関西総合地質コンサルタント(株)
地質調査・地盤調査・環境調査・地盤改良工事・維持管理  
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社長のヨーロッパ記録
2006年フランス・ベルギー・ルクセンブルグ・ドイツ・スイスレンタカー旅行

レンタカーをフランスCDG空港でかりて,周辺国を回り(約5000Km 走行距離),ヨーロッパを体感することにしました。海外 旅行も旅行会社を通さなくても自分で手配できる時代なのですね。ヨーロッパのHOTELは日本に比べて,相当やすいですね。

   ○旅行先

移動手段 月日 曜日 経由都市 宿泊 地
飛行機 5月19日 関空 CDG空港ナンシー フランスCDG
レンタカー 5月20日 CDG Waterloo BRUXELLES ベルギー
レンタカー 5月21日 BRUXELLES ルクセンブルク MANHIMU ドイツ
レンタカー 5月22日 MANHIMU HEIDERBERG FREIBURG ドイツ
レンタカー 5月23日 FREIBURG ZURICH INTERLAKEN スイス
レンタカー 5月24日 INTERLAKEN GRINDELWALD GRINDELWALD スイス
レンタカー 5月25日 GRINDELWALD BERN CHAMONIX-MONT-BLANC フランス
レンタカー 5月26日 CHAMONIX-MONT-BLANC ALBERTVILLE, grenoble Orange フランス
レンタカー 5月27日 Orange AVIGNON,ARIES,GORDES Orange フランス
レンタカー 5月28日 Orange CARCASSONNE TOULOUSE フランス
レンタカー 5月29日 TOULOUSE Chambord Loches フランス
レンタカー 5月30日 Loches ANGERS Le Mont−St-Michel フランス
レンタカー 5月31日 Le Mont−St-Michel St-Mala CDG空港ナンシー フランス
飛行機 6月1日 CDG空港   飛行機 機中
飛行機 6月2日 関空
全行程の宿泊予約 INTRNETで世界のHOTEL予約サイトの一つのサイトを選んで予約するが,1室1TWINは平均7000〜10000円(基本は朝食有り)ですが,本当に予約できているか,HOTELの内容が心配でしたが,問題なし。逆に,今まで,何をしていたのか驚かされました。事前にカードで引き落としが大半でした。 旅行前も仕事に追われていたので,準備不足。せいぜいHOTELの予約をとるので精一杯。訪問したこともなく・ヨーロッパで車を運転したこともなく,今回は初めての経験をすることを重視。
予約hotelのadressのみで現地にいったため,3回位人に聞いて各hotelにたどりつくという状況です。事前にHOTELの地図を打ち出したものをもっていけば多少さがしまわることがなかったのに。ただし,BRUXELLESは市内が複雑で思わず地図を市内地図を購入してたどりつきました。なお,購入した地図にはのっていない地名も現地の道路標示にはでてくるため,付近にきたら早めに,人に聞いて行くようにしました。田舎では人にあえることがないので注意を。初日,高速道路の休憩所でヨーロッパの地図を買いました。空港では高くて種類が少ないため。
1レンタカー予約 バジェットがないと思い,HERTZを日本で事前予約。 バジェットもありました,何種類ものレンタカー屋さんがあり,別にHERTZでなくてもよいなと思いました。HERTZの受付はやはりあいそが悪いですね。
2レンタカー受け取り 予約確認書の提示不用,名前で処理される。Terminal2のHERTZで処理。 到着日は直接hotelにいったため。次の日にかりにいきましたが,何番Terminal かわからなかったのですが,Hotel Shatlle Bus にのって何番Termianal か聞かれたれたので,何番にいくか聞いたら第2といわれたのでOKといいてのりあとで,空港内の無料の連絡busにのろうとしましたが,第2のHERTでよかったみたいです。
3車の運転・道路 車は2万KM走行したもので,ミッションの操作は,特に日本での車と変わらず問題なし。各サイトではすごいミッションがあるとかいてあったので心配でしたがOK。CDGから,初日ベルギー向いましたが,まず空港レンタカー駐車場から,50m程走って道路に入るところで,道路上に金属のスパイクが地面より10cmでていたため,どうしょうか大いに悩みましたが,後続車から,クラクションや大丈夫早くいけと何回もどなられ,思い切ってでました。その横に駐車券を挿入するようなものがあったので,それの関係でスパイクがでているのかなと考えましたが,そんなスパイクがあるとどこのサイトにもかいてなかったので驚きました。逆に入ってくる車に対しては,完全にタイヤーが破れるような構造になっていました。道路は3日目くらいからなれましたが,最初は行き先の地名・道路に慣れるに大変でした。初日にブルッセル市内のHOTELにいくのが大変でした。高速道路は最高です,両側が森のような景観の所が多く,舗装はうねりやでこぼこは一切なく,高速で走っても車に振動はありません。ただ,日本で運転に自信がない人は無理と思います。 高速道路にのればあとは簡単ですが,市内にはいってからが大変でした。高速の青色と緑色の表示が重要です。なれてくると,地方道を走って近道しようとしますが,これは原則迷うことになりますのでだめです。

