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1 シロクロ・ショー
店が終わった。
僕は、店内の点検を終えていた。
と、マネージャーの南田さんが僕を手招きしている。
「慎一、オーナーからの指令だ。俺たちは、秘密クラブに移ることになる」
「えっ!」
しかし、僕は、環境が変わることに内心喜んでいる。
ともかく、南田さんの言うことには一言の反論もない。クラブのボーイ時代からお世話になっているのだから。
南田さんは、今年で56歳になられる。
「オーナーからの命令じゃ、やるしかないですね」
「そのとおりよ。男はなぁ、やるときにゃ、腹をくくってやるしかないのよ」
「はい」
そうは言いながら、僕は、心の中で、多少、不安は隠しきれない。「秘密クラブ」という限り、たぶん法律違反のスレスレのところで営業することになるだろうから。
貯金は、まだ2,000万円しか貯まっていなかった。
せめて、あと3,000万円は欲しい。
そうすれば、喫茶店のオーナーになれる…。
いつまでも、ホストクラブのホストなんて続けられるはずがないのだから。
しかし、ハイリスク・ハイリターン。多少危ない橋を渡らねば、お金もうけなんて、できっこない。
「しかし、中込のオヤジさんは、よく色んなこと考えるよな」
マネージャーの南田さんは、遠くを見るような目をした。
マネージャーは、本当に、中込のオヤジさんに心酔している、という感じだ。
実は、僕も、オーナーの中込さんには、クラブのボーイ時代から何度となく会っている。もう14年も前から…。やくざでは決してない。すごく上品な感じがする。でも、お年は、70歳を越しておられる。
何でも、中込のオヤジさんのお父さんというのは、○○県で多くの山林を持つ資産家だったらしいが、若い頃にすでに奥様を亡くされ、男手ひとつで子供を育てられたらしい。そして、お父さんは、中込のオヤジさんが50歳になられた頃に肝臓癌で亡くなられたという。中込さんはひとり息子であって、多額のガン保険に入っておられたお父さんの死亡保険金を含め、すべての財産を相続されたらしい。
そして、その遺産を元手に、株式投資に強い人間を集め、いつの間にか、中込のオヤジさん自身も資産家にのし上がって行かれたらしいのだ。
「上原先輩、よかったですね」
あくる日には、もう僕が新しい店に移ることが仲間に知れ渡っていた。
「ああ、まぁーな」
「で、新しい店では、いくらもらえるんですか?」
「そりゃ、わからんさ」
「先輩は、いつも、秘密主義だから…」
実際、僕は、あまり自分の報酬額のことは他人にはしゃべりたくなかった。ましてや、自分にどれだけ貯金があるかなど…。
水商売なんて、食べて飲んで、女の子とだべって(=しゃべって)、いい商売だと、他人さまは思うかもしれない。
しかし、僕の頭の隅には、いつも、「これこれして、なんぼのお金になる」という意識が働いていた。
少しでも、お金が貯まればいいと思っている。
ただ、貯めるためには、クルマ・マニアにはなるまいと思っていた。また、競輪・競馬のような大きな賭け事はしない。キャバクラ嬢やトルコ嬢など、特定の女に惚れて指名を重ね、その女に貢ぐなんてことはしない。そういうことをきちんと我慢しなくては、お金は溜まりようがなかった…。
僕も、32歳になった。
確かに、もうホストクラブのホストは限界だった。
実際、20歳代の頃は、いくらドンペリ(ドン・ペリニヨン)を飲んでも、二日酔いなんてしなかった。
酒はもともと強かった。
午後12時になっても、どのホストがどのお客につき、そのお客がどんなものを注文したかをきちんと記憶できていた。
それが30歳を超える頃からあくる日、やや頭痛を覚えるようになって。自然と、店でも午前0時を過ぎる頃から、シャンパンにしろ、ワインにしろ、飲む量をセーブするようになってしまったのだ…。
1カ月が過ぎた。
新しい店に行く。
「よぉっ、シンイチ、来たな!」
「マネージャー、よろしくお願いします」
「ああ、中込オーナーに、このクラブを任せられることになった。おまえには、これまでどおり俺の片腕になってもらう。頼むぜ」
