最新情報(2000年9月以前)
2000年9月18日
  <自殺>借金苦や失業などの自殺者が11%増加  警察庁まとめ
       毎日新聞ニュース速報

 昨年1年間の全国の自殺者が、前年より185人増えて3万3048人に上ったことが17日、警察庁のまとめで分かった。
 対前年比の増加率は0・6%で、警察庁は「増加に歯止めがかかった」とみているが、借金苦や失業など「経済・生活問題」が原因の自殺は11・5%(700人)の増加となり、不況が引き続き深刻な影を落としている。
 
 自殺者のうち男性は2万3512人で前年より499人増え、女性は9536人で314人減少した。

 原因・動機別では、病苦など「健康問題」が1万6330人で全体の約半数を占めた。
 経済・生活問題は5人に1人にあたる6758人(20・4%)で、「家庭内のトラブル」が2794人(8・5%)だった。健康問題と家庭内トラブルは前年より減少した。経済・生活問題の内訳は(1)負債・借金3325人(2)事業不振1126人(3)生活苦916人(4)失業596人(5)就職失敗168人――の順。
 遺書が残っていた9207人についてみると、経済・生活問題は2779人(30・1%)に上った。

 職業別では、無職が1万5467人(46・8%)、被雇用者7890人(23・9%)、
自営者4280人(13・0%)、主婦2681人(8・1%)。 被雇用者が前年より減少した半面、管理職は278人で15人増えた。60歳以上と19歳以下は減少したが、50代が8288人(390人増)、30代が3797人(183人増)で増加が目立った。

 警察庁によると、戦後の自殺者は、1950年代後半と80年代中ごろをピークにその後それぞれ減少したが、バブル経済崩壊後の92年から増加傾向に転じ、98年は3万2863人で初めて3万人を超えた。総務庁の調査では、昨年の完全失業率は4・9%で、98年を0・6ポイント上回る過去最悪の数字となっている。

 一方、昨年、警察が捜索願を受理した家出人数は前年に比べて1・1%減の8万8362人で、4年ぶりに減少した。しかし、年齢別では50代の中高年が7・3%増の9297人となった。
 原因別でも「事業関係」が12・0%増の1万2375人に上るなど、不況長期化の影響が色濃く出ている。

 自殺防止センター東京(03・5286・9090)の西原由記子代表の話 
 「中高年は経済的なしわ寄せからストレスの多い生活を余儀なくされた上、リストラで会社に居場所がなくなり、医者にも家族にも悩みを打ち明けられず死を選ぶ。こうした社会に対するイライラのない人はいないはず。これだけ自殺者が増えるということは、景気だけの問題ではなく、人が人として生きられる環境づくりが必要だ。少年による凶悪事件が増えているのも、外に向かうか内に向かうかの違いで、社会のあつれきに対する暴発ではないか。」

 過労死弁護団の川人博幹事長の話 
 「自殺は98年の統計で劇的に増えて年間3万人を超えたが、さらに増えたというのは有効な対策が何も取られていないということだ。「自殺・過労死110番」(03・3813・6999)への最近の電話をみても、リストラされて自殺を考えるというより、リストラされそうな重苦しい雰囲気の中で働く精神的なプレッシャーに悩む中高年が増えている。今年も上半期で自殺が減ったという話は聞かない。
  見かけの経済指標は良くなったとしてもサラリーマンを取り巻く状況は変わっていない。」

2000年9月7日
 労災判決 日本航空の元客室乗務員の腰痛は認めず=東京地裁

  日本航空の元客室乗務員の女性(47)が、「腰痛は労災とはいえない」とした
労働基準監督署の処分の取り消しを求めた訴訟で、東京地裁は27日、女性の請求を棄却した。
  山口幸雄裁判長は「長年の業務で腰痛が慢性化したとも考えられるが、労災補償を認めるほど業務と関連があったとはいえない」と判断した。
  客室乗務員の職業病が労災に当たるかどうかが争われた初の裁判で、ほかの労災申請にも影響が出そうだ。

  判決によると、女性は入社7年目から腰痛や肩のだるさがひどくなり、1982年に療養補償を大田労基署に求めたが、84年に不支給決定を受けた。客室乗務員の腰痛多発を指摘した医学論文があることなどから、判決は「業務が痛みの原因ではないか」と指摘したものの、「腰痛は普段でも頻繁に起き、労働以外の影響も考えられる」と判断した。

  原告側の岡村親宜(ちかのぶ)弁護士によると、客室乗務員の過労性腰痛が「業務上」と労災認定されたのは79年の2件だけ。
  その後はすべて業務外とされてきたことから、司法の判断を仰ぐために97年に提訴したという。判決後の記者会見で原告は「納得いかないので控訴したい」と話した。

