第45話 北海道札幌市の「麻田屋」





 はじめてのラブレター

 はじめてお便りします。

 いったいこの店の前にこうして立つのはもう何度目になるでしょう。
 市電の停車場から住宅地の奥へしばらく歩いたところある、まとまりの悪そうな
大きな黒いノレンの下がった、じいちゃんとばあちゃんが二人でやっている小さな食堂。
 店の前を通ったからといって、引き寄せられそうないい匂いがしてくるわけでなく、
特別なオーラもない。

 しかし、私の中で味噌ラーメンといえば、たぶんこの店でした。
 いや、よく考えてみると醤油ラーメンだって、この店です。
 塩ラーメンは・・・残念ながら、この店じゃありません。ごめんなさい。

 水がなぜかいつも大盛りですね。
 理由はわからないけれど、ビッグマンとかの焼酎のボトルに入っている氷水を、
大きなコップにすりきり一歩手前までなみなみと注いでました。

 食堂なのでラーメン以外にそばやうどん、カレー、カツ丼、オムライスなどの
メニューもあります。丼ものは各種ありましたが、定食はありませんでした。

 ラーメンの麺は大釜で茹でられます。
 巨大な木蓋のついた、五衛門風呂のような大釜で、それはもう迫力がありました。
 ちなみにそばやうどんを茹でるのも同じ大釜でしたから、ざるそばを食べたあとで
つい通ぶってそば湯などを求めてしまい、断られてしまったこともありました。
でも真夏の、ラーメンよりそばのほうが多く出るような時期には、多少カンスイが効いて
黄色みがかった不思議なそば湯を飲ませてもらえたこともありました。
 そういえば、そばは生麺を几帳面に量りで計ってから茹でてましたね。

 この店の少し焼きの入ったような澄んだスープが、私は大好きでした。
 はじめは醤油ラーメンを食べに通っていたけれど、いつのまにか味噌ばかり
食べるようになってました。
 ラーメン丼に入っている「あさだや本店」の文字が好きでした。昔は支店が
あったのでしょうか。いや、案外支店の計画中に作った丼ってだけかもしれないけれど、
なんにしても歴史を感じる丼でした。 

 スープ作りのコツは「練炭の火に一晩かけること」だそうですが、
どこに練炭の火があるのかはわからないし見たこともありません。
 以前に一度だけ、ストーブに乗った寸胴の中に、じいちゃんがジャガイモを
ゴロゴロと投入しているのを目撃したことがありましたが、あれがラーメンのスープかどうかは
わかりませんし、ジャガイモからいったいどんなダシがでるのかも、私にはわかりません。
 あるいはあれはカレーだったのでしょうか。
 カレーはいちど作ったルーを冷凍して、注文のたびに雪平で溶かすという正統派でした。
 じつは私の実家の喫茶店も同じやり方だったものですから、誰がなんと言おうと
このやり方が正統派でなければ、私だってヤバイのです。

 正油ラーメンは昔風、というより昔からやっててそのまんまなのかなと思いますが、
とにかくそんなかんじのラーメンで、湯気と共にぷ〜んと中華と和風の中間のような、
なんともいえないいい匂いがしてました。
 具はチャーシュー、メンマ、ふ、ナルト・・・このナルトがなぜかチャーシュー並に巨大でした。
 メンマは小さかった。笹掻きゴボウのように小さく切ったものが、たくさん入ってました。

 そしてミソラーメン。
 これにはチャーシューとメンマがなくて、ひき肉やモヤシとともに、なぜか少量のピーマンが
入ってました。
 ひょっとしてメニューの中の野菜炒めと兼用だったのでしょうか。
 唐辛子がピリッと適度に効いて、味噌のいい香りがこれまた湯気と共に
ぷ〜んと匂ってました。

 メニューではチャーシューメンが焼豚メンと書かれているもので、はじめて訪れたときに
「ヤキブタメン」などと言って、一瞬間があいてしまったこともありました。
 ミソ焼豚メンが焼豚メンより30円だけ高いのはなぜなんだと悩んだこともありましたが、
ミソ焼豚メンになるとメンマが加わるので、たぶんそのためだったのでしょうね。

 ついついラーメン以外に浮気をしたこともあります。
 オムライスはゴマ油で炒めるので、天津飯風味の不思議な仕上がり。
 カツ丼は卵とじのこれまた正統派で、お茶とたくあん付き。二人連れで丼ものふたつと
醤油ラーメンを頼んだら、黙ってラーメンを取り分けるための小さな器も置いていってくれました。
 天ぷらそばは駅の立喰いそばなんかで出てくる、真ん中に小エビの埋まったかき揚げが
乗ってました。天丼もずいぶん安かったもので、ひょっとして同じ天ぷらではないかと心配で、
未だに食べてません。

 はじめて訪れた頃は、まだじいちゃんが近所へ出前もしていました。
 出前をやめた今でも、店の隅のアイスクリームケースの上におかもちがあるのは、
なんでだろうと思っていましたが、たまに近所の人がラーメンを持ち帰っているようで、
そのためのおかもちだったのですね。
 以前にいただいた、出前用の箸袋は私の宝物のひとつです。

 じつはトイレも駐車場もあるのですよね。
 トイレは店の奥の風呂の横にあり、靴を脱いでスリッパで上がっていかなければ
ならないため、ばあちゃんかじいちゃんに一声かけてから使うのがマナーでした。
 駐車場は店からちょっと離れた自宅前の庭。

 そんな麻田屋も今年の9月末でとうとう閉店となります。
 跡継ぎがいない以上、いつかは閉店するのはわかってましたが、開店以来44年、
じいちゃん満80歳の誕生日に合わせての閉店は、昭和から今も現役を続ける
名選手・名プレーヤーが、まだ余力を残しつつ引退するかのような潔さと、爽やかさを
感じました。

 ラーメンはじいちゃんもばあちゃんも作れました。
 手さばきがいいのは店主のじいちゃんのほうで、味がいいのはばあちゃんが
作ったほうでしたが、ともかくラーメンを作るじいちゃんとばあちゃんは、そこらへんのラーメン屋の
頑固オヤジよりも私の中ではずっとずっとカッコ良い存在でした。
 できればこんなラーメン屋をやりたいなんて、世間知らずで甘っちょろくも馬鹿なことを
考えたこともあったけれど、客として食べつづけることが出来てよかった。
 とうとう近所に住めなかったことだけは心残りですが。

 さよならとか、お疲れさまなんてことを、言っても書いても意味が無いのでやめます。
 たぶん私はあと何回か、いつものように店に入って、フツーにラーメン食べて
550円置いて出ていくだけです。

 ただ一言だけ。
 何十回と通って、おそらく顔は覚えられていただろうけれど、「いつも来てくれてありがとう」
なんてことを、最後まで言わずにおいてくれて、本当に感謝します。


                        麻田屋のファンより。じいちゃんとばあちゃんへ。

(03年8月20日)

<そして>
平成15年9月30日 麻田屋 閉店。                            
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