Page 2(Vol.21〜Vol.40)



Vol.40  『懲戒解雇』・・・高杉良 著 (講談社)

この作品は過去に起こった事実をもとに創られたフィクションなのだが、 読んでいるうちにどこかで聞いた話であることに気づいた。 ここでも13で紹介してある清水一行の『背信重役』だ。 『背信重役』では重役達の卑劣さや無能ぶりを前面に出して、自己保身に走る姿ばかりがクローズアップされていたが、 この『懲戒解雇』ではその悪徳重役に正義感の強いエリート課長が戦いを挑むという形になっている。 お互いの作品それぞれがフィクションなので扱うテーマが同じであっても結果が違って当然なのだが、 こうも正反対の取り上げ方をするとは面白いものだ。

プロローグの書き出しでいきなり「森(主人公)をクビにするぞ」という 重役のいかにも陰謀の匂いのする言葉から始まり、その先がいきなり気になってしまう。 そしてさまざまな策略でサラリーマンにとっては死刑宣告とも言うべき懲戒解雇にもっていく。 一方では主人公は他の役員に自分の正当性を主張するが、ことごとく無視されてしまう。 私はサラリーマンではないがサラリーマンにとっては身のつまされることであろう。 その中で一つ救われるのは同期の課長が全面的に協力してくれて男の友情が随所に出てくるとこだ。 会社の上層部の横暴に対して、 一社員が会社の将来のために抵抗する姿と男の友情がこの作品の見所ではないだろうか。
いずれにしても読み終えた後には、 最後まで自分の正義を信じて行動した主人公に拍手を送りたい気分になった。



Vol.39  『ある町の高い煙突』・・・新田次郎 著 (文藝春秋)

明治から大正にかけて茨城の山村で繰り広げられた、 銅鉱山での煙害に立ち向かっていく若者の姿を実話をもとにして描かれている。 この時代は富国強兵の名のもとに各地で同じような問題が起こっていた。 足尾銅山、別子銅山などは有名だが、そこでの問題の解決法はどのようにして補償をするかということだった。 つまり農民は補償をもらってその土地を離れるということだ。

この小説の舞台となった日立鉱山では、幾度も煙害に悩まされながらも、 最後には結局、当時では世界一高い煙突を作るということで問題の解決をみた。 煙害の闘いというと強欲な工場経営者とそれにしいたげられた農民の争いという構図を想像しがちだが、 一貫して工場側と農民側のお互いの誠意で問題解決をしようという姿勢が貫かれている。 だから読んだ後もすがすがしさが残る。
またロマンスが苦手という著者にとっては珍しく、ほのかな恋の話もうまく挿入されていたのではないだろうか。



Vol.38  『非合法員』・・・船戸与一 著 (徳間書店)

ベトナム戦争終結後のメキシコとアメリカを舞台にした国際ハードボイルド。
主人公は日本人だが、当然の事ながら登場人物は外国人ばかりで、 名前と地名を覚えるのが一苦労だったが、 話の展開そのものはスリリングで結構楽しむことのできるものだった。

CIAの非合法破壊工作員である主人公が罠にはまって、 様々な事件に巻き込まれていくというものだが、 どんなピンチにもカッコよく切り抜けていく姿はまるで「ゴルゴ13」のようだ。 そしてこの話の中心人物になるであろうと思われた相棒があっさりと殺されてしまったのも、 話がどう進んでいくか見当がつかなくなり、いっそう興味をかきたてる。
CIA・FBI等の各組織のつながりや思惑がやや複雑すぎるきらいがあるが、 全体の印象としては男性向けの痛快娯楽アクションに仕上がっているように思う。



Vol.37  『地下山脈』……梓林太郎 著 (徳間書店)

北アルプスの山中で不自然な男の死体が発見され、 その犯人を追っていくというものだったが、殺人の動機が痴情のもつれというどこにでもあるような話で、 犯人もすぐに推測できてしまい、全く面白味に欠けるものだった。
行方をくらませた犯人を見つけた時も、 たまたま刑事が通りかかった新宿のホームレスの集団の中から見つけるという 偶然というにはあまりに出来すぎたものになっている。

