最高裁のホールは何のため? (2001年8月発行第23号掲載)
大塚 達生
■ 最高裁判所の庁舎は、地下2階、地上5階建てで、その白い外壁は茨城県稲田産の花崗岩でできている。敷地面積は約37,000平方メートル、庁舎延べ面積は約6万平方メートルであり、約126億円の費用をかけて1974年(昭和49年)に竣工した、巨大な建築物である。
三宅坂の側にある正門から入り、建物の玄関を入ると、そこは面積約890平方メートルの大ホールである。大ホールの床には、花崗岩と一部にフィンランド産の赤みかげと韓国産の万成石が使われており、大ホールの右側にはギリシャ神話に出てくる法の女神テミスに由来するという像が、左側には男の子と女の子と鳩の像が、置かれている。そして、これらの像の側には、素晴らしい造りのベンチがある(ここまでの文章の内容は最高裁判所のホームページでも確認できる)。
大ホールを奥へ進むと大法廷があるが、大法廷に行かずに、左側に曲がると、小法廷に続く階段がある。その階段の左側にも、ひろびろとしたホールがあり、ここにも立派な造りのベンチがたくさん置かれている。
普通に考えれば、この素晴らしいホールや立派なベンチは、最高裁判所を訪れた訴訟当事者や傍聴者のためにあるように思われるのだが…………
■ 私が他の弁護士と一緒に平成2年から携わっている医療過誤事件がある。依頼者は、虫垂炎、腹膜炎、敗血症という経過をたどって亡くなった中学1年生の両親であり、私たちがその代理人となって、診療、手術に関わった2つの病院に対して、平成3年に損害賠償請求訴訟を起こした。
その訴訟の上告審の口頭弁論が、今年1月に最高裁判所で開かれ、2月に判決が言い渡された。
1月の口頭弁論と2月の判決言い渡しには、私たち弁護士と依頼者夫妻が出頭し、依頼者夫妻の知り合いの人々が傍聴に訪れた。その中には、亡くなった中学生の同級生たち(もう立派な成人になっている)、依頼者夫妻の親族、依頼者夫妻と同様に医療過誤訴訟の原告になっている人々などがいた。
判決言い渡し後、この訴訟に関心をもち傍聴に来てくれた人々に対して、私たち弁護士から判決内容について説明をしようと思ったが、最高裁判所のホール内でそれをすることはできなかった。最高裁判所の職員から駄目と言われたからである。ホールをいっぱいにする程の人がいたわけではない。ホールの巨大さに比べればごく少ない人数だったのにである。
最高裁判所の建物に入る際に、職員からロッカールームに誘導されて荷物をロッカーに入れた依頼者夫妻と傍聴の人々は、判決言い渡し後すぐにロッカールームに誘導され、荷物を出すと、その側にある出入り口から建物外に出された。そして、下に続く長い階段を降りて、南門の内側のわずかな敷地内で待っていた。
仕方なく、2月の寒空の下で皆が立ったまま、依頼者夫妻が傍聴に来てくれた人々にお礼を述べ、私たち弁護士が判決内容の説明をした。ところが、わずかな時間しか経っていないのに、最高裁判所の職員は敷地内からの退去を求めてきた。南門の外側でやるようにというのである。外側は道路と歩道である。
このときほど、法曹として情けなく思ったことはない。市民のための司法がいわれているにもかかわらず、最高裁判所は訪れた市民に対してあまりにも冷たいのではないか。市民にとってみれば、最高裁判所を訪れるなどということは特別の出来事なのに。
最高裁判所の立派なホールやベンチは何のためにあるのだろうか。本来は、訴訟の当事者や傍聴者として最高裁判所を訪れる市民のためにあるのではないのだろうか。セキュリティーが必要とはいえ、セキュリティーばかりを優先して、訴訟当事者や傍聴者ができるだけ庁舎内に滞留しないようにし、最高裁判所の用事が済めばそれらの人々を庁舎外・敷地外に速やかに退去させ、それらの人々がホールやベンチを利用できずに最高裁判所の敷地外で、寒空の下肩を寄せ合っているという姿は、やはりどこかおかしい。 |