| 子供の頃、母が自分の真っ白でほっそりとした手を見せながらこう言ったことをよく覚えている。 「お母さんね、手だけは子供の頃から指が長くてきれいねって言われてきたのよ。おばあちゃんもきれいな手の人だった……」 子供の私から見ても母の手は本当に美しかった。 夜、寝る前に母はクリームを手にすりこむ。私はそれを見るたびに、母は自分の手を大事にしているのだな、と思っていた。 私も姉もその母の手を受け継いだ。 私も子供の頃からいろんな人に「きれいな手ね」と言われてきた。 指が長くて細い。そして全体的にほっそりとしなやかで、いかにも「女性の手」という感じが漂っている。本当に自分で思っている以上に人からは目につくようで、仲の良い友達ですら、ある日ふと気づいたように私の手を見て、「わっ! きれいな手!」とか「女の子の手やなぁ・・・」と褒めてくれることが多かった。 私は母と同じように自分の手を自慢に思うようになった。 クリームなど塗ったこともなかったが、いつも手はすべすべだったし、球技のクラブには入らなかったので、節が太くなることもなかった。バレー部やバスケット部の友達はどうしても節が太くなってしまい、指輪の号数が上がってしまう。私は節がないので7号サイズを守り通してきた。 私は足も太いし、胸も小さいし、顔だって美人じゃない。 だから、自分が自分の体の中で好きなのはこの手だけだった。 けれど、最近になってふと気付いた。 彼が指輪を買ってくれるという時だ。「7号が入るんだよ」と言ってもあまり興味がない様子。 どうして? きれいでしょ?と言おうとして、自分の手を見てはっとした。 あまり自分の手をまじまじと見たことがなかったのだが、明らかにそれは昔の手とは違ったからだ。 細かく入った皺。浮き出た血管。アトピーになったため荒れてしまった甲。ツヤのない爪……。それは、完全に30歳過ぎた女の手だった。彼のつややかな手と比べて、愕然とした。思わず手を隠すほどだった。 そういえば、「顔はいくら若くても、手は年齢を隠せない」と聞いたことがある。 私はこの日から、毎朝・晩と手にクリームを塗るようになった。生まれて初めてのことだ。 手は私の中で今までとは違う存在感をもち始めた。 前は自慢だった手。自分の中で唯一好きだった部分。だけど、今は自分の手を見つめていると、なんだか悲しい気持ちになってくる。 そういえば、この数年間は、もう誰にも「きれいな手ね」と褒められることがなかったっけ……と思い出した。 それと同時に、母が言っていたことを思い出した。 2年前、母は会社を辞めた。定年までまだ間があったのに辞めた。 理由はいろいろとあるのだが、その中の1つとして母が私にこんなことを漏らした。 「会社の食堂でみんなが並んでてね、一斉におかずのお皿を取るために手を出すのね。会社は若い子がほとんどでしょ。そうやって一斉に手を出すと、明らかに自分の手だけが年寄りの手なの。たいしたことじゃないかもしれないけど、お母さんはそれがなんだか悲しくて、やりきれない」 それを聞いた時は、ふうんと思った。 母の気持ちはわからなくもないが、それほど気にすることでもないじゃないかと思った。それが会社を辞める理由の一つになるとは思えなかった。 だけど、今ならわかるのだ。 若い人たちの、たとえ節があっても、太くても、つやつやとした手がたくさん伸びている中、一人だけおばあさんのような手を出す時、母は自分の年齢を実感したのだ。自分の自慢だった手が、母の中でもまた別の存在感をもち始める。その時、母は別の人生を決意した。 このお正月、母の手をチラリと見てみた。 昔、きれいだったんだろうという面影はあったが、しみができて皺もあり、確実にそれはおばあさんの手だった。 けれど、ボロボロになった昔の着物をほどいて洗い、その古布で美しい作品を生み出す。いらなくなったコートやスカートを使って、バッグを作る。母の庭はいつもきちんと手入れされ、どの季節にもきれいな花を咲かせる。母の手は優しく美しいものを創り出す。 ああ、母の手はこんなふうに甦ったのだな、と思う。 私は私の手をじっと見つめる。 石川啄木の「働けど 働けど わが暮らし 楽にならざり じっと手を見る」という歌を思い出す。 私はこの短歌がとても好きだ。「じっと手を見る」・・・この7文字に込められている思いのなんて大きいことか! この7文字を思いついた時の啄木の気持ちを思うと、同じもの書きとして羨ましくて仕方がない。こんなにも深い7文字、こんなにもピッタリの7文字を思いつくことなんて、そうそうないと思うからだ。 私も今、じっと手を見る。 もう誰にも褒められることのなくなった30過ぎた女の手がそこにある。 この手はこれからますます年をとる。決して元のきれいな手に返ることはない。 けれど、思うのだ。 私もこの手から何か生み出せるだろうか。母のように優しく美しいものを生み出せるだろうか。 50歳を過ぎた時、何かを生み出す「優しい手」になっているだろうか。 ◎今回のテーマ◎ 「あなたの手はどんな手ですか?」 2003/01/05 |