登場人物も美人のクラブのママとそれをとりまく客たちばかりで、 まるで退屈な「2時間ドラマ」を見ているようだった。



Vol.36  『燃ゆるとき』・・・高杉良 著 (講談社)

私は経済小説・企業小説の大ファンで、 ここでも清水一行をはじめ何人ものこの分野の作家を紹介している。 ただ今回の高杉良は名前こそ知ってはいたが、まだ読んだことがなかった。 読み終わった今は「もっと早く知っていれば…」という思いでいっぱいだ。

この『燃ゆるとき』は実名小説であり、主人公は「赤いキツネと緑のタヌキ♪」でおなじみの 東洋水産株式会社の創設者・森和夫氏だ。 彼は後年「私の自慢は社員です」と言ったように人情味あふれる人物のようだ。 そして恥というものもよく知っている。 企業のトップはすべからくこの恥というものを知らなければならないはずなのに、 恥を知っている企業のトップは少数派のようだ。 文中に出てくる巨大商社の横暴やカップラーメン最大手の食品会社の破廉恥ぶりは、 まさに恥知らずとしか言いようがない。 そういった横車に毅然として立ち向かっていく姿には同じ男として拍手を送りたい。
実名小説なので、日付や事件の調査が綿密に行われていたこともうかがえ、 間延びすることもなくいったん引きつけた読者の目を離すこともない。 そのため一気に読み終えてしまった。

マルチャンのカップラーメンを作っている会社の名前がなぜ東洋水産株式会社なのかも、 この本を読んでわかったことの一つだ。(余談)



Vol.35  『連合赤軍「あさま山荘」事件』・・・佐々淳行 著 (文藝春秋)

視聴率89.7%。
これが昭和47年に起きた連合赤軍あさま山荘事件の視聴率だそうだ。 つまり当時の人のほとんどがテレビの前に釘付けになっていたと言うことになる。 その時に出動した記録をもとに書かれたのがこの作品である。

著者である佐々淳行氏はオウム事件の時によくテレビに出ていたので知ってはいたが、 まさかあさま山荘事件で陣頭指揮を取っていた人であるとは知らなかった。 最近よく耳にする「危機管理」という言葉も彼が生みの親らしい。

作者はメモ魔のようで詳細な記録を克明に残していたようだ。 文中にも「能率手帳に記録した」という文言が何度も出てくる。 ということはここに書かれたものが非常に正確だったということが推測できる。 しかも捜査の中枢にいたので、一般の人が知ることができないことも目にしてきている。
たとえば長野県警と警視庁との縄張り争いや零下15度の山の中で配給されたおにぎりが コチコチに凍ってしまって食べられなかったこと、 またテレビカメラがいたるところにあるので立ちション禁止令を出したことなどが書かれており、 緊迫した中にもユーモラスな部分もいくつか見ることができる。

いずれにしても最初から最後まで息詰まる緊張感が保たれており、一気に読み切ってしまった。



Vol.34  『諸葛孔明』(上)・(下)・・・陳舜臣 著 (中央公論社)

「三国志」と言えば、ご存知の人も多いであろう。 約1800年前、中国を舞台に魏・呉・蜀の三国が覇権をめぐって争った軍記物の最高傑作だ。
余談ではあるが以前、横山光輝のコミックの「三国志」を読んだことがある。 あの時はマンガ喫茶に1週間通って読破してしまった。

「三国志」では前半は後に蜀を建国し皇帝となった劉備玄徳、 後半はその軍師となった諸葛孔明を中心に話が進んでいく。 この作品は諸葛孔明の生い立ちからが描かれているので、前半部分は「三国志」と内容が違っているが、 孔明が玄徳に仕えるようになってからはほぼ「三国志」と同じ内容になっている。 孔明の発案した天下三分の計により蜀を建国し、 その後も三国の勢力の均衡を守るために最強の魏と闘い続けるあたりが最高のハイライトだろう。 ライバルである魏の司馬仲達とのせめぎあいには孔明の天才軍師ぶりが存分に発揮されており、 その奇才ぶりにはあらためて驚かされる。
ただこの作品は小説というよりも歴史書という感じなので、 どうしても話の盛り上がりに欠けるような気がする。 事実を忠実に追っていっているのでやむを得ないのかも知れないが、 最後のクライマックスの孔明と仲達との知恵比べの部分は もっとドラマチックな脚色があってもよかったのではないかとも思う。



