神田雑学大学12月3日
ヘビ博士 高田栄一のトーク
ヘビ的人生のすすめ
講師 高田 栄一
目次
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付録
●講師紹介
爬虫類研究のパイオニアとして、高田爬虫類研究所を設立、永く実践活動を続
け、爬虫類学会創設にたずさわった。 日本人専門家として初のコモド島踏査を成
功させ、コモド・ドラゴンの紹介に尽くし、マダガスカルではマダガスカル・ボア
やカメレオンの生態を調査する。 沖縄市の(財)沖縄こどもの国大爬虫類園で、
多くの爬虫類を飼育中である。
また文学の面では、歌人詩人として作品活動を続け、文化評論も手がける。
東京生まれ、東洋大学文学部卒業。
主な著書:
『爬虫類の超能力』『昆虫いけどり大作戦』(講談社)、『蛇トカゲ亀ワニ』(北
隆館)、『爬虫類図鑑』『爬虫類とつきあう本』(朝日ソノラマ)、『中高年から
の性生活事典』(日正出版)など
1.なぜヘビか
ヘビというと大抵の人が嫌う怪しげなものを研究したり可愛がったりしていると、
私自身もなにか怪しげな影のある人間に見えるらしい。今日はそういうヘビの怪し
げな面を払拭し、ヘビの素晴らしい素顔についてお話したい。
ヘビはある意味では文化である。ヘビを通して見ると人間論、狭く言えば日本人
をよく描き出せるのである。一方動物としてのヘビを見ると、こんな凄い奴はいな
い。それで今日は動物学的なヘビと、文化・人間論を教えてくれる窓口としてのヘ
ビと、両方の面からお話しする。「蛇行」するけれどご容赦願いたい。
2.ヘビが与えてくれたもの
考えてみると私は物心ついた時から、ヘビとからんで生きてきたようだ。小学校
へ上がるまえのころ、上野動物園でニシキヘビを見て、世の中にこんな魅力的なも
のがあったのかと衝撃を受けた。それが私のヘビの原風景である。見せ物小屋で大
蛇を見せられても、怖がるわけはなかった。そんなことからずっと爬虫類になじん
でいるうちに、とうとう爬虫類の専門学者になってしまった。
人生は、好きだと思うこと、気持ちが傾くというものに一途に向かうのが一番よ
いと思う。世界で仕事をなした人は、みんな大好きなことをやっている。嫌いなこ
とで名をなした人はいない。だから教育の場でお話する機会には、大好きを伸ばし
なさい、嫌いなことをやっても無駄ですよ、断念する美学を考えなさいと言ってい
る。
爬虫類のなかでも一番関心を持ったヘビは、私にいろいろなものをもたらしてく
れた。第一に人間がみな何らかの形で持っている矛盾とか、錯覚とか、偏見や残忍
さなど、つまり心の闇を教えてくれた。ヘビを通して見ると人間はみんな裸になっ
てしまう。好き嫌いは別として、誰でも道でヘビに出会ったら無関心ではいられな
い。そのとき人間は裸になる。人間の本心を探れば、みんなそういう闇を持ってい
るのだ。
爬虫類が縁で、いろいろなことが生まれた。世界中を歩くようにもなった。
天皇陛下の皇太子様時代、東宮御所で爬虫類のお話をしたことがある。その折に
御所の池で飼うようにお勧めして、私の飼っていた日本のカメを差し上げたが、そ
のカメに触れながら浩宮様や、秋篠宮様がお育ちになったと思う。
大トカゲが住むコモド島に、日本人の専門学者第一号として行くことができたの
も、ヘビを頂点とする爬虫類とのお付き合いのお陰で、私の大きな歴史となってい
る。
3.人間の心の闇
さて人間の矛盾、錯覚、偏見といった、いわば闇の部分を、先程触れたようにヘ
ビが私によく教えてくれた。それを確認しようと思って、数年前から玄関口でヘビ
を飼っている。というのは、都内でヘビが現れると住民が大騒ぎするので、警察が
捕まえる。ところが保管に困り、私のところへ持ってくる。それはほとんどがアオ
ダイショウであるが、東京中の全ての警察が依頼にくる。
都会にはまだアオダイショウが住める環境がある。それにしては、ヘビを見つけ
たときの、街の人の大騒ぎは酷すぎるのではないか。これこそ人間の偏見だ。
