| 先生は富山の漢学者、岡田栗園先生の孫、岡田呉陽先生の子です。祖父・父ともに江戸の昌平黌に学び、詩文を善くしたので、先生も幼時から家学を受けました。
のち東京へ出て、小永井小舟、重野成斎の両先生に学んだあと、当時東京大学に短期間だけ設けられた「古典講習科」の前期に入学しました。ここで、中村敬宇、三島中洲、島田篁村、秋月韋軒、南摩羽峯、信夫恕軒、内藤恥叟といった、錚錚たる教授陣に教えを受けられたのです。
卒業後、陸軍幼年学校の教授などを経て、明治39年学習院教授となり、大正15年まで20年間勤めています。大正13年、東京帝国大学教授を兼任しました。晩年には大東文化学院教授も引き受けています。
先生は温和な性格で学生から慕われました。また朗読の名手でもありました。
先生は日本漢学に詳しく、これについては、『近江奈良朝の漢文学』および『日本漢文学史』(上代から室町時代までの漢文学について述べたもので、遺稿として長澤規矩也・山岸徳平らの整理により出版されました)の著作があります。昭和2年に胃癌で亡くなられるまで書き継いでいた『日本漢文学史』を、近代の部分まで完成させることができなかったことが惜しまれます。
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