左右補正
Fielding Bibleには「左投手が多いチームは右打者と対戦する機会が相対的に増えるので右方向のゴロが増える」というようなことが書いてあるのだが,日本においては,「プラトーンシステムが普及したのは1970年代」という説もある.このあたりの真偽を確かめることもあって,ここでは左右補正をどう適用したらいいかを考えてみる.
そもそも左打者とか左投手とかは昔と比べて増えているのだろうか.
右対左の相性のセオリーからすれば,左打者と左投手で多分最初に増えだしたのは左打者だろう.左打者がいなければ,わざわざ利き腕を違えてまで左投手を量産する意味がない.実際の割合を打席数ベースで出して見た.

1950年あたりから左打者が増え続けている.1980年代以降両打ちが激増するのは,高橋慶彦が両打ち打者として初めて球史に残る打者となり,両打ちブームが到来したかららしい.以後,ブームは落ち着くものの,現代に至るまで一定数の両打ち打者がいる.

一方で左投手が目立って増加を始めるのは,1970年あたりからだろうか.相性の問題に加え,左打者が左投手と比べ即席でできるというのもあるのだろう.「両」というのは,日本プロ野球史上一人だけ両投げの投手がいたらしいので,一応.
とりあえず左打者増加⇒左投手増加の順番は仮説通りで問題なかろう.
では,投手の左右は実際の奪アウト分布にどのような影響を与えているのか.時代により変化はあるのか.以下は回帰により,「左打者のBIP打席数(打席-被本塁打-奪三振-与四死球)が1増えるごとにそれぞれの奪アウト機会がどのくらい増えるか」について,回帰により,時代ごとの変化を表したものである.刺殺数に関しては,他選手補殺補正をかけているので,守備機会でなく,奪アウト機会と称す.

さて,このグラフに何か意味はあるのだろうか.正直サンプル数から偏差が大きすぎて,何か意味があることを読み取るのは難しい,と思う.実際,それぞれの決定係数も,ほとんど0.1を超えることがない程度である.ただ,特に1970年代から1990年代において,左投手が増えるにつれ,
・三塁手補殺,遊撃手補殺は増加する
・二塁手の補殺と一塁手の刺殺は減少する.
という傾向は見てとれる.二塁補殺と三塁補殺に関しては,一リーグ時代から投手の左右による打球分布の変化の影響を受けるようだ.それぞれの係数が1970年代から1980年代にかけて最大となっているのは,
左投手増える
⇒プラトーンシステム大流行
⇒・やりすぎて非効率化,結果そのほかのデータも用いてオーダーを決めるようになった とか
・広角打法を用いる打者が増えた
⇒係数縮小
みたいな流れがあったのであろうか.
ただ,一塁刺殺と左投手BIP打席数の関係が2000年代に入っていきなり+になっていたり,どうも怪しげな数値である.そこで,時代の差を見ることを犠牲にして,左投手が増加を始める中,パリーグでDH制が導入され,プラトーンシステムの活用が容易になった1975年以前と以後という形で切ってみた.

数十年スパンで見れば,投手の左右と打球分布の関係は強まっているとみてよさそうだ.これを見る感じではやはり,投手の左右の影響を考えるべきは,
・一塁手刺殺
・二塁手補殺
・三塁手補殺
・遊撃手補殺
でよさそうである.
これらの結果をもとに,結局,左投手BIP打席数+1につき,
・一塁手刺殺数-0.01
・二塁手補殺数-0.02
・三塁手補殺数+0.02
・遊撃手補殺数+0.01
の補正を行うことにした.
なお,外野手に関しては,以前報告した通り,
「左投手が増えると左飛が減り,右飛が増える」
という傾向が本当になんとなく観測できたものの,本当にわずかであったので,ここでは補正は行わなかった.