全般 △259.5
江月水仙ロード赤伏(あかぶし)の南側に、ゆったりと展開する山が津辺野(つべの)山です。
富山(とみさん)金比羅峰からも、北西に丸く見えます。しかし、その西側は採石場のため山が
削られ、海岸側からみますと無残な姿が、前景になってしまいます。
@あるけあるけコース 第64図 第65図
「歩こうよ 汗を流して 健康づくり・ヘルスパイオニアタウン事業 鋸南(きょなん)町」と書か
れた大きな看板がコースの始点2箇所に、かつてありました。嶺岡中央林道3号線の西側の山
田入口と北側の県道184号線の佐久間小学校付近から明下(みょうが)まで、その二箇所と林
道までの坂道二本をコースとして設定していたものです。お達者コース、はりきりコース、のんび
りコースと命名されて、前述のみちを組み合わせています。いずれも、県道側はバスの停
留所です。
全線完全舗装道路です。それらのコース設定とは関係なく、ルートを紹介します。きょなんま
ちウォーキングマップ=5お花見コースの一部でもあります。
@−1 嶺岡中央林道3号線の西側部分
JR内房線安房勝山駅→0.20←バス停白銀→0.05←バス停山田入口→0.15←
田子台遺跡尾根筋の分岐点→0.15←勝善寺旧地分岐→0.10←二部分岐→0.05←
左に小径→0.10←東屋の分岐→0.15←横向き地蔵の分岐
JR内房線安房勝山駅下車。駅前から国道127号線を南へ進む。勝山橋を渡り直進すると
道路は道なりに左折する。すぐに二又に出て左側を進む。今度は左が広い新道で、右側に狭い
旧道のところで右側へ入ると、白銀(しろかね)の交差点だ。右側が田子台(たごだい)遺跡への
道で左へ進むと、今度はバス停山田入口がある。ここには嶺岡中央林道3号線の入口を示す
標識もある。
緩い登りの舗装道路の左手北側は緩い斜面で天寧(てんねい)寺方面の街並みが望まれる。
この真下をトンネルで富津(ふっつ)館山道路が通っている。道路の傾斜が緩くなると、右後側に
未舗装の細い道路が取り付いている。田子台遺跡へ山側から行く道だ。
道路は尾根筋の道になり、左右に水仙畑が木々の間に隠れている。右手にベンチがあり、未
舗装の道が取り付いている。これは勝善寺の跡地へ行くもので、水平な道の先に広場があり、
「勝善寺舊地」の石碑が建っている。富山水仙遊歩道の展望所でもある。石碑の前の土手にベ
ンチがあり展望がいい。
道路はY字の分岐に出るが、右手は南房総市(旧富山町)二部(にぶ)へ下ってしまうもので、
ここは左へ進む。左手北側に小さな谷や畑を挟んでいた山が迫ってくる−新緑の中に山桜の
点在しているのが見られる。紅葉の色が常緑の葉とコントラストを見せている−左へ道が
曲がっていくと、小尾根が迫る。そこに獣道ほどの幅の踏み跡が急な斜面に付いている。
見るとマーキングもある。津辺野山の登り口だ。
今までの新緑・紅葉に替えて、セメントの山の崖が正面に覆い被さっている。この付近を頂部
にして道は下りになる。右手にベンチのある付近の道路は路肩がやや広い。左手へ道が曲が
って、山の東外れを廻り込む所に東屋があり、休憩に丁度良い。北側には下りの舗装道路が
取り付いている。これは佐久間小学校へ至る。
このT字路は右へ、尾根筋で進む。民家か別荘かわからないが、この尾根筋にも住宅がある。
道路のゆるい鞍部には地蔵像がある。その先右手には細い道が分岐している。下った後、
147ピーク方面へ行く径だ。送電鉄塔への径の分岐を見た後、右手にベンチがある。その裏
手に溜池へ行く細い径がある。石柱には地蔵が彫られているが、道路側を向いているのでは
なく、東側道路の方向を向いている。左手北側には、明下へ行く径が分岐している。
嶺岡中央林道3号線はまだまだ東へ続いて、ブロック造の龕に納まった地蔵像が左手に、三
角点213.8に続く踏み跡を右に見ながら、伊予ヶ岳方面へ向かう。end
@−2 佐久間小学校前から嶺岡中央林道東屋のT字路