「はい」
僕は、内心うれしかった。
クラブの時代、僕はほんの駆け出しのボーイで。もっとも、南田さんは、その頃から黒服で、オーナーからマネージャーを任されていた。
実際、あのクラブに入ったとき、僕の最初の仕事は、昼間、南田マネージャーとふたりっきりで、フランスの高級ブランデーの空瓶に、国産のブランデーを注ぎ込むことだった…。
ともかく、南田マネージャーは、ボーイのお客への接遇、バーテンダーの身だしなみ、調理人たちのオードブルの味つけに、ことうるさかった。しかし、今から思うと、僕は、そんな南田マネージャーを嫌がらず、そのふところに飛び込んで行ったような気がする。やはり夜の世界で出世がしたかったのだと思う。
そして、南田マネージャーの裏の顔を見ることになる。
つまり、南田マネージャーは、中込オーナーの前では、すごく低姿勢で、徹底的に忠誠を尽くす、といういような姿勢を見せておられた。
店では、ボーイだろうがホステスだろうが、本当に怒鳴り散らされるのだが、オーナーの前ではいつもにこにこと笑顔をされていて。オーナーが煙草を吸われようとされると、マネージャー自身は煙草を吸われないのに、すぐにふところからジュポンのライターを出し、火を点けてあげられるのだった。
ともかく体を張って、オーナーに誠(まこと)を尽くされている、という感じだった。
クラブのボーイ時代の僕は、そういう南田マネージャーによく飲みに連れて行ってもらっていた。そして、南田マネージャーがオーナーと飲まれる時に、僕も時々、声を掛けてもらい、同席させていただいていたのだった。
そして、いつかの飲み会の席で、南田マネージャーが、中込オーナーに言われたことがあるのだ。
『オーナー、シンイチは気働きのできる男です。どうか、ボーイ長にしてやってください。どうかお願いします』
南田さんが、背中を丸め、それこそ、テーブルの板に額をくっつけて、オーナーに願いごとをされたのだった…。
『おおっ、そうか。おまえさんがそう言うんなら、いいんじゃないか。おまえさんの考えるように、やりなさいよ。あのお店は、おまえさんに任せているんだから…』
オーナーは実に穏やかな顔をして、南田マネージャーの肩をポンポンと叩いておられた…。
あれから、クラブのボーイ長として、南田マネージャーを支え、その後、オーナーが新しく資本を投入されてホストクラブをつくられた時、南田マネージャーとともに、その店に移っていったのだった。僕が22歳の頃だった。
実は、僕の、ホストクラブでの売り上げ成績は、あまりパッとしなかった。ベストテン入りはしても、トップになったことなんて、一度もなかった。
しかし、僕は、陰で南田マネージャーを支えていたのだった…。
そうなのだ。
確かに、前のホストクラブでも、お客さまの心を大事にし、お客さまの話題についていくようにしたし、お客のご機嫌を損なわないよう、お客さまに提供されたお酒は快く飲み干すようにした。
そして、店が終わると、マネージャーと顔を突き合わせながら、その日の売り上げをパソコンに入力していった…。
しかし、それと同時に、僕は、ホスト仲間の、お店やマネージャーへの忠誠心を推し量り、それをマネージャーにこっそり伝える仕事をしていた。つまり、マネージャーの私的スパイの役割を担っていたのだ。
ともかく、そのホストが、あるお客さんにモテて、同伴出勤をし、店の売り上げに貢献したとしても、そのお客さんと金銭的なトラブルを起こしそうな気配のある仲間には注意を払い、その情報をマネージャーに伝え、事が起きる前から対応策を話し合っていたのだった。
また、お客を装って、マルサ(国税局査察部)の査察官が来ることがあり、マネージャーが店にいない時は、特に、そういう監視役も引き受けていた…。
「シンイチよ、いいな。ホストの連中の健康状態には、特に気をつけてくれよな」
「はい……」
「うん、なに、前の店は、アルコールのサービスがメインだったが。この店は、アルコールのほかに、セックスのサービスもある」
「はい」
