最新情報(2006年9月)






2006/09/28 残業1時間で死亡も労災 作業条件厳しく逆転勝訴
(共同通信)

船舶の荷物積み降ろし作業後に心臓病で死亡した港湾労働者の男性=当時(48)=の遺族が、大阪西労働基準監督署長に遺族補償給付などの不支給処分取り消しを求めた訴訟の控訴審で、大阪高裁は 28 日、作業条件の厳しさなどから労災と認め、遺族の逆転勝訴とする判決を言い渡した。

男性は心臓に持病があったものの、死亡前 1 週間の残業時間は 1 時間程度で、原告側弁護士は「従来の基準では認められなかったケース。労災を幅広く認めた判決だ」と評価している。

横田勝年裁判長は判決理由で、不整脈など男性の持病について「心臓病発症寸前までは悪化していなかった」とした上で、死亡までの勤務状況を検討。

1 週間の残業時間が約 1 時間で、直前の 2 日間が休日だったため「負担が重いと断定するのはためらう」としたが、死亡時が夏で直射日光を浴びて作業していたことから「前の週に比べ厳しい業務となった」と判断。業務により心臓病が発症したと認定し、不支給処分を取り消した。

判決によると、男性は 1995 年 7 月、大阪市住之江区で早朝から貨物船に鋼材を積み込む作業をしていたが、午後八時ごろ倒れているのが見つかり間もなく死亡した。作業現場に日よけはなく、最高気温は 30 度を超えていた。


【別の記事】
港湾作業員死亡控訴審:労災と認め、逆転勝訴 高裁、労基署の処分取り消し /大阪


 荷役作業中に倒れて死亡した港湾作業員の男性の姉が、労災と認めなかった大阪西労基署の処分取り消しを求めた訴訟の控訴審で、大阪高裁(横田勝年裁判長)は28日、1審の大阪地裁判決から一転、死亡と作業との関連を認め、労基署の遺族補償給付などの不支給処分を取り消した。
 男性(当時48歳)は95年7月、大阪市住之江区の南港で、貨物船への荷物の積み込み作業中に倒れ、運ばれた病院で死亡。大阪西労基署は労災を認めなかった。
 男性には元々心疾患があったが、1審判決は「作業が心疾患を急激に悪化させ、死亡原因である心臓病を発症させたとは認められない」などとして、姉の訴えを棄却した。
 横田裁判長はまず、男性の心疾患は自然に心臓病を発症させる寸前までは悪化していなかったと判断。高温・高湿度の作業環境や、休み明けという状況から「当時の業務の負担は相当高かった」とし、作業と心臓病の因果関係を認めた。【中本泰代】
 ◇大阪西労基署の話
 判決の詳細を把握していないのでコメントできない。関係機関と協議のうえ、対応を決めたい。

9月29日朝刊
(毎日新聞) - 9月29日16時1分更新


2006/09/28 労災認め不支給取り消す 津地裁、過重労働死で
(共同通信)

家電量販店ミドリ電化(兵庫県)に勤めていた男性が心疾患で死亡したのは長期間の過重労働が原因として、男性の母親( 59 )=大阪府羽曳野市=が遺族補償給付などを不支給とした津労働基準監督署の処分を取り消すよう求めた訴訟で、津地裁は 28 日、労災を認め処分を取り消した。

水谷正俊裁判長は、約 1 年間にわたる過重な時間外労働や業務内容が精神的、肉体的負担を及ぼしたと認定。長期の過重労働は虚血性心疾患を発症させる危険性があり、ほかに発症原因がないことから、業務に起因するものであると結論づけた。

判決などによると、男性は三重県鈴鹿市の店舗で売上金の管理などを担当していた 2002 年 7 月、帰省していた実家で就寝中に、虚血性心疾患で死亡した。男性は約 1 年間にわたり月 80 時間前後の時間外労働をしていたという。

津労基署は 03 年、業務と発症の因果関係が認められないとして、遺族補償給付などを不支給としていた。

【別の記事】
家電販売店男性過労死訴訟:「業務に起因」労災認める−−地裁判決 /三重

(毎日新聞)

