essays and fact 2002


望月昌男記 2002/06/21
 
No.1 :'97.9.26〜10.31 | No.2 :'97.11.1〜30 | No.3:1997.12.1〜31 | No.4 :'98.1.1〜5.4 No.5 :'98.4.29〜9.10  No.6 :'98.9.11〜12.31 
 No.7 :'99.1.1〜99.6.15 | No.8 :'99.6.16〜9912/30 | No9:’00.1.4〜10:12 No10:2001/1/〜12 
2002年(平成14年)  By Masao Mochizuki

6月24日(月) 手術を断る

今度は心臓で入院してる母の先生と話がありました。手術のことでしたが、話を聞いてなるほどと思いますが,家に帰り考えて、断ることにしました。
多分した方が良いと思うのですが2月に手術したばかりでいろいろ考え、今回は断り自宅での療養に使用と思います

オーストラリア・アデレードのバンクスさんから手紙がきました。今年も時間がなくお会いすることが出来ませんでした。ご主人が世界的なオーケストラの指揮者で日本で公演があり時間が取れればお会いすることになっていましたが残念です。


6月21日(金) お客さん
午後、展覧会の作品を書き終わったとこにお客さんがきました。土曜日午後にボランティアで行ってるパソコンの学習会の責任者のお二人です。昨年1年間ボランティアをして今年もやるかどうか1月頃から迷っていたんです。・・・それが今年も継続してやることに決めたのは、このお二人が私が思う以上に一生懸命にやっていたので、それで又継続してやることに決めました。
きっとこの人たちと一緒にやることで自分にも何か得ることがあると思いました。今になって自分の選択に間違ってないことがわかりました。この秋に結婚予定のお二人に幸せになって欲しいと思い、又今後も永くお付き合いをしたいと思っています

6月18日(火) 「葛飾ラグビーフェスティバル」

6/30(火)の「葛飾ラグビーフェスティバル」 のプログラムががやっと決まりました。 清真学園中学が中間支店の最中と云うことで不参加のため、練馬ラグビースクールにお断りの電話を入れ、中学生の試合は中止にし、午前中をスクールで試合を行うことに決めました。あと2週間なのでプログラムの件もあり練馬RSさんには申し訳ないことをしました。

6月17日(月) 展覧会が続きます & 10月のパース行き

広島の平和博覧会書道展の要綱が届きました。昨年は生徒のみの出品でしたが今年は私も出品してみようかと思っています。締め切りは9月なので、6・9・10月と3つ続きますが楽しんでテーマを持って勉強してみようと思います。

漢字百体の「一心」をNo21〜40まで書きました 今回は横書きで!、日常の連続を意識しましたが、やはり用紙等制約を付けた為難しい面があり苦労しましたが、制約が多いほど文字に集中するため、考える時間も多くなり、勉強にはなって、何時か役に立つと思っています。

10月に行くパースのメンバーが決まりました。私を含め5名の予定です。今日飛行機のブッキングを入れました。私は10/26〜11/4.他の4名は10/26〜30の日程です。向こうでの書道展に出品する方は11名で、その先生方に何を出してもらうか具体的に整理もしなければならないし、パースまでの搬送や一緒に行く方の宿泊、観光も考えると悩みます。


6月04日(火) 書と音楽

今日、夕方から時間が取れたので、「白楽書道展」に出品作を書きました。5枚目くらいでやや思い通りの構想に近い形になりました。線質はまだまだですが、この線で行こうかな、、、というとこまではいきました。あとは書き込みながら直していく予定です。

残った墨を使って漢字百体の「一心」をNo15〜20まで書きました。明日夜くらい迄にはアップが出来そうです。コメントが少し時間がかかりそうですが。

よるギターを弾いて面白いことに気が付きました。よくパクッテル!と言いますが。映画「アラモの砦」とTV「必殺仕置き人」の曲が同じ(書との散歩道No.19参照)だったんです。こういう風に思考を広げるんだと気がつきました。


5月30日(木) 今日は暑かった!6月は書に専念

5月の終わりなのに夏のように暑い日でした。8月に所属する白楽会の書道展があります
締め切りが6月なので、これから制作に入ります。少し遅いと思いますが今までにいつもの「草稿ノート」である程度はやっていますので、これから書き込みに入ります

