私と長男の作品集です。私の近作は以下に、旧作は「父の作品集」に、また長男の作品は「子の作品集」に、それぞれ掲載しています。
父の作品集 子の作品集

夜の蜜柑光りて神の無き時代
The gleam of a mandarin orange at night:
this godless age
わが視野にわが姿なく冬ざるる
In my own field of view
I cannot find myself -
winter gloom
夢の国から弾き出されて昼寝覚め
Driven away
from the Land of Dreams…
I arrive at the end
of my nap
『多言語版吟遊俳句2000
MULTILINGUAL HAIKU
TROUBADOURS
2000』より
訳 木村聡雄、夏石番矢
TRANSLATED BY
TOSHIO KIMURA・BAN'YA
NATSUISHI
発行・吟遊社 PUBLISHED BY GINYU PRESS
* *
メールの墓場 「吟遊」第39号より 
行く春の闇の向ふへメール打つ
そつぽ向く花々春も行かむとす
花が哭く寒い五月の人工楽園
梅雨の家に籠つて与太を書き飛ばす
メールの墓場にメールの幽霊梅雨長し
暑い地球もメールも宇宙の浮遊物
当たらぬ占ひ信じて夏の落葉かな
ぬるい茶が善意の証し日雷
熱暴走のパソコンが生む歪んだ虹
* *
腹の中の石 「吟遊」第38号より
盥回しの盥に乗つて春の夜
一昼夜眠らず東風に干涸びる
救急病棟私は春の塵を吸ふ
体内の混沌石となつて春
腹に石あり今宵は春の嵐の予感
肉伸びて縮んで痛みも夜景も朧
風こんなに強かつたのか窓に春星
春の暮尿意わびしくあるばかり
腹に石眠らせておく朧かな
* *
禍根 「吟遊」第37号より
強霜や道に迷つたまま十年
冬日燦々過負荷で停止する地球
掃けども溜まる実のない話と無数の落葉
雪を見る無駄な時間に囲まれて
年の暮窮鼠は猫を噛み殺す
品性要りませんか歳末大売出し
短日や嫌な時間の嫌な歌
冬の夜空で神の巨大な目玉と出会ふ
凍土から掘り出すものは禍根ばかり
* *
馬鹿げた広さ 「吟遊」第36号より
六地蔵の六つの顔の寒い夏
崩れさうなり梅雨空も石仏も
金魚鉢から金魚が蒸発して行つた
白い指が白い円弧を描いて秋
秋空の馬鹿げた広さ日本よ何処へ
壁越しの他国より来る秋の風
総裁選終はれば秋の声もなし
秋の暮有事が椅子に畏まり
月光を個として浴びる衆の中
* *
軋む椅子 「吟遊」第35号より
雨の中の燕は雨を見てゐない
子供より子供の大人子供の日
虹のやうな油紋を残し廃工場
傘の下に怒りの顔がある梅雨だ
父の日の父には椅子が軋むだけ
動かぬ蜥蜴宇宙は見えざる意思に満ち
夏雲点々良識がふと邪魔な朝
千年経つても蛭はまだ伸びてゐる
病葉の余命を計る音なき昼
* *
東風と飛ぶ 「吟遊」第34号より
何事もなきが不気味な松の内
帰り花リセットボタンを押せば咲く
ブログからブログへ東風とともに飛ぶ
土筆ぞくぞく地球の綻びから生える
茅花噛んでこの国の味確める
超新星爆発蝶の翅震へ
春を航(ゆ)く日本てふ名の愚者の船
花の屑人間の屑屑の国
春深き空に投げたる夢いづこ
* *
灰と塵と土 「吟遊」第33号より
秋蝶の飛ぶたましひの重さかな
非常階段天空に浮き秋の昼
紙袋の中は明るい日本の秋
日蔭を出て日蔭に冬の人消える
わが行末は枯野の灰と塵と土
聖樹の灯妬みを美しく照らす
日記買ふ鬱の日を書き続けむと
傷口のガーゼも畳も替へざるよ
