交通事故と出し渋り(2000年1月発行第20号掲載)
田中 誠
交通事故においては、ほとんどの運転者が任意保険に加入しているので、被害者も、ほとんどの場合、任意保険会社の担当者と交渉をして、補償問題・損害賠償問題を示談解決することになります。
最近、この任意保険の担当者との示談交渉がうまくいかずに弁護士のところに相談に訪れる被害者の方が増えているという印象があります。
以前からある問題として、保険会社が持ち出す「(損害額算定の)基準」なるものがあります。保険会社は被害者に対し、二言目には「基準でここまでしか出ない」と言うのですが、ここで言う「基準」というのは、法律で決まっているわけでも役所の規則で決まっているわけでもなく、勝手に保険会社が決めているだけのものです。
しばらく前までは業界団体である「損害保険協会」で統一基準を作っており公表もしていましたが、今は各社独自のもので、公表されていません(ただし、当方は一部入手しています)。いずれにせよ保険会社が言う「基準」は「加害者が勝手に決めた基準」ですから、被害者が拘束されるいわれはありません。
ただ、被害者本人による示談交渉では保険会社は「基準」以上のものを絶対に出しませんから、「基準」以上の適正な賠償額(保険会社の「基準」の数割から数倍増しとなります)をきちんと獲得しようと思うと、弁護士を立てて交渉したり裁判を起こしたりしなければなりませんが、比較的小規模な交通事故事件においては、総額自体がさほど大きくないことから、そのような手間と費用をかけても、さほどの差(手間と費用に見合う増額)が出ないので、これまでは弁護士抜きで解決がなされてきたものと思われます。
ところが、最近は、以前であれば、上記「(実は不当な)基準」によるものであるとしても、とにもかくにも保険会社の担当者との示談交渉だけで解決したと思われる事案すら、解決しなくなってきているようなのです。
ここ2年くらいの間に見られる件では、上記「基準」以前の問題が増えているのです。ろくな調査もせずに、交通事故で怪我をしたこと自体否定して治療費すら支払わないとか、さして長引いているわけでもない治療中に治療費支払い打ち切りを通告してくるとか、突然休業補償をうち切って被害者が生活できなくなるようにして圧力をかけて示談を強要するとか、事故態様に関する一方的な解釈で責任を否定したり高率の過失相殺を押しつけてくるとか、被害者に対して異様な高圧的態度で臨むなどといった苦情が聞かれます。
保険会社の担当者らには「損害率」(業界用語)、要するに支払を下げることが義務として課されているそうです。
保険会社も業績悪化が言われていますので、そのノルマがますます強くなっているのでしょう。ここに「出し渋り」現象が現れてきます。
もとより、「被害者」と称して交通事故に名を借りて不当な賠償を得ようとする者がいないではないですし、当たり屋などといった犯罪者もいます。しかし、普通の、まじめな被害者も、この「出し渋り」に泣いています。
一般に、被害者側に弁護士がつくと、保険会社側は急に姿勢を改めることが多いですし、保険会社にも弁護士がついてきちんとしてくれる場合もあります。 しかし、最近は、それでも改めないケースも増えています。
私の扱っている案件の中にも、まじめな青年が事故にあい、事故当日に医師の強い指示で入院して、そのため採用試験の受験ができなかったという気の毒なケースがありますが、任意保険の保険会社は入院は事故とは因果関係がないと言って争っています。受験があるのに誰が好きこのんで入院するのかと思いますが、当該任意保険会社は「受験に対する不安感からの発症であり、心因性のものだ」などと被害者を傷つける主張を平気でしています。
このケースでは、自賠責保険(強制保険)は、事故と入院の因果関係を全面的に認めて入院費を払っているので、任意保険会社の主張はますます罪が重いと言えます。
この件は私からの交渉申入も保険会社に拒否されたので、裁判になったのですが、あまりにひどいと思ったので、私は、裁判で、保険会社の担当者を証人申請し(このようなことは私としても初めてのことでした)、尋問しました。最終的に担当者は良心の呵責に耐えかねたのか「因果関係を認めます」と述べ尋問調書に載っていますが、保険会社(の弁護士)は、まだ上記主張を撤回しようとせず、執拗に争っています。
「出し渋り」は、どうやら保険会社全体の傾向であるようですが、常識的な範囲に止めている保険会社と、極端な会社があります。
問題のある事例は、担当者の性格や個性も影響していますが、やはり保険会社ごとに一定の傾向があるようなのです。
保険会社というのは社会的に必要な立派な仕事ですが、「人の不幸を生業にしている」という痛みなく、ただ人の命や身体の値打ちを削って金儲けをすることに血道をあげるような会社であれば不要です。
適正な損害賠償をきちんとするということは、加害者(保険をかけている運転者)にとっても必要です。保険会社が不当に出し渋れば、加害者はいつまでも被害者から許してもらえませんし、長期の裁判に関与せざるをえず、裁判に呼ばれて尋問されたりする手間もあります。何のために保険料を払っているか分からないということにもなりかねません。
特にひどい一部悪質保険会社については、もはや「ひどいなあ」ではすまされないところまで来ているように思われます。「何とか保険被害者弁護団」でも作って闘っていく必要があるかもしれません。 |