全般
久留里(くるり)城は戦国時代からの城で、江戸時代一旦廃城になりましたが、すぐに再建さ
れました。久留里記という書物では、築城の時に雨が多かったことから、雨城(うじょう)の別名
がついたということです。明治時代に取り壊されましたが、昭和54年君津市により、資料館とと
もに再建され、本丸の天守閣からは素晴らしい展望が得られます。周囲は公園として整備が
進んでいます。
正源寺の銀杏。イチョウの大木は高さ13.5メートル。幹廻り5.08メートル。樹齢600年。
観音堂の裏手に有ります。幹は空洞になって、樹医の処置が見えます。仮想の幹廻りと
これから樹高を想像すると、現在の倍以上のものにもなります。
岩田寺のイヌマキ。大坂の交差点の南側へ進んだところの丘の上に寺があります。高さ7.5
メートル、幹廻り3.5メートル、樹齢300年。境内には杉の大木もあります。
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| 高沢家の井戸には水を汲みに来るお客が絶えない |
@久留里城 第10図
久留里駅→0.10←高沢家井戸≒真勝寺参道分岐→0.10←久留里神社→0.05←
久留里城側駐車場→0.10←久留里城址資料館→0.05←天守閣(展望台)
JR内房線木更津駅乗り換え、久留里線久留里駅下車。駅前広場の左手北側には瓦葺平
屋の公衆トイレがある。外観も内装もレトロだが、必要な設備は最新のモダンなものだ。駅前
を東へ進み、表通りの国道410号線を右折する。国道をまたいで城の模型が頭上にある。高
速バスの停留場もその先にある。東京駅八重洲口と鴨川駅、千葉駅と鴨川駅ないし亀田病院
を結ぶ路線だ。但し、一つ先の停留所、上総経済センターのほうが城へは近い。
湧水が豊富なところで、道筋に二ヶ所(実際は各所に多数ある)、自噴の井戸が有り、これを
汲む客でとくに高沢家の井戸の周りは込み合っている。道路は狭いので通行には気をつけ
たい。左側に真勝寺の案内標識があった先から、道路の左右に人家がなくなる。右側にだけ
歩道がある下りの道路になる。
左側に久留里城入口の看板が有るが、食堂の案内看板の方が目立つ。ここで左に入るとす
ぐ左側に、又左折するように標識がある。久留里公民館の向いの角だ。曲がると左手に二ノ
丸への径が分岐する城山隧道の入口になる。
左側にある久留里城入口の看板を無視して更に国道を南へ進むと、久留里神社が右手に
ある。真新しい石段を進むと亀の池がある。その上には赤い神門が有り、中には二体の随身
像が置かれているが、いずれも左手の一部が欠けている。手水場の後には、自噴の井戸が
あり、水質分析表も張り出されている。柄杓も用意され、簡単に飲用できる。この神社は
立派な本殿で、右側には末社をまとめた社殿もある。裏側には青面(しょうめん)金剛像が
八体並んでいる。同じ庚申(こうしん)様なのに、少しづつ作りが違うところが面白い。表の
道路、国道を東に渡った僅か北側に狭い径があってこれを東に進むと小さな十字路に出る。
久留里公民館の所だ。久留里城を案内する標識が有り、進むと城山隧道の入口に出る。
城山隧道を抜けると、道路は二又になる。一般車は直進して広い無料駐車場に駐車する
こと。右手にある上りの道路は一般車通行止め、関係者だけの車道だ。しかし、「事情のある
方は、、、」と書き加えられて、この急坂道を車で登っていいとしている。あたたかい配慮だ。
又、この坂道の登り始めには何本もの杖が筒に入れられている。資料館の前には空の筒が
あり、ここに返せばいいという配慮だ。右手に階段があり、城山探鳥路とされている径が山の
上へ向かっている。資料館の建物を右側に見た左側には、古びた和風の
小屋がある。公衆トイレだ。中味は近代的のものだ。裏手が鶴の曲輪だ。右手の資料館の
入口近くには先ほどの杖返しの筒がある。資料館は月曜などが休館だとういう君津市立
博物館で入館は無料だ。上総掘りという江戸時代から明治時代に活躍した深井戸掘りの
資料もある。僅か一人か二人の手掘りで深い井戸を掘る技術だ。ここのほかには木更津の
上総博物館にも同様の展示がある。
長屋塀の裏手に通行止めとされた広い未舗装の下り径がある。未整備の旧登城道で将来
が楽しみな道だ。尾根径を進むと左手に天神曲輪があり、ここには大きめのトイレがある。更
に進むと小さな池が二つ並んでいる。男井戸女井戸(おいどめいど)といい、浸水を溜めたも
のだ。右手に三角の平地がある。波多野曲輪で、西側の展望がいい。長屋塀を挟んで天守
閣が聳え立っている。
天守閣は近年に再建されたもので、全周囲が見渡せる展望台になっている。天守閣の北側
は古い天守の基礎の跡を土塁にして残している。又、一段高いところには丹生廟遺迹の石碑
がある。南側には再建記念碑があり、怒田(ぬだ)方面、内山堰への径が繋がっている。
広い無料駐車場の北側半分は森林体験交流センターの駐車場で、北側の県道とこの駐車
場の真中に車止めがあり、交流センター、資料館の開館日開館時間に合わせて開閉される。
夕方の閉鎖は4時半なので、そういった看板が所々にある。南側半分の城址側は開放状態な
ので若干の時間延長でも利用できる。end
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| 久留里神社の赤い鳥居 |
A二ノ丸への旧道 第10図
