『悪魔の囁き』 〜それからのシンデレラ〜

 

Riko

 

シンデレラは手の中の鍵をもてあましながら、深いため息をついた。
 明日はいよいよ……。

「王女さま、夕食の用意が出来ました」
 舌ったらずな声が聞こえて、プリンス・タケルが入ってきた。
 プリンスといっても王子ではなく、ただの小姓である。
「食欲がないの。おまえお食べ」
 日頃ドトウの食欲を誇るシンデレラがめずらしい事もあったものだとタケルは思ったが、
 目の前に並べられたカレーの皿に、思わず唾を飲み込んだ。

「それじゃ遠慮なく」
 瞬く間にカレーを平らげるタケルを、シンデレラはうっとりして眺めた。
 6分で13皿完食。

「ブラボー! いつ見ても、汚らしくて卑しくてセクシーな食いっぷりだわ〜。
 こんなまずそうなカレーより、おまえの方がよっぽどおいしそう♪」
「前から思ってたんですけど、そんな事言ってるの王女だけですよ…」
 タケルがちょとげんなりする。
 
「いーのいーの。それより今日はいつにもまして早かったわね」
「今日のカレーには肉が入ってないから、『飲み』やすかったんですよねー」
「肉なし…。ちっ、料理人のAママのやつ、また自分の好みで料理作ってるな」

「Aママの好みをよく知ってますね。やっぱり王女とAママって……」
 途端にシンデレラの目がギロッと光った。
「おだまり! 子供は余計な事詮索しなくてよろしい。
 だけど肉がないって事は、『ステーキわし掴み食い』が見れないって事だわね。
 はて困った……」

 シンデレラは少し考えてから、呼び鈴を鳴らした。
「じぃ、じぃはどこ?」
「呼んだ?」
 黒いスーツに身を包んだ長身の男が、優雅な仕種で部屋に入ってきた。

「頼みがあるのよ、じぃ」
「その『じぃ』って呼ぶのやめて欲しいんだけど…」
 ボディーガードのGが困った顔をしたが、シンデレラは全く気にしない。

「ねえじぃや、牛肉を買ってきておくれ」
「いや、今の時期、牛肉ってあんまり売ってないから…」
「丸正の裏に行けばあるんでしょ?」
「だからそれ、豚バラだから…」
「あ、そうだった、テヘッ♪ 失敗失敗、また思い込みで書いちゃったわ」
 シンデレラはペシッとおでこを叩いた。

「そうそう、こんな事してる場合じゃないんだった。
 いよいよ明日、hideが処罰されるのよねぇ……って、あんたたち何やってるのよ!」
 部屋の中で突然筋トレを始めたタケルとGが、興味なさそうに振り向いた。

「ちょっといいアイディアを出しておくれ。特にじぃ!」
「あんまり真剣に悩んでるようには見えないんだけど」
 Gの鋭い指摘にシンデレラは少し動揺してしまった。
 本当のところ、彼女はhideがカケオチしようと言って来た時、
 あまり乗り気ではなかったのである。

「さすがに昔ホストやってただけあって、女心を読むのがうまいな、じぃ。
 そーよ、ぶっちゃけた話、いくらhideがイイ男だからって、
 こーんなオイシイ生活を棒に振ってまで一緒に行きたくなかったのよ」
 シンデレラが缶ビールを片手に喋りだす。

「だってさ〜、hideと私って○歳も離れてるのよ。将来ぜーったいあの子浮気するって。
 そしたら王女の座も金も若さも失った女が、
 たった一人でどうやって生きていけっていうのよ。
 それにひきかえ、ここにいれば、プロからシロートまでよりどりみどり。
 なんといっても、あの王様を捨てるなんてもったいないわ。 ぷはー!」
 もはや酔っ払いのオヤジと化しているシンデレラに、Gが見兼ねて口を開いた。

「結局何をどうしたい訳?」
「あの女が邪魔なだけよ。hideとあんな女が一緒になるなんて、考えただけできぃ〜〜!
 それにあんな綺麗な坊やが毒蛇に食われるなんてもっとイヤ。
 ねーねー、どーすればいいと思う? 教えて教えて。
 教えてくれなかったら、あんたの本当の歳バラすわよ」
 
 ギクッとしたGが、しぶしぶシンデレラの耳に何やら囁いた。
「ムフフ、なるほどなるほど」
「だから、どさくさ紛れに手を握らないで……」



「お義姉さま、ちょっとちょっと」
 食堂でイカの塩辛ぶっかけ飯を頬張っている義姉に、シンデレラが声をかけた。
「あらシンデレラ。残念だったわね。ウフフ、明日になればhideは私のもの…」
 すでにhideが自分の部屋を選ぶものと思い込んでいる。
 相変わらず勘違いも甚だしいオンナである。