Vol.33  『官僚亡国論』・・・屋山 太郎 著 (新潮社)

この本は1993年に書かれたものだが、 8年経った今も官僚の腐敗の体質は少しも変わっていない。
つまり、官は「国民のため」と言いながら、特定の業者と癒着し省益のことしか考えず、 それに族議員や業界関係者が群がっていく。そして無意味な業界団体をいくつも作りそこに天下っていく。 官僚にとって最も興味のあることは各省間の縄張り争いと省益なのだ。

この著者は日本を変革するために「道州制」または「連邦制」を導入すべきだと言っているが、 個人的にはこの考えを支持したい。 つまり地方分権を推し進め、各州独自の特色ある地域作りをすべきだと思うからだ。 もう既に今までの中央集権的な組織で、すべて中央が管理する時代ではないのではないだろうか。 ただそのためには現在の徴税方法も改めなければならない。 現在のような国が税金を集めそれを地方に分けてやり、 その使い道も中央が決めるというのでは地方自治など育つはずがない。 そうではなくて地方が税金を徴収し、その何割かを国に納めるという方法にするべきだろう。 もちろんその使い道は各州の自由裁量だ。 こうすれば中央に集中している権限も自然と地方に下りてくるようになるり、小さな政府が出来上がる。 地方で出来ることはどんどん地方に任せればいいのだ。

一方で規制緩和を進めていかなければならない。 この「規制」というのは役人にとってはもっとも甘い蜜の味なのだ。 つまり規制を作って特定の業界を保護する。そしてそこに業界団体を作りそこに天下っていく。 そこには国益などというものは一切存在していない。 このことを指摘されると官僚達は「日本の産業と国民を守るため」と言う。 明治維新や戦後の焼け野原だった時代はそれでよかったのであろうが、 今の日本の企業はそんなにひ弱ではない。逆に規制があるために自由競争が妨げられ、国際競争力が低下しているのだ。
さらに付け加えれば、規制が少なくなればそれに携わっている役人の数も相当数不用になるだろう。 そして第三者的な監視機関により業者の不正をチェックしていけばいいのだ。

役所とは民業を補完するためのものであり、決して民の上に立つべきものではない。 国民の利益のために存在するものでなければならないのだ。
最後に、本の感想というより、自分の意見となってしまったことをお詫び申し上げます。



Vol.32  『腐蝕帯』・・・清水一行 著 (集英社)

何度も書いているが、清水一行は私の最も好きな作者の一人だ。 ここでも紹介した『動脈列島』、『風の骨』、『器に非ず』などはその中でも最高傑作と思っている。 しかし、最近の作品にはちょっと消化不良のものが多い。 清水一行と言えば、社会派サスペンス、経済企業小説の第一人者だ。 社会派サスペンスでは事件の背景を克明に描いて、 犯人がその事件を起こさざるを得なかったやむを得ない心情がひしひしと伝わってくる。 また経済企業小説では、エリートの起こす不正の手口をリアルに描くものが多い。

この『腐蝕帯』も大蔵省のキャリア官僚の出世レースの様子を描いているが、今までとはちょっと違う。 この主人公は、実際にニュースで報道された「ノーパンしゃぶしゃぶ接待事件」や 「銀行証券不祥事事件」にも係わっているのだが、 「こいつらはこんなに悪いことをやっているんだぞ」というだけのものでしかない。 その内容も新聞や週刊誌で書かれているような一般的なものだ。 今までの作品だったら、そこに至るまでの事情をリアルに、かつ読者が納得できるように説明していただろう。
文壇に登場したばかりの初期の作品の方が私には新鮮に感じてしまう。