襤褸布のやうな空しかない師走
* *
空気薄れて 「吟遊」第32号より
列柱と巨石を蝶が越えてゆく
乾く草餅家族は誰も帰らない
梅雨深し死への乗換駅に着き
蝶は光光は蝶になりて夏
太古より雹落ちてくる真昼かな
音のみの花火戦後の空低く
地下街の空気薄れてゆく晩夏
コンピューターの微動が揺らす銀河かな
林檎齧る地球に齧りつくやうに
* *
体内の水 「吟遊」第30号より
正月を寝てゐて乾きゆく身体
来るはずのない春を待つ埴輪の眼
体内の暗いところが春を待つ
住所不定無職の椿落ちるかな
負け組に紐垂れ下がる春の空
黄沙の中でパン齧るホームレスと我
無人の会議室から蝶が飛んでゆく
空席に黄蝶をピンで留めておく
体内の水濁つてはゐるが春
* *
月曜の午後 「吟遊」第29号より
暖冬や空気も人も軽くなる
毒づいてゐる枯野のドラム罐蹴つて
冬の北斗へ両手をひろげ赤子泣く
抽斗を開ければ荒野閉めれば枯野
白砂青松冬日に人が溶けてゆく
鷹の目に白亜紀の森見えてゐる
光無き月曜の午後手に枯蔦
冬の夜空神秘は長続きしない
傷口ぴりぴり冷たい星の瞬くたび
* *
遺失物 「吟遊」第28号より
病み臥せば喉に風吹く晩夏かな
冷蔵庫突然呻る鬱の夜
秋の夜の我は宇宙の遺失物
四半世紀を猫背で過ごし秋の風
秋の日が眼に射せば眼が石となる
秋霖の廊下を愚者として歩く
宵闇にわが抜け殻を投げ出せり
とびきりの嘘が輝く花野かな
紅葉一枝夢の継ぎ目に挿しておく
* *
痩せる脳 「吟遊」第27号より
舌の根を五月の雨に濡らしてみる
夢あまた消して夏野に立ちくらむ
人の背中ばかり見てゐた梅雨の街
古墳を走る蜥蜴に遠い日の光
首なしの石仏に夢なしの夏
町の名を希望が丘といふ暑さ
老人が子供のやうに暑がりゐる
夏の夜眠れぬ脳が痩せてくる
鉛筆削る鬱てふ文字を書くために
* *
よからぬこと 「吟遊」第26号より
日本列島のけぞつてゐる去年今年
約束をみな反故にして冬の終わり
壊れた時計の針が二月の空を指す
ずぶずぶと日本が沈む春の泥
無為といふゼラチン質の春の午後
三月の暗い真昼を来る手紙
よからぬこと企んでゐる猫柳
卒業式校舎に亀裂走りをり
集団をはみ出して鳥雲に入る
* *
憎しみの色 「吟遊」第25号より
霧に向く霧より脆きガラス窓
飯を詰め込む体内の宵闇へ
虚子右往左往子規忌の通せんぼ
石榴裂け次々不安こぼれくる
億劫(おくこふ)を億劫(おくくふ)と訓み冬の雨
恥ずかしさのあまり枯木となる私
沢庵噛めば故郷ますます息苦し
寝返り打てばきしきしと鳴る雪の気配
憎しみの色に咲かせむ室の花
* *
走るなら歩く 「吟遊」第24号より
戦火めがけて夜通し夏の虫が飛ぶ
草刈ればぢりぢり自意識が焦げる
烏揚羽の胴に油がぎつしりと
寺は茂りてつくづく我の不浄かな
有袋類の袋空つぽ夏の果
紙コップ握りつぶせば夏了る
秋の野のどこにも私の影がない
秋天広しみんなが走るなら歩く
右顧左眄して木の実など拾ひをる
* *
影 「吟遊」第23号より
春夕焼ここにかしこに卑屈な影
ひとの世に人影絶えて春霙
潮干狩われより暗い影伸びて
軍の影ゆく五月の塩の大地かな
馬鹿に晴れたる日本の空や更衣
ビルの地下に廃油の海がある夏だ
蜘蛛の巣にかかりし蝶の自己責任
眼鏡より目の玉さびし夏の暮
まだ生きてゐるが不思議な暑さかな
* *
捨てる神 「吟遊」第22号より
恥を知ることなき人に夜の雪
舌出して犬の貌ある枯葎
寒波去らず親子で口をあけて寝る
騙されるより騙したい雪の夜
肉体の暗部に春の水たまる
死ぬときも豚は桃色春の昼
