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12月7日、昼前のテレビのニュースで執行を知った。2003年から毎年大阪では死刑執行が続けられてきたことになる。 「大阪で執行があったら、その日の晩に、大阪拘置所の正門前に集ろう」と死刑人権で呼びかけてきた。でも何度抗議をしたり執行するなと訴えても何にも変わらずに執行は続けられた。空しい思いがあるけれど、訴えることで死刑がとまることもない事は分かっている。ぼくにとり、執行のあった日の晩にその場に行くことは執行で殺された人のことを思ってということも確かにあるが、ひと言でも「何で殺したんか」と拘置所に、刑務官に向かって言っておかなければならないと思うからだ。 この日も大阪の周りにいる人たちと犬山にいるふうさんに「拘置所に行こう」と呼びかけた。 家を出るときに雨は降ってなかったのに、地下鉄を上がると激しく降っていた。傘はなかったがしかたがない、ハンカチで頭を包んで大拘に急ぐ。途中で、駅で拾ったビニール袋で頭を包んだふうさんと李さんに会う。お互いの姿を見て笑いあう。正門前についたら雨は上がった。真っ暗ないつもと違い正門横の職員詰め所には人がいて灯かりもついていた。ぼくたちが行くのを予想していたんやろうなあと思う。ぼくたちの人数は増える。アムネスティの林さん、キリスト教の牧師の樋口さん、そしてYさん。職場から駆けつけてきている津久井さんはまだ来ない。後になって合流。横断幕を拘置所にくくりつけ、Hさんはろうそくの火を灯したところで少しずつ参加者から塀の中に向かって思いを話していった。
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