全般 ○183
地元では城山(しろやま)と呼んでいます。道の駅おおつの里花倶楽部に近いバス停
熊野神社前を案内しているガイドブックがありますが、ここでは僅かながら異なる案内を
します。頂上には大木、ホルトノキがあります。ここからは滝田城址への径が有ります。
案内は滝田城址の項に含みます。
@バス停大庭から 第83図 第84図
富浦駅→0.05←(旧富浦町役場=)南房総市役所前→0.15←バス停真瀬口→0.20←
バス停仲尾沢入口★→0.05←バス停池田→0.05←バス停花倶楽部前→0.05←
バス停大庭→0.20=0.15←宮本城址
JR内房線富浦駅駅下車。駅から線路に沿って南へ進み、踏切を渡る。右側に旧富浦町
役場(南房総市の合併後の市役所)がある。その先で右カーブ左カーブと、
道路なりに進む。丹生(にゅう)川を腰廻り(こしめぐり)橋の新橋で渡る。河床は岩の
滑滝状になっているが、川幅や落差、水量が多ければ名所にもなりうるものだ。道路の
北側は桜の並木で、歩道のアスファルト舗装面に根の配置を見せている。
バス停真瀬口のすぐ東側を高速道路の高架が南北に走っている。ここの十字路を北へ
行く丹生川沿いの道は木の根隧道で旧富山町と繋がっている。並行する木ノ根峠の山道が
昔は南北を結ぶ重要な道だったという。東京湾側は険しい山が海に迫り、海沿いの道路も
幾つかのトンネルで南北を結んでいる。新しい高速道路はこの木ノ根峠の道と並行している
わけだ。
岡本川に沿って狭い耕地が南北に延びる道路になる。バス停仲尾沢入口付近からも花卉
生産のビニルハウスが見られる。道路と右側の川までの平地に、幾つも大きなビニル
ハウスが連続している。
道の駅おおつの里花倶楽部は広い駐車場に大型観光バスを並べている。込み合っている
のはその入口だけで、中は広い花売場だ。北側と道路の向い側の双方に公衆トイレが
ある。駐車場が北側にもあり、バス停熊野神社前もある。ここで東へ曲がるのが宮本
城址への道だと大きな案内看板がある。しかし、これは無視して更に道路を北へ進む。
西側の道路の歩道の広いところに大庭(おおにわ)のバス停があり、ここで東へ折れる。
岡本川が道路に迫っていて、同じ名前の橋を渡って坂道を登る。富浦駅から
バス便があるが本数は少ない。車の時は花倶楽部の駐車場でもいいが、道路脇でも路肩の
広いところが所々にある。
大庭からの坂道は十字路に出る。右手の熊野神社経由の道路から来た時、
右折するように標識がある。坂道の先で二又に出る。ここにも標識があり、左へ進む。
コンクリート舗装の道路は左へ向いて急な坂を登る。水平になると左手は枇杷畑になって
いる。落ち葉に覆われた狭い山道になり、右へ曲がる。
二度目の右へ曲がるところには直進の径型があるが、それは枯れ枝などで通れない。
その右折箇所に標識はないが、こちらはきれいな径だ。左に尾根の登りの径が続く。右側の
林が途切れて南西側の展望が一時ある。その後すぐに頂上に出る。
山頂の広い平地の南側の西では、南西側がゆったり展望できる。手水鉢が一つある
ほかには古いものは見当たらない。宮本城址と彫られた石碑もわりと新しい。ここが室町
時代にも遡る遺構だと説明看板がある。延徳3年(1491年)に館山、稲村城の支城として
築かれたという。東屋があるが、壊れかけているのが、残念だ。平成3年桜の苗木が100本、
植えられたということだ。中央部には林が残され、広い平地はドーナッツ状にきれいに
刈り払われている。山頂の東端部は幅広く下りの斜面が切り払われている。その下に
大木ホルトノキがある。
★バス停花倶楽部前→0.25=0.20←宮本城址
バス停花倶楽部前で右折、宮本城址への大きな案内看板に従うと、橋を渡った最初の
丁字路にはカーブミラーと案内標識があって左折して前述のバス停大庭からの道と合流す
る。左折箇所を直進すると、熊野神社の参道になる石段の前に出る。end
Aバス停★池田から 第83図 第84図
富浦駅→0.05←(旧富浦町役場=)南房総市役所前→0.15←バス停真瀬口→0.20←
バス停仲尾沢入口★→0.05←バス停池田配水場脇入口→0.20=0.15←沢源頭の分岐
→0.10←宮本城址