久留里駅→0.10←高沢家井戸≒真勝寺参道分岐→0.10←久留里神社≒隧道西側
→0.15←二ノ丸=久留里城資料館
久留里神社に近いところで久留里街道から久留里城入口へ向かう。久留里公民館の先に、
城山隧道がある。その隧道の入口左手には二ノ丸への旧道が取り付いている。これを登ると
すぐ右に曲がって行き、隧道の真上にあたる付近を登って行く。左手に神社の階段がある。
「こま犬」という「犬」らしい狐か柴犬の容貌をした犬の石像が左右に置かれている。吽像にあ
たるべきもう一体の口元が大きく欠けているのは残念だ。階段の数段上には、獅子の狛犬も
並んでいる。城山神明社の社殿がその上にある。社殿の左側にはその奥の尾根筋への径も
ある。
やや急な坂道だが最近も手入れされている。これが正面の山を避けて左に振れると径の
傾斜は緩やかになり、左側の林の中に薄い踏み跡がある。城山探鳥路という標柱と左下へ
下る階段があり、見おろすと車道が見える。火薬庫跡という看板もある。左側に車道が
尾根筋を抉るフェンスのところが一番の痩せ尾根で、その左下は先ほどの車道だ。右手
西側の眺めがいいが、場所としては狭い。その僅か先にはもっと広い展望箇所がある。堀切と
看板のでているところで、左下だった道路と接合する。そのまま右手寄りの径を進むと、
資料館の裏手に出る。二の丸の西側の薬師曲輪で、西側の展望がいい。解説の石碑、雨城
八幡神社がある。長屋塀を伝えば、新井白石の像があり、資料館のスタッフ用の駐車場が
あり、資料館の入口になる。左下は無料駐車場へ行く車道、右側は天守閣(展望台)へ至る
径だ。end
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| この標識を左に見て、この径に入れば二の丸の旧道。 |
B−1 秋葉神社から二ノ丸への旧道
久留里駅→0.10←高沢家井戸≒真勝寺参道分岐→0.25←隧道上部→0.15←
二ノ丸=久留里城資料館
久留里駅から久留里街道を進むと、高沢家の井戸を右手に見た後、街道は緩やかに
左右に曲がる。左手に真勝寺への案内標識のあるところからその参道に入る。参道の
右手には真勝寺の立派な石碑がある。その脇に小さな階段があって、これを登る。木立の
中に秋葉神社の社殿がある。右手にある水色の鉄骨階段は水道部のものだ。社殿と燈籠の
中間左手に径があって、これを進むと裏手の山へ登る。この山は古久留里城址だというが、
小さなピークと小さな鞍部−堀切が繰り返される。幸いマーキングが取り付けられているので、
山の左側や右側を巻いていく。右側に振れて急な坂道から狭い踏み跡になる。笹竹の多い
径で右側が僅か開けて久留里神社の杜が眺められる。
僅か下って痩せ尾根の径になると右下には屋根が見える。城山神明社の社で、そこへ降り
られる径もついている。左より直進は城山隧道の真上だ。そのまま進んで神明社からの径と
合流する。城山探鳥路という標柱と左下へ下る階段がある。直進して資料館に至る。
秋葉神社から隧道の上までは山道で意外に時間の掛かるアップダウンの伴う径なので
山に慣れていない人は入らないほうがいい。end
B−2 浅間山遊歩道
久留里駅→0.05←新井白石旧宅案内標識→0.15←浅間山
久留里駅から久留里街道を進み、信号を左折して県道を東へ進む。右側に新井白石の旧宅跡
を案内する標識があって、右折する。右側に大井戸を見たあと、突き当りを左へクランクまがりす
る。安住公民館の一角に旧宅跡地を示す立派な石碑が立っている。その先は小学校のグランド
側の校門で、その右側に浅間山遊歩道入口を示す標識がある。グランド越しに校舎の右端の山
に大きなオブジェが見える。ゆうほどうはプールの裏などグランドを大きく廻り込む。オブジェは忠
霊塔で、その左側から山道が始まる。三峰神社、ヤマツツジ公園の看板がある。枕木の段径を
登る。正面の山道に対して緩やかな径を左へ折れる。山頂からは久留里市場方面の素晴らしい
眺めが広がる。三峰神社の社、木之花佐久夜毘賣命の大きな石碑、二十三夜様の社も並ぶ。
南へ尾根筋を辿れば、前項の秋葉神社の山に繋がっているが、刈り込みが完全ではないの
で、同じ山のかたまりではあるが、進まないほうがいい。
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| 久留里城旧道からの街並みの眺め |
C林間歩道 第10図
君津市森林体験交流センター、城側の駐車場→0.15←天神曲輪または天守閣裏
広い駐車場の北側半分は森林体験交流センターの駐車場で北側の県道から進入できる
が、この駐車場の真中に車止めがあり、交流センター、資料館の開館日開館時間に合わせ
て県道側の入口とともに開閉される。南側半分は開放状態で若干の時間延長でも利用でき
る。森林体験交流センタ−と並んで休憩所(東屋)が「山崎」の上にあり、更に南側にも駐車場
が繋がっている。この城側の駐車場に喰い込む「山崎」に絵看板(周辺案内図)があり、その
裏手に登り口がある。この案内図の描き方では東屋の山崎の尾根の元に繋がるようだがそう
ではない。その点に限らず細かい間違いがあるので、この図はあてにならない。
絵看板(周辺案内図)裏手の登り口を少し登るとミツバツツジの案内のある平地に出る。左
へ進んで木製の階段を登る。尾瀬至仏山の「山の鼻」の階段も、こうありたいと思うほど足元に