 ◇遺族補償給付の不支給決定、取り消しを命令
 家電販売店に勤務していた男性(当時33歳)が死亡したのは長時間労働による過労が原因として、男性の母親(59)が労災と認めなかった津労働基準監督署を相手取り、遺族補償給付の不支給決定を取り消すよう求めていた訴訟の判決が28日、津地裁であった。水谷正俊裁判長は「死亡したのは業務に起因するといえる」と労災を認め、津労基署に決定を取り消すよう命じた。
 訴状などによると、男性は鈴鹿市内の家電販売店「ミドリ電化鈴鹿店」で働いていた02年7月、虚血性心疾患で死亡。母親=大阪府羽曳野市=は03年、津労基署に労災と認めて遺族補償を給付するよう求めたが支払われなかった。このため04年に提訴し、双方が疾患が業務によるものかどうかで争っていた。
 判決では、厚生労働省が時間外労働と疾患の関連が強いとしている基準「1カ月当たり80時間以上」に該当する過重労働を男性がこなし、肉体的、精神的な負担が大きかったと指摘。業務と疾患の因果関係を認めた。
 判決を受け、津労基署は「判決内容をまだ精査していない。関係機関と協議し対応を判断する」とコメントした。【山口知】
〔三重版〕


2006/09/20 保育士が退職後に自殺 労災認定の判決確定 加古川
(神戸新聞)

 過重な労働でうつ状態となり、加古川市の保育所を退職後に自殺した保育士の女性=当時(21)=の父親が労災認定を求めた訴訟で、国は二十日までに、父親の訴えを認めた東京地裁判決に対し控訴しないことを決め、判決が確定した。

 厚生労働省兵庫労働局は「判決内容を厳しく受け止め、控訴しないことを決めた」と話し、加古川労働基準監督署に早急に労災認定の手続きを進めるよう指示した。

 判決によると、女性は一九九二年九月に保母(現在は保育士)の資格を取得。翌九三年一月から無認可保育所に勤務し、月曜から土曜まで十二時間勤務が続いた。

 同年三月末には同僚の保育士六人全員が退職。四月から新人五人を指導する立場になったが、三月三十一日に病院で適応障害と診断され、入院のため退職。退院後もうつ状態が続き、四月二十九日に自宅で自殺した。

 女性の父親は加古川労働基準監督署に労災申請したが、同労基署が認めなかったため二〇〇五年六月に提訴。東京地裁の難波孝一裁判長は判決で「業務によって発病、自殺した」と指摘した。


2006/9/4 保母退職後の自殺、労災に認定…東京地裁
(読売新聞)

 兵庫県加古川市内の無認可保育所の保母だった岡村牧子さん(当時21歳)が退職から約1か月後に自殺したのは、過労によるうつ症状が原因だとして、神戸市に住む父の昭さん(70)が、国を相手取り、労災認定を求めた行政訴訟の判決が4日、東京地裁であった。

 難波孝一裁判長は、「過重な業務の結果、精神障害を発症し、その状態のまま自殺に至った」として、業務と自殺の因果関係を認め、労災と認めなかった1996年の加古川労働基準監督署の処分取り消しを言い渡した。厚生労働省によると、過労で退職した後の自殺が労災と認められたケースは「これまで聞いたことがない」という。

 判決によると、牧子さんは保母資格を得た直後の93年1月から同保育所に勤務していたが、同僚の保母が一斉退職するため同4月から新人保母5人をまとめる主任になることが決まり、心身の疲労からうつ状態となって緊急入院。同3月末に退職し、同4月下旬、両親の留守中に自宅で首をつって自殺した。

 両親は加古川労基署に労災を申請し、保育所にも損害賠償を求めて提訴。損害賠償訴訟は98年に大阪高裁が自殺と業務の因果関係を認め2000年に確定したが、労災は認められず、労働保険審査会の再審査も棄却されたため、昭さんが行政訴訟を起こしていた。

 加古川労基署を管轄する兵庫労働局労災補償課は、「判決文を十分検討し、控訴するか否かを含め対応していきたい」としている。

(2006年9月4日23時18分 読売新聞)