Vol.31  『検察者』・・・小杉健治 著 (集英社)

一時ブームにもなった自己啓発を目的とした研修機関で社員研修シゴキ死亡事件が発生する。 事故か事件か調査したが、結局不起訴となる。 一方で妻の不倫をネタにゆすられていた男による自殺偽装殺害事件が起こる。 この一見無関係にみえる2つの事件が結びついていく。 その展開は緻密で理論的であり息をもつかせない緊迫感がある。

この作品は一般の人にはあまり知られていない「検察審査会」が題材にされている。 この検察審査会というのは、検察官が不起訴処分にした事件を、 無作為に選出された一般人が再検討して意見書を検察庁に送るというものだ。
社員研修シゴキ死亡事件についてはこの検察審査会のメンバーを中心に話が展開していく。 また自殺偽装殺害事件では警察と検察庁が中心となっていく。 この2つの事件に関わる人たちはどこまでいっても接点が出てこない。 その点からも興味がそそられるが、最後のクライマックスではこの2つの事件が劇的に結びついていく。 それに加えて、この事件に関わった人たちの人間模様も見逃せない。 ある面では人間ドラマと言ってもよいものに仕上がっている。

とかく法律物、法廷物はやたらと専門用語が出てきてとっつきにくいが、 この作品に限って言えば法律知識がなくてもわかりやすく書かれている。 余談ではあるがこの「検察審査会」にはとても興味があるので、「自分がその委員に選ばれたい」と思ってしまった。



Vol.30  『新聞の鬼たち−小説務台光雄』・・・大下英治 著 (光文社)

読売新聞の中興の祖である務台光雄のドキュメンタリー。
朝日・毎日の大新聞に敢然と立ち向かっていく、当時は東京の弱小新聞に過ぎなかった読売新聞が 発行部数第1位になるまでの務台の活躍を描いている。

どこの世界でもトップになっている人には、自分に対する厳しさと行動力を持っている。 と同時に人間的な魅力も備えているものだ。 務台光雄もそういった一人で、右翼の大物や総理大臣に真っ向から喧嘩を売っている。 自分の信念を貫き通す姿には拍手を送りたい気分だ。一方では販売店の店主からは絶大な信頼を得ている。 緻密な戦略があったのは当然のことだが、 務台のこの人間的魅力こそが読売新聞を発行部数日本一にした原動力だということがよくわかる。
男が自分の仕事に執念を燃やしているのがひしひしと感じられるドキュメンタリー小説だった。



Vol.29  『風の骨』・・・清水一行 著 (徳間書店)

戦後の混乱期に大分県菅生村で実際に起きた「菅生事件」を題材にした作品。
この事件は駐在所が爆破され、犯人が逮捕されたが、 目撃者の証言によると逮捕されたのは3人だったという。しかし警察は犯人は2人だったと主張する。 その消えた犯人は警察官ではないかという疑惑もあり、警察の陰謀が浮かびあがってくるというものだ。
この事件を小説の中では、地方新聞の記者の執念で解決していくという形を取っている。

この主人公はレッド・パージで朝日新聞を追放され、地方の新聞社で中央返り咲きのチャンスを待っていたが、 そのときに特別大事件でもない「菅生事件」が起きた。 この事件を追っているうちに共産党弾圧のための警察の謀略ではないかという疑問が湧いてくる。 この疑問を一つずつ解決していく話の流れはとても綿密で、かつスリリングだ。
時代背景といい、扱っているテーマといい松本清張の後継者と言われた清水一行の会心の作ではないだろうか。



Vol.28  『マイ国家』・・・星新一 著 (新潮社)

星新一は高校の頃、よく読んでいた。
誰もが知っているショートショートの天才だ。
当時はSFやロボットの出てくる星新一の作品を読んでいて、 「こんなことある訳ねーじゃん」ぐらいにしか思ってなかったが、今もう一度読み返してみると、 当時とは違った思いがしてくる。
ストーリーの結末の意外さには相変わらずキレがあるのだが、 それ以外にブラックユーモア的なもの、世相を風刺しているようなものがあり、なるほどと感心したりしてしまう。