隙間などない。左右に山肌を切った切開きの階段に変わって尾根筋に登りつく。尾根の
元側から普通では下れないほど急なの尾根の先の方を見ると、東屋が見える。
林間広場と看板がある。ほとんど水平な径を進む。榧の木広場の標識の後、径は分岐点に
出る。左右とも径はいいが、ここにある標識は右手を示している。大きく右手へカーブしながら
登る。左へカーブしなおして出たところは天神曲輪のトイレの裏だ。表の径に出れば右は資料
館、左は天守閣へ至る。
先ほどの標識は右側の径を案内しているが、左手もいい径なのでこれを進むと、右山の
崖の径だ。大木がこの崖に根を張り、水平に幹を伸ばしている。頭を下げねば通して
もらえない。二回頭を下げると排水のU字溝をまたいで天守閣の裏手に登りつく。左手下には
弥陀曲輪が見える。end
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| 再建された久留里城 |
D内山堰=城山探鳥路 第10図
城内を抜け、天守閣の奥から内山堰を回遊する径が、設定されています。あまりいい径では
ないので(靴などの服装も含めて)山慣れない人は入らない方がいいでしょう。北側の
県道側からも近付けますが、その道は探鳥路とはされてはいません。
久留里城址天守閣の奥→0.05←尾根筋分岐→0.20(左右の径とも)←下の堰
→0.10←県道大多喜君津線東電柱小市部101柱→0.05←県道交流センター入口
→0.05←君津市森林体験交流センター駐車場
再建された久留里城は全周囲の展望が得られる。その南側には再建の碑が建っている。
長屋塀の外れには山道が繋がり、怒田方面内山堰という標識がある。下ると左手に水平な分
岐がある。弥陀曲輪への径だ。尾根筋を進むと左へ下る。右上には岩の崖が覆い被さるよう
に直立している。その先で径は尾根筋に戻り、小ピークに出る。左後に「戻り下る方向」に分
岐があり、いく種類かのマーキングがここに取り付けられている。尾根通しの径を避けて「左に
下れ」と具体的に示すものはここにはない。下るとすぐに又分岐点に出る。ここには左下が内
山堰で、今来た径が久留里城だと標識がある。右上は怒田だ。
下っていくと尾根筋の径になる。左手下にやや荒れた径が分岐しているが尾根筋の先には
探鳥路の標柱があって右下に水面が見える。右へ下ると堰に下りつく。左右に水面がある。
左側が下流側の溜池だ。右岸に渡るが下流の枝沢の食い込みに従ってどんどん上流側へ
進む。狭く深い枝沢だ。ロープが垂らされて一旦この沢に下りる。僅か幅30センチほどの水流
が洗面器のような奇麗な谷底を流れている。刻まれた階段で登ったあと、緩く下って行く。又
標柱があって左に折れる。緩く下って分岐に出る。左後に戻る方向は内山堰の下の堰へ行く
径で、右直進は県道へ至る。
尾根筋の先に探鳥路の標柱があって右下に水面が見えるところ、左手下にはやや荒れた
径が分岐している。この径は溜池の左岸で下る径だ。ここを下ると幅の広い枝沢を渡る。踏み
跡も薄く、雑木も多いので慎重に進む。このような沢渡りがもう一箇所ある。又左山右崖下の
径は「房総丘陵」にしては狭く、崩れかけているところもある。右下に水面が近づいてきて堰に
下りる。今踏んだ左岸の外れは放水路のトンネルが隠れている。堰を渡って右岸側を下流側
へ進むと、標柱がある。右に鋭角曲がりして右岸を登ると上流で元の径に合流する。左へ直
進すると県道に至る。
君津市森林体験交流センターの駐車場は県道に専用道で接続している。右折して県道を
東へ進む。右側だけに歩道がある道路だ。山の切肌を見た後、右側は水田の広がる広い
沢筋になる。道路よりは一段低いので、歩道にはパイプの手摺が付いている。その途切れた
ところ、東電柱小市部101柱のところには急な坂道が取り付いている。農作業用だけの
車道だ。
小さな川を渡ると水平な径になる。左側が水田で、右側は水流と山の崖になる。これが林の
中になると丸太の橋で左岸右岸と渡り直す。これまでの水平な径から、登りの径に足を掛ける
とすぐに標柱がある。下の堰のすぐ下の分岐点で、径は左右に分岐している。いずれも
久留里城址天守閣の奥へ至る。end
![]() |
| 城山探鳥路=内山堰の水 |
E怒田第二隧道から 第10図
久留里駅→0.10←高沢家井戸≒真勝寺参道分岐→0.10←久留里神社(公民館前)
→0.05←旧登城路分岐→0.15←怒田第二隧道→0.10←内山堰分岐→0.05←
久留里城天守閣
久留里神社に近いところで久留里街道から久留里城入口へ向かう。久留里公民館の前を
更に南へ進む。街道にあった大きな看板の食堂が右手にあり、左手には配水槽があり、階段
がある。この階段は、資料館に至る径だ径だ。右手に道路が分岐している。バス停久留里城
三の丸跡への道路だ。左手へ道路はカーブしていく。もう一つ右手への道路の分岐を見送ると
怒田第二隧道だ。潜りぬけた先のすぐ左側に久留里城への案内標識がある。
幅広い谷の右岸の径で、尾根を二回乗り越して、再び左山の径になると三又の分岐に標識
がある。右の下りが内山堰で、左へ登ると尾根筋で僅かで久留里城の天守閣の南側に至る。end
F未整備の旧登城路 第10図
久留里城資料館の前の長屋塀の裏に斜路があります。道の真中に通行禁止という札が
立っています。通行してはいけません。
