国宝「如意輪観世音菩薩坐像」@ を所有している、市内でもっとも有名な名刹「観心寺」A は、天武天皇の大宝年間(701〜704年)に、役小角(えんのおづぬ)B により建立されました。建立当時は、「雲心寺」とよばれ、奈良時代を偲ぶ物としては、白鳳期の重要文化財に指定されている観音菩薩立像が2躯、弥勒菩薩半跏像が1躯、釈迦如来半跏像が1躯の計4躯が伝えられています。その他、市内で、役小角のよって建立されたと伝えられるお寺としては、岩湧山C 中腹にある「岩湧寺」D がありますが、それを証明するものは、寺伝・考古学の調査でも発見されていないのが現状です。また、余談ですが、紅葉E で有名な「延命寺」F は、飛鳥時代に、皇極天皇(642〜645年)の命により蘇我入鹿G が創建したと伝えられていますが、これも裏付ける資料は発見されておりません。いずれにしても、この時期から、市内各所に寺院が建てられ始めたことには、疑いの余地はありません。
我が国で最初に作られた、貨幣「和銅開珎(わどうかいちん)」は、和銅元年(708年)に作られ、わが国の色々な政策により、最初の流通貨幣として定着しました。遠く唐の都、長安や渤海国の東京城からも出土されております。市内では、僧行基H (668〜749年、和泉の国大鳥郡の百済系の渡来人氏族の出身)により建立されたとする、「金剛寺」I の金剛寺大門前J と「宮山遺跡」K から、1枚づつ発見されています。また、お寺には、白鳳期の観音菩薩立像があり、このことは、行基により、奈良年間に建立されたことの裏づけにもなっています。
外環状線から「花の文化園」L に通じる道路の工事の際に、その周辺からたくさんの建物と土器が出土しました。これらの年代は出土した土器から奈良時代前後(7世紀末から8世紀前半)を中心とした、古代の氏族高向(たかむこ)氏ものでした。高向氏は渡来系(朝鮮半島から渡ってきた人たち)氏族と蘇我氏から別れた氏族とがあるといわれています。しかし、蘇我氏も渡来系氏族で、もともとは石川流域に住んでいたといわれています。この高向氏の中で、最も有名な人物として、高向漢人玄理(たかむこかんじんくろまろ)M がいます。彼は、推古天皇16年(608年)に聖徳太子N が派遣した遣隋使小野妹子O とともに留学生として中国に渡り、帰国後は、中大兄皇子の大化の改新後の新政権の際に、国家の政治顧問、官制の改革を行う、国博士に任命されました。また、外交官としても、新羅、唐にも訪問しました。高向氏では、玄理以外にも、親子2代で中央政界に名をとどめる高向臣国押、麿呂がいました。彼らを含め、高向氏は外交官として活躍した時期があったようです。
弘法大師空海(774-835)Pが当寺(雲心寺)を訪ねた折、境内に北斗七星を勧請して、衆生の除厄のために本尊如意輪観世音菩薩を刻み、寺号を観心寺と改称された。「観心寺」は、奈良時代に役小角によって「雲心寺」として建立されましたが、後に荒廃した寺院を真言宗の開祖空海P の弟子実恵Q と、その弟子の真紹R により再興されました。この時期は平安時代の中ごろで、再興され名前も「観心寺」とされたと言われています。やがて、伽藍が整備され、各地に荘園なども持つようになりました。西暦では825年から827年ころに相当します。真言密教の寺院として興隆しました。
平安時代には、市内に観心寺や金剛寺の寺領以外に、都の藤原摂関家や大きな寺社の荘園がありました。現在の天見や流谷S を含めた甲斐庄や市内のどの場所かはわかりませんが伏見庄という名で記録に残された荘園がありました。この二つの荘園は京都の石清水八幡宮のもので室町時代まで続いています。 また、石川の本流域は、藤原摂関家の氏寺、法成寺の荘園である長野庄がありました。この荘園は、藤原一族の中山家が実際に所有し、管理は石川源氏の一族が行っていたようです。
(画像をクリックすると、文章のトップに戻ります。)
| @国宝如意輪観音坐像 |
A桧尾山
「観心寺」 河内長野市寺元 |
B役小角(えんのおづの) |
C岩湧山 |
大和の国「葛城山」に、7世紀に住んでいたといわれる呪術師であるといわれ、正式には、「加茂役君小角(かものえだちのきみおずぬ)」と言われていた。また、各地に、山岳修行道の拠点を開山、寺院の建立を行い、「役行者」としても知られている。 |
|||
| D岩湧寺 |
E紅葉 |
F延命寺 |
G蘇我入鹿 |
| H行基 |
I金剛寺 河内長野市天野町 |
J金剛寺大門 |
K宮山遺跡 |
| L花の文化園 河内長野市高向2292−1 |
M高向漢人玄理 |
N聖徳太子 |
O小野妹子 |
大阪府立花の文化園のパンフレットの表紙 |
|||
(画像をクリックすると、文章のトップに戻ります。)
・縄文・弥生・古墳・飛鳥時代の頁へ
・楠正成関連の頁へ
・鎌倉・室町・南北朝・安土桃山時代の頁へ
・江戸時代から現在の頁へ