バス停佐久間小学校前→0.20←東屋の分岐
JR内房線安房勝山駅下車。循環バス赤バスが9時過ぎに一本ある。佐久間小学
校は県道北側のの旧道に面している。一つ東側の郵便局の更に東には「笑楽(わらく)の湯」
への案内看板がある。月曜を除く10時から3時半まで格安の料金で露天風呂が楽しめるとい
う施設だ。
佐久間小学校前を南へ進むと拡幅なった新道に出て、これを横断する。左右は田畑が広が
り見晴らしはいい。五差路も道なりに進んで谷の西よりにカーブしていく。別荘地かバンガロー
みたいな物が並んだ道をカーブしながら坂を登ていくと、右手西側は笹薮の山になってくる。左
寄りに東屋の屋根を見ると、もう嶺岡中央林道3号線のT字路だ。
右西側は尾根筋の道路で山田入口から白銀へ。左東側はやはり尾根筋の道路が続いてい
る。これは伊予ヶ岳方面へ向かう。end
@−3 明下から嶺岡中央林道横向き地蔵のT字路
明下→0.10←横向き地蔵の分岐
JR内房線安房勝山駅下車。循環バス赤バスが9時過ぎに一本ある。バス停明下の
付近は拡幅された新県道で、やや狭い道路を南へ進む。左右に民家がわりと多い。防火
水槽を右に見ながら道なりに坂道を登る。山の崖を左に巻いてカーブを繰り返すと、嶺岡中央
林道3号線のT字路に出る。やや右手西側に寄った所にはベンチと地蔵像がある。
右手西側は尾根筋の道路で山田入口から白銀へ。左手東側はやはり尾根筋の道路が続い
ている。これは伊予ヶ岳方面へ向かう。end
A田子台遺跡 第64図
県指定史跡。田子台(たごだい)遺跡。弥生時代後期の住居跡二軒。第一号住居跡は、長径
4.2メートル短径3.6メートルの楕円形。第二号住居跡は長径9.6メートル短径7.5
メートルの楕円形。
JR内房線安房勝山駅→0.20←バス停白銀→0.15←田子台遺跡→0.10←
嶺岡中央林道分岐点
JR内房線安房勝山駅下車。国道127号線を南へ進み、道なりに左折する。二又を左側へ
進む。今度は左が広い新道で右側に狭い旧道のところで、右側に入ると白銀の
交差点だ。右側が田子台遺跡への道で、洒落た標識もある。勝山学園の
カイズカイブキで密閉状態のフェンスの道路を進む。(よく手入れされたもので、他所でもこう
ありたいお手本のような植え込みです。)
田子コミュニティーセンターの二又で左手へ緩い坂道を登る。道は左へUターンして急
坂を登る。案内標識もあるが、コンクリートに変わった舗装道路を辿ればいい。墓石の並ぶT
字路で右折する。左手に藁葺きの竪穴住居が復元されている。
中に入ることが出来る。永い風雪に堪えられなかったのか傾いている。藁葺きも飛ばされて、
外が眺められる。将来に希望を持ちたい。
右折して長林寺の前を通る。畑や休耕地の草原の道路を進むとやや下って、嶺岡中央林道
に取り付く。
左へ折れれば道路を下ってバス停山田入口だ。
右は林道をのぼる。尾根筋の林道の左右の斜面は水仙畑だ。これは伊予ヶ岳方面へ
向かう。きょなんまちウォーキングマップ源頼朝コースの一部だ。end
![]() |
| 倒木に囲まれた三角点標 |
B津辺野山 東峰 △259.5 JR内房線安房勝山駅から 第64図 第65図
JR内房線安房勝山駅→0.20←バス停白銀→0.05←バス停山田入口→0.15←
田子台遺跡尾根筋の分岐点→0.15←展望所=勝善寺旧地→0.10←二部分岐
→0.05←左に小径→0.25=0.20←津辺野山三角点標
JR内房線安房勝山駅下車。国道127号線を南へ進み、道なりに左折する。二又を左側へ
進む。今度は左が広い新道で右側に狭い旧道のところで、右側に入ると白銀の交差点だ。右
側が田子台遺跡への道で、左へ進む。バス停山田入口バス停があり、嶺岡中央林道3号線の
入口を示す標識もある。緩い登りの舗装道へ入る。道路の傾斜が緩くなると右後側に田子台
遺跡へ行く細い道路が取り付いている。洒落た標識が案内している。