星新一のショートショートを読んでいると四こまマンガを文章にしたような感じがする。 あの短い文章の中に筆者のメッセージがぎっしり詰まっているような気がするからだ。 しかし、星新一自身は「難しいことは考えず楽しんでくれ」と思っているかもしれない。
いずれにしても大人でも子供でも誰もが楽しめるようだ。

余談ではあるが、星新一は亡くなる数年前から自分の作品に加筆修正を加えていったという話を聞いたことがある。 20年、30年経つと時代背景が変わってきてしまっているので、現代にあうように修正しているというのだ。 たとえば、原文は「電話のダイヤルを回し・・」とあるのを「プッシュホンのボタンを押し・・」という具合に直したそうだ。
この作業が完成したかどうかは知らないが、これからも星新一のファンが増えていって欲しいものだ。



Vol.27  『国税局査察部−消えた政治献金』・・・立石勝規 著 (徳間書店)

5億円の政治献金が盗まれてしまうところからこの物語は始まるが、 その犯人が誰であるかを探るようなものではない。 この5億円強奪事件はストーリーの中の一つの背景でしかない。 しかし反面ではこの作品の核心部分を握っているとも言える。

この作品の中心的なテーマはタイトルからも想像できる通り「脱税」である。 莫大な富を手に入れた者の常套手段であるが、巧妙な脱税の策を弄していく。 また事業を拡大していくために政治家を利用する。そうした裏の世界にはつきものの暴力団も登場してくる。 こうした状況を考えると、よくある疑獄事件かとも思うが、 ここに5億円強奪事件をからめることによってストーリー性が増し、読んでいても飽きさせない。
また一般の人にはわかりにくい税金や政治献金のしくみについても、 なんとなくその輪郭は理解できるような文体なので、誰でも楽しめるのではないだろうか。

脱税する側とそれを摘発しようとする国税局査察部のせめぎあいには、息を飲むような緊迫感があり、 相手をねじ伏せるためのカードをどこで切るかという心理戦も読んでいてわくわくしてくる。
このところなかなか満足のいく本に出会わなかったが、久しぶりのタイムリー・ヒットだった。



Vol.26  『人喰い』・・・笹沢佐保 著 (講談社)

読み始めると、いきなり姉の「遺書」が書かれており、 何があったのだろうと読者をひきつけてしまう。その遺書も非常に長文で便箋一冊分くらいの量がある。 この遺書をもとに姉の死に隠された事実を妹がつきとめていくのだが、 そこにあるトリックや事件の起きる背景も、とても自然で全く違和感がない。 推理小説の中にはトリックにばかり気を取られて、 犯行に及ぶまでの犯人の心理や背景となる社会情勢などに無理があり、 その事件が起きたこと自体が不自然なことがある。その点でこの作品は、充分に楽しめるものだった。

また犯人が、読んでいる途中に私が思っていた人物と違っていたのも嬉しい。 推理小説で犯人の推測がつくことほど興醒めなことはないからだ。
主人公が女性で恋愛、兄弟愛というロマン性のある話題が背景にあるので、 タイトルこそ『人喰い』とすこしおどろおどろしいものだが、特に女性には読みやすいのではないだろうか?

日本推理作家協会賞受賞作品。



Vol.25  『バカにつける薬』・・・呉智英 著 (双葉社)

一般的に「バカ」という言葉は相手を軽蔑するような意味で使われるが、 一方では尊敬の念をこめて使われることもある。 この本も後者の意味で書かれているのだろうと思ったのだが、全く予想と違っていた。 「こいつはバカだ」、「あいつはどうしようもない」と徹底的にこき下ろしている。しかもすべて実名で名指ししている。 読んでいて「相手も黙っていないだろう」と思ったが、やはり反論が寄せられていた。
しかしこの反論こそが筆者の望むところだったのだ。反論が来ると、それに対して徹底的に再反論する。 そしてまた来ると以前にも増して完膚なきまでに叩きのめす。これが端から見ているととても面白いのだ。 そしてこの一連の論戦は、ほとんどが筆者に軍配が上がっているような気がする。 しかも文章にはユーモアがあり、笑わせてくれる。