JR内房線富浦駅下車。駅から線路に沿って南へ進み、踏切を渡る。右カーブ左カーブ、
道路なりに進む。バス停真瀬口の先で岡本川に沿って狭い耕地が南北に延びる道路に
なる。バス停仲尾沢入口★から更に北へ進む。バス停池田の僅か北側、十字路を右折し、幅
広い新道を進む。坂本というバス停がある。平日だけの運行で、更に電話で配車を依頼するも
のだ。配水場の門前に出る。その僅か先の左手からコンクリート舗装の細い道路へ入る。
その配水場のフェンスの脇を通る。右手に民家への道路を分けるところを左へ進むと、
すぐ右手の藪の中に山道があって立派な標識がある。ここから山道へ入る。左に山を
巻いて進むと、コンクリート舗装の道路が左下に現われる。正面に尾根筋に径が有る
のに、その左下の道路へ標識で導かれる。しかしすぐ又右側の山道へ再び導かれる。更に
すぐ分岐があるが、左側の緩い傾斜の径を進む。右側の尾根筋が低くなって別の尾根径が
後ろから合流する。
谷筋が左へ径が曲がるところ、右側に分岐がある。山の切られた溝径だが、小さな落石や
枯れ枝がかぶっている。この右分岐の径は滝田城址の下に繋がる長い径だ。
左から沢筋の源頭部が径を崩しているが、危険なく先へ進められる。径は北から南西へ
向き直る。右手の尾根筋がそんなに高くないと林越しに見える。それがやや高くなったところ
右上の斜面の先に大木の枝が見える。ホルトノキだが、これは気付きにくい。径は右へ
鋭角で曲がる。直進にも道型はあるが、そちらは竹藪状態で人は入れない。この付近は
踏み跡が変に狭くなっているので気をつけたい。
径が広くなると、ホルトノキの前に出る。説明看板もある。樹齢はおよそ300年、高さは
18メートル、根回りで5.1メートル。下のほうで幹が4本に分かれている。左手に急傾斜
だが幅広く刈り払われた径がある。登ると宮本城址の頂上の東端に登りつく。そのまま、
山頂の肩を進んで左手に展望のある東屋の前に出る。end
B木ノ根峠(南側) 第83図
富浦駅→0.05←(旧富浦町役場=)南房総市役所前→0.15←バス停真瀬口→0.30←
バス停丹生→0.15←東電柱丹生290柱→0.05←枇杷畑北端→0.25=0.20←
慰霊塔→0.10←木ノ根峠
JR内房線富浦駅下車。駅から線路に沿って南へ進み、踏切を渡る。右カーブ左カーブ、
道路なりに進む。バス停真瀬口の十字路の前には最近の開通の富津館山道路の高架がある。
バス停真瀬口までは休日も便がある。十字路を左折し、北へ進む。左右に民家が増えたところ、
左側の道路の角にバス停丹生(にゅう)がある。平日だけ便がある。そのまま道路を北へ進む。
枇杷のビニルハウスが左右に現われる。
東電柱丹生290柱の山の手前で左折する。幅広い谷の左側を進んですぐに左分岐があり、
コンクリート舗装道から未舗装道へ入る。すぐに枇杷畑に出て谷の北側で道が尽きる。畑の
西側へ急な斜面を登るとハランの畑の脇に登りつく。ここの僅かな登りがこの道では難所だ。
左手にハランの畑を見ながら南へ進むと尾根筋の径になる。右手の斜面の林が枇杷畑に
変わると、これまでの歩きいい径は倒木などで進めなくなり、西側に溝径を避ける。ここから
しばらくは、曖昧な径になるのだが、「ここぞ私の出番」とばかりに数種類のマークキングが
場所を替えて細かく取り付けられている。足元の踏み跡とこのマーキングを結んで、迷いの
心配なく先へ進められる。きれいな尾根径が再び倒木で塞がれて、今度は東へ巻く。左手に
倒木で通行しにくい浅い溝径を林越しに睨みながら進むと、溝径に戻れるところがある。
明治36年と読める「無縁法界霊」の慰霊碑だ。再び東側の巻き径はすぐ本来の径に戻る。
171ピークすぐ西側に出てからは東に尾根筋を置いた径になり、枝尾根を乗り越す
ところ以外は、ほとんど水平・直線的な径のまま木ノ根峠に出る。ここからは岩井海岸の
眺めがよい。そのまま富山岩井方面へ下る時、東よりへ数歩下ったのち、左へ折り返すこと。
直進方向にも別ルートの踏み跡がある。気をつけたい。
バス停丹生から林道木の根線のまま岩井方面へ木の根隧道を経由して進むこともできる。
バス停丹生→0.15←東電柱丹生290柱→0.15←原田山隧道西側のT字路→0.15←
ガ−ド→0.10←大橋→0.10←岩井駅end