久留里駅→0.10←高沢家井戸≒真勝寺参道分岐→0.10←久留里神社(公民館前)
→0.05←旧登城路分岐→0.15=0.10←久留里城資料館
久留里神社に近いところで久留里街道から久留里城入口へ向かう。久留里公民館の前を
更に南へ進む。街道にあった大きな看板の食堂が右手にあり、左手には配水槽があり、階段
がある。この階段は数段のもので、林の中の緩やかな斜面の径を進む。山に突き当たった
ところから左右が崖に囲まれた急な山径になる。足元は落ち葉が厚く、湿潤している。
左右に曲輪のような平地がある一方、左手の斜面は急な山だ。直線的な登りの径になると、
左手に長屋塀が現われ、資料館の前に出る。end
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| 浅間神社の石の祠 |
G浅間神社 △179.0 第10図
G−1 怒田浅間山を経由して
久留里駅→0.10←高沢家井戸≒真勝寺参道分岐→0.10←久留里神社(公民館前)
→0.05←旧登城路分岐→0.15←怒田第二隧道→0.20←179.0三角点峰
怒田第二隧道を潜りぬけた先のすぐ左側に久留里城への案内標識がある。そのまま
道路を進むと、狭い尾根筋にくずれかけた狭い急な石段が左手にある。これを登るとすぐに
緩やかな尾根径になる。左手に石の祠がある。更に、忠実に尾根筋を辿ると径の傾斜が急に
なる。その先で浅間神社の石の祠がある頂上に出る。祠は二つあって奥の方が古い。この
祠の先に境界石と境界見出標がある。東側の境界の流れの先にも尾根筋の鞍部が見えるが、
これを
下るのはやや急だ。
浅間神社の祠のピークから僅か戻った所に、このピークの東側を巻く細い径がある。
水平なこの径を進むと、出合った境界見出標は325と読める。左側の急斜面の先には、境界
杭がピークへ登っている。
右東へ進んでピークを二つ巻く。386標から三つ目を右に巻きながら登った先が緩やかな
小さなピークで、三角点の石標がある。径は尾根筋で続いている。久留里神社の紀元
二千六百年奉祝記念の石碑のところで左へ下る。end
G−2 探鳥路から分岐して
君津市森林体験交流センター駐車場→0.05←県道交流センター入口→0.05←
県道大多喜君津線東電柱小市部101柱→0.10←下の堰→0.20←179.0三角点峰
君津市森林体験交流センターの駐車場は県道に専用道で接続している。右折して県道を
進む。右側だけに歩道がある道路だ。山の切肌を見た後、右側は水田の広がる広い沢筋に
なる。道路よりは一段低いので、歩道にはパイプの手摺が付いている。その途切れたところ、
東電柱小市部101柱のところには急な坂道が取り付いている。農作業用だけの車道だ。
小さな川を渡ると水平な径になる。左側が水田で、右側は水流と山の崖になる。これが林の
中になると丸太の橋で左岸右岸と渡り直す。これまでの水平な径から、登りの径に足を掛ける
とすぐに標柱がある。下の堰のすぐ下流の分岐点で、径は左右に分岐している。
いずれも久留里城址天守閣の奥に至る。ここでは左側へ進む。再び標柱がある。探鳥路は
ここで右折するのだが、ここで分岐して直進する。
左手の尾根が高くなり、径がこの尾根筋を登ると、そこには別の径がある。赤い境界石が
尾根筋にあって、左後にも径がある。「イ」の字型の合流点だ。そのままの方向、南へ
尾根筋を進む。径は尾根筋より左へそれる。標識見出標348標のところから左後へ溝径で
登る。尾根筋に登りつくと左側には紀元二千六百年記念の石碑がある。右側へ進んだ、すぐ
右に、三角点がある。その後、この境界杭を忠実に辿って325標に至る。ここからも急斜面を
境界杭のまま登れば石祠のピークだ。325標から左へ水平に進めば、ピークの僅か下で
怒田からの径に合流する。end
H老僧様北参道 第10図
江戸時代初期、久留里の常光院の住職は村民救済に尽力され、村民の敬意を得た。浦田
部田山に大聖頼佑尊としてまつられ、そのお堂が山中にある。
バス停久留里城三の丸跡→0.15←老僧様お堂
久留里街道を南へ進んだところ、久留里駅の先にバス停久留里城三の丸跡がある。
バス停は最近まで別名で、改称されている。道路の東側は飲食店と広い駐車場がある。又、
西側には交通安全を祈願した観音立像がある。その南東側に老僧様と書かれた看板が有り、
威徳が書かれている。寛文元年(1658×)(1661)ここに近い常光院の住職になったという。
看板の前の未舗装道を溜池に沿って東へ進む。その池の東端には「久留里の湧き水」が
ここにもある。そのまま東へ進むと、★東屋が二棟あり、ベンチテーブルがある。水田が
ハス池に変身している。その東側で交差する細い径の十字路を右折する。害獣避けのためか
門塀が造られている。幅広い谷の右岸になる径の左側には石塔がある。風化と苔で文字は
読みとれない。塀に隠れて見落としかねない位置だ。★右手には水田が広がり、左手は今にも
崩れ落ちてきそうな崖だ。水田が竹薮、林に変わり、谷の源頭部で折り返して上部の平地に
出る。径の十字路に出て、左北へ進めば林を抜けてお堂の前に出る。質素なお堂だが
供え物など手が尽くされている。これが北参道だが、十字路の南側の径も、東側も手入れ
不足で通れない状態だ。
I愛宕山 ●192 第8図
同名の山があちこちあって紛らわしいです。表参道には大きな鳥居があります。山頂には