古来人間は穀物を食べるネズミの害に悩まされてきたが、天敵としてそのネズミ
を食べてくれたのがヘビだ。だから本当はヘビが人間の近くに、いてくれなくては
困るのだ。
ともかくそうして警察から届けられるヘビが15匹もある。それぞれケージに入
れて飼っているが、書斎に置ききれなくなると、だんだん玄関口にはみ出してく
る。そこへいろいろな人がわが家を訪ねて来て、思いがけぬヘビに出くわす。例え
ば、巧言令色の上手な人もヘビを見ては、絶句してしまう。怯えながら「長いです
ね」なんてお世辞を言えるわけがない。
そういった人々を通して、つまりヘビを窓にして反応を眺めながら、下記のよう
に人間分類学を試みた。 人間はしっかりした分類概念を持つことが大切である。
アフリカなどの未開の人々は、この分類概念が狭いので、理解できない怪しげなも
のを何でも神様や魔物にしてしまう。だが、玄関口でのヘビへの反応を見ている
と、日本人も偉そうなことはいえない。
さて次は、私の人間分類。
(1) ヘビを嫌悪するグループ
現世御利益追求型:不動産屋、銀行屋・金融業者、商店主など
社会通念で生きるしかない人たち。感動や寛容さを持っていたら仕事にならな
い。
すぐヘビの敵になる。
(2) ヘビに惚れるグループ
××家とか、人のつく趣味、職業の一派。書家、画家、作家、俳人、歌人など。
美意識が強く、物質に背を向けるポーズをしたがる人種。唯我独尊の傾向があ
り、独特なものに惹かれる。ヘビは独特だから、ヘビの味方と見てよい。
(3) 中間派
たてまえを処世とする人達。教師や、警官。それに選良などと呼ばれる議員族な
ど、内心はイヤなのに、斜に構えながら平静をよそおい、こちらのヘビ先生はすば
らしいことをしている、などと褒めたりしている。敵か味方か、油断禁物。
先だって、私の家になかにし礼さんが来た。NHK総合テレビがサトウ・ハチロー
の歩いた道を、歩きながらハチローの思い出を語る番組で、私がサトウ・ハチロー
と同じ町内に住んで親しかったので、なかにし礼と座談することになったのであ
る。
ところが、私がヘビを飼っていることを知ったなかにし氏が、どうしても家に入ら
なかったので、話の流れがスムーズにいかなない結果になったのだが、文学をやっ
ている人がこんなにヘビを嫌うとは無念である。
4.ヘビはどこからきたか
動物学的に見れば、爬虫類は以下のように構成される。
(1) ヘビ 約2,700 種
(2) トカゲ 約3,000 種
(3) カメ 約 200 種
(4) ワニ 22 種
ヘビは脊椎動物のなかで唯一手足がない。また、人を死に追いやるほどの強い毒
を持つ。こういう独特なヘビもトカゲから始まっている。太古のトカゲのあるグ
ループが、地球環境の変化や生存競争などで土中生活に入り、数千万年後に再び地
上に現れたとき、ヘビになっていたのである。
従ってヘビは土中生活の名残りを多分に持っている。耳が無くて、視力も弱い
が、それにかわって、二股の舌をひらひらさせて嗅ぎ取る嗅覚は非常に強い。手足
のかわりに体を長くして、移動の機能は、点(足)から線(キャタピラ)になって
自在さを所有した。しかし、強い毒を持つにいたった理由の説明はむずかしい。
トカゲや、ヘビに比べてカメは専守防衛の重たい甲羅のため、進化の流れについ
て行けず、ワニも恵まれた水辺という環境に甘んじ過ぎて適応力を失った。水辺は
えさを捕るのにも、身を守るのにも条件はよいが、洪水があったりして安定してい
るとはいえない。
カメとワニの種類が少ないのは、こういう理由である。
5.ヘビと信仰
間もなくお正月になるが、どんなにヘビが嫌いでも、実は初詣でヘビを拝んでい
るわけだ。というのは、神信仰はヘビ信仰から発しているのであり、今も神社に形
となってヘビが名残りを止どめている。
注連縄:
ヘビの交尾の姿。その姿は古代人に強烈なインパクトを与えたに違いな
い。子孫を残すためオスとメスが、縄のようによじれ合っている。
供え餅:
とぐろの姿。何かに触れていないと不安なヘビの、行動の原点として安
定した形である。自分の体で自分を確認し、いざという時行動開始がす