右手にベンチがあり、勝善寺の跡地へ行く未舗装の道が取り付いている。二部へ下るY字の
分岐に出る。
嶺岡林道のまま東へ進むと、道路はやがて左へ道が曲がっていき、左に小尾根が迫る。そこ
には獣道ほどの狭い幅の踏み跡が急な斜面に付いている。見るとマーキングもある。道路は
完全舗装道路で、この付近が道路の頂部で道路は下りになる。僅か東の右手にベンチのある
付近の道路は路肩がやや広いので、ここには駐車も可能だ。
津辺野山へはこの狭い尾根径を登る。セメントの斜面で右下が見える尾根になるが、この付
近から左手の緩い斜面に踏み跡がずれる。曖昧な踏み跡になるが右側の尾根筋よりに踏み
跡を求めると、東西方向の尾根筋へと左へ尾根筋がカーブして行く。狭い尾根筋で小ピークに
出る。西側へ一段下ると幅広い尾根筋になる。踏み跡も見える。僅か数分進んだ先の左寄り
に、赤い布切れのマーキングがある。右よりに踏み跡は続いているが、ここで落ち葉の多い細
い踏み跡を辿って左寄り、東西方向の尾根筋の南肩寄りを進む。踏み跡は薄いが歩きやすい
径で、赤い布のマーキングに導かれて、倒木に隠れた三等三角点標の頂上に至る。山名を示
すものもないし、周囲に展望もない。
三角点の北側の方にいい踏み跡が延びている。北側には窪地があって休憩には落ち着け
る。しかし、この窪地の北側は倒木のために通行不能の状態だ。多数の喬木が折り重なって
いる。end
C津辺野山 東峰 △259.5 JR内房線岩井駅から 第64図 第65図 第72図 第73図
富山すいせん遊歩道
1− JR内房線岩井駅→0.25←道の駅富楽里→0.05←県道東電柱二部245柱分岐
→0.20=0.15←勝善寺旧地分岐→0.10←二部分岐→0.05←左に小径
→0.25=0.20←津辺野山三角点標
2− JR内房線岩井駅→0.25←道の駅富楽里→0.05←県道東電柱二部245柱分岐
→0.10←勝善寺分岐→0.05←バス停二部→0.15←二部分岐→0.05←左に小径
→0.25=0.20←津辺野山三角点標
JR内房線岩井駅から道の駅富楽里までは国道、県道を歩いて行けばいいのだが、狭い歩
道で排気ガスを吸うよりは、できるだけ早くこれを避けたい。駅西側の国道を北へ進み、JAの
建物を見て、その敷地の北側で右東に曲がる。水田が広がり、富山が正面に見える。水田の
真中の交差点、東電柱二部286柱で、左折して北へ向かうのが一番いい。県道に突き当たる
頃には右手に道の駅富楽里の特徴的な建物が見える。県道に突き当たって右折する。
高速道路・富津館山道路が1999年3月に富津竹岡ICから鋸南富山IC間まで開通し、
2004年5月に富浦ICまで開通した。南房総市(旧富山町)には富山PAが設置され、これに
先立って道の駅富楽里(ふらり)が高架の南西側に開設された。鋸南富山ICから側道で、又
国道から県道に入ってここに来られる。広い駐車場と食堂、売店、トイレがある。売店は地元
物産品だけではないので、調達の追加も出来る。
県道を更に東へ進む。高速の高架を潜り、富山伏姫籠穴尾根道への分岐(東電柱二部
245柱)を右に見た後、道路の北側に富山水仙遊歩道の腕木型の案内標識がある。富山
水仙遊歩道はここを一方通行コースの出口としているので、北側へ進む小径の方向に案内
標識の腕木はない。
農家の家の脇と畑の中の径を進むと緩くカーブして竹藪の中を抜ける。斜路の左右には水
仙がある。勾配をますと分岐の案内標識がある。
左への径を進むとベンチの並ぶ展望所に出る。旧富山町と海岸が一望できる。そのベンチの
北側は一段低い平地と緩い山があるのでシートを敷いての休憩には丁度いい。石碑は勝善寺
の跡地を示す物で、真西へ未舗装道路が続いている。僅かな距離で、嶺岡中央林道に出る。
これを右に折れて進めば二部への分岐を経て津辺野山の登り口へ至る。
右への径を登ると神社がある。神社名はわからない。裏の祠に狐の陶製形があるが稲荷社
