本会ホームページ9月号にて10周年記念特集号が組まれ、特別資料として私の原爆油絵展関係記事が載っている。RP会が関係する原爆図展示活動は、平成16年をもって終わったが、その後5年経過した。その間世界の情勢は変化してきているので、原爆図原作者として、現在の所信を申し述べたい。
世界の情勢は、毎日・毎月・毎年変化しており、1. はもう古い、というのではなく、2. がなければ1. の土俵の下では世界は崩壊しつつある現状をよく理解して行動すべきである。
RPの声 RPフォーラム
(自由投稿欄) No.379
元気に生きるための私の整理------- 二見
壽賀子(西宮市)
娘の結婚と同時に私も西宮市に転居し、独居生活に入りました。独りで準備しての疲労からか、転居してまもなく入院することになりました。娘の出産と重なったこともあって不自由な思いをしました。
自分に何かあった場合、娘が整えやすいようにしておかなければと思い、最小限の準備をしました。
T貸し金庫に入れているもの
@預貯金通帳 A生命保険証書B年金関係書類C万一の場合の手続き(娘に分かりやすく)D僅かばかりの宝石類
U自宅に整理しているもの
@入院の場合の一式をまとめて ATのCと重なるるが快復が見込めない場合の手続き
B飲んでいる薬の一覧表・・・持病があって投薬数が多いので
C葬儀等についての娘への依頼事項・・・婚家先に家もお墓もあるので。
D現金少々(自宅は兎小屋てすが、殆ど外出の現在万一空き巣に入られ何もなく放火されても困るので)
その他として手帳への記入→手帳の付録以外に、病気名と投薬の一覧表・掛かりつけ医名
整理上の私の課題
独居のわりに物が多く、実際に整理を試みても一向に減らないのは、持ち物それぞれに思い入れがあって他人からみれば価値のない物でも思い切って整理ができない。
@箱入りのタオル・ハンカチ等、記念品・お返し物(多すぎるのに)
A図書・・・図書は一つの道具であり、必需品であるので、かなり後輩に受け取ってもらつたが・・。
B衣類・・・嫁入り衣装としての着物類 一度も袖に手を通さずにタンスで眠ったままの物。
C陶器類・・・唯一の私の収集物だが、阪神大震災時に高価な物ほど破損したと聞き、以後増えもせず使用もできず棚の中に。
自分の人生の整理にあたって、自分史とか日記とかが考えられるが、私はあえて残さないことにしている。自分史も自分流につくったけれど、万一の場合目にするのは娘である。現実に生きている者に死者の思いを残すことは、負担であろうし、こだわるであろう。
これらの整理は自身の死への準備ではなく、あくまで老いと向き合うことを恐れず、安心して元気に生きるための準備のつもりである。
平成21年7月26日
RPの声 RPフォーラム
(自由投稿欄) No. 380
チェンジ:何が変わるか、何を変えるか------- 伴
七郎(京田辺市)
オバマ大統領が「チェンジ」を呼びかけ、地方自治の首長が構造改革を主張し、各地に変化の兆しが現れはじめている。しかしまだ日本の大勢としては、政界・産業界ともに、あまり急激な変化を求めず、路線を継承し問題を先送りする傾向にある。先日、冗談交じりに「チャチャチャの時代到来。いまこそチェンジにチャレンジするチャンスだ」と言ったところ、爺の寝言もいい加減にしろと注意された。
まだ私たちは恵まれた環境にあるが、ツケを回された若者たちに希望を持たすには、思い切ったチェンジが必要であろう。最近やっと選挙対策のため、予算の裏づけのない「子供向けバラマキ政策」が打ち出されてきたようだ。ささやかな経験しかないが、私なりの挑戦、失敗、希望の歴史の一部を振り返ってみた。
新しいことには失敗があり、決断も必要
1980年代に、通信販売トップ企業の創業社長と仕事をした時、その頃、まだ今ほどダイエットが大騒ぎされてはいなかったが、先取りをしてダイエット専門の通信販売を社長自ら計画され、商品企画にも自ら実験台となって2〜3年マーチャンダイジングに没頭された。若い子を動員し、調査と試験を重ね、分厚いカタログに仕上げ市場に出された。万全の態勢で臨んだ割には売り上げが伸びず、改良を加えてもう1年と勧めたが、翌年即中止を決定された。多額の初期投資に対しさらに追加投資する効果の判断に危険を察し、自らの失敗を認め、自己責任で即決された勇気に感心した。新市場への挑戦も見事であったが、これを撤退する潔さも勉強させてもらった。
挑戦には夢もあるが、危険も覚悟
1996年にインターアート協会設立の話があり参加した。メディアの多様化がはじまり、デジタル技術を加え、アートを世界的にネットで結びつけようとするもの。翌年5月、第1回世界大会を北京で開催することになり、メディアの過去・現在・未来の3ブースに分け“Vision Quest in Beijing”を企画、欧米・印度・中国の参加を得た。千坪の会場に、当時の新しいメディア表現を展開、会期を1日延長し北京の小学生に開放、無事終了した。
圧巻はイベント終了後、参加者のルーベンセジャ(米・版画家)発案によるパレスチナに五角形4階建ての国際平和美術館建設構想が進行した。設計図も完成。5面の外壁の一面と4階のマルチメディアミュージアムを請け負うことで話はまとまったが、パレスチナへの部材と機器の搬入にNOが入り、企画の苦労は水泡に帰してしまった。
並行して中国・国立プラスティック研究所長がもつ生分解プラスティックの導入の計画が発生。環境問題は最優先の課題であり、かなり精力的に資金と労力を投入し、国内のマスコミにも何回か取り上げられたが、問題の大きさに比べ体力不足を露呈し計画は消滅してしまった。2点とも、ヒト・モノ・カネ・ルールなど海外との交渉と引き際の難しさを十二分に味あわされる結果になったが、反面素晴らしい夢を見る充実した時間でもあった。
変えねば変わらぬ、当然のはなし
昨08年、1年間をかけ「まちづくりチャレンジリーダー」の講習を受け、本年度より実施計画の段階に入った。予算不足の硬直化した地方財政に、民力でどれだけバックアップできるかのテストケースでもある。多くの課題をまずは生活者の立場から抽出して対策を検討し、産官学にそれぞれ問題提起と解決策を求めながら提案にまとめる作業である。とりあえずは、自分たち住民は何をすべきか、よりよき生活のために何を変えてほしいかなど鶴首協議を始めた。地元には、一休和尚の寺がある。髪も髭も伸ばし、権力と体制に反発、清貧と厳しい修行を貫き、文化人・自由人としての一休さんは、チェンジの先駆者ともいえる。いま、「一休文化サロン」を発足させる計画も進めている。
心静かに余生を送るのも至福の限りではあるが、新しい発見を求めて行動するのも一つの生き方であり、ボケ防止にでもなれば更によしと考える次第。
平成21年7月30日