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ILO紀行 (2003年8月発行第27号掲載)

福田 護

 ジュネーブからレマン湖の北側を半周してモントルーまで、スイス国鉄特急で約1時間。右手の眼下に湖水が広がり、向こう岸の山稜のさらに彼方には、モンブランやダン・デュ・ミディの白い峰が見え隠れし、左手の車窓にはぶどう畑の斜面が連なる。5月の陽光は、高原の空気がカラリとしているため直線のままに降り注ぎ、あたりを鮮やかな原色に染める。人の心身をも貫いて、疲労さえ洗い流してしまうかのようだ。
 私は、国労がILOに、JR採用差別による団結権侵害状態の是正を申し立てた事件で、今回の派遣団の一員に加えてもらっていた。一度出されたILO勧告の現実の履行に関し、関係者に説明や要請を行うためである。日本を発って飛行機で12時間、まずロンドンで国際運輸労連とイギリス国労を訪ね、直ちにジュネーブに飛んでILO本部に2日続けて通い、国際自由労連事務局、ILO労働者活動局、ILO結社の自由部と、面談を繰り返してきた。相当疲労が募っていたが、帰国までに少しだけ、自由な時間を得たのだった。
 ジュネーブはまた、16世紀宗教改革の中心地である。カルヴァンらの像がレリーフされた巨大な記念碑には、「闇の後に光あり」と、宗教改革運動の標語が刻まれている。近くには、運動の本拠となったサン・ピエール寺院の尖塔が、天を突いてそそり立つ。中に入ると、講堂正面のスレンドグラスの窓に、ちょうど朝の陽が射し込み始めたときだった。

 私たちが帰国して1カ月後の6月20日、ILO理事会は結社の自由委員会の報告を採択した。それは、「委員会は、ここで審議されている諸問題が、採用時の優遇措置という点で結社の自由の諸原則に関わる極めて重要なものであり、日本政府によって対処されるべきものであることを強調する。‥‥日本政府と関係当事者たちが、可能な限り多くの労働者に受け入れられる公正な解決を見出す努力を行うよう促す。」などと、日本政府の責任を強く指摘していた。
 国鉄の分割民営化以来、国労に対する差別的労務政策の連続であった16年。その「闇の後に光」が射し込む時の来たらんことを祈りつつの、ILO紀行であった。