「二日酔いで、セックスの手抜きをされても、かなわんからな」
「ところで、マネージャー、風営法の許可は取っているんですよね」
「表向きは、あくまで、女性専用の会員制高級クラブなんだ」
「はい、わかりました。お酒を出し、話題提供をする社交クラブなんですね…」
「うん、まぁ、そうだ。もっとも内情は、セレブの売春宿ってことかな?…」
僕は、その、何かとぼけたような、南田マネージャーの顔が好きだった。南田マネージャーと一緒なら、刑務所のくさいメシも食えるかな、と僕は常々思っていた…。
多少リスクを覚悟しなくては、所詮、お金もうけなんて、できないのだ。
ともかく、僕は、あと、3,000万のお金が欲しかったのだ。5,000万円あれば、何とか自分の店が持てるはずだ。
「秘密クラブ」は会員制で、身元が確認されるとともに、入会金は100万円だった。
実際のところ、男たちが欲しがるゴルフの会員権は600万円以上するところもあるし、セレブの女たちにとって、さほど値の張る入会金ではなかった。
こうしたお店の場合、どこのお店もそうかもしれないが。ともかく、うちの店では、まず、さまざまなショーを演出してお客さまを精神的に高揚させ、ホストたちの口説きで最後の一線を崩れさせることをねらっていた。
まず、若い男たちが着衣のままでエアロビクス・ダンスを披露する。そして、次には、ボディビルで鍛えた筋肉マンの男たちが、いわゆるストレッチ体操をしながら、その豊富な筋肉の躍動感をアピールした。そして、最後は、障子を衝立にした影絵によるシロクロ・ショー。
店内はすり鉢状になっていて、底の部分が中央フロア。あと、それを扇型に囲うようにして、客席が階段状に並んでいる。
中央フロアにある舞台が迫り上がる。
ここで、男女の性的なからみが演じられるのだ。
むろん、本番をナマで見られる、というわけではない。
影絵で見る、というわけである。
影絵に映る男が、女の着物を剥いでいる。
黒い影でしかない。
それなのに、脱がされていく女の姿がいかにも色っぽい。
そして、男も裸になる。
そして、影絵の男が、影絵の女のからだの上に重なっていく。
と、上にのっかっている男はすごい腰使いをするのだ。むろん、下で寝ている女も時々、腰を激しく突き上げてはいるが。
しかし、何のことはないのだ。衝立の向こうに行って見れば。
つまり、実際には、女のからだの上に、男は乗っかってはいない。腰と腰がほんのちょっと、互いの体の横で擦れるぐらいに接触しているだけなのだ。
男は、女のからだから、ずれて腕立て伏せをしている。
女も、上には男が乗っていないのだから、下から軽く腰を突き上げられる。
むろん、男と女の腰の上下動はそれなりに、一致していなくてはならないが。
ともかく、男は実際にペニスを女の窮屈な膣の中に挿入しているわけではないのだから、長持ちするはずだ。
女とて、男が乗っかっていないのだから、腰を突き上げ、左右に揺らす、悶えのアクションは激しく行えるというものだ。
その上、よがりの声ときたら、事前にMDに収録したものであり、その声は通常よりボリュームが上げられていくのだから、悩ましいバック・グラウンド・ミュージックとともに、女性客の耳に容易に入って、官能を刺激していくことになる。
「あっ、あああああ」
という女のよがり声とともに、
「うっ、ううううう」
という男が呻く声も効果的に収録されていた…。
「あああっ、いいわいいわ、もっと突いて突いて…」
と女が言い、
「うっううう、もうだめだ、イクイク、イク―――ッ」
と男が言う。
女の痙攣の様子も、男が上半身を反り返し、射精後、がっくりとおんなの上半身に覆いかぶさっていくのも、いかにも、それらしく見える。
実際のことを言えば、毎日、1時間置きにシロクロ・ショーをし、実際に5回も6回も射精した日には、いくらスッポンの生き血を吸ったところで、影絵の男優とて身が持つまい。
それにしても、女優がアクメに達する瞬間、男優が射精する瞬間の、体全体を使った、筋肉を打ち震わせるような演技には、まったく感心せざるを得ない。
そのシロクロ・ショーが終わると、店内は真っ暗になる。