とは限らない。そこを頂部に右へ曲がるとベンチが並ぶ、コンクリート舗装道路に出る。左へ折
れて少々登ると、左右に建設資材が並ぶ、嶺岡中央林道に出る。これを右へ折れて進めば二
部への分岐を経て、津辺野山の登り口へ至る。
県道を東電柱二部245柱の分岐から更に東へ進む。富山水仙遊歩道出口の分岐。バス停
馬場口の先、右手に勝善寺の石碑がある。更に東側の左手には富山すいせん遊歩道の看板
標識がある。バス停二部の先の左手に分岐がありこれに入る。
舗装の坂道で左手に農家の庭先に通じる径がいくつかあるがいずれも直進する。東電柱
二部146柱の左分岐の道は、これに入るとZカーブの後、左右に水仙が多くなる。ベンチの
ある小径の分岐に出る。富山水仙遊歩道の道の一部だ。
左右の畑の斜面には菜の花、梅、桜(ソメイヨシノだけではなく)の花が咲く。Sカーブして嶺
岡中央林道に出る。右折して少々で津辺野山の登り口に至る。
富山水仙遊歩道の看板と標識は(すいせん)だったり(水仙)だったりしている。二部までは
JR内房線岩井駅からバス「トミー」の便がるが、利用しがたい時間だ。end
D津辺野山 安房勝山駅から西峰を経て 第64図 第65図
JR内房線安房勝山駅→0.20←バス停白銀→0.05←バス停山田入口→0.15←
瀬戸口分岐バス停瀬戸口→0.05←塚原入口
JR内房線安房勝山駅→0.15←和見橋→0.05←天寧寺大橋→0.15←
瀬戸口分岐バス停瀬戸口→0.05←塚原入口
塚原入口→0.15=0.10←三本杭→0.25=0.20←西峰→0.15←津辺野山(東峰)
鋸南富山ICから東へ進んでバス停瀬戸口を過ぎると、左側に塚原入口の看板が大きい。
そのままバイパスを進むと右手に二箇所ガードレールで道路が分岐している。二つ目の
東電柱塚原759柱の道路を入る。
コンクリート舗装道で、始めは西向きですぐ南へ向く。右手に幅50センチほどのコンクリート
舗装の歩道がある。これは以前西峰にあったという秋葉神社を下ろしたところに通じる
もので、わずかな距離なので往復してもいい。
道路が東へ向き直ったところで未舗装道路になり、右側、丁字路型で分岐した山径へ入る。
入ってすぐ左へカーブして溝径になる。孟宗竹が径の真中にも生えている。二又では左へ
進む。足元には黄色または赤色の杭が径の幅に埋め込まれている。白い大き目の杭と
赤黄の杭三本が寄せられて左手に埋められているところで右へ曲がる。若干、倒木や草木が
径を塞いではいるが、溝径が続く。
正面が急に開けると、採石場の上部に出る。右手に鋸山から保田海岸方面が展望できる。
そのわずか手前左手の藪の中にマーキングがあるが、登るにはかなり急な斜面であること、
獣径ほどの踏み跡も見えないことなどを理由に、そちらへは進まないで採石場の上部を
横断してしまう。
南へ進んで広場に出る。その広場の南端に土手の低いところに踏み跡があり、林の中に
入る。獣径が縦横していて人の踏み跡のようなものはないが、左よりの裸地との生え際を
想定しながら、高いところを目指す。猪によって掘り起こされた孟宗竹の林の中を抜け、桜の
大木との共生の箇所へ進む。
南へ進んで広場に出る。そこで北側へ折り返し、右手に裸地との生え際を見ながら道路を
進む。林に人一人分ほどの幅、開けたところがあってここから林の中に入る。別種の
マーキングがここにもある。疎林の中、高いところを目指して進むと廃車と詰め所が廃棄
されているのを見る。猪によって掘り起こされた孟宗竹の林の中を抜け、桜の大木との
共生の箇所へ進む。
赤い杭と古いマーキング、怒田場らしいぬかるみ。西峰だ。秋葉神社の石宮があったという
塚は見つけられない。
林で覆われた広い頂上だが、東へ進むとわずか下って、狭い尾根径になる。鞍部では
北側に紛らわしい径か踏み跡があるが、正面の尾根筋を進む。一旦小さく下るが、すぐ又、