魂を歪めて梅の下くぐる
オゾンホールを風吹き抜けて春の昼
春深き日本は捨てる神の国
* *
北を指す木 「吟遊」第21号より
耳の奥から謀叛はじまる秋の暮
肌寒き世界の中の日本と言へり
たましひの闇に月光つひに無し
秋の日本はいかにも泡のやうである
風に飛ぶ十一月の再生紙
美神詩神鬼神いづれも去りて冬
雨に黒ずむ木が北を指す冬の駅
人間の背中無防備水涸れて
ゐないゐないばあで冬の日だれもゐない
* *
人体解剖図 「吟遊」第20号より
六月のある日ある時ある男女
甚平着て人体解剖図を思ふ
鏡の中に少女がわらふ夏の暮
光なき夜を高々と盆の波
秋風に不在届を出しておく
一般的なさびしさにあり秋の昼
秋の空言葉発するとき暗し
天の川どこにも辿り着かぬ旅
胸中の悪意燦々真葛原
* *
電話 「吟遊」第19号より
遠足のときどき元気ほとんど怠惰
脳髄がもつとも揺れる春の地震(なゐ)
土筆摘むほかなし土筆踏むほかなし
新茶淹れましょ夢見がちなる父と子に
何を為すでもなく桑の実が熟す
梅雨滂沱電話の中に鬼嗤ふ
名もなき夜あぢさゐは花重くせり
鉄の街の夕焼け鉄の色の橋
異界より暑しと声す黒電話
* *
乾くパンジー 「吟遊」第18号より
日本ふはふは軽すぎる羽布団
少年の黙(もだ)を睦月の風が研ぐ
たましひの野末に冬の月かかる
空風に吹かるるものに我が履歴
風の水仙風の北半球に立つ
春の雪きれいな嘘で出来てゐる
平成長しパンジーは日に乾きをり
ファイティングポーズはさびし別れ霜
啓蟄の穴だらけなる我がからだ
* *
百の眼 「吟遊」第17号より
秋風や歌を忘れた鳥ばかり
渡り鳥印鑑ひとつ持ちしのみ
何でもありて何もあらざる秋の暮
少女らの百の眼にある百の冬
木の葉髪散る理科室の薄日かな
木枯吹く一億分の一の我
「ねばならぬ」と言はねばならぬ霙かな
ゴム草履の音のさびしき冬のそら
行く先をただちに決めよ冬の蝿
冬蝶の身じろぎもせぬ嗚咽かな
死してなほ畏まりゐる冬さくら
狼は来たらず銀の夜が明ける
ためにする表の顔は冬の暮
冬の日なたに置き忘れたる前半生
深夜聞こゆる冬の冷蔵庫の雅歌や
* *
紙芝居 「吟遊」第16号より
海の日の海見えずなり遠眼鏡
金蝿をたからせておく履歴かな
全身が原爆の日の一個人
ぽつんと地球銀河は今日も暇である
月昇るずつと無人の化粧室
秋風や自分を正当化するな
天の川こつんと達磨落としかな
紙芝居の異界も秋の暮なりき
霜月もけふでをはりの鋏かな
* *
梅雨の星 「吟遊」第15号より
火の見櫓の空は水銀(みづがね)春の昼
昔思へば遠く花林檎は白し
貌鳥も我も貌なき真昼かな
無量大数のその先梅雨の星ひとつ
遠い夕焼死者は車に寝かされて
水すまし刻々水は乾きつつ
夏野ゆく父とその子に隠しごと
水鉄砲に撃たれてしまふ愚かな父
模糊とありいちにち黴にかこまれて
* *
垂れる紐 「吟遊」第14号より
燦爛とあり初市の塵芥
ふきのたうほどの善意を持て余す
夢枕にだれも立たざる睦月如月
我立ちて我を見おろす春の夢
飢ゑてゐてあまたの蝶に囲まるる
春を寝てからだがどこまでも伸びる
春の暮体内を水めぐりをらむ
争ひぬ諍ひぬ花散り終へぬ
春深きところへ紐の垂れさがる
* *
冬枯の背中 「吟遊」第13号より
冬凪や落ちて真つ赤な子の鼻血
やがてしづかに冬枯となる背中かな
一本の木が北にある冬の夢
雪囲一日ものを言はざりし
近づいてくる冬蝶と有事かな
冬晴を笑つたままで倒れけり
少年や国境は雪雪は霏霏
計略にあたま使ひし帰り花
餅花や周りの闇の日々深まる
|