2000年8月9日
  <過労死>労基署の控訴棄却 遺族補償不支給処分取り消し命じる

  「夫の過労死を認めないのは不当」と主張し、1987年に製本会社で作業中に倒れて死亡した金井義治さん(当時54歳)の妻、フミコさん(64)が中央労働基準監督署長を相手に遺族補償給付の不支給処分取り消しを求めた訴訟の控訴審で、東京高裁(新村正人裁判長)は9日、不支給処分の取り消しを命じた1審の東京地裁判決を支持し、労基署側の控訴を棄却した。
  新村裁判長は「くも膜下出血の前兆といえる頭痛があったのに、会社が繁忙期で休むことができず、仕事が原因で発症し死亡した」と述べ、昨年8月の1審判決と同様、金井さんの死を過労死と判断した。

  判決によると、金井さんは87年11月28日、雑誌の新年号の製本作業が集中し、死亡の10日前、2日前、当日と3度にわたって頭痛を訴えた。しかし、会社で他に作業できる人がなく「今休むわけにはいかない。怒られる」と話して出勤し、くも膜下出血を発症して死亡した。

2000年8月9日
  <過労死裁判>経営者側に求刑通りの罰金命じる 大阪地裁判決

広告代理店勤務の女性デザイナー、土川由子さん(当時23歳)=大阪府和泉市=が退職の1週間後に死亡した問題で、従業員に健康診断を受けさせず、時間外労働をさせていたとして、労働安全衛生法違反と労働基準法違反の罪に問われた広告代理店「ジアース」(大阪市北区)の代表取締役、渡部里美被告(49)の判決が9日、大阪地裁であった。
  上垣猛裁判官は「経営者としての基本的な義務を怠った」として、渡部被告と同社にそれぞれ罰金40万円(求刑どおり)を言い渡した。
  判決によると、渡部被告は1996〜98年ごろまでに、従業員の健康診断を行わず、労使間協定なしに深夜労働させるなどした。
  由子さんは、体調不良のため98年3月31日に同社を退職し、翌月7日、くも膜下出血で死亡。
  遺族は同社と渡部被告に、未払いの時間外賃金など約1億円の支払いを求める損害賠償請求訴訟を大阪地裁に起こしている。
  由子さんの死亡をきっかけに天満労働基準監督署が同社の労働実態を調査し、渡部被告を大阪地検に書類送検。過酷な労働条件が、刑事裁判で審理される異例のケースとなった。
  記者会見で、母親の慶子さん(52)は「刑事裁判で求刑通りの判決が出たのはうれしい。民事訴訟の方は労働と死亡の因果関係の立証が難しいが、今日の判決が反映されればと思う」と話した。 【和泉かよ子】


2000年8月8日
  <過労死>過重労働が原因 出版社を両親が提訴 裁量労働制初 

  女性週刊誌の編集者の男性が入社2年目の24歳で突然死したのは、年間3122時間に上る過重労働や深夜勤務が原因と主張し、男性の両親が8日、出版社「光文社」(東京都文京区)に計約1億6880万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。
  同社は勤務時間を社員にゆだねる裁量労働制を導入しているが、原告側弁護団によると、裁量労働制での過労死訴訟は初めてで、「長時間労働に拍車をかけており、安易な導入を続ける労務管理に警鐘を鳴らしたい」と話している。

  提訴したのは、急性心機能不全で1997年7月に死亡した脇山達(たつる)さん(当時24歳)の父進さん(62)と母晴枝さん(60)=東京都目黒区。

  訴状などによると、96年4月に入社した達さんは、同年9月ごろから女性週刊誌「女性自身」のグラビア担当編集者となり、カメラマンらとの打ち合わせや写真撮影の同行、校正作業に携わり、翌年7月27日朝、自室ベッドで死亡しているのを発見された。
  出勤簿によると、死亡前1年間の労働時間は毎月240〜290時間、1カ月20日間勤務とすると、1日平均13時間に及び、午後10時以降の深夜労働が31・2%を占めた。休日もテーマ立案などをして働いていた。

  両親から労災保険適用申請を受けた東京中央労働基準監督署は今年5月、「裁量労働制だから自分で労働時間の配分が可能だった」「達さん以外の人も深夜労働しているが、死亡したのは達さんだけ」と不支給を決定した。
  同社側も労災と認めていないという。
  これに対し両親側は、達さんの死亡は業務上の過労・ストレスが原因と主張し、同社は長時間労働や深夜労働を過度にさせない義務に違反したなどと訴えている。