日本の暴走続の方もこちらにきて走って欲しいですね。日本のレベルでは話になりません。若い人がバイクのツーリングで走っているのを見ると世界を知る必要があるように思います。

日本の高速道路の舗装はヨーロッパに比べたら質が落ちますね。それも有料ですから,ドイツをみて下さい。無料で完璧な道路です,路面は最高です。

維持管理のため高速道路の改良工事もやられています。渋滞かなと思ったら,工事の車線規制による場合が多かったようです。

高速道路の車の走行は,トラックが遅い車線を走るのが義務づけられているのか,うまく規則化しています。

無駄な速度規制はなく,逆に自己責任のため,車の流れが良い。

4給油 レンタカー屋さんで油種を聞きましたが,車の給油口にちゃんと名前がかいたシールが貼られていました。同じ名前のものを給油しますが,国により,文字がチョット違うので原則近くの給油している人に,毎回確認しました。みんな教えてくれます。ほとんど言葉はわからなくても相手に通じます。SELFで日本と同一要領なので,お金は建物の方にいって,pomp 番号をいえばいくらといわれますのでそれで現金かカードで支払えばOKでした。
ドライブルートは赤線(パリCDGからパリCDGへ)。ピンクはフランス国土
5TC フランスは便利です,郵便局Le Post で簡単にお金に換えてくれます。それも,手数料は無料です。理由はAmerican Expressと提携していると説明してくれました。はじめはドイツのほうでかえましたが,Douche Bank しかだめといわれ大きなかまえのBankでもことわられました。CDG内のAmerican Express のEXchenge便利でした,両替するのみでTCはだめかと思いたずねるとcommision なしでお金にかえてくれました。帰りのCDG国際線内では両替所がないとおもいましたが,聞けば中にあるとのこで,助かりました。
6言葉 英語はほとんどしゃべれませんが,旅行ですので,片言で通じます。ドイツ人は英語に弱いみたいです。話かけると腰がひけているようなひとが多いようでした。日本語で話しかけると相手が驚くのがわかり楽しくなります。

1日目 シャルルドゴール空港到着 ホテルは空港近くのやすい所をとっていましたが正解でした。
金額も安いビジネスホテル形式のものがあり,空港よりリムジンバスがあります。到着時は,CDGから15分位のナンシーの所です。
 しかし,そこのHOTELに行きかたを空港のINFORMATIONで聞いたのですが,あまりわからず,何人かに聞いて何とかリムジンバスにのりましたが,間違った説明だったようですが,結局,空港到着場所から,直接リムジンバスがでていたのでしたが,そのことにわかたのに1時間位かかりました。次回の旅からは間違うことはないでしょう。
 到着時はキロイドホテルですが,良くも悪くもなく,帰りもCDGから日本へ飛ぶのですが,事前に日本で予約はしていませんでした。帰りも結局,CDGのナンシーで泊まりました。そのところは,最終日の所に記録しておきます。

