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白間津高塚山 

 全般 高塚山●216
寺や神社が山裾に有ります。

@高塚山 第99図
 南房総市のハイキングマップ、千倉里山遊歩道コース、「広葉樹の森コース」山の部分です。

 JR内房線千倉駅下車、安房白浜駅行きバス乗車。バス停千田、バス停七浦小学校前下
車。道の駅ちくら潮風王国が近い。国道410号線の西側に山が急峻な崖を見せている。細い
幅で露岩が見えるところは、不動立像ではなく、大聖院の上部だ。(しらまづ)

 @−1 南よりから
 道の駅潮風王国駐車場南端部→0.10←バス停七浦小学校前→0.05←大聖院
→0.05←神社分岐
 バス停千田→0.10←高皇産霊神社裏分岐点
 高皇産霊神社裏分岐点→0.15=0.10←鳥居下5分岐点→0.05←高塚山

 道の駅ちくら潮風王国は北寄りに飲食店、地産品(主に海産物)の販売所、駐車場北側入
口、漁船のモニュメント、外部独立公衆トイレ、駐車場南側入口。全長で300メートルその南側
の駐車場入口がバス停七浦小学校前が近い。西側の道路は花摘み売店と花畑が並ぶ。露地
花の里コースの標識に従って西へ進み、国道410号線に出る。横断歩道がその付近にないが
これを横断、排水路状の小川に沿って北へ進む。
 バス停七浦小学校前から国道を北へ進んで高塚不動の看板もあり、直ぐ左側へ分岐する道
を進む。住宅地の小川には一部手摺柵がある。この排水路のような川に沿って進む。
 小学校の前で道はクランク曲りするが、大聖院への案内地図看板が有る。幼稚園と小学校
の建物のある東側には小さな龕が二つ並び地蔵と不動が納められている。これが前不動とう
由緒書きは古い。
 石の門柱が建つ立派な寺院が大聖院で、本堂の左手から裏に回ると参拝者用トイレがあり、
石段が山に向かっている。高塚不動堂内に入ると良弁僧の縁起の板絵が欄間に掲
げられている。
 石の門柱の南側は墓地と岩山で横穴が幾つか見える。東側には高塚山への案内があリ、広
葉樹の森コース、0.8キロ30分と表示されている。畑の径を左へ進んで林の中の山道に入
る。セメントで完全に塗り包(くる)まれた階段で過剰整備だといっても反論されないだろう。ただ
し、一段の幅は広いが高さが25センチから27センチあって、同じ人間でもダックスフント族に
は辛い。このセメントの階段の終わりには右下に土だけの径が分岐している。高皇産霊(たか
むすび)神社を案内している。
 バス停千田の白浜方面側待合所の向いから国道を横断する。住宅地を抜けると畑地の先、
山裾に千木や鰹木の見える神社の屋根が見える。三又分岐で別径を左後から合流させたあ
と、明神鳥居から参道を進む。拝殿も本殿も、つなぎの廊下も明神造りの高皇産霊神社は立
派なものだ。右端に山道があり、社殿の裏側へやや急な坂道を登ると段径に合流する。
 コンクリートの杭と板の土留め方の段径を登る。小振りな素木の鳥居の先には古い石祠があ
る。左へ折れた径はベンチの並ぶ平地に出る。左下には新堰の水面が見える。緩い坂道を登
る。右側には小さな分岐があるがこれらには進まない。浅間講の石碑がまとめられている先、
小さく下ると痩せ尾根の分岐に出る。ベンチもある。右後に長性寺などの案内標識がある。痩
せ尾根の先には石の鳥居と段径が登っている。その段径の左右には水平な径が有り、どちら
も崩落があるので通らないでという標識があり、ロープが張られている。
 段径は岩の階段、石の階段で左右に曲がりながら高度を上げる。左下に穴への分岐、その
先左上には別径への分岐がある。登り着くと門がある。風神雷神の石像を収めた神門で、狛犬
がある広場の先に不動尊の収められた堂奥の院がある。神門の左手から「外輪山」の登り口があり、
堂の裏手の山には廃堂と石祠がある。広場のほぼ半分がこの外輪山で囲われている。東側に
は喬木の葉が下る狭い展望で海まで眺められる。

 @−2 北よりから
 バス停千田→0.10←長性寺前丁字路→0.10←合有戸堰→0.15=0.10←
鳥居下5分岐点→0.05←高塚山

 バス停千田から国道を北へ進み、ミラーが右手、スズランの花の街灯を左に置いた角で左へ
曲がる。山裾に寺院と推測される大きな屋根が二つ見える。左が照明院、右の棟がやや長め
の方が長性寺でそちらへ向かう。上部の山に露岩の壁が見え隠れする。防火水槽の丁字路が
長性寺の入口だ。そのまま北へ進み左手にコンクリート舗装と車止めのある道路へ進む。東電
柱平磯106柱。
 コンクリート舗装道路はZカーブしたのち、かなり急な傾斜になる。登り着いた平地の先に堰の
斜面があり、その左端に登り径が有る。山頂の溜池でこちらの堰には目に見える放水口はな
い。左山の径を緩く登る。径が尾根筋に近づいたところから径の脇にタコツボらしき穴が時々
ある。又、この付近の小ピークは何れも平な頂部で大木はない。戦国時代の城址、曲輪の段の
ようだ。戦時中の遺構だろう。枝尾根を乗っ越して右手の尾根の堀切を登ると、右手の尾根筋
右手の尾根の先、左手の尾根の先に径があり、これまでの径が長性寺への径だったとの案内
標識がある。左手の尾根を乗っ越した径を進むと痩せ尾根のベンチの並ぶ分岐点に出る。
 右手にある石の鳥居を潜り石段の径を登ると高塚山の奥の院に至る。end

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