どんな風に出来上がるか楽しみです


5月26日(日) 久々の水泳大会

昨年10月以来の大会です。200m平泳ぎに出ましたが、目標には達成しましたが、考えていたタイムは出ませんでした。ちょっとショックです。終わってからいつもののメンバーで飲みに行きました。これは楽しかった。Kさん、Mさん、Hさん、今回は仲の良いSさんがいないのが残念でした。Sさんは腰、腕の不調で今年は全く泳いでなく電話で約束はしてたんですが、無理だったようです。あとで電話していろいろ話しました。

Kさんは私より8歳年上の女性ですがメルトモでもあり手紙を書いたり普段から親しくしていますが、なんと今回の大会に出た種目で生涯のベスト記録を出しました。家に帰ったらすぐメールもありました
私もベスト記録めざし1から練習をはじめます。毎回大会のあとのいっぱいは美味しいです、そして盛り上がります
今回も三島から来たMさんの帰りの時間まで楽しい時間を過ごしました、そして得るものも沢山ありました。
彼女らにいつも感謝感謝です。

5月25日(土) 翠書道会

お昼前、同じ書道の白楽会の柏木秀翠先生の書道展を長阪さんと見に行きました。柏木先生の主宰する7つの団体の合同書道展です。計91名が出展していました。
今回は「曲水の宴」をテーマ に会場が作られました。 舞台には91名全員による蘭亭叙の序文がいっぱいに書かれていました。

毎回、先生初め皆さんの思いが伝わる書道展です。私は凄く評価しています。理由は出品する人の顔が、そして心が見えるからです。書は上手に書くだけのものでなく書いた人の思いが表現され、楽しく書いてよかった、書をやって良かった。その思いがするのが良いと思っています。

書道展のことは書のページに掲載する予定でいます


5月23日(木) いつのまにか大きくなって・・・私が残したものは

今日中学生と大学生の習字の生徒が同じ時間行きました。女の子と男の子なんですが、2人とも私より背は高く、来た時は小学生1年でした。小さくてかわいくて静かで・・・来るとたわいのない話をしたり遊んであげてるようでしたが、今はもうすっかり大人になって、大人の会話が出来、よい話し相手になってくれています。

いっぺんに大きくなったわけでもないのに、思い出すと初めて来た時のことだけが思い出されます
帰る時に思います。この子達が我が家に通い始めてからの年月、私は何を残して身に付けさせることが出来たのだろうか?・・・・・無駄な時間を費やしていないだろうか・・・・いつもそう思います。

5月15日(火) 商店街の異変

数年前からTVでも放送してますが、商店街が危機に陥っています。私のお店も典型的な下町の商店街にありますが、出店したころと違い、少しづつかわり、いつのまにか閉店したお店が多くなっています。幸いに私のとこは会社関係が中心なのでそtれほど影響はありませんが、大きなスーパーが出来たり、人の流れも変わり、世代も変わり全てが新しい方向に動き始めています。

私のとこは、NETや法人関係に比重を移し、デザインの方向へより専門化を目指しています。
10年経つといつの間にか環境は変わります。いつでも10年をめどに方向性を考える必要があるように思います

5月07日(火) やっと泳ぎにいけました

今年の連休は、ちょっとしたことがあり、仕事で追われてしまい、ラグビーに行くくらいで、のんびり出来ませんでした。予定では2〜3日は書道に当てるつもりが全くかけませんでした。それに「花押つづり」のHPを作り変えなけえばならなくなり、休むどこではありませんでした。

それも一段落し今日からはゆっくりいつものペースに戻れそうです。久しぶりに泳ぎにもいけました!
すっきりしたなぁ!・・・何時まで泳ぎつづけられるかわからないけれど、
頑張って60・70・80才までも泳ぎ続きたいと思う


5月03日(金) HPを更新

久しぶりにHP更新したが、どうも思ったようにいかない。
それでも80%くらいは満足なのでこれで良しとしよう。今回で19回くらいにはなると思う。
トップページだけは年に4回くらい(春夏秋冬)更新するつもりだが、今年は初めてでの改装です。

昨年暮れに改装したのが気に入ってそれ以上のものが出来る自信がなかったのが理由で
凝ったものより、いかにシンプルにわかりやすくを目指しているのだが!