ばやくできる。
神 鏡:
ヘビの眼。ヘビには瞼がなく澄んだ綺麗な眼をしていて、まばたきをし
ない。カガは古代語のヘビのことで(今もヤマカガシなどと痕跡を残し
ている)、カガの目が鏡となった。鏡が中国から渡来したとき、この大
和言葉を当てはめたのである。
なぜヘビを神にしたかは、ヘビに対する二律脊反の思いからである。
弥生時代に入り定住して、主に農耕生活を行うようになると、せっかくの収穫を
食べられて人間はネズミに悩まされるようになる。そのときは、ヘビはネズミを食
べてくれる有り難い存在だが、一方では毒ヘビがいて人を殺す怖いものでもあった
(海で遭遇した毒の動物は、フグであったと思われる)。
分類概念が明確でなかった古代人は、こういう得体の知れない能力の持ち主は、
神として祭り上げるしかなかったのであろう。これが神信仰の始まりである。
バイブル、八岐大蛇伝説など天地開闢以来、人はヘビと共に歩んできた。それに
しては人はヘビを悪く言い過ぎると思う。
自然科学の進んだ現在、いつまでも理由もなく嫌悪するのだ。ヘビの味方は自分
しかない、そうと思い立ったのも、私がヘビを研究するようになった理由の一つで
ある。もっとも、私はヘビだけが好きなわけではない。要するに嫌いだと思う動物
がいないのだ。しかし私がいくら理解するための本を書いても、人間のヘビ嫌いは
なくならない。現代人はもう少し賢くなって欲しいものだ。
6.龍(タツ)とは何か
来年は辰年なので、ここでタツについて少しお話したい。タツは十二支の中で唯
一空想の動物で、人間の強さへの渇望が生み出したものである。基本はヘビで、そ
こにいろいろな動物のこれはと思う部分を付けて龍ができた。10種類の動物の合
成である。
眼はトラ、鼻は獅子、髭はエビ、頭はウシ、角はシカ、胴はヘビ、手足はワニ、
背鰭は大魚、爪はワシ、牙はあまた猛獣・・
中国から入ってきた龍だが、おとなしい日本列島の自然しか知らない日本人には、
殊に龍の強いイメージは魅力だったに違いない。権威や強さの象徴として憧れ、坂
本龍馬など人名にも多い。強い龍にあやかりたいと、今年は神社のお賽銭が多いの
ではないか。
西洋にも龍(ドラゴン)伝説があるが、こちらはサタンとして現れている。東西
のこの違いは、米と麦の文化の差であろう。米は暖かで水がある豊穣な平地に育つ。
ここでは個性が不要で、一人の強い長(おさ)がいればいい。そのシンボルとして
タツが崇められた。
麦は不毛、険阻な土地に育つが、ここでは人は個の力で食べ物を争った。そうい
う暮らしの中で心に生じる背徳とか、残忍といった心の闇を自分のものと言わず、
外へ出しておきたい、何かにかこつけたい。そういう激しい社会の中で、ドラゴン
を悪魔の象徴として存在させたのだと思う。
7.ヘビ的人生のすすめ
ヘビ的人生のすすめ「八訓」をご紹介する。
一、出過ぎた人間になれ
詩人ルナールは博物誌の中で「ヘビ、長すぎる」と一言で言い切った。実際はヘ
ビの長さは生存に適したもので長すぎはしないが、印象が強烈なのだ。人間にも、
過ぎたと感じさせる特徴が出なくてはならない。
二、嫌われる人間たれ
これは逆説ではない。蓼食う虫は必ずいるわけで、少数でも真の友の方が有り難
いのである。今嫌われものはヘビとゴキブリが双璧で、ヘビはいうまでもないが、
ゴキブリも飼ってみると素晴らしい生活の知恵を持っていることがわかる。羽根が
あっても無駄に飛んだりしない。人間は用もないのに動き過ぎる動物だ。
三、しつっこくなれ
生きた獲物を捕らえて食べるヘビは、しつっこく餌を追わなければ生きられない。
捕食動物のヘビように、必要なところをしつっこく追求せよ。人間は無駄なところ
にしつっこかったりして、エネルギーを無駄にしている。
四、手足がないと思え
ヘビは全身を使って生きている。だが、なまじ手足のきく人間は、つい小手先で
事をなそうとする。小手先では大事は果たされない。全身を使え。
五、脱皮せよ
ヘビは脱皮して成長してゆく。これにならって、汚れたカスみたいな「経験」を