立派な社殿があります。主神は軻遇突智神です。富津市民の森の神様と同じですが、表記は
は異なります。
I−1 表参道から
久留里駅→0.40←鳥居→0.15=0.10←頂上
JR久留里線、久留里駅下車。駅前から東へ進むが、久留里街道に出る手前で、右南へ
折れる。浄土宗正源寺のところで右折し、線路を短いトンネルでくぐる。ここの正源寺には、
加勢観音堂がある。軍の時、陣に持ち出した聖観音が加勢なされて、勝利したという。
この道は主要地方道93号線なので意外と交通があるので注意したい。向郷の集落の西の
外れには「迎い郷」の堂がある。改良国道410号線が近くを通るために、移転を余儀なく
された石仏が集められている。お堂の中に不動明王、外に地蔵坐像、石幢六地蔵が並んで
いる。そのすぐ西側が、410号線の新道になる十字路がある。ここより更に五分ほど西側の
T字路で右折、北へ進む。進むにつれて正面に意外と大きな鳥居が迫ってくる。
道路を渡ったところに新建立なった鳥居があり、愛宕神社の文字が鮮やかだ。参道には
新しい石碑で、由緒が書かれている。ここのすぐ東側は空き地と廃棄されたゲートボール場と
想像される荒地があり、駐車場として利用できる。更に東側は君津市の東部土木事務所の
資材置場だ。
表参道は車一台分くらいの幅で水平に続く。左手に民家への分岐のあと、上り坂になる。
やや傷んだ石段とこれに$の字のように斜路がからんで高度を上げる。緩い傾斜になって
から、左右に大木が目立つようになる。その倒木のために石段の壊された所もある。
急な石段を目の前にしたところでは、右手にそれて斜路が分岐している。これは裏参道に
繋がる径だ。急な石段は、段組が荒れているので注意したい。途中、二回踊り場がある。
一つは右手に水平な径が延びている。やはり裏参道へ繋がる道だ。もう本殿の前のひと
登りだ。この山頂に意外と立派なつくりだ。前庭も広く、君津市観光協会のベンチもある。
社殿の西側が高く、簡素な地蔵堂、浅間大神と御嶽神社の石碑がある。end
I−2 表参道脇青葉高校から
久留里駅→0.40←鳥居→0.20=0.15←頂上
JR久留里線、久留里駅下車。正源寺脇を経由して、表参道の鳥居の前へ向かう。鳥居の
位置から僅か西側には、やはり北側へ向かう道路がある。濃い緑の大きな看板が県立青葉
高校を示している舗装道路だ。進むとすぐ二股になる。校長名で部外者の立入を禁止して
いる看板がある。左へ進むと、道路に山道が取り付いている。東電柱愛宕115柱。山道はこの
愛宕キャンパス内の通路だ。実習棟と林の間の径は徐々に傾斜を強めながら右にカーブ
する。右手にこのキャンパス内の真中を縦断する道が取り付いたのち、道は左へ曲がる。
右山左谷の地形で緩く登っていく。右へUターンすると、左右は針葉樹の緩い登りになり、目の
前が開けると、社殿の脇に出る。ここまで、轍のある道だ。end
I−3 裏参道から
久留里駅→0.15←岩室山分岐→0.20←東電柱富田73柱の十字路→0.20=0.15←
頂上
(鳥居→0.20←東電柱富田73柱の十字路)
JR久留里線、久留里駅下車。駅前から東へ進むが、久留里街道に出る手前で、左北へ
折れる。突き当たった道路を左に折れると、高倉街道踏切があり、このまま西へ進む。菰捨
(こもすて)橋という珍しい名前の橋があり、その名前のいわれが書かれた看板がある。
左手にオートキャンプ場への案内看板のある道路が取り付いている。この付近を国道
410号線が改良されて通ることになるので、じきに様子が大きく変わることになる。左手の
低い山が岩室山だ。この道に入ってすぐに右に別の細い道路が有り、これに入る。すぐまた
別の細い道路が左手に有り、これに入る。東電柱富田147柱のところで、消火栓の手前だ。
道路は左右が藪の上り坂で、右手に畑地、農家が見えるようになると、その山崖には三猿の
石像がある。ビニルハウスのところで道路は左に、続いて右に道成りに曲がって、二股に
出る。左手のほうがいい道のようだが、ここでは右手へ進む。道路脇には大木が茂り、笹薮も
迫っている方だ。その竹薮の脇には石幢六地蔵がある。二つ目のT字路で左に曲がる。
東電柱富田71柱。誤って直進すると道路は下っていくので、電柱番号のほか目印は無いが
気をつけたい。
交通量の意外と多い道路の十字路に出る。東電柱富田73柱。表参道の鳥居の前から
交通量の多い道路を進んで来たとき、十字路になって下りの道路に変わるところだ。
細い道路を進み、道成りに左、右へ進むと土蔵の脇に出る。その先から細い径になる。
一番左よりの田畑の谷を横切る水平な径を進む。緩い傾斜の溝径になる。左カーブして、
傾斜を増す。シダ類の多い湿潤した径だ。
傾斜が緩くなると左手に狭い展望がある。この山で唯一、下界が望める場所だ。右手に
小さな石段の径、その左手に緩く下る径の二つがある。左手の径は表参道の石段の下に
繋がる径だ。右手の小さな石段とそれに続く斜路を登る。又、左手に分岐がある。水平な
左手の分岐は表参道の石段の踊り場の一つに繋がっている。社殿の屋根が坂道の先に
見えてくる。end
I−4 岩室堂
久留里駅→0.15←岩室山分岐→0.10←岩室堂
JR久留里線、久留里駅下車。駅前から東へ進み、久留里街道に出る手前で、左北へ
折れる。突き当たった道路を左に折れると、高倉街道踏切があり、このまま西へ進む。菰捨
橋という珍しい名前の橋がある。
