第4話 東京都三鷹市の「江ぐち」





 「いらっさい。」

 この店の存在を知ったのは「チキンライス」(泉昌之 著)という漫画だった。
 田舎のドライブインでチキンライスを注文したら、豚肉入りケチャップご飯が出てきて、
主人公が激怒するという笑える漫画である。

 作品中に「江ぐち」が登場するのはたったひとコマ。知りうる情報はたったの二つ。
 まず、竹の子ラーメンがおいしいらしいこと。竹の子ってなんだろ。
 そして店のオヤジが「いらっしゃい」ではなく、「いらっさい」ということ。
ほんとにそんなこと言うんだろうか。

 それを確かめるために羽田に降り立った私は(※)、電車と道に思いっきり迷いながら、
三鷹駅近くのビルの地下にある「江ぐち」に向かった。
(※ ほんとは東京ドームにストーンズを見に行くついでだった)

 店はもう目の前。
 ノレンをくぐり、期待と緊張の一瞬・・・。

 「いらっさい。」
 「いらっさい。」

 ホントだ!
 ちょっと早口だけど間違いなく「いらっさい」だ。
 しかもダブル。


  こりゃすごい! 

 カウンター席に座っても笑いが止まらず、竹の子ラーメンを注文した後も、じっと下を
向いていたけれど、なんとか呼吸も整ってきたので、改めて店内を見渡す。

 ステンレス製のカウンターはボコボコ。
 昼間からメンマ(竹の子の正体)でビールを飲む客。
 そして二人のオヤジ。

 二人のオヤジの仕事ぶりは似ていた。というより、そっくりだった。
 早くて、汚い。
 いや汚いってのもなんだから、雑というか、荒っぽいというか、不正確というか、
オーバーアクションというか・・・。

 例えばタレを丼に入れるとき、オヤジの手は天井に届くくらいに高〜く跳ね上がる。
当然タレは高い位置から飛び散るように丼に落ち、丼の中で跳ねてさらに周囲に飛び散る。
 盛りつけにしても、具の入ったタッパーをガバッとひっつかんで、割り箸でバサバサバサッと
入れて、タッパーを調理台の下に放り込んでいる。

 こりゃすごい。いや、ひどい。


危険な仕事

 二人のオヤジは怒っているわけではない。
 むしろ穏やかで、いかにも丁寧な仕事をしそうな優しそうな顔・・・なのに全然丁寧じゃない。

 もしオヤジの手の角度や勢いが少しでも変われば、醤油ダレが客の顔を直撃しそうだ。
 具の量だってバラバラ。竹の子ラーメンのメンマが、普通のラーメンとほとんど
変わらなかったりしている。
 麺の揚げかたも、スープの入れかたも、万事この調子で、今まで客に被害がなかったのが
不思議なくらいの危険な仕事ぶり。
 そんな危険な仕事を二人、穏やかな顔とあうんの呼吸で黙々とこなしつつ、来る客来る客に
「いらっさい。」を連発している。

 こうして出てきたラーメンなのに。
 自家製の黒っぽい麺と、煮干しかなにかの魚のダシが効いたスープが、ちょっと日本そば風で
おいしい。竹の子もチャーシューも丁度いい薄味で、オヤジの表情通りの穏やかで優しい味だ。

 なんでこうなるかなぁ・・・。

(01年7月17日)

<江ぐちのオヤジは>
その後お一人となり、現在はお弟子さんと二人で営業中です。



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