捨てて生まれ変われ。
六、二枚舌を活用せよ
ヘビの舌は二本になっているから、鋭敏に匂いを嗅ぎとることができる。人間も
舌が二つあるつもりで、人生を味わいつくせ。
七、毒を持て
無毒無害の人間なんて、魅力に欠ける。毒気を感じてこそ面白みがあり、敵に回
したら怖いと思わせる。そのくらいの個性を持つべきだ。
ちなみに毒をもつヘビは2,700 種の約1割(300種)である。
八、とぐろを巻いて冬眠せよ
理由をつけて休むかよい。省エネ時代に何よりの処世術だ。冬眠する動物は概し
て長生きだ(特にカメ)。
8.ヘビを見せる
助手のお嬢さんと一緒に、連れてきた(「持ってきた」ではない)ヘビ、アオダ
イショウとサキシママダラを見せる。
平気でヘビに触ったり首にかける人もいた。初めてヘビに触れ、見えなかった世
界を見ることになって、人生観を変える人も多い。それだけヘビは偏見の目で見ら
れている。
(1) アオダイショウ
3年間育てた。書斎の机の側で一緒に暮らしている。オージィービーフを食べさ
せている。アオダイショウの寿命は20年くらい。最大1.8メートルくらいにな
る。
本州の代表的なヘビ。ネズミをよく捕る。
(2) サキシママダラ
イリオモテヤマネコが発見された西表島の産。5歳(おとな)。
鶏のハツなどをよく食べる。
9.質疑応答
(1) ヘビの性格について
捕食動物の常として用心深い。執念をもって獲物を追う生活は肉食獣に似ている。
一般的にヘビは咬みつくと考えた方がいい。
(2) 日本の毒蛇、マムシとハブの違い
毒は、いわばハイテクで、毒蛇は進化が進んでいるといえる。その代わり体格は
無毒ヘビに比べて弱くなった。
マムシやハブの頭骨などは細くて、折れやすい。ハイテク社会の脆さを教えられ
る。ハブはマムシに比べて、活動範囲が広いため被害が多い。ネズミを追って民家に
も入ってくる。
(3) ヘビの肝を食べれば精がつくか
一般に冬眠するヘビには人間が作れない必須アミノ酸がある。継続的に食べれば
効果があるが一回食べたくらいでは、それほど期待できない。
(4) コブラの踊りについて
コブラは警戒したり、怒ったりすると立ち上がる性質がある。立ち上がったとこ
ろに笛を吹くと、いかにも踊っているように見える。耳のないコブラは笛の音など
聞こえない。芸として踊っているのではない。
(5) ヘビの毒について
毒の概念として以下のように二つに分けると分かりやすい。
・Poison(毒薬、化学的毒)
・Venom(動物の分泌する毒)
さて、毒蛇のVenomも神経毒と出血毒の二つがある。
コブラの毒が神経毒(筋肉運動を麻痺させ、→まばたき、呂律、飲み下しを不如
意にして最後は窒息死に追いやる)。
ハブ・マムシの毒が出血毒(激痛あり、組織を壊死させていく)。
誇り高き美女、クレオパトラはコブラの毒で自殺した。病まずに息絶えることが
できた。
血清はそれぞれのものでないと効果がない。ハブの毒にはハブの毒から作った血
清が必要だ。
(6) ヘビ信仰は消えたか
各地にはいろいろな形で残っている。白蛇神社があるし、また蛇踊り(長崎)な
ども。
ある地方では、雨乞いにワラで作ったヘビを木に飾ったりしている。
(7) ヤマカガシには毒があるか
20年前頃、正式に毒があることがわかった。奥歯毒のため、深く咬まれると血
管内凝固症候群(PIC)の症状が出て、局所出血ばかりでなく、齒肉からの出血、
消化管出血、尿潜血反応が出てくる。つまり人体の止血機構が不如意となり危険で
ある。毒質が従来のものと異なり血清が不備なので、かえって治療が厄介である。
水田地帯に多いから、要注意だ。
●あとがき
100人中98人が嫌う、ヘビという奇想天外のものを通して、人間とその文
化を語られた。聴衆に今まで持たなかった人生の一面を付け加えるような、インパ
クトのあるお話でした。掛け値なしに面白いと思いました。
ではヘビが好きになったかと言われると、ウーン・・・・。
終
(文責) 大野令治
(写真撮影) 鈴木一郎 (制作担当)田口和男 杉浦幾蔵