
(高雄山から保津峡を望む)
中江兆民の『三酔人経綸問答』(岩波文庫)を読んで、その豪華絢爛な文章に驚嘆したのは中学生のころです。兆民先生の漢文は『民約訳解』のほかに数編があるだけですが、評論や翻訳の見事な「漢文崩し」(漢文訓読調の文体)の文章には、ただ圧倒されました。これが「日本漢文」との最初の出会いです。
その後、高校の図書館で、頼山陽の『日本外史』の注釈書を見つけました。かつて旧制中学だった学校で、戦前の本が数多く残っていたのです。私は毎日昼休みに、叙事詩ともいうべき、
外史のすばらしい文章に読みふけりました。そして、日本人がこのような漢文作品を作り得たことに驚嘆しました。
「阪神大震災」で愛する街が瓦礫と化した後、被災地の古書店で、戦前の漢文教科書が二束三文で処分されていました。その中に日本漢文の作品が数多く採録されおり、日本漢文には知られざる作家や作品が多くあることをはじめて知りました。
日本漢文のすばらしい作品は無尽蔵にありますが、書籍やインターネットでの紹介はきわめて不十分です。ことに明治時代のものは、ほとんど無視されています。これは、わが国の文化にとって、たいへんな損失です。素人の私が、臆面も無くノートを公開するのは、そんな思いからです。

(京都御苑にて)
最近、中学生の息子がパソコンでのゲーム作りに興じるようになりました。親子で向き合っていても、お互い黙って自分のパソコンの画面を見つめていることが多くなり、さすがに「これはまずい」と思いました。そこで、家族で「パソコンは一日一時間まで」と決め、対話を増やすようにしております。そういうわけで、最近は更新が遅いのですが、年頃の子供がいる家庭では、こうした配慮は必要なのであります。
(桜花爛漫)
松本 淳(まつもと じゅん)・男性
昭和43年(1968年)兵庫県神戸市に生まれる。
阪神大震災後、京都市に移住。
※私の漢文は全くの趣味で、学歴・職業とは無関係です。