ホストたちは、その暗闇にまぎれて、それぞれ席にいる女たちを肉体的に口説くことになる。
僕たちホストには、その暗闇の時間が3分であることはあらかじめ知らされている。
女を別室に連れて行くためには、多少、こちらとしても興奮状態にならなくてはならない。それに、僕も、その影絵によるシロクロ・ショーで、けっこう、興奮してしまったらしい。暗闇の中で、一人でやってきた、40歳になるという人妻を、口説いていたのである。
「女の人のラヴ・ジュースって、どんな味がするんでしょう?」
「……」
「あなたのジュースを味わわせて欲しい…」
僕の手は、人妻のスカートのホックをはずしにかかっていた。
その手に、彼女の手がかかる。
暗闇は3分間しかない。
僕は、彼女の頬に、そっと自分の唇を当てた。
暗闇だからとはいえ、いきなり、べったりと唇をくっつけるのは考えものだ。
お互いの唇が触れるか触れないかのところで、がまんする。
相手の女がじれる。
しかし、あせらない。そうすると、女の方がじれて、くちびるをこちらに押しつけてくる。
彼女のくちびるが僕の口の中に入ってくる。
僕は、そのくちびるを強く吸った。
彼女の気持ちを唇の方に向けておいて、その隙に、スカートの中に手を入れようと考えていたのだ。
舌をからませながら、デープ・キッスに移る。
それは、舌に舌をからませながら、彼女の唾液すら飲み込もうとするようなキッスであった。
手はスカートの下のショーツに達する。
股下をねらう。
が、僕の手は、またしても、そこで止められてしまっていた。
僕は、彼女の手を僕の股間に導く。
僕の股間のモノはすでに勃起していた。それに、ホストクラブの仲間たちとよく温泉旅行に行ったが、僕の持ち物は平均以上で、自信はあった。
「あっ!」
彼女の注意が、僕の股間のモノに移ったとき、僕は、一気に指をショーツの内側へ入れ込む。そこは、びっしょりと濡れていた…。
シロクロ・ショーのせいだ。女だって、あれだけ濃密な男女のからみのシーンをたっぷりと見せつけられては興奮しないわけがない。
僕は、彼女のくちびるから唇をはずし、彼女の手の上に置いた僕の手に、力を込める。彼女の手を使って、僕のペニスをさすりながら、僕は彼女の耳元に囁く。
「ねぇ、ここがあなたのモノを欲しがっている」
「……」
「ここで、爆発させてくれませんか?」
「そんな…」
「じゃ、別なところへ行って」
「いやよ」
「すぐそこですよ。ここのお店の中…」
「えっ!」
「別室へ行ったら、しっかりサービスをさせていただきます」
「まぁ、どんな?」
「マウス(口)・サービス、タング(舌)・サービス、フィンガー(指)・サービス。もっともあなたがお望みになるなら、ペニス・サービスも…」
「おいくらですの?」
「おイキになるごとに1枚ずつ…」
「まぁっ、高いわね!」
「まさか!。1枚と言っても、千円札ですよ。一万円札じゃありません」
「まぁ!、お安いのね!」
「ええ、だから安心して、何度でもイッていただきたいのです」
「まぁっ、おもしろい方!」
「で、どうなのでしょう?」
「……」
と、店内が徐々に明るくなっていく…。
すでに、暗闇の3分間が過ぎてしまったらしい。
僕たちは抱き合っていたのに、からだを徐々に離していく。
3分間もあったのに、3分間で口説けなかった自分を、僕は悔いていた…。
さっきまで、シロクロ・ショーの舞台は、中二階程度にまでせりあがっていたのに。今は、もう、中央フロアの定位置にまで下がっていた。
そして、中央フロアの脇では、生演奏がはじまっていた。
すでに、何組かのペアが、中央フロアに降りて、チークダンスを踊っていた。
このダンスの最中にも、店内の照明が真っ暗にまで落ちるということを、僕は、すでに知っていた。そのときに、もう一度この女を口説ける。
「僕と踊っていただけませんか?」
「えっえっ!?」
「大丈夫、僕がリードしますから」
「……」
「何事も経験ですよ」
「しかたないわね」
(つづく)
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