに傷の上にあるハレによる痛み曲線が生じ日曜日くらいに下降。
・日曜日に外痔核(血豆)による痛みが生じ、昨日今日とピーク。
見立てでは、4〜5日すると治まってくるとの事。痛み止めの薬を多くしてもらい、眠る為の薬ももらう。
それにしても触診は痛かった。ただでさえ痛いのに尻の穴に指を入れて、
ここは良くなっている、ここが痛いってするんだもの。この時は痛いどころじゃなくギャー。

「翔ぶが如く」9巻読了。薩摩軍は自分が行く地域で独裁者となる。
西郷隆盛も問題のある人物であったなと思わせる。
小泉武夫「食(く)あれば楽あり」読了。

8月17日(日) 休み5日目、術後5日目。痛い痛いぞ、逆行している。
あまり痛いので主治医に電話する。(私は自宅療養)。
痛み止めを多く飲んで良いとの許しをもらう。
昨日診察した際に血栓による外痔核が出来ていたそうだ。痛みはその為らしい。
どうりで、表面のひりひりした痛みだったわけだ。シャワーを当てると血行が良くなるのか、
若干もち良くなる。湯船に浸かって良いとの許しをもらう。
それにしても、ひりひり痛い、新鮮な痛みが続く。

夜、かなり痛む。便意があったので座ると本体は出ず、血と何か別の物が少々。
赤く染まる便器。
その後、痛みやまず、ひりひりする。当たり前だが、痛みの原因は理解しても痛み自体は柔らがない。
深夜に至って眠れなくなる。
今回私は自宅療養を選択した。仮に入院していれば、毎日の診察があり、それによって時には
処置がこうじられ、例えば痛くて眠られない時には、何か、点滴か、座薬か、新たな薬か、
何かしてくれるのではないかと想像する。
想像だから、実際はそうでなく、自宅と変わらないかもしれない、
また外痔核が出来なかったらこんなに苦しまずに済んだかもしれない、
自宅療養が良いか、入院がいいか、結果論でしかない、だだ、苦しんだこの夜は心に迷いが生じた。

眠れないまま寝室から居間に行きテレビを付けるとプレミアムリーグ開幕戦。
稲本が出場している。あまりにテンポの速いゲームに圧倒され見る。しばらく痛みを忘れる。

結局ほとんど眠れなかった。

マイ・シューヴァル ペール・ヴァール 高見 浩訳「ロゼアンナ」痛みとともに読了。
人物が生きている。被害者像、犯人像を描き出していく過程がいい。痛みを忘れられる。
不満は犯人をどうしてその男と限定するか。犯行の動機の描き方も不十分。
1965年の作品と思えば仕方がないか。
ただ「寒い国」は古くならないが、これはもっと時間がたてば古くなり、消えてしまうかも。
8月16日(土) 休み4日目、術後4日目。朝、うんこしてから痛い。昨日より少しだけ痛いぞ。
医者へ行く。痛いから行ったのではない。行く予定の日だった。中を見られるのも痛い。
経過は良好だそうだ。この痛みはしょうがない程度とのこと。
来週の中頃過ぎには良くなるとの事、では来週早々はどうしよう。

毎日やる事が変わらない。食後、薬を飲む、座薬を入れる。
座薬は軟膏が注入容器に入っていて、先端部を肛門に刺す。
1cm程度挿入して本体を指で押し、軟膏を入れる。
下手に刺すと傷を刺激するので気を使う。まあ、だいたいうまくいっている。
容器を引き出すと必ず血が付いている。

下着はこれまでトランクスだったが術後はブリーフ。
何故かというと、尻にガーゼを当てており、これがずれないようにするため。
3枚程度ガーゼを患部に、肛門に当ててテープで軽く留めてあるだけ。
ブリーフの方には女性の生理用品を貼ってある。「多い日も安心」のあれ。
朝、昼、夜とガーゼを取り替える。必ず汚れている。血と何か体液かうんこか染みている。

ガーゼは自分では貼りにくい。女房にやってもらう。
横になり、足を持ち上げ、おむつだねこりゃ。まっことかっこうわるい。すまんこってす。
でも誓ったじゃない、あの日あの時「病める時も、苦しい時も・・・」て、その時がまさに今さ。
あ、わしらは神式だったけ。

朝のうんこがつらい。幸い便秘症ではないし、出てくるのも適度な柔かさで排出時はいつも通り。
出血もない。シャワートイレのシャワーを緩やかに当てて、これも痛くない。
排便時は痛くなく、出してちょっとすると中の方がひりひり痛い。けっこう痛い。
ひー、で横になる。痛みは柔らがない、ひー。