左手にオートキャンプ場への案内看板のある道路が取り付いている。この付近を国道
410号線が改良されて通ることになるので、じきに様子が大きく変わることになる。ここで
左折して南へ進む。東西に長い岩室山の西端の山裾が新国道の為に切られている。その
南側には地蔵像があり、細いコンクリート舗装道を東へ進む。山の南の山裾を進んだ先に、
建物がある。堂の前の小屋だ。山の崖に大きな穴が穿たれて、その奥に石仏が六体並んで
いる。end
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| 千本城址の跡地に立つ北野神社 |
J千本城址 ●157 第12図
JR久留里線上総松丘(かずさまつおか)駅に近い国道410号線に千本城址入口という
石柱が立っています。戦国時代に築城されたもので、現在は北野神社があります。
上総松丘駅→0.05←国道横断→0.10←左の階段へ→0.10←北野神社(千本城址)
JR内房線木更津駅乗り換え、久留里線上総松丘駅下車。駅は立派な公衆便所が併設され
ている。広い駅前広場があるが、公衆電話のほか何もない。駅前から桜並木の道を西へ進
み、JAの向い、表通りで右折する。この道路は国道410号線を北側から来た時、上総松丘
駅の北側から410号線と465号線の重複箇所への近道になっている道路で、狭い道路だが
交通量はある。そのうち新道が出来て様子が変わるであろう。千鳥橋を渡ってすぐ細い道を
右折する。踏切ではなく「できればここで線路を渡らないで」と書かれた看板のあるところでレ
ールを跨いで、国道410号線に面したガソリンスタンドの脇に出る。道路東側のT字路の角
には千本城址入口を示す石柱が立っている。
浜松町バスターミナル又は東京駅八重洲口前発鴨川駅西口行き高速バス、松丘下車。但し
これには予約が必要だ。予約がないときは、空席次第になる。千葉駅発鴨川駅西口・亀田病
院行き高速バス、松丘下車。これには予約は要らないが定員次第になる。便数は多い。バス
停から国道410号線を北へ進むと、ガソリンスタンドが有り、道路の東側のT字路の角には千
本城址入口を示す石柱が立っている。
左右に民家と農地が奇麗に並ぶ舗装道路を進む。右側の階段は山神宮の境内へのもの
だ。右後にその裏参道を見ると左手に数段の階段がある。舗装道路はここまで。未舗装の荒
れた道路自身はまだ先へ続き、素掘りのトンネルを潜っている。
数段の階段を登ると、今度も又左手に階段があり、その上に鳥居がある。これを潜ると右山
の緩い登りの径になる。足元は緑の濃い苔を踏んで進む。急にあたりが明るくなると右折して
やや段の高い階段径を直登する。振り返れば気持ちよいほど周囲の展望が開けていく。切り
通しの地形のところに出て左へ曲がる。すぐまた左右に曲がって登ると北野神社の南の外
れ、鳥居を潜る。社殿の裏手が僅かに高い。千本城址という標識はないが、北野神社の由緒
が書かれた看板があり、城址の遺構の在ることが書かれている。傷んだ石灯籠も多い。西側
への展望のいい場所にはベンチが据えられている。
鳥居の下の分岐でも直進する径がある。その他、細かく径がいくつも分岐している。南北に
ピークと鞍部が並ぶ、低いながらも複雑な地形をしている。城址の遺構のものだが、見学用に
径が整備されているわけではない。北野神社の参道部分だけ往復して戻る方がいい。
上総松丘駅付近から眺めると、低い山並みのどれがこの城址だか、わかりにくい。遠望する
と、直登の階段のところだけ樹木がなく、緑がうすく見える。駅周辺には空き地が充分あって
駐車場として利用できるが、国道より東側には、駐車できるところは無い。end
K三本松公園 大戸台 第12図
上総松丘駅→0.10←松丘小学校南側分岐→0.10←三本松公園入口
久留里線、上総松丘駅下車。駅前から桜並木の道を西へ進み、国道410号線を左折
する。左手に商店があり、右折も410号線という看板のある交差点は左へ直進する。右手に
小学校がある。その南側で右折は市道だと看板のある交差点では、410号線のまま直進
する。道路は緩く登っている。
道路の左手には稲荷神社があり、道路の右手やや奥に大戸見青年館がある。その僅か
先、右手に三本松公園の入口がある。川越(埼玉県)藩の領地で、陣屋があったという石碑の
ほか幾つか碑がある。狭いながらも駐車場も、公衆便所もある。青年館付近から道路に
沿って奇麗な園地が続いている。大戸台土地改良記念碑の前には水道部の増圧ポンプの
設備がある。その脇を抜けて更に東へ進むと東屋があり、ベンチが並んでいる。このポンプの
施設の狭い径の付近から南側の展望がいい。
道路で東へ進んで道路が下りになり始めるところ、右手にコンクリート舗装の狭い径がある。
大日堂と看板の掛かった家宅があって、その前には六地蔵石幢、馬頭観音像ほか石仏が
並ぶ。又、その奥には拝所があって広場を囲む形で奥州三山登拝記念碑ほか石塔がある。end
L大塚山(三島湖) △279.7 第12図
「清和県民の森三島湖展望コース」と呼ばれていたみちで房総スカイライン(尾根筋を走って
いる有料道路)へ出ても、この山に登れます。括弧した三島湖は同名の山との区別のため
です。松丘大塚山が一番ふさわしいようです。
「清和県民の森}三島湖方面から房総スカイライン側の登山道からならわけなく登れます。
小櫃川側からはやや長いですが、それでも楽な道です。