2日目 ベルギーに向かう
 いよいよ緊張する車の運転が始まるのです。日本では自信がありますが,とりあえず,またHOTELからシャルルドゴル空港のレンタカーOFFICEへ向かいました。HOTELで聞いたのですが,レンタカーの場所はCDGの何番TERMINALかわからないと,2箇所あるのでどちらかと聞き返され,あわてました。そんなことを想定していなかたので。結局国際線のTERMINALのほうのOFFICEへ行くことにしました。やはりバス代が不用だったので助かりました。
 HERZをさがしました。車を何とか借りましたが,保険などの所が,予定よりかかったように思いましたので,次回からは別の会社のレンタカーを借りるようにします。やはり,予想とおり,あいそが悪いですね。また,返却時にも女性の対応が生意気でしたね。当方の会話力は極めて低いのですが。
 なお,なんとか車を借りました,さて車の置いてあるところを何とか聞いて駐車場のところをいきました。現場は,親切でした。どこの国でも共通するのでしょうか。一通り,車の説明をしてもらいました。さて発信です,AUTOMATICに乗り慣れているので,manualはきついです。エンストをしました。チョットなかを走り,すぐ高架上の高速道に乗らねば成りません。やはり,緊張します。ベルギー方面ですので,行き先の方向もきき,PARISでない方向を目指していきました。何とか,CDG空港から離れた最初のGAS STAで再度方向が間違っていないかきき,どうにかベルギーに向かいました。
1時間,2時間くらい走るとチョット余裕ができてきます。すると周りの景色にもめがいきます。なんと,ヨーロッパは環境がいいのでしょうか,高速沿いの両側は森のような景色です。感嘆しました。

そして,ついに,フランスからベルギーの国境にいきました。その国境の検問所が写真のドライブインなのです。実際のBOUNDARYは500m程ベルギーよりのところですと,店にいた家族連れから教えてもらいました。また,この家族が庶民的な方なのでしょうか,チョット生活が大変そうな若い家族でしたが、親切でした。また,この店も,家族経営で大変そうな感じでした。庶民的なヒトは,英語は通じないのです。
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そして,その店のチラシにワーテルローの戦場跡が近いとあったので,ブリュセルにいく途中にそこによることにしました。しかし,それが,失敗だったのです。少し車になれたことと所詮,ヨーロッパは狭いという意識が無謀を呼びました。その時所持していたのは,10万分の1の地図だったので,ワーテルローの町の中で,迷いました。確かにそうなんです,現地の看板にあるとおりいけば,ワーテルロー駅にいってしまうのです。すぐ,近くが古戦場跡なのですが,そこにはついにはいけず住宅街の中から1時間ほどぬけれませんでした。というのは,ワーテルローの小さな町は,線路で町が分断されていること,1方通行・侵入禁止があるため,うまく目的地にいけないのです。最後は絶望的になりました。雨が降り出すし,人も歩いておらず得意のきくこともできず,かつガソリンも空に近くなり、本日のHOTELのinnの時間もあり,あせりましたが,なんとか抜けだし,「貴重な学習」となりました。自分ではヨーロッパは小さいと思っていましたので,こんな所は迷うはずがないと絶対に思っていましたが。だめでした。