今日から4連休、仕事もあるし、ゆっくりとは休めそうもありませんが。書に時間を使おうと思う
昨夜(2日)も夜、条幅、半紙と大分書きました



4月20日(土) 大学生はやっぱり同じに勉強しても・・・

4月からラジオの英会話講座を長男と一緒にやっていますが、私は仕事しながら聞いて、子供は自分の部屋で聞いて終わってから話をすると同じ時間やってるのに覚えが私のほうが何倍も遅い。

学生時代だったらこんなことはないのに!

何だか何倍も時間を使うのがもったいないような時間を無駄にしてるような、・・・・
考えたらきりがないがやらなければ覚えないし、後は根気だけです(^^)


4月6日(土) モーツアルト、ピアノ協奏曲 467番 第2楽章

20年以上前になると思うけど映画「短くも美しく燃え」の中で流れたメロディが素晴らしくてなんと言う曲か知りたかったのですが、わからないまま今までラジオやTVのCMで時々耳にしていました。

いつになったらわかる機会がくるのかと思っていましたが思いがけないことでわかりました

昨日夜ラジオの「英会話」講座を聞きながら録音していて、他の事やりながらだったので止めるのが面倒で、そのままつけっ放しにしていました。そしたらあの曲が聞こえてくるではありませんか(^^)

聞き終わって戻してみたら「名曲コーナー」で題名もいっていました。それが今日の題名の「モーツアルト、ピアノ協奏曲 467番 第2楽章」だったんです

ずっ〜〜〜と思っていいたのが今ごろになってわかり20年ぶりにすっきりした思いです
あきらねないといいことあるもんです(^0^)



4月4日(木) 泥棒が家の前のスーパーに(^^;;

数日前にお店の向いのスーパーに白昼泥棒が入りました。実印や通帳など盗まれました。
奥さんが一寸目を離して奥に商品を見に行った隙を狙われました。

見ていた人がいてすぐ教えてくれましたが自転車に乗って逃げられました。警察が来て被害届を出し、
目撃者情報でその現場を見ていた人は人相も服装も何もわからないと言っていたそうです。
奥さんと少しくらい記憶にある事だけでも話してくれればよかったのに!。。。と近所の人だから
無理もいえないし、かかわりたくない気持ちもわかるけど、ちょっと残念でした。



4月1日(月) 新年度に再び希望新たに(^^)

今年も又、始めました。NHKラジオの英会話。。。今年から「英会話入門」が「英会話レッツスピーク」になりました。
いつまで続くか数年間、本は毎月買ってるのに1ヶ月全部ちゃんと聞いたことはありません。今年の目標はせめて1週間に3回は聞こうと思っています。

子供と一緒に選んで買った電子辞書も手元に置きました。

先週は1週間、こつこつと仕事場の机の上や周りを整理し仕事がしやすいように、英語の勉強が出来るように、いつでもすぐに筆を持ち書がかけるように、手紙がすぐ書けるように、ギターがすぐ弾けるように、あれこれ工夫に工夫を凝らして全部座ったまま篆書の届く位置に配置しました。さぁ・・・やるぞ!



3月29日(金) 贈って貰った本(地方財政白書)

先月書いた「地方財政白書の本が送ってきました。今まで大臣の答弁集や記念写真集などいくつも書いてきましたが、手元にあるのはこれ1冊だけです。でも良かった、原版も送ってしまってるので書きつぶしたのが1枚ずつ手元にあるだけなので年月が過ぎると「あ〜〜あんなものも書いたなぁ」と思い出だけでした

書いたものが形に残ることっていつでも嬉しいことです。それも望まれて書いたものは尚更です。


3月10日(日) 花押 & 裁判・・・追加事項

昨日9日にTVドラマ「家政婦は見た」で花押を使いました。扇子に書いた花押でした。出来れば名前を崩して書いて欲しかったし、花押は墨で書いて欲しかった!!

