労働審判をやってみました (2006年8月発行第33号掲載)
田中 誠
今年4月から、解雇や賃金不払など労働者個人と会社間の紛争を、紛争の実情に即し、迅速、適性かつ実効的に解決するための新しい法的手続「労働審判制度」が始まりました。
労働審判の申立を受けた裁判所は、職業裁判官である審判官1名(法律の専門家)と労使から選ばれた審判員各1名(労使関係の専門家)からなる「労働審判委員会」を構成し(3名は対等の表決権を有します)、労働審判委員会は、3回の労働審判手続の中で、調停を試みて合意解決を図り、合意がまとまらなければ審判を下すことになります。
私は、この労働審判制度を早速活用し、制度発足初日に申立を行い、東京地方裁判所の、第1号・第2号事件の申立代理人となりました。
そして、2件とも無事7月10日の第3回期日に調停成立で解決しました。
2件はそれぞれ「年次有給休暇の繰越を認めてもらいたい」という事件でした。
相手の会社は、東証1部上場の名門企業と、その子会社ですが、会社はこれまで年次有給休暇の繰越(未使用年休を翌年に繰り越して使用すること)を一切認めてこなかったのです。そして、労働組合ができた後、労使交渉でこのことも話し合われましたが、会社は一切、取扱を変えようとしなかったのです。
労働法の学説では、年休の繰越を認める説(積極説)が多数であり、厚生労働省の行政解釈も認める見解に立ちますが、認めないという学説(消極説)もあり、一応両論があることはあります。裁判例では、最高裁判例は一件もなく、繰越を認めた下級審裁判例と認めなかった下級審裁判例があります。
ただ、認めない説(消極説)も、単純に労働者の権利を切り下げるために認めないというわけではなくて、使用者に、その年度中に労働者に年休を「完全に消化させる義務」があることを前提としているものがあるなど、複雑な議論の背景があります。
本件会社は、こういう複雑な議論の背景を無視し、消極説の「認めない」という結論だけ取りだして「両論ある中で、消極説に依拠しての処理だから何ら問題はない」と、これまで何年間も強弁しつづけてきました。
そこで、労働組合と私は、労働審判ができたのを利用して、この問題を一気に解決しようとしたのです。労働組合や労使紛争が背景にあっても、申立人(組合役員)が個人の資格で申し立て、内容が個人の権利・義務に関わることですから労働審判制度になじみます。
本件労働審判は、まず、5月の第1回期日に、審判官(職業裁判官)の「(労使の)両審判員にご意見を伺ったところ、繰越を認めるのが当然だというご意見なので、その方向で進めます」との発言で始まりました。
そして、その後も、終始、労働審判委員会が、繰越を認めるよう会社を説得するという形で行われました。
会社人事部長は「繰越を認めないでも何ら(従業員に)支障はない」と発言しましたが、これに対しては、使用者側選出と思われる審判員から「では、年休の消化率はどの程度か?」との質問がありました。会社はバツが悪そうに「調べていない」と述べました。審判の席は「消化率も調べないで、支障はないとは、どういう会社か!」という雰囲気に包まれました。
また、会社は「業績が悪いので、すぐに年休の繰越を認め(て消化率をあげ)るわけにいかない」とも述べました。しかし、これに対しても、使用者側と思われる労働審判員から「では、これまでの労使交渉の中で、組合に対し、業績が回復したら繰越を認めるという提案をしたことはあるのか」との質問が飛び、会社は「したことはありません」と回答、「では繰越を認めないことと業績は関係ないではないか」とたしなめられて、黙ってしまいました。
このように会社は、法律家(審判官)・労使の専門家(審判員)に、論破され、説得され(追いつめられ)、最終的に「年休繰越を今年度末から認める」との調停に至ったものです。
いまどき年休繰越など認めるのは当然で、普通の会社は当然に認めています。それが「労使関係の常識」です。一方、法律論としては議論がないではない。私は、そういう問題を扱うのに労働審判は最適であると思っていました。仮に職業裁判官が、会社の弁護士の法的「議論」によって、議論の迷路に陥っても、労使の審判員によって必ず正しい道に導かれるであろうからです。
実際の事件の中でも、東京地裁1号事件・2号事件(異なる委員会に係属しました)のうち、片方の事件では、職業裁判官だけだと使用者側の議論に引きずられて迷路に陥ったかもしれない危惧を感じました。
さて、このように、私の申立事件は無事解決しました。全国でも、労働審判は4月から6月末までで全国で278件(最高裁調べ)が申し立てられていますが、私の事件のように4月申立の事件は殆どが7月上旬ころまでに何らかの形で終結している模様です。
むろん、労働審判も決してバラ色の制度ではなく、調停がまとまらないで審判に至った場合、不服のある当事者が異議を申し立てると審判が失効して訴訟に移行し、訴訟を一からやりなおさなければならないと言った欠陥がありますが、実際の事件を見ると、思いのほか審判手続の中で、調停で解決する例が多いようです(東京地裁の6月末までの終結例15件のうち12件が調停-最高裁調べ)。
このように、調停がまとまれば、異議申立はないので、そこで最終的な紛争解決となります。その調停がスムーズに多数成立しているということは、労働審判の労使紛争解決能力は、予想以上に高いように思われます。
私の申立事件も、労使交渉で何年も前進しなかった案件であることからすると、会社が調停に応じない可能性もあろうかと思っていたのですが、意外なほどスムーズに調停成立となったものです。本件は、おそらく訴訟ではもっと長期間がかかったでしょうし、不誠実団交等で労働委員会に申し立てたら解決不能だったかもしれないと思います。
このように、労働審判は、役に立つ労使紛争解決の一手段として、今後とも活用できる手続だと思われます。
また、労働審判制度は、以上述べたような「役に立つ制度」というに留まらない意義もあると思います。労働審判員の存在は、刑事裁判で導入が予定されている「裁判員制度」と同様、「市民の司法参加」の一種ですが、労働審判員は、刑事の裁判員のような「全くの素人」ではなく、労使問題という専門分野について職業裁判官より詳しい専門家で、かつ労使関係の常識、市民常識をそなえています。そして、労働審判員はただ意見を述べるだけではなく、職業裁判官と対等の表決権を持っています。
そのような労働審判員との議論・付き合いの中で、職業裁判官の、労使関係・労働問題に関する狭く、浅い経験・視野・知識が、深く・広く・豊富なものになっていくという大きな副産物があると思われます。
そのような労働審判制度を担当した職業裁判官が増えていく中で、現在は職業裁判官のみで遂行している「労働裁判」にも、よい影響が出てくるのではないでしょうか。今後が注目されます。 |