尾根筋で登る。左よりにも右側にも巻き径の踏み跡がある。これらに誘われず、枝葉を
分けて尾根筋を進む。一番高いところ、木々に隠れて三角点の標識がある。end
E勝善寺と富山水仙遊歩道展望所 第64図 第65図 第72図 第73図
JR内房線岩井駅→0.25←道の駅富楽里→0.05←県道東電柱二部245柱分岐
→0.10←勝善寺分岐→0.05←勝善寺
勝善寺分岐→0.05←すいせん遊歩道入口→0.20←展望所
道の駅富楽里から更に県道を東へ進む。富山伏姫籠穴尾根道への分岐の後、道路の北側
に富山水仙遊歩道の腕木型の案内標識がある。富山水仙遊歩道はここを一方通行コースの
出口としているので、北側へ進む小径に案内標識の腕木はない。更に東へ進むと右手に勝善
寺の石碑がある。
俗名を大寺、菱川師宣ゆかりの寺だ。南側の斜面に鐘楼が見える。その道路を進むと左手
に立派な寺がある。駐車場も完備して、奇麗なトイレも外にある。師宣の実妹が嫁いだので、
ここの過去帳から師宣の没年がわかったという。
県道を東へ少し進むと、すいせん遊歩道の看板案内がある。バス停二部の僅か西側だ。細
い段径を登り坂道を登ると左右は水仙畑になる。径の踏み面までも水仙が顔を出している。広
い水仙畑の中を登って、ベンチがあるところでコンクリート舗装道路に出る。
左へ曲がる。緩い坂の舗装道路の左右にはまだまだ水仙畑が続く。山が迫って水仙畑が狭
くなると、左に分岐がありベンチがある。舗装道路から左の径に入ると、神社がある。社名は
わからないが、ここの先で下り始める。右手に細い分岐があって、これに入る。ベンチの並ぶ
展望所に出る。南側の展望がいい。勝善寺の跡地を示す石碑が、北側の一段低いところにあ
る。
バス停二部から嶺岡中央林道を目指して左へ曲がってすぐ左に東電柱二部146柱の分岐が
ある。コンクリート舗装の道路を登ると水仙遊歩道が左から合流するベンチの所になる。
左側にベンチがあって舗装道路から左へ分岐して神社に至るところを、そのまま舗装道路を
直進すると、嶺岡中央林道に出る。資材置場になっている分岐だ。
神社の分岐から下って県道へ至る径が富山水仙遊歩道の下りの径だ。end
![]() |
| 金銅寺鐘楼 |
F日枝神社・金銅寺から嶺岡林道の横向き地蔵へ 第66図
バス停森→0.35=0.30←嶺岡中央林道(上井戸沢林道取り付き)→0.20←
横向き地蔵の分岐
JR内房線保田駅下車。又は、同勝山駅下車。赤バス(循環路線の反
時計り)が9時少々過ぎに(平日休日とも)一便有る。バス停森で下車する。
バス停の僅か西側が日枝神社で立派な社殿がある。バス停の脇の径を南へ入ると左へカー
ブして行く径の右側に石段があり、鐘楼が見える。金銅(こんどう)寺で、鐘は戦時中供出され
たものが、鋳潰されることなく別の寺に回され、ここのものだとわかって返されたものだという。
前の道路を進んで、十字路に出て左折する。左側の水田の斜面は水仙の畑だ。すぐ二又に
出て、左手コンクリート舗装道路に入る。道路は尾根道になる。周囲は針葉樹にかわり、
道路が右へカーブして右手に展望があると左手の嶺岡林道に出る。僅か西側の南側に町道
上井戸沢線の分岐があり、少しずれた十字路状になっている。
アスファルト舗装道路が緩やかな傾斜で東西に延びている。ここの西側は地形に変化が多
い。右手にコンクリートブロックの龕があって地蔵像が安置されている。右手に道路が分岐して
いて、左南側の路肩にはベンチがある。その裏手に溜池へ行く細い径がある。地蔵像がある
が、道路側を向いているのではなく、東側道路の方向を向いている。北側の径を下ればバス
停明下に至る。
田子台遺跡の竪穴式住居は平成19年6月1日になって焼失したことが判明した。前日、
この付近は激しい雷雨があったことから、このときの落雷によるものらしいという。鋸南町教育
委員会と県が今後のたいおいうを協議しているということだ。end