先日、終結宣言を出した最良裁判ですが、一つ追加です。私は示談の事なので出席しませんでしたが
3/3日に最後の調整があり裁判長から 「今回は示談でなく、慰謝料になる。よってこの裁判は原告の勝訴」という言葉を貰いました。これは大きな事で、示談とは全く違うので追加しておきます。
被告大学病院からは「マスコミに公表しない」という条件がありました
勝訴を確認する何よりのものです



3月3日(日) 佐藤工業 更生法

トンネル工事で有名な一部上場企業の佐藤工業が倒産しました。この会社は以前,取引があり、いろいろな賞状を書きました。其の中に勤続○○年の賞状を書いた時の・・・其の人たちはこれからどこへ行くのでしょうか?アメリカは景気回復の兆候を見せ始めていますが日本はドウなんでしょうか?

回復傾向に入っても今の日本の経済の構造上からは2極化の方向に行きそうです。
難しい社会になってきましたがアメリカンドリームのようにジャパニーズ・ドリームも生まれやすくはなってます。と同時に崩れやすくもなってきそうですね!

母が退院しました。暫くは病院と遠ざかりそうです。


2月10日(日) 医療過誤・・・終結宣言

朝から寒く雪が舞い散りました。千葉市RSとの試合がありました。低学年のレフリーをしましたが、子供達は元気です。女の子も何人かいて、きびきびした素晴らしい試合をしてくれました。最後まで互角に戦い幼稚園から6年生まで残り少ない学年の試合を楽しみました。24日は市川と試合があります

夕方、約束してた友人が来ました。裁判のことがあり約束していました。8日の合義での決断を言いに来ました。
終結にするそうです、ここから先は私が立ち入ることではないので話だけ聞き、他の話に移り食事に行きました。
アメリカにいる友人にもメールで知らせます。彼が日本に来る時は35年振りに皆で温泉にでも行こうかという話になりました。裁判に関して私の役目は終わりました!

夜、母を見舞いに行きました。顔色も日増しに良くk\なっていくようです。顔をみると笑っていました!
生きていくことの価値は生きていくことそれ自体にあるのだと思います


2月9日(土) 痴呆とカレンダー・時計・鉛筆

お正月から母が入院して、手術も終わり今日はカレンダーと時計と鉛筆を持っていきました。
術後に寝たきりと年令からくる痴呆の改善と予防のためです。毎日見舞いの時に、その日の出来事を聞き出し、前日、その前と過去を語らせることで記憶の老化と 脳細胞の活性化を図りました。今日からは鉛筆を持たせ、それをカレンダーに書き込ませることにしました。

今までの成果は予想以上で看護婦さんもびっくりする程の成果でした。痴呆と言われた時はショックでしたが今は別人のようです。明日はラグビーです。久々にすっきりした気分になれそうです。


1月26日(土) ギター

明日のラグビーの試合が雨で中止になったので、夜、CDからMDにサンタナやベンチャーズのギターの曲を編集して入れました。28曲、好きな曲ばかりで全部弾けたんだけど・・・。もう一度と思って弾いたら、最後まで引けたのは10曲も無かった。

明日は2枚目を作っていれようと思う。50曲くらいはいつでも弾けるようにしておきたいと思う。もう一度、ライブをやってみたい!、密かな願いです。


1月24日(木) 医療過誤裁判

1997年12月25日に始まった医療裁判。何度か出席できなかったこともありましたが、昨年暮れに出された鑑定書で結果が出ました。といっても終わったわけではありませんが、全ての調査や尋問、鑑定を終え、最終的な話し合いになりました。今日は東京地裁の11階合議室で始め原告、被告に裁判長から今までの経緯と最終的な結論の説明と今後の進行について、これ以上の調査は現在の医療を判断するのは難しく互いに歩み寄り示談の形をとる方向で話し合いをすすめたい。と説明があり、原告、被告と別々に裁判長と話し合いました。この結果は2/8に互いの意思を出し合い調整に持っていくことになりました

