07/12/7大拘死刑執行抗議行動報告


死刑執行抗議!全国で3名 大阪で池本登さん

12月7日、昼前のテレビのニュースで執行を知った。2003年から毎年大阪では死刑執行が続けられてきたことになる。
「大阪で執行があったら、その日の晩に、大阪拘置所の正門前に集ろう」と死刑人権で呼びかけてきた。でも何度抗議をしたり執行するなと訴えても何にも変わらずに執行は続けられた。空しい思いがあるけれど、訴えることで死刑がとまることもない事は分かっている。ぼくにとり、執行のあった日の晩にその場に行くことは執行で殺された人のことを思ってということも確かにあるが、ひと言でも「何で殺したんか」と拘置所に、刑務官に向かって言っておかなければならないと思うからだ。
この日も大阪の周りにいる人たちと犬山にいるふうさんに「拘置所に行こう」と呼びかけた。
家を出るときに雨は降ってなかったのに、地下鉄を上がると激しく降っていた。傘はなかったがしかたがない、ハンカチで頭を包んで大拘に急ぐ。途中で、駅で拾ったビニール袋で頭を包んだふうさんと李さんに会う。お互いの姿を見て笑いあう。正門前についたら雨は上がった。真っ暗ないつもと違い正門横の職員詰め所には人がいて灯かりもついていた。ぼくたちが行くのを予想していたんやろうなあと思う。ぼくたちの人数は増える。アムネスティの林さん、キリスト教の牧師の樋口さん、そしてYさん。職場から駆けつけてきている津久井さんはまだ来ない。後になって合流。横断幕を拘置所にくくりつけ、Hさんはろうそくの火を灯したところで少しずつ参加者から塀の中に向かって思いを話していった。

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池本登さんは74歳だった。テレビで写真を見た。きっと逮捕時の写真だったと思う。下着らしいシャツ姿の朴訥な感じの人だった。それから20年もたっている。「何でそんな、高齢の人を死刑で殺さなあかんのん。何の為に殺したのん!」
「上からの命令やからとか法律に基づいてとか制度があるからとかいうけれど、刑務官であるあんたらがやったことは、池本さんにやったことは、死刑という名の人を殺すことなんですよ。」
「刑務官のあなたが今日池本さんにやったことを、家に帰って奥さんに言えますか。」「今日死刑があってなあ、俺は殺してしもうたあと子供に向かって言えますか。言われないと思います。そんな家族にも話せない仕事は間違っていると思います。」
ふうさんのマイクの、よく通る声が塀を越えて建物の中に拘置所の暗闇の中に吸い込まれて行った。
林さんからこの日、大阪でつくられた声明文が拘置所の中に向かって読まれた。さいごに牧師の樋口さんがキリスト教にのっとって聖書を読み池本さんを見送る言葉を告げてくれた。池本さんのことだけでなしに、池本さんを殺めた刑務官の人たちのことも気遣っていたことがぼくには温かく感じられた。「アメージング グレース」を歌ってくれてこの日の行動を終えた。李さんが白い花束を二つ持ってきてくれていた。正門に差し入れていた。正門から離れる僕たちに向かって職員が花束を持っていけと言っているのを尻目にぼくたちは駅に向かった。


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