「hideのどこがそんなに気にいったんですか?」
「食わず嫌いに出た時、彼がちゃんと私の話を聞いてくれたところよ」
「あの人、聞き上手に見えて、実は人の話全然聞いてませんよ。
 大体あの時電話番号聞かれてないんでしょ?
 タッパーだって返す気ないみたいですよ。
 そんな男の事より、もっとオイシイ話があるんですけど」
「何よ、あんたみたいに、他人の悪口ばっか言ってる女の言う事なんか聞けないわ!」
「女優デビューの話でも?」
 
 義姉の目がキラリと輝いた。
「実は今、梅宮ア○ナと神田う○が出てるエステのドラマで、
 共演女優を探してるらしいんですの。お義姉さまの事話したら、是非にって」
「えーほんとにー? やっと私の魅力に気付いたPがいたのね。いついつ、それはいつ?」
「明日収録があるみたいですわ」
 hideの処罰の事などすっかり忘れて狂喜乱舞する義姉を見ながら、
 シンデレラは心の中でガッツポーズをとった。




 翌日、宮殿内は、かの美しき旅役者hideの姿を一目見ようとごったがえしていた。
 見物客の中には、マダムM、マダムP、マドモアゼルRの姿も見える。
 何故かマダムUだけは、王様の玉座の真ん前に陣取っていた。

 ラッパが吹き鳴らされてhideが登場すると、
 場内から感嘆の声が漏れた。
 
 目の前には二つの扉。
 片方の部屋に義姉がいない事を、シンデレラだけは知っている。
 そして、王様が嘘をつく時の癖を知っているのもまたシンデレラだけだった。

(毒蛇は・・・右の部屋だよ、シンデレラ )
 と言った時、王様の左の頬はヒクヒクしていた。
 という事は……。

「さあ罪人、どちらかの部屋に入れ」
 係の者にそう言われて、hideが一歩進み出ようとした時、
 シンデレラはその背中に「右、右」と囁いた。

 観衆が固唾を飲んで見守る中、hideが何を思ったのか突然後ろを振り向いた。
 その瞳が、頬杖をつきながらも鋭く彼を見ていた王様の視線とぶつかった。
 そしてそのまま真直ぐに玉座に向かって歩き始めた。
 人々がざわめいた。

「やっと来たか」
 目の前に立っているhideに、王様が笑いかけた。 

「随分と手の込んだ芝居でしたね」
「少しビビらせてやろうと思ったんだよ」
「あの部屋が両方とも空だって、最初からわかってましたよ」
「バレてたか。だったらお前も相変わらず素直じゃないな」

「お互い様です。けどホントに結婚しちゃうとは思わなかった。
 あの週刊誌の記事読んだ時もビックリしたけど」
「あの面食い女なら、絶対お前を連れてくるとふんだんだ。
 案の定ひっかかりやがって」
「ひっかかった演技をして、俺もちょっとビビらせてやろうと思ったんです」
「バカ、十年早いんだよ」
 それまで無表情を通してたhideが、くすっと笑った。

「どこ行ってた、今まで」
「まあ、いろいろと……」
「でも帰って来たんだろう?」
 少しだけ悔しそうな顔でhideが頷いた時、
 それまで静まり返っていた場内が、突如やんややんやの喝采に包まれた。
 うれし涙にむせぶ者までいる。

 そんな中で一人シンデレラだけが呆気にとられていた。
「な、な、な、なんなの、このある意味オイシイ展開は。
 どーでもいいけどあたし、完全無視されてない?」

「無視じゃないダスよ、シンデレラ」
「あ、お義母さま」
「お義母さまじゃないダス。あんたは重婚の罪で島流しの刑ダス」
「何をいきなり……」
「Aママと結婚していながら、ちゃっかり王様ともウマイ事やって、
 更にイイ男に囲まれての贅沢三昧! 許さんダス!
 あんたももうイイ歳なんだから、
 これを機会に離れ小島に引きこもって、まっとうな生活を送るんダス!」
「どっひゃー、そんなオチかよ、義母ちゃん!」


 そして数日後……。
 Aママが漕ぐイカダの上で、シンデレラがしょんぼりと釣り糸を垂れていた。
「あ〜あ、お城の生活が恋しいなぁ」
「もういい加減に諦めなさいって」

 まったりした二人の耳に、遠くの方から水音が聞こえてきた。
 その音は徐々に大きくなってくる。

「きぃ〜〜!!よくも騙したわねー、シンデレラー!
 何が共演よっ! エステの客の使用前の役だったんじゃないのよーーーっ!」
 義姉が猛スピードで泳いでくる。 
「ゲッ、早く逃げろ!」
 二人は必死でイカダを漕ぎ始めた。


「主役がよかった、メッチャ悔しいーーーーーーーー!!」
 太陽がじりじりと照り付ける大海原に、義姉の声が高らかに轟いた。

 +++おわり+++

 
◆CAST◆

 シンデレラ・・・・・・Riko
 義姉・・・・・・・・・田○寧○
 義母・・・・・・・・・さちこ
 プリンス・・・・・・・小○尊
 ボディーガードG・・・ガ○ト
 Aママ・・・・・・・・A男