【別の記事1】
<労災>退職後の自殺を認定、保育士遺族が勝訴 東京地裁


 激務でうつ状態になって保育士を退職し、1カ月後に自殺した岡村牧子さん(当時21歳)の父昭さん(70)=神戸市=が、国相手に労災認定を求めた訴訟で、東京地裁(難波孝一裁判長)は4日、過労自殺と認め、原告勝訴の判決を言い渡した。厚生労働省によると、在職中に発症した精神障害の退職後の労災認定は数例あるが、退職後の自殺の認定は「聞いたことがない」という。
 判決によると、牧子さんは短大卒業後の93年1月、兵庫県加古川市の無認可保育園に就職。2歳児18人を担当し、連日10〜11時間勤務した。翌月に新年度から新人5人を指導する責任者を命じられ、自宅残業や休日出勤が増えた。3月末に精神障害と診断されて入院し退職。自宅療養中の4月末、自室で自殺した。
 国側は「4月には求職活動をするなど障害は治っていた」と主張。判決は「うつ状態は気分の良い状態と落ち込む状態を繰り返す。求職活動などは治った証拠とは言えない」と退けた。
 昭さんは同年に労災申請したが認められず、不服も05年3月に退けられ同6月に提訴。この間、保育園側へ賠償を求めた訴訟で、過労と自殺の因果関係を認めて支払いを命じる判決が、最高裁で00年6月に確定した。
 判決を傍聴した昭さんは「ほっとした。娘は帰って来ないけれど、この判決が、民営化などで悪化している保育現場の労働環境の改善につながってほしい」と語った。【高倉友彰】

 ▽小島裕・兵庫労働局労災補償課長の話 判決内容を十分検討し、関係機関と協議のうえ、控訴も含め対応したい。
 ▽過労死弁護団全国連絡会議の話 全国的に自殺に関して(労災と認めない)業務外決定を繰り返している中で、同様の事案に影響を与え、職場の改善・自殺予防にもつながる判決だ。
(毎日新聞) - 9月4日21時14分更新



【別の記事2】
退職後の自殺、労災認定・東京地裁
(日本経済新聞)

 1993年に過労のため保育所を退職して1カ月後に自殺した元保育士(当時21)の両親が、労災認定を求めた行政訴訟で、東京地裁(難波孝一裁判長)は4日、過労自殺と認定、労災と認めなかった労働基準監督署の処分を取り消した。過労で退職して1カ月後に自殺したケースで労災を認めたのは初めてという。

 昨年2月、水戸地裁で退職後一週間で自殺した医師について労災を認める判決が出ているが、過労死弁護団全国連絡会議幹事長の川人博弁護士は「退職1カ月後まで認定の範囲を広げたことは、退職後の過労自殺の認定で意義が大きい」とみる。

 訴えていたのは神戸市の経営コンサルタント、岡村昭さん(70)と妻の紀子さん(67)。

 判決によると、岡村さん夫妻の長女、牧子さんは1992年に保育士の資格を取得。翌年1月から兵庫県加古川市内の無認可保育所で働き始めた。保育士が一斉に退職したため4月から主任保母となることが決まり、業務が急増。帰宅後も翌日の準備などで深夜まで働き、2、3月は休日も出勤する状況になった。 (23:16)


【別の記事3】
退職後過労自殺も労災認定 加古川の保育士
(神戸新聞9月5日付)

 過重な労働でうつ状態となり、加古川市の無認可保育所を退職後に自殺した保育士の女性=当時(21)=の父昭さん(70)が死亡を労災と認めなかった国の処分取り消しを求めた訴訟の判決で、東京地裁は四日、請求を認め、処分を取り消した。

 難波孝一裁判長は「業務によって発病し、うつ状態が治らずに自殺したと認められる。自殺の原因が業務ではないとした労働基準監督署の処分は違法」と判断した。

 退職後の過労自殺で労災が認められたケースについて、厚生労働省労働基準局補償課は「把握している限りない」と話している。

 判決によると、保育士は一九九二年九月に保母(現在は保育士)の資格を取得。翌九三年一月から無認可保育所に勤務し、月曜から土曜まで十二時間勤務が続いた。

 三月末には、同僚の保育士六人全員が退職し、四月から責任者として新人五人を指導することになった。三月三十一日に病院で適応障害と診断され、入院のため退職。翌日退院したが、うつ状態が続き、四月二十九日に自宅で自殺した。

 昭さんは同十二月、加古川労働基準監督署に労災申請したが、同労基署は「退職、退院で障害は治っていた」として認めなかった。労働保険審査会への再審査請求も昨年三月に棄却され、同六月に提訴した。

 昭さん夫妻は保育所の経営会社に損害賠償請求訴訟も起こし、九八年八月の大阪高裁判決は業務と自殺との因果関係を認め、経営会社に約五百七十万円の支払いを命令。二〇〇〇年に最高裁で確定している。


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