風呂につかる事は出来ないのでシャワーを使っている。患部にお湯をかけても痛くない。
石けんで軽く洗ったけど、しみない。傷が内部にあるから当たり前だけど。
あ、肛門の脇にも穴を空けたあとのような傷があるそうです。(女房談)
手術中、多分そこから切り開いていったんじゃないかな。(想像)
電気でジージー焼いていたのはこれじゃないかな、表面はきれいになっているんだと思う。

朝、飯を食う。薬を飲む。トイレに行く。うんこする。痛い。痛いながら座薬を入れる。
ガーゼを交換する。痛いので横になる。
昼、飯を食う。薬を飲む。座薬を入れる。ガーゼを交換する。
立っていても座っていてもいにくいので寝る。
夜、飯を食う。薬を飲む。シャワーを浴びる。ガーゼを交換する。寝る。
深夜0時頃、昼間寝ているので目が覚める。痛み止めが切れて痛いような気がする。
何か軽く食べ、痛み止めを飲む。しばらくすると寝てしまう。
こんな毎日です。でも今日はドーナッツ座布団でこれだけ書けたから進歩かな。

と言っていたら夕食後、うんこをした後痛くなった。ひりひりびりびり、痛い痛い。
かなりまいる。初日と似ている、あそこまで痛くないが止まない。
ジュビロは負けるし、もー。

マイ・シューヴァル ペール・ヴァール 高見 浩訳「ロゼアンナ」角川文庫を読み出す。
だいぶ前に人生の大先輩に頂戴した本。たしかシリーズになっている。その1作目。
毎年書かれて10年くらい続いたと聞いている。シリーズ全て頂戴した。
8月15日(金) 休み3日目、術後3日目。痛みは変わらない。ひりひりした感じの痛み。
本、「翔ぶが如く」と「食あれば楽あり」「寒い国から来たスパイ」を交互に読む。
韓国語ジャーナルのCDを聞く。時折、音楽を聴く。
書くとお気楽そう。そうじゃないんですよ。
表面がひりひりした痛みがあります。
痛み少ない時は薬で治まっているのか、徐々に治っているのかわかりません。
平地は歩けます。段差に時折苦しみます。階段は降りる時がつらい。
うっかり踏み出すと「いたたた」。バリアフリーの必要性を感じます。

ジョン・ル・カレ著 宇野利泰訳「寒い国から帰ってきたスパイ」読了。
冷戦がなくなり、ベルリンの壁が撤去されても、こういった名作はリアルだ。
8月14日(木) 休み3日目、術後3日目。痛みが昨日とそう変わりない。
1日目から2日目が飛躍的に良くなっていたので、昨夜寝る前には随分期待したのに。
今日は雨、気温も低く過ごしやすい。自宅療養にうってつけ。
しっかし今年の盆休みは土日との連携がよくて長いわりに天候が悪くて、
観光地の方には最悪やね。この間、我々が訪れた御座白浜の人たちも嘆いている事だろう。
盆が過ぎればクラゲやら土用波やらで終わり。海のシーズンは意外に短いね。

一昨日残念な知らせが届く。我々が心待ちにしていた犬は来ない。
母になるべき柴犬「もみじ」は今回は懐妊しなかったとの事。
それどころか初めての性行為による精神的ショックを受けているとか。
なんでもけっこうな回数やられちゃったみたいだもんなぁ。
ひょっとすると「もみじ」は自分を人間だと思っていたかもしれない。
それが犬と行為するとなれば、やっぱショックでしょう。
我々としては彼女に立ち直ってもらい、半年後のシーズンを待つ事にする。

今日は病院へ行かなくて良い。土曜日に行く。そんなに間をあけて良いのかと拍子抜け。
8月13日(水) 休み2日目、術後2日目。昨日ほど痛くない。寝返りも自由に出来る。
昨日は痛かったもんなぁ。どのくらいかと言えば会話が成立しないくらい。
女房が聞く「大丈夫?」「痛い」「何か欲しいものない?」「痛い」「どこかさすろうか?」「痛い」
「かわいそうだね」「痛い」「痛い?」「痛い」。痛いしか言葉が出なかった。
痛み止めの薬を飲んでも効かない、或いは効いてこの程度なのかも。
但し、もっと痛ければうーんとかうなったり、うぎゃーとか叫んだりする。そうはしないで、
痛い痛い痛いと言い続けているのであるから、痛みの単位としてはそうでかくない、
でもお終んないの。継続するの。だから痛い痛い痛い痛いとづーと言っているの。