次回の結果では又、続く可能性もありますが、感情が絡むことだけに、単に終結を望むことは家族にとっても偲び難く、私としてはこれ以上何も出来ることはありません。ただ黙って話を聞くだけになってしまいます。
この結末への説明を聞く時の家族の涙が忘れられません。


1月23日(水) パソボラ・サポート

夜、頼まれてパソコンのサポートに行きました。ネットに繋がらないと、同じボランティアの72才の女性です。
「一人暮らしのともの会」の会長を10年努め、毎月HPに会報を書いていました。どうにか直り、OSもウイン95から98にしました。

終わってから、ボランティアのことで話し合ったり、昨年は2度も手術をして助かったこと、家族のこと、、、
家に帰ったら疲れて裁判のことで電話鶴予定だったのを忘れ、お風呂に入って即、寝てしまいました。

しまったぁ!


1月21日(月) 目で読む活字と目で見る活字

最近気が付いたこと(?)なんですが、新聞で読むことと、インターネットを通して読む活字が一緒にならない!
HPでニュースを見る場合は見るの表現が近く、新聞だと読む!

NETで見た(読んだ)ことを再度、新聞が来ると読んで確かめてしまいます。
全く同じはずなのに記憶の残り方が違うのは何故なんだろう?

今年はお正月から毎日病院通いが続いています。身内に病人がいて今日も先生と話があり
夜行ってきました。手術の承諾書のこともあり、明日もいかなければなりません。
今週は裁判もありパソコンのサポートもあり忙しい日が続きます。


1月10日(木) 年賀状の文字を読む

ほぼ来つくした年賀状から子供宛てに中学の恩師の先生からの年賀状を見ました。
一瞬ドキッと胸を打たれました。それは普通のボールペンで書かれた当然の決り文句の文章でしたが、その文字は以前見た文字とは違っていて、何故か判りませんが年をとった覇気のない文字でした。

きっとお体の具合が悪いのか、それとも何かあったのか?。。。文字は人なりといいますが、私には文字からその人の現在の状態が見えるように感じます。何年、いや何十年前のことですが母が生死をさまよう大病をした時から文字は変わりました。

私の小学生の恩師の時もそうでした。それ以来宛名書きの文字だけでも、その人の現在の体調や生活状況とか考えるようになりました。かなりの確率で当たるようになりました。

印刷が多い最近でも宛名が手書きだと、それだけでもその人の元気さが伺えて嬉しくなります。
やはり年賀状は必要なんだとつくづく思います。


1月7日(月) 年始回りの楽しみ

恒例の仕事始めは年始回りですが、午前中は仕事関係、最後の2件は楽しみがあります。1件は私が仕事を教わった師匠の家、80を過ぎ高齢ですが、お元気で懐かしい話が出来、懐古の思いが募ります。あれから30年以上になりました。

最後に行くのは水泳の友人のお蕎麦屋さんです。なんと師匠の家の目の前なんです。それも知らずに一緒に10年以上も泳いでビデオを撮ったりして研究しあった仲で、今は別々なプールで泳いでいます。

最後に必ず寄って、実に美味しいお蕎麦をご馳走になって2〜3時間は水泳談義が始まります。
仕事始めの日の最後のお楽しみで、家に帰って妻から「又、Sさんとこでサボっていたんでしょう!」
でも、そう言いながら15年も続けてるんです。

ラグビースクールの卒業生の進学した清真学園が東日本中学生大会で優勝しました。夜お父さんと電話で話をし
次はN君の番と期待を語りあいました



1月5日(土) お正月

毎年終わってみると年頭に自分は何をしたのかと思うようなお正月を過ごしています
子供が小さい時は温泉で過ごしたお正月も今では、それも少なくなりました
年を重ねることの重みをひしひしと感じます。蓄積されたものを生かしたり新たなことへの挑戦と2つの思いが目まぐるしく速い速度で駆け巡ります。

昨年に比べ英語が少し話せるようになりました。書道もゆとりを持って書けるようになりました。
今必要なのは全てを高めるのに必要な体力だと思い、今年は水泳とラグビーに力をいれよう!
そう感じています。それが仕事を含め全ての向上に繋がるように思っています
そして家族の健康です。



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: countup '2002/1/5