一輪の花があれば

子供の頃からなぜか「器」が好きで好きで仕方がなかった。
それが「いい器」かどうかはわからなかったが、とにかく器やキッチン用品を見るのがたまらなく好きだった。
「リカちゃん人形」の家具を買ってもらえることになった時も、私が選ぶのはいつも「ダイニングテーブル」や「サイドボード」で、それ自体というより、それに付いてくるおもちゃの食器が目当てだった。
それをテーブルやサイドボードに並べることが、リカちゃん人形で遊ぶよりも大好きだったのだ。

自分の家の器が、どうも違うらしい。すごくいいものを使っていると知ったのは大人になってからだ。
けれど、決してうちはお金持ちではなかった。父親の作った借金で今にも崩壊しそうな家だった。
けれど、家計が苦しくなればなるほど、なぜか母は器を買った。
自分が働いたお金の一部を器に使い続けた。
けれど、他には何1つ贅沢するということがなかった。
私は生まれてこの方、母が指輪やネックレスなどアクセサリーを身につけているところをほとんど見たことがない。母は宝石や貴金属を1つも持ってないはずだ。洋服すら、自分で作って着ていることも多かった。
ただひたすら器だけに、自分の働いたお金のほんの一部を使い続けた。
何かにとり付かれたように買い続け、器は増え続けた。
私が器好きなのは、たぶん母の影響だろう。

昨年秋、2ヶ月間だけ、母と一緒に器を扱うギャラリーで働いた。
そこでは毎日、日誌のようなものをつけていた。
母と一緒に店にいることはなかったが、その日誌を読むと、母が何を考えて仕事をしているのかがよくわかった。
その中で、1つ忘れられないことがある。

母がもう何年も前に、会社の友達を連れて、よく器を買っているお店「花染」さんに行った時のことだ。
その友達は、悩んだ末に、1つ1500円の小皿を5枚買ったのだという。母はそのことをとてもよく覚えているのだが、なぜかと言えば、その友達が事あるごとに「いい器はやっぱり違う。いい器を買ってよかった」というようなことを繰り返すからだった。
おそらくその1500円の器は、その店に置いてあるものでは一番安いものだろう。作家物でもないはずだ。
店には作家物の1枚5000円や10000円するような皿がたくさんあった。それこそもっと高いものもある。その店では、友達が買った器というのは、決して「いい器」ではなかったのだろう。だから母はその友達の言葉や買ったお皿のことをいつまでも覚えていたのだ。
私は母がなぜこんな話を書いているのだろうかと不思議に思った。
けれど、読み進めていくうちに、母の言いたいことがよくわかった。
母は書いていた。
「1つ1500円の器でも、5000円の器でも、値段は関係ない。その人にとって豊かと感じられることが大切」と。
それから、自分は仕事の帰りにいつも「花染」さんに寄って、いろんな素敵な器を目にするたびにちょっとだけ心が豊かになれた。この店もそういう空間にしたい……、そんなことも書いていた。
ギャラリーには高いものはあまり置いていなかった。500円のものをずっと悩んで買っていくお客様もたくさんいた。だけど、お客様はみんな「いい顔」をしていた。とても嬉しそうだった。私も母もその顔を見ることが幸せで仕方なかった。
きっとこれがあのお客様の生活の中の「豊かさ」になるのだ……、しんどいことがあっても、それが家にあることでちょっとだけ幸せなき持ちになれるかもしれない……。そう思うことが楽しかった。

残念ながらギャラリーはオーナーの都合で閉まってしまったけれど、母と働けた2ヶ月間はとてもいいものだった。
あの殺伐とした、今にも崩壊しそうな家庭の中で、母がなぜ狂ったように器を買い続けたのか、私にははっきりと理解できるようになったからだ。
宝石も貴金属もブランド品も身につけることのない母にとって、好きな器を手にすることが「豊かさ」だったのだ。

一体「豊かさ」とは何だろうか。
きっとお金をもっていることでもないし、高いものを買い揃えることでもない。
人によって、それは様々だと思う。素敵な洋服を着ること、大きな家に住むこと、美味しいものを食べること、ブランド物をもつこと……そんなことかもしれないし、もっと小さな……例えば、「1杯の美味しい紅茶を飲むこと」「好きな雑誌を読むこと」、そんな時間であったり、お気に入りの何か、その人にしか価値のないものをそばに置くことが豊かさになるかもしれない。

私にとっての豊かさもちゃんとある。それは、花を飾ることだ。
実家にいた時、母もいつも家に花を飾ることを忘れなかった。
小学生の頃はよく学校に花を持たされた。庭で咲いた花を母が朝切ってくれる。それを包装紙に包んで私に渡すのだ。
私は学校に行くと、花瓶に水を入れ、花を教壇の上の机に飾った。
引っ越した日も、手伝いにきた母は、荷物をほどくより先に花を窓辺に飾ってくれた。
残念ながら、私は母の血を半分しか受け継いでいないので、母にとっては「父親の血を受け継いだ、金使いが荒く、がさつで心配ばかりさせる娘」なのだが、一応、理想はあるのだ。
「たとえ明日のパンは買えなくても、今日、1輪の花を飾ろう」
こんなに食い意地の張っている私だから、きっとお腹がすいたら花を飾ることなんか忘れてしまうだろうけど、気持ちはいつもこんなふうでありたいと思っている。


◎今回のテーマ◎
      「あなたにとって、豊かさとは何ですか?」


                                    2003/01/15
    ※最近、お金がなくて心が貧しくなってきていたので、自分を戒めるために書きました。