気を紛らわそうと司馬遼太郎を読んでみる。薩摩軍は軍の体をなしてないぞ。でも、痛い痛い。
「寒い国から来たスパイ」を読んでみる。会話が続いてテンポがいいぞ、でも、痛い痛い。
志ん朝を聞いてみる。これが一番効き目があった。惜しい人を亡くした。でも痛い痛い。
何をしても痛いのです。逃れられません。
この痛みを自らのものとして抱きしめるしかありません。おお実存か。
知るか。なんにしても痛い痛い。

場所が何というか体の中でも支点となる所だからでしょうか。
術後数時間、もっとも痛い時は、何をしても響きました。
立つ時に痛い。横になる時体重が移動してGが掛かると痛い。
点滴をし、お茶も飲んだのでおしっこがしたくなり、
便器の前に立ち、しようとするとお尻の穴に少〜し力が入ります。これがもういけない。
痛くなった、尿意が止みます。引っ込みます。出来ません。
数時間がたち、やや痛みが和らいだので行くとじょんじょろじょろじょろ、出ました。
出ましたが最後の、ピッつーキレが出来ません。
あの時には力が入りますから痛くて出来ません。自然に出終わるのを待つだけでした。

今回、私は局部麻酔で術後約1時間半で日帰り、後は通院で自宅療養。
入院で手術した人に聞くと、入院は前日。
当日は下半身麻酔で夕方痛み止めの点滴をしてもらったとのこと。
そのため私のような痛みは体験しなかったらしい。
だいたい、私のように痛い痛い痛い痛い痛い痛いと言い続けていたら同室の人に迷惑だよ。
もっとも痛い時を薬の力で乗り切るには入院の方が良いかも知れない。
時間とお金が余計に掛かるけど。

昨夜は睡眠薬を飲んで早めに寝た。幸い眠れた。一日たつとだいぶ楽になりました。
これまで書いた痛い痛い話は所詮一日の話なので、そこを過ぎれば、
入院でなくとも充分対応出来ると思います。

今日は朝、女房の運転する車で医者へ。
昨日からつけていたガーゼをとってもらう。尻の穴にガーゼが入っていて、
自宅でうんこをするのなら自分でとらなければならないけど、怖いから我慢した。
ガーゼをとる時に熱いものが尻を通ったような気がした。

病院で浣腸してもらい排便。おそるおそる・・・・良かった、安産!
昨日からあまり物を食べていないので、量も少なかった。
食べ物に特に制限はないのだか、流石の私も食欲が湧かなかったで小食だった。
夕食後も軟らかく少な目。怖いのはこれから便秘になることだ。
おならをするのも痛そうなのに固形物が通る事を考えただけでも、うぎゃー。

佐藤さとる「小さな国のつづきの話」読了。
ほとんど読んであってあと少しだけだったのを読み聞かせ終了。
これでコロボックルシリーズ全て読み聞かせ終了。

司馬遼太郎「翔ぶが如く」文庫8巻読了。これが読めるのも痛みが和らいだから。
8月12日(火) Xday。休みをもらっています。
私はこの日に言った通り。痔瘻、手術は根治術と言うそうな。
斎戒沐浴して臨む、つーほどではない。ま、シャワーを浴びてきれいに洗う。
朝食は軽めにとる。いつも軽めなのでいつも通り。
朝の定期便、これもいつも通り快調。
いろいろ初体験なのでドキドキ、何でも手術台は「へ」の字形だとか。
昼食は普通通りで良いとか。

昼少し前に手術。剃毛でケツの毛まで抜かれ・・・じゃなくて剃られる。
「へ」の字形の手術台にうつぶせに横たわる。
幅広のテープで尻のほっぺたが左右に開かれる。肛門がむき出しに。
手術が始まる。局部麻酔。注射が、ああああ、注射がケツの中に、いたぁ〜。
3本かぁ?、いた〜、いた〜。
20分くらいだろうか無事終了。点滴をして1時間程度休む。
既に麻酔がきれて患部が痛い。慌てて痛み止めを飲む。
妻の運転する車、後部座席に横になって帰宅。
自分で運転しようとすれば出来たかもしれんが、きついな。