上総松丘駅→0.10←松丘小学校南側分岐→0.15←林道細野線入口→0.10←
第一トンネル→0.10←第二トンネル→0.25=0.20←林道終点→0.10←Y字分岐
→0.15=0.10←松丘大塚山
久留里線、上総松丘駅下車。駅は立派な公衆便所が併設されている。広い駅前広場が
あるが、公衆電話のほか何もない。駅前から桜並木の道を西へ進み、JAの向い、表通りで
左折してもいいが、駅前から左斜めに延びている狭い近道もある。
道路は国道410号線になっているが、車のすれ違いが困難な狭い道路で、周囲には住宅が
立ち並ぶ。左手に商店があり、右折も410号線という看板のある交差点は左へ直進する。
右手に小学校がある。右折は市道だと看板のある交差点で右折する。この市道の方が、この
付近の国道より広い。右手の広い学校の敷地が終わると、右手は山の崖になる。その裾には
穴が開いている。古い用水道の跡だ。住宅街を抜けると再び広い道路になる。小櫃川の
向うの山々が展望される。正平橋でこの川を渡り、狭い道路になる。
橋の東詰めで左折すれば近道だ。細い道路を少々進むと右手にT字路がある。東電柱
大戸見171柱と消火栓を見て、右折する。狭いコンクリート舗装道を登って広い道路で左折
する。東電柱大戸見319柱のところだ。この道路を少し進むと右手に人気のない人家がある。
これは地区の集会場だ。その僅か先右手に狭い道路が登っている。これに入る。坂道を
登ると台地に出て、イチョウの大木と墓地が右手にある。左手には吉祥寺の表参道がある。
集会場の先からも直進した広い道路が大きくUターンして、寺の裏手で合流する。
Kの字形の交差点で、林道細野線が取り付いてる。幅員3メートルのコンクリート舗装の
道路が一直線に延びている。緩く左へ曲がると未舗装道路になる。車の通行がたまに
あるのか全線、路面の状態はいい。植林はヒノキとスギが混じっているが、ヒノキの方が多い
ようだ。緩い下りも交えた上りの道は2回、トンネルを潜る。左手東側にときたま展望が得ら
れる。広葉樹も多いので晩秋には、所々で紅葉が見られる。痩せ尾根の両側がコンクリートの
擁壁になっているところもある。
林道の終点からは狭い尾根径のあと、左への急登になる。。降雨時の湿潤時は滑るので
注意したい。その後、紛れの少ない一本道が続く。正面がY字路状の分岐に出る。左右とも
同じような踏み跡の感じだが、右西へ登る。木の幹に赤や黄色のペンキがつけられている。
三川谷国有林の看板の先で境界見出標122を見る。ここでは右側の尾根筋直登と左
巻き径に分岐する。
左巻き径は左下が崩れて狭いが、僅かな時間で右側に登り径の分岐点に出る。右側の急登
箇所を見渡すと赤青黄色紫のマーキングが取り付いている。細い幹には「大塚山」の落書きも
ある。境界見出標120で緩やかな尾根筋に変わる。僅か先、境界見出標118のところが二等
三角点大塚山の頂上だ。古い山名標のほか、複数の標識が取り付けられて、にぎやかに
なった。
境界見出標122のある尾根筋直登の径はすぐに、登りきれないような直登の急斜面に
なる。121標と石祠をその斜面の途中で見る。120標で尾根筋に達する。右折して少々で、
大塚山頂上だ。
色とりどりのマーキングの取り付けられた分岐点は「清和県民の森」三島湖方面、房総スカイ
ラインからの径の接合点だ。
大塚山から上総松丘駅への下り径では左下に分岐して下る紛らわしい分岐があるが、
いずれも右側の刈り込みの状態のいい方、変に急勾配で下らない方を選べば、問題はない。
end
M大坂富士=富士山 ●285 ★ 第9図
ゴルフ場の敷地の中になってはいますが、山頂へはゴルフとは関係なく、訪れることが
できます。久留里線平山駅から遠い割りには、山径は僅かなものになってしまいます。(おさか)
平山駅→0.20←飲食店、酒店交差点→0.15←クラブハウス案内標識→0.20←
鳥居→0.05←右折箇所→0.10=0.05←頂上→0.05←クラブハウス→0.05←
(車道で)鳥居
JR久留里線平山駅下車。駅はこ奇麗な駅舎で、無人なのが残念なくらいだ。奇麗なトイレも
ある。国道に出て右に曲がり、南へ進む。右手に久留里線を渡る高畑橋を渡ると、右手北側に
やや離れてこんもりとした森が見える。大原神社の杜だ。本殿の彫刻には彩色が鮮やかに
施されている。大原橋の河床は橋から破なれて高低差が大きい。左右の田畑、植木畑から
飲食店の前で左折、すぐ右折。変則的なずれた交差点だ。西へ進んで十字路を直進する。
大阪方面から410号線で北上した時、410号線の狭隘な部分を避けた時の周り道に使われる
道路だ。次に飲食店のある鋭角の十字路にはゴルフ場の案内看板があり左へ鈍角で曲がる。
数歩進んだところに、ゴルフ場のオブジェ看板がある。この二又は左折すると、左手は畑、
右手はフェンス越しにグリーンの道路になる。桜の大木、ツツジの並木の道路になる。道路を
コースが横断するところからカーブを繰り返して坂道を登る。電波塔の脇を抜けた次の
カーブは右へ鋭角に曲がる所に鳥居があり、これに入る。
古い石燈籠は文政8年(1825)のものだ。幅広い径が緩やかに下っている。刈り込みの
いいのは最初だけで、進むほどに草が多くなる。右手に幅の広い急登の参道が上方へ
向かっている。ここにも石塔がある。奉建立冨士浅間寶前石塔爐と読める。正徳4年(1714)