  裁量労働制には1日8時間労働や残業という制約はなく、勤務時間の多少にかかわらず、仕事の実績評価が給与に反映される。研究開発者、記者、編集者、デザイナーといった職種に適用され、光文社も94年に導入していた。

  東京・霞が関の司法記者クラブで会見した晴枝さんは「ベッドで冷たくなっている息子を発見した時の驚き、恐怖がまざまざとよみがえり、夏は嫌いです。どうして21世紀を生きられなかったのか。責任がだれにあるのか、はっきり伝えてやりたい」と訴えた。
  弁護団の川人博弁護士は「年間3000時間働いても労基法違反に当たらないというおかしな事態になっている」と、裁量労働制のあり方に疑問を投げかけた。

2000年7月17日
  過労で元運転手がくも膜下出血、最高裁が労災認める
  (判例全文)

  勤務中にくも膜下出血で倒れたのは過労が原因として、横浜市の運転手派遣会社の元男性社員(70)が横浜南労働基準監督署長を相手取り、労災休業補償を支給するよう求めた訴訟の上告審判決が十七日、最高裁第一小法廷(大出峻郎裁判長)であった。
  同小法廷は「仕事による過重な精神的、肉体的負担がくも膜下出血を発症させた」と述べ、原告の請求を棄却した二審・東京高裁判決を破棄、同労基署の補償不支給処分を取り消した。原告側の逆転勝訴が確定した。
  判決によると、元社員は、大手損害保険会社の横浜支店長付き運転手だった一九八四年、運転中にくも膜下出血を発症し、入院。
  支店長の送迎に加え、ゴルフ場への接待客の送迎も担当しており、超過勤務は一か月に平均百五十時間、実際の走行距離も一か月平均で三千五百キロに上った。

  判決は、「支店長が乗る車の運転という業務の性質上、精神的緊張を伴い、支店長の業務の都合に合わせる不規則なもので、早朝から深夜に及んだ」などと指摘した。元社員は現在も、意識障害などの後遺症が残っている。
 
  一審・横浜地裁は請求を認めたが、二審は「仕事が原因で発症したとは言えない」とし請求を棄却した。

  判決後、会見した原告側の弁護士は「長期間にわたる業務の過重性を認めたことは画期的」と評価。元男性社員に妻を通じて判決を伝えると、「長い間の苦労が報われ、胸がいっぱいです」と喜んでいたという。

 

6月30日 労働省:フレックスタイム導入企業に残業手当支払いを勧告(6月30日付毎日新聞)

 労働省は30日、フレックスタイム制を導入している大手電機メーカー21社を対象に実施した労働基準法に基づく監督調査の結果を発表した。この調査では、違法なフレックス勤務によるサービス残業の実態が明らかになり、13社に対し適正な残業代の支払いや労働時間管理を行うよう初めて是正勧告を出した。
 調査は今年4月に実施。21社は東京、愛知、大阪の各都府県にあり、▽割り増し賃金が付かないサービス残業(5社)▽フレックス制を定めた労使協定の不備(6社)▽賃金台帳に労働時間の記載がない(6社)など、労基法違反の事実が見つかった。このため、13社に対し是正を勧告、うち5社に残業手当支払いを求めた。

 フレックス勤務制は労基法で定められている変形労働制の一つ。1カ月以内の一定期間の総労働時間を定めておき、その範囲で労働者が始業、終業の時間を選択して働く制度。フレックス制を採用している電機各社の多くは、残業時間を自己申告に任せている。しかし、経営側の残業抑制の方針や、残業が一定時間を超すとボーナス査定がマイナスになることなどから、従業員が労働時間を過小申告するケースも見つかった。

 同省は「残業時間が自己申告制となっている会社では上限を設けており、事実上のサービス残業になっている」と指摘。同日、労働時間の把握を厳正に行うことを各企業を指導するよう電機業界団体に要請する。

 【稲葉 康生】


2000年6月20日
   <労災認定>事故の責任問われた駅員の自殺を認定 鹿児島労基署

 JR西鹿児島駅(鹿児島市)構内の脱線事故の責任を問われた男性駅員(当時40歳)が研修中に自殺した問題で、鹿児島労働基準監督署は20日までに、自殺を労働災害と認め、遺族らに通知した。

 鹿児島労基署などによると、昨年7月3日夜、回送列車(3両編成)が同駅ホームに向かう途中、先頭車両の下のポイントが切り替わって脱線し、約7時間線路をふさぐという事故が発生した。