家で横になる。痛い痛い痛い痛い痛い
絶えられない程強烈な痛みでなく、一定の思い痛みがづーと続く。
例えば、近年のジュビロの順位表、高い所に留まっている、あの順位が痛みだと思いねぇ。

夕方、夜になるにつれ、痛みがだいぶ弱くなった。それでもづーと痛いんだけど。
全体のボルテージが下がったみたい。
8月11日(月) 戸隠 葵東2丁目 さぬき風ぶっかけうどん 750円
蕎麦だけかと思っていたら、うどんも始められていた。
やや細め、腰のあるうどんがつるつるっと喉を越える。
うどんはさっぱり、すっきり。そして良く味の染みた油揚げがアクセントになり、
半熟卵の天ぷらがタンパク質のコクを加える。

同僚のwakuさんが宣伝してくれ、M設計のkさんが読んでいらっしゃると知る。
ありがとうございます。そちらの方面がやや手薄なので、今後の課題とさせて頂きます。
8月10日(日) 今日は町内の夏祭り、手伝い。
9:00頃公民館へ行く。ちょっと片付けトウモロコシの受け入れ体制を整え、
次ぎにキャンプで使ったテントを洗う。
シート、テント、フライシートを水を掛けデッキブラシで洗う。
10:00頃トウモロコシが着き皮むき。終了後テントなど収納。
洗った時には落ちていたように見えた汚れはそのまま。
たたむ前に縫い目のみ防水スプレーを掛ける。
昼食、蕎麦屋さんでかつ丼、その後小休止。
1:30頃、再スタート、トウモロコシの蒸し、焼きをする。
協力してくれる料理屋さんの厨房へトウモロコシ301本を運ぶ。
蒸し器で蒸す。蒸されたら一度焼く、醤油に漬け、更にもう一度焼く。
醤油はペットボトル2リットル瓶を切ったもの。3本用意した。2本で充分。
この焼き作業・・・思ったより暑くない。これまでスゲー暑くて汗だらだら、というイメージ
だったが、それほどでも無い。
焼き上がったトウモロコシを一箱50本で箱に入れ、準備完了。16:00ちょっと過ぎ。
帰宅しシャワーを浴び小休止。公民館の2階で睡眠をとる人も。
17:00過ぎに会場へ。設営が順次すすむ。順次蕎麦屋さんでかつ丼。
そう、今日は私、昼、夜ともかつ丼。唐辛子をぱらぱらとふりかけて食べる。
18:30頃スタート。最初は「金魚すくい」や「ヨーヨー釣り」が人気で、
トウモロコシは最後に依って持って帰る所。
時折、ちょこっと繁盛があり、そろそろ終了という頃に雨が来て、
今年の夏祭り終了。
8月 9日(土) 浣腸をする。初めての体験。
先週の中頃から尻から血が出ていた。漢語で言えば排便時に出血する。
日常語で言えばうんこをすると血が出る。
リンゴをかじって歯ぐきから血が出ても平気。尻から血が出ると心穏やかでない。
血は鮮血。かねてから病んでいる部分であろうと想像するが他の可能性もあるので検査。
大腸内、体内約55cmまで内視鏡で見る。ピンク色、なめらかなきれいな洞窟。
雰囲気的に、色を別にすればベトナムはクチ、ベトコンがほったトンネルに似ていた。
特に異常はなし。一安心。
検査の合間に辺見庸「不安の世紀から」を読む。

夜はまたしても「夜光虫」。読了。放心する。
8月 8日(金) 三浜屋 住吉 鴨ざる 900円
蒸し暑い季節はざる蕎麦、でもそれだけだともの足らない、そんな人には鴨ざる。
ちょっと濃いめの鴨南蛮のたれに蕎麦をつける。さっぱりとしっかりがうまく合う。
たれは濃いめなので、蕎麦を食べた後そば湯をもらい、
薄めて飲むと出汁と鴨のうまみが味わえる。

「夜光虫」を引き続き読む。中頃、ちょっと一休みの観。
少し落ち着きつかの間の幸せがある。
中心登場人物の濃密な関係が予想される。普通、まさかそこまではだけど、
馳星周の筆力に引っ張られ読まされる。
8月 7日(木) 桃園 和合町 Aランチ(イカのニラ玉炒め) 940円
オートレース場の通り、ちょと東にある。店の前と東側に広い駐車場。
ランチは店の前、ホワイトボードに3種書いてあるが、メニューを見るともっと豊富。
Aランチは同料金でご飯をチャーハンに出来るのでうれしい。
今日も昨日に続きあぢい。暑さに対してどんな昼飯にするか毎日迷う。
さっぱりといくか、どかんといくか。今日は出てきたおかずを一口食べて正解!
そうか、ぴりっつーてもあった。濃い味、ちょっと辛みを効かせ食欲を刺激し。満足満腹。

