07/12/9和歌山カレー事件を考えるひとびとの集い報告


12月9日「和歌山カレー事件を考える人々のつどいー真実は明かされたのか?」が行われた。
昨年から今年、「林眞須美さんを支援する会」が大阪で支援集会を行ってきたが、和歌山で行われたのははじめて。主催はこれまで、大阪での集まりに参加してきたものの有志が集り大阪で会合を持ってきた。それに「支援する会」「あおぞらの会」が一緒になって「和歌山カレー事件を考える人々の会」とした。今年8月からはじめた和歌山でのびらまきで、和歌山現地ではいまなお事件については敏感で、今も風化することなくあることを感じていた。集会の名称、主催者として「支援」とはっきり出さず「考える人々のつどい」とした。実質集会の中身は「支援」そのものではあったのだけれど。ぼくたちには和歌山には呼びかけることができる運動のつながりのある人たちはいなかった。あおぞら通信やチラシを送付したりネットで呼びかけたり、できることはしてきたけれど大阪近辺の僕たちの知人、友人だけの小さな集まりになるのではと覚悟していた。ところがこの日、予想ははずれ、70名を越す人が集ってくれた。和歌山からも7名の参加があった。東京はもちろん埼玉や岡山からも来られていた。用意したテーブル席からあふれイスのみとなった人たちがたくさんいた。

 集会は休憩をはさんで二部構成で行われた。一部では先ず三浦和義さんから、眞須美さんに激励の手紙を書き送ったことへ接見禁止が取れた直後の眞須美さんから発信第一号としての手紙が届いたことから手紙のやりとりが始まったこと。状況証拠だけで有罪としてよいのか。眞須美さんの冤罪であることを確信している、眞須美さんの命を支えたいと話された。最近眞須美さんに面会にはいったツクイさんから、いつも子供さんのことを心配している眞須美さんの近況が話された。そして面会に足を運んで欲しいと訴えた。免田栄さんから死刑確定囚から再審を闘われ無実を勝ち取ったご自身の体験を話された。そして「死刑のことを考えてください」と訴えられた。赤堀政夫さんもあいさつされた。事件のこと捜査のこと裁判のこと。そして、「林眞須美さんは自白調書がないと聞いています。また、裁判所が事実認定した証拠にも、大きな疑問があると聞いています。実に疑わしい事件だと思っています」そして「私は無力ですが、眞須美さんのため、経験を生かして何らかの力になりたいと思っています」としめくくられた。
浅野健一さんが「人権と報道ー今も続く犯罪加害の犯罪」というテーマで、人権のために報道があるという立場から今も続いている「犯罪報道の犯罪」について話された。「和歌山カレー事件」とのかかわり始めたときのことが話された。98年の7月25日事件は起きた。8月25日に朝日新聞が「園部住民 保険金詐欺」の記事が掲載されてから林さん夫妻への「別件有罪視、悪人視報道」は始まり、報道陣が林家自宅の周囲を取り囲んだ。(面白く聞いた話として「最近、大事なものを書くとき朝日を使う。」大阪府知事候補として橋下弁護士の記事を載せたのも朝日だった。「朝日」という「信頼」を利用している。「朝日」もそんなものなのなんやと。一方で大阪産経は逮捕時以外は林家から百mの距離をとっていたとか。)

記者らは脚立を塀に立てかけ林家の内部を見る。郵便物を勝手に見る。ゴミをあさる。塀に上る。屋根に登る者もいたとか。その年の9月になって林家に行き「連絡を」と書いた手紙をポストに入れた。その日の夕方に電話があり話をした。河野義之さん、弁護士の木村哲也さんに連絡した。ご自身の教え子が記者として林家を取り囲む報道陣の中にいた話とか、当時のスライドを使って、どんな状態だったのか理解できた。報道されたビデオを裁判所の提出命令にマスコミは自分からすすんで従ったこと、その過去に犯した自らの罪をきちんと検証するべきだとこの日取材に来ていた報道陣に向かって話された。

二部は林健治さんのあいさつから始まった。逮捕後の取り調べのこと、一生子供にはあえないぞと脅されたこと、眞須美さんから自白が取れないと判断した検事は健治さんに「眞須美にヒ素を飲まされたといえ」と勝手なストーリーを作り供述を強制しようとした事など話された。そして、健治さんは、自分は眞須美さんをかばっているといわれるが、かばっているのではない。擁護しているのではない、やっていないから言っているのだと、話された。
この日全員5人の弁護団が参加していた。主任弁護士の安田さんがスライドを使って分かり易く事件のこと、裁判のことを話された。今、上告趣意書を提出している。上告して3〜4年で判決が出ている。その前に弁論があるがそれまでに無実を訴える補充書を提出していく。印象にのこったことをあげてみると、
●一審の判決文は938ページもの膨大なものだった。それだけの言葉を使わなければ「犯人」と言えなかったこと、直接的な証拠が挙げられていないということを示している、と。
●女子高生の目撃証言がある。カレー鍋は二つあった、東鍋と西鍋。(眞須美さんが)鍋を開けているのをみたという女子高生が見た鍋は、ヒ素が入っていない西鍋だった。亜ヒ酸は東鍋に入っていた。それを眞須美さん有罪の目的証言としていることが問題。

●女子高生はタオルを首に巻いた白のTシャツを着ていた眞須美さんを見たというが、事件当日、眞須美さんは黒のTシャツを着ていた。タオルは持っていかなかった。そういうことから、女子高生は別な人物を見ていたのではないか。女子高生の目撃証言は眞須美さんの無実を証明する重要な証言ではないか。
●眞須美さんは一人でカレー鍋の見張りをしていたのではない。次女とずうっと一緒だった。次女はそのことを証言したが、「親子だから信用できない」とされた。
●カレー鍋、祭り会場から見つかった紙コップ、実弟から提出されたヒ素、自宅の流しの下のポリ容器から見つかった四つのヒ素が同一であることをスプリング8を使って証明したとされる。でもそれは不純物が同じだということを言っているにすぎない。自宅台所から見つかったとされるポリ容器には疑問がある。家族の誰も見ていない。普段子供達が弁当をつくっている。そんなところに他の食材と見間違うような亜ヒ酸を置くだろうか。それに自宅への捜査が始まって4日目に見つかったとされているのも疑問だ。90人の捜査陣が何故4日目にならなければ見つけられなかったのか。おかしいではないか。狭山事件での万年筆のことがある。同じ事が行われているのではないか。

●さいごにこれは本当に「毒カレー事件」なのだろうか、と安田さん。ヒ素は四つあった鍋のうち一つにしか入れられていない。何故四つの鍋に入れなかったのだろう。なぜ一つだけなのか。被害者は不特定の住民。一部の人でいい。全員でなくていい。被害者は誰でもよかったのではないか。カレー鍋に入れられた亜ヒ酸は135gと推定されている。人を一人死に至らしめるのに必要とされるのは耳かき一杯だという。犯人は、亜ヒ酸の恐さを知らない人物ということになる。そうだとすれば、これは「食中毒偽装事件」ではないか。自分で飲んでその恐さを知っている健治さん、眞須美さんではない誰かが起こした「傷害致死事件」であると。「真犯人は名乗り出て欲しい」「二〇〇八年七月二五日には時効が成立する」と安田さんは訴えた。(坂)


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