そしてその夜は,ブルッセルです,日本で事前にホテル周辺の案内図を印刷する時間がなくてこちらにきてしまったのが,それも失敗でした。また,一方通行のせまい道が多く,この当たりなのですが,そこに入れません。当日は日曜日でHptel周辺の町はオフィッス街なのかヒトはいません。黒人のヒトだかりもあり,なんか不気味でした。また,このHOTEL,大変でした。すごい用心をしているのです。入り口からインタホーンでdoorを開けてもらうのです。入り口は頑丈な鉄の格子のシャッターがあり,とんでもない所にきたなーと言う感じでした。さらに,駐車場が地下にあり,その地下に下るのがまた急坂で狭くて曲がっているのです,地下には車がぎゅうぎゅうでやっと1台入れるかなという状況です。地下は真っ暗で,車を切り返す余地もなく。また,オウトマでないので,大変でした。ヤットfrontにきたら,黒人の受付で,この方が変な愛嬌があるのですが,いただいた鍵で部屋に入ると,すでに宿泊客がいるので,またビックリ,いい加減なんでしょうね。また,受付に降りていって文句をいいました(適当におごっている感じでしゃべりました)。

なんとか,部屋に入れましたが,狭い都市なのでね,部屋の向かいの建物が見え,これがベルギーの下町かと感じました。

さっそく,市内に地下鉄ででかけました。詳しいガイドブックはもってませんので,受付の黒人の方に名所を聞いた所を訪問しました。地下鉄は比較的
こんでいました。どこで,おりるのか,路線図を見比べたりしていましたら。若い男の人が声をかけてきました。やけに,親切でこれはあやしいなと言う感じでしたので,用心をしましたが。純粋に,親切な若者だったようでした。

駅をおりてから,グランドパレスにいきました,当日は,祭典があり,肝心のパレス広場が半分以上それで占拠され特設野外音楽ステージを設定していました(後から,夜のTVで欧州全体で数箇所で同時に音楽祭典をしていたことがわかりました。舞台ではクーインの音楽のまねをやっていました。当地では一流のミュジシャンなのでしょうが,私にはいいとわおもわれませんでした。そこに,いた警官隊に話しかけましたが,ここの警察は,すごく警備はものものしいのですが,リラックスして警備にあたっていましたし,愛想の良い接客ぶりでした。特に,女性警官がすごく楽しそうにいい感じではなしてくれました。

 なお,行く途中,ドイツの男性に道を聞きましたが,親切にも一緒にいくからと,えらいですね。
夕方も暗くなって来たので中心街なので観光みやげなどかいに商店街をあるきました。そしたら,日本語で接客するのですね。なんでかというと,よく日本人がおとずれているので言葉を覚えて勉強しているようでした。最後にワッフルを買おうとしましたが,長い行列なので,地下鉄の駅でかい,帰路につきました。
ここで,とんでもないことが生じたのです。中心街は石畳なので,足をねんざしてしまい,翌日からさらに痛みだしたのです。明日は,ルクセンブルク・ドイツ方面にいくのですが。

3日目 ベルギーからルクセンブルク・ドイツヘ

ベルギーはブルッセルのみしかみてませんが今回は、自力でヨーロッパをまわることに主眼をおいているので、次回の参考にみてまわるということにして、ルクセンブルクをおとづれました。世界でも最も豊かな国の一つですが,足が痛いので,まわるのが大変でした。世界遺産の都市を廻りました。以外にも渓谷に面する都市で想像と異なっていました。そこでは,ベトナム男性と出会いました。英語で話しかけましたが,彼は大阪大学の建築関係の大学院を卒業したとかいって驚きました。彼は,一生懸命写真をとっていました。広場では,売店が続き,移動遊園地とおもわれる施設がありましたが,屋台は日本と違い,大型トレーラの衛生的なものが目に付きました。