「翔ぶが如く」8巻読み進む。自己肥大的な薩摩軍よ。

夜遅く、馳星周「夜光虫」を読み出し深夜に至るも読み続ける。
全編805ページの内302ページを読む。ここまででもう主人公はぼろぼろ。
台湾野球界を舞台として、日本人投手を主人公にし、やばい話が展開する。
うまくいっていた日常が一つのトラブルでほころびだし、それを繕う内にほかが崩れ、
坂道を転げ落ちるように破滅へ。
8月 6日(水) 鮨けん 住吉 ちらし(並) 800円
あぢぢ、あぢぢ、夏でやんす。汗だらだら。さっぱりと鮨。しっかりご飯。
ちらしはご飯がまたうまい、つぶつぶの独立した感じと融合した感じと。
一粒一粒の存在があって、しかも、まとまりとしての味わいがある。
「大河の一滴」と「丼飯の一粒」はさも似たり。
ところで、ちらしでは醤油とワサビをどのように使ったら良いのだろう。
以前、漫画「美味しんぼ」で本ワサビなら、醤油にとかず、刺身に乗せて用いるのが正しいとの、記述があって、
なるほどと思った。でも、ちらしの場合そんな事にかまわず、醤油にワサビをとき、上から掛けた方が好み。
今日もそうした。

おそらくきっとウケル、日記に書きたいネタがあるんだけど、自分の情けない話を
そんなに書いていいのか迷う。今日のところはやめておこう。

夏休みをもらい家族で出かけた、職場では病気療養と思っていた人がいた。
ちょっと宣伝が効きすぎたか。

「翔ぶが如く」8巻を読み進む。薩摩軍の無計画な事、情けないばかり。
8月 3日(日)
  
8月 5日(火)
ちょっと早めの夏休みを頂きました。何をしていたかといいますと、海水浴。
三重県は英虞湾、御座白浜に出かけました。
幸い夏がやって来て海水浴にはうってつけの日々でした。
細かなやや茶色っぽい砂、ゴミは多分片づけられているのだろう清潔な海岸、
透明度の高い海水、観光地ずれしていない売店。いい場所でした。
海に浸かったり、パラソルの陰でまどろんだり、日に焼けて痛がったり、
うっかりおぼれそうになったり、岩場で小動物を探したり、尻から血を出したり、
取れたての海胆を食ってみたり、合間にまた寝たり、小泉武夫の文庫本を読んだり、
いちいち書くとそこから休みじゃなくなっちゃうのでこのくらいで。
8月 2日(土)
ちょっとお勧め
荻窪ラーメン十八番 十八番ラーメン 750円
遠来のお客さんと行きました。満足してくれた。
最近はやりのスタイルとは違いオーソドックスなラーメン。
すっきりしたスープ、中太麺。それにニンニクで炒められた豚肉とニラが載る。
夏の日差しにスタミナだぁ。

やはり横浜相手に神戸では荷が重かったか。
一対一で決められなかったカズを見るのもつらかった。
8月 1日(金) 三州庵支店 下池川町 冷やし天ぷらそば 900円
六間道路を下池川交差点から東へ行くとお蕎麦屋さんが2軒ある。
緑色の壁が三州庵さん。注意!西隣の駐車は三州庵さんではなく三浜屋さんのもの。
ううむ、ややこしい。
やっと夏になったかな。冷やし蕎麦の季節ですな。

先輩一家が神奈川から来浜。晩ご飯は武田屋本店さんおカルビで焼肉。
脂身と赤身とのバランスが良く、とろける食感と味わう食感と合わせて美味。

先輩の子、幼稚園のミータがいがぐり頭。マルコメ君でかわいい。
散髪も洗髪も楽なそうで、我が家もこうしないかな。

町内の例会を結社。皆にジロウの説明をしたかったが残念。
浜松の人に「実は痔なんだ」もしくは「痔の手術をする」と言うと、決まって返答は
「○○病院か?」。・・・・私は別のお医者さん。
今回は入院なし、手術後一時間程度で帰宅、数日の自宅療養の予定です。

畏友tが只今禁酒中。聞くとγGTPが400を突破したとのこと。すげー。

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