 JRは事故後、運輸指導係だったこの男性が、発進信号が出ていないのに発進させたとして、運転士らとともに通常勤務を外し、約2カ月間運転規則の徹底や誘導訓練などの研修を受けさせたところ、昨年9月、男性は鹿児島県頴娃(えい)町内の建設資材置場で自殺の焼死体で見つかった。
 遺族は今年1月、「自殺とJRの研修教育には因果関係がある」と鹿児島労基署に労災認定を申請した。

 鹿児島労基署は「男性が脱線事故によって受けた心理的負荷は大きい。事故後、心身の疲労や集中力の低下などから精神障害を起こし、自殺した」とし、自殺は「脱線事故の重大性」に起因すると判断した。自殺と研修との関連には触れなかった。

 今回の認定に対して遺族側は「認定されて当然だと思う。JRには、なぜ厳しく長い研修を課す必要があったのかきちんと説明してほしい」と話している。 

2000年6月12日
  <過労自殺訴訟>オタフクソースが控訴を取り下げ 広島
              毎日新聞ニュース速報

 従業員の自殺について、会社側の安全配慮義務違反を認め、約1億1100万円の損害賠償の支払いを命じたオタフクソースの過労自殺訴訟で、広島地裁の判決を不服として控訴していた被告のオタフクソース(広島市西区)と関連会社のイシモト食品(同)が12日までに控訴を取り下げ、原告勝訴が確定した。

 オタフクソース社長室は「判決内容を検討し、取り下げた。精神面の健康管理にも努め、再発防止に努めたい」と話している。

 同訴訟は、イシモト食品に配属された木谷公治さん(当時24歳)が、長時間労働などでうつ的状態になり、1995年9月、ソース製造現場で首つり自殺し、母親(62)が提訴していた。 【森田 真潮】

2000年5月19日
  <過労自殺訴訟>オタフクソースが広島地裁に控訴状を提出

 従業員の自殺について、会社側の安全配慮義務違反を認定し、原告の母親(62)に約1億1100万円の損害賠償の支払いを命じたオタフクソースの過労自殺訴訟で、被告企業のオタフクソース(広島市西区)と関連会社のイシモト食品(同)が18日の判決後、控訴状を広島地裁に提出していたことが19日、分かった。

 オタフクソースの担当者は「原告側が判決直後に動産の差し押さえをしてきたので、強制執行停止決定を申し立てた。控訴状は、申し立てのために便宜的に添えただけで、控訴して争うかどうかは検討中」と説明している。

 同訴訟は、オタフクソースに入社後、イシモト食品に配属され、特注ソースの製造担当になった木谷公治さん(当時24歳)が、長時間労働などからうつ的状態になり、1995年9月、ソース製造現場で首つり自殺し、遺族が提訴。

 広島地裁(加藤誠裁判長)は18日の判決で、「会社側には男性の心身の故障を疑い、同僚や家族から事情を聴く義務があった。自殺は防止できた」と過失を認めた。 【森田 真潮】

2000年5月18日
  過労自殺は会社責任 地裁が1億1000万支払い命じる

 長男(当時24)が勤務中に自殺したのは、過酷な労働で精神的に追いつめられていたためだとして、被災者の母親が、食品会社「オタフクソース」(本社・広島市西区)とその関連会社を相手取り、約1億3700万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が18日、広島地裁であった。
 加藤誠裁判長は「過労とうつ病による自殺との間に因果関係があり、被告は安全配慮の義務を怠った」として、過失相殺せずに会社側の責任を全面的に認め、両社に合わせて約1億1111万円の支払いを命じる判決を言い渡した。

 判決によると、長男、は1993年4月にオタフクソースに入社。
 同10月に関連会社に配属され、特注ソース製造部門に勤務するようになった。
 同社では高温多湿の劣悪な環境下、連日午前6時台から午後7時台までの長時間労働が続き、95年8月には体調を崩して治療を受けながら仕事をするなど、過酷な労働を強いられた。
 さらに、新入社員の教育も任され、教育方法などについても悩んでいた。
 これらが原因で公治さんはうつ状態になり、同年9月、ソースをつくっている工場内で自殺した。

 広島中央労働基準監督署は97年12月、母親の申請を受けて、長男の労災認定をした。
 裁判では、◆労働環境が長時間かつ劣悪なものだったか、◆自殺と過労に因果関係があったか ◆会社側は従業員の健康へ配慮する義務を怠ったか――などが争点となった。
 加藤裁判長は「劣悪な労働環境で、精神的な負担が増していたにもかかわらず、適切な措置を取らなかった」と会社側の姿勢を批判。
 「業務のほかには疲労を生じさせる原因はない」とし、過失相殺しなかった。
 但し、損害賠償額の算定方法の違いで約2600万円を減額した。

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