国鉄の駅のほうにいき,駅前を確認しました。駅近くは、特に驚くものはなく、やはり小さな都市かなあという感じでした。

その後,ドイツ,スイス方面に向かうことになります。

ドイツにはハイデルベルグをおとづれることにしました。そこのHOTELはたかいので、手前のMANHIMEという普通の町にいきました。そこのHOTELが安くいのでどうか心配していましたが、さすがドイツはえらいですな。そこは3500円/一人くらいで最高でした。さて、このまちでも痛みはひどく病院にいくことにしました。
ホテルの方にきいて親切で美人のドイツ人で、市民病院を教えてもらいました。病院に入ってもどこにいけば分からないので、院内の庭園にいた学生グループにききました。相手は、完全にさけていましたが得意の英語・日本語で聞きましたら、私は英語が分からないといわれ、男子学生の一人がしゃべれるといわれ前に押し出されてきました。親切に、教えてもらいましたら、丁度車でとまった所が整形外科の外来でした。病院内は私には、大学の園内という感じで人の出入りが少ないところでしたし、看板類もあまりでていない病院でした。
さっそく中に入り説明をしたら、まづ、一般整形にまわされ、カウンセラーに症状の概要を説明し、それから彼女が判断した医師の方へ回されるようになる仕組みでした。かつ、初めて病院にいっても待たされることは全くありません。日本と正反対。それでいて、チャント診察はされていくし対応がいいのです。わたしは、すごい病院ですねというと、ドイツは病院のことは病院といわないのです、クランケハウスというのです。それは、病人の家だから、当然患者の立場にたって運営するのですと、外来受付の看護婦さんにいわれました。だから、24時間やっているのですと。それは、感心するばかりでした。ドイツはえらいな。さて、X-rayをとり(やはり理学療法士が撮影するのは日本と同じで分業します)、処置・原因を男性医者から教えてもらいました。そしたら、剥離骨折みたいなことをいわれ、すぐ手術といわれました。私は、ダメデスト何度も答えました。そしたら、その部門の最高責任者の医者を呼んできました。あなたは馬鹿だといわれましたが、私はヨ^ロッパにきたばかりだから可能な限り旅行するといい、もし悪くなれば日本で手術しますといいなんとか処置だけしてくれとたのみ、3人がかりで、おもいきりひざを押さえつけて処置しました。悪い血が心臓に入れば死亡することもあるので、必ず注射を毎日しなさいといわれ注射と消毒綿と薬(注射でさす)の処方箋をいただき町の薬局にいきでかいました。くすりを自分で注射でさすのは日常的な処方みたいですなドイツは。日本では考えられないのですが。さすところは、おなかか足でといわれ、それから毎日朝、足のふとももに注射してまわることになりました。また、松葉杖を病院でかいました。いまもそれをもっています。

さて、薬やさんは町の中心街の商店通りでかい、近くに中華料理店がありそこで焼きめしをたべました。なかなか、便利にして一人で店をきりもりしていました。持ち帰りもあり余分にかってかいりました。この日はドイツ銀行にいき両替をたのみましたがことわれました。
4日目 マンハイムからハイデルベルグ・フライブルグブルク
つぎの日にハイデルベルグにいき、くるまでまわりましたが、あるくのはで町中と対岸から市街地を遠望しておわりました。それから、ドイツ南部のスイス国境近くのフライブルグにいきました。この間はアウトバーンですが、驚いたことに、高速のパーキングから普通の道にだあるけんですね、かつ普通のみちから高速にあるいてこれるんですね。不思議だったんで、高速から一般道路におりました。そこはライン川の支流が流れていて風情がありました。ドイツは考えがやはり違います。また、高速道路へ道路脇から自転車ものりいれるようです。

フライブルグの町でもHOTELにはなかなかいけませんでした。町を二分するように鉄道が横断していたためか、裏側をはしっていたので、中心街が全然わかりませんでした。あとで、線路下をくぐるアンダーパスをこえると一転してすごくにぎやかな市街地にでました。HOTELは駅構内にありビックリでした。あとでわかったのですが、このまちにも日本人がよくくるようで、観光案内パンフにも日本語がかかれていました。翌日フライブルグ市内をまわりました。帰国してから、「ここの町がドイツの中でも環境先進地域ときき、チョットわかっていれば観光の見学の仕方がかわっていたかと思いました。でも、自分でまわったところですので、あのばしょかと新聞記事と記憶が関連するのがありがたいです。

5日目 フライブルグからスイスZURICH・


旅行写真(下) 未整理です
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:Chambord  南東 15km 地方道路沿いの水路