のものだ。左右に大木が並木状にある参道は急斜面で段々などの「足元」はないので、土砂の
中を雪上の時のようにキックステップをして登らざるをえない。
頂上には東西に細い踏み跡があり右東へ進むと、石祠とその中に神像がある。元禄13年
(1700)のものだ。
クラブハウスの右側が、第一駐車場で、建物に沿って奥へ進むと、ゴルフ場のメンテナンス
業務用の裏方になってしまう。その裏手の建物の更に奥、細い斜路が造られている。クラブ
ハウス左側のティーパット練習場を左下に見下ろしながら高度を上げる。木立ちの中に受水槽
タンクが有り、これを取り囲む有刺鉄線の外側を廻る。右下に急な下りの表参道を見てから
左へ曲がると石の祠の前に出る。受水槽からは刈り込みが悪い。ティーパット練習場の
脇からも登れるが、あくまでも裏側回りがいいようだ。end
★N横尾番所跡 第10図 第13図
久留里まちづくりの会で作られた久留里ガイドマップで怒田大日堂と北向地蔵が案内されて
います。しかし、北向地蔵尊の位置がそのマップではよくわかりません。この地蔵堂を通り、
横尾番所跡へ行きます。更に足を伸ばすと亀山駅まで行かれます。
久留里駅→0.10←高沢家井戸≒真勝寺参道分岐→0.10←久留里神社(公民館前)
→0.05←旧登城路分岐→0.15←怒田第二隧道前分岐
怒田第二隧道前分岐→0.10←大日堂先分岐怒田64柱
怒田第二隧道→0.10←北向地蔵への分岐点(林道怒田福野線)→0.05←
大日堂手前分岐怒田64柱
★北向地蔵への分岐点(林道怒田福野線)→0.10←庚申社の分岐→0.25←北向地蔵★
怒田64柱分岐→0.05←怒田77柱分岐→0.20←北向地蔵→0.05←
道路カーブ地点分岐→0.35=0.30←未舗装道の分岐→0.05←横尾番所跡石道標
→0.05=0.10←林道坂畑線NTT電柱77柱→0.30←北端の民家→0.10←
坂畑公民館十字路→0.10←上総亀山駅
久留里駅から国道410号線を南へ進み、久留里城の案内標識で左側の小道に入る。
左折が久留里城址の駐車場を示す標識のある曲がり角の右手には公民館がある。ここは
直進する。バス停久留里城三の丸跡からの道路が右手にあり、この付近から道路は坂道に
なる。
道路の二又で、右手へ進むと切り通しを抜けて、水田の広がる農村に出る。左側には
大日堂への石段がある。三間の宝形造りで唐破風の向拝を持つお堂の中には大変立派な
厨子が納められている。怒田神社の社殿もその右側にある。この大日堂前から僅か先の
東電柱怒田64柱の立つT字路で右折する。
道路の二又で、左手へ進むと怒田第二隧道を抜ける。左手には久留里城への案内標識が
ある。怒田浅間神社の石段はかなり荒れていて、注意喚起の看板が下がっている。左へ
分岐する小道は北向地蔵を案内しているが、これは全線道路で行くものだ。次に左手へ
分岐するT字路、東電柱怒田64柱のところで左折する。行き過ぎると右手に大日堂の石段が
ある。
水田の中の道路は怒田77柱のところで分岐する。左手の未舗装道路へ入って三歩先の
ところで、左手に登る狭い斜路に入る。本来なら棚田や段畑の中の径だと思われる。季節に
よっては草で覆われて通行の辛い径になるかもしれないが、踏み固めはしっかりしている。
奥の農機具庫を目指す。その脇からは明瞭な山道が続いている。一部、露岩の湿潤した
路面もあるので十分注意したい。左側、山の崖が低くなると狭い舗装道路に出る。ガード
レールの端で、数種類のマーキングが取り付けられている。南へ右折して進むと石塔の立つ
覆い屋があり、道路の分岐に出る。ここが北向地蔵尊で、二つの道路の真中に石段がある。
新築されて間もないお堂があり、隣には開放と施錠の休憩舎がある。林道怒田福野線新設
記念の看板も中にある。
★怒田浅間神社石段の先、左の小道は全線道路で北向地蔵へ行くものだ。これを進むと
やや急な舗装道を登る。左の崖上に鳥居と庚申石塔を見たあとの分岐を右へ折れる。右側
からの山道の合流を見て5分足らずで北向地蔵の道路分岐に出る。★
アスファルト舗装の道路を進むと左手の崖に青いトタン板がある。地蔵尊の霊水で、崖に
穿たれた横穴に水が溜められている。トタンは落ち葉と雨水を避けるもので、柄杓も用意
されている。道路の路肩は退避場以上に広い。道路は右手に未舗装の空き地を置いて左、
東へ曲がる。この右手の未舗装の空き地から二本の踏み跡を見る。右側、南西方向の
踏み跡へ進む。進むにつれて道幅も拡がり、左に曲がりながら露岩の斜面を下る。南へ向き
直って、水平の尾根径になる。幅広い谷筋の右岸に該当する位置を進む径から尾根筋の径に
なり、緩やかに登る。左手に蜜柑畑を見た付近から径は幅を広げる。この未舗装道路が左へ
曲がるところ、これまでの直進方向に径が続いている。これを進むと右へ下り始めるが、
左手の斜面に細い上りの踏み跡がある。この左手の細い径へ登る。斜面の狭い径は左へ
曲がって竹林の中になると、石柱が立っている。昭和3年に大典礼を記念して坂畑青年会で
建立した道標で、四方向の地名が書かれている。一段高いところには石幢の六地蔵像が
ある。ここが横尾番所跡だ。
僅かな登りの後、左右に曲がる急な下りを経て、舗装道路に降りる。林道横尾線でNTT電柱
77柱がある。右折すれば道路を下って、上総亀山駅へ行かれる。左折すれば大福山へ
行かれるが、案内は大福山の項へ。end