一つ難を言えば、宗教・政治というとっつきにくいテーマが多いので、理解できない部分がいくつかあったことだ。 しかし「ゴルゴ13論争」のような庶民的な話題もあるので、その点では十分楽しめた。

思うにこの筆者は左翼が大嫌いらしい。バカと言われた人たちも左翼の人が多かった。 老婆心ながら、これだけ徹底的に喧嘩をしてしまい、筆者の身は安全なのだろうかと不安になる。
しかし、これからも辛口の「バカ論争」をしてほしいものである。
ただ、あまり友達にはなりたくないような気もしないではないが・・・。



Vol.24  『特報社会部記者』・・・島田一男 著 (青樹社)

社会部記者が奇妙な殺人事件を次々と解決していく短編ミステリー集。
探偵や警察などの捜査機関はほとんど登場せず、 新聞記者の目線で話が進んでいくところがちょっと変わっていたが、終わり方はワンパターンで、 記者が犯人を暴き出しトリックを見破ると、犯人はほとんど死んでしまった。 有力情報をつかんだ時に警察に連絡していれば、第二、第三の殺人事件も防げたはずだし、犯人も死なずにすんだはずだ。

私個人としては、こういう単純な謎解きを中心としたミステリーはあまり好きではない。 この「わがまま文庫」にも何度も登場しているが、清水一行のような、 犯行に及ぶまでの犯人の揺れ動く心情をからめた、事件の裏側をリアルに描くものが私の好みだ。
その点からも島田一男はもう一度読んでみたいという作家ではないようだ。(あくまでも私個人の意見です)



Vol.23  『「オヤジ」研究レポート』・・・家田荘子 著 (光文社)

タイトルの「オヤジ」という文字にひかれて買ってしまったが、 週刊誌などに掲載していたものをまとめたというだけのもので、全然面白くなかった。 貧乏性で一度読み出したら、読み切らないと気が済まないタイプなので、最後まで目を通してみたが、 何も見るべきものはなかった。

家田荘子と言えば、エイズに対する偏見を題材とした「私を抱いて、そいてキスして」は とても良かったのに、家田荘子のイメージが崩れてしまってとても残念だ。



Vol.22  『汚名』・・・清水一行 著 (角川書店)

清水一行の作品にしてはちょっと意外性がなかったのかな、という感じ。
清水一行の作品は企業のトップの汚いやり方を暴いていくというものが多いが、 この小説は中堅ゼネコンの課長代理が主人公になっている。 そしておきまりの社内不倫なども出てきて、どこにでもあるようなテーマで描かれている。
しかしながら、その描写にはリアリティがあるので、 この主人公のように仕事と女で困ったことになっているサラリーマン(特に中間管理職)は この世の中にたくさんいるのだろうと思わせる。 そういう面では十分に楽しめるものではあるが、私個人としては、 いわゆる社会悪というようなものを描いたもののほうが好きだ。



Vol.21  『高杉晋作』・・・吉川薫 著 (新潮社)

高杉晋作の死後50年後の妻・雅子の思い出を挿入しながら、 幕末という激動の時代を生きた男の生涯を正確な記録と共に記してある。

高杉晋作の名はほとんどの人が知っているだろう。 私個人の見解でも、高杉晋作は幕末三大奇才の一人である。ちなみにあと二人は坂本竜馬・河合継之助だ。 その理由を簡単に挙げてみよう。
  高杉晋作・・・封建制度の階級社会の中で、士農工商を無視した農民中心の騎兵隊を組織した。
  坂本竜馬・・・当時の日本には存在しなかった自由・平等という概念を取り入れ 民主社会の考えを示した。
  河合継之助・・・戊辰戦争時、長岡藩を官軍にも幕軍にも属さないスイスの様な 永世中立国にしようとした。
みな当時としては到底受け入れられないような考えを持ち、実行しようとしている。 男であるならこうありたいと思ってしまうものである。

さてこの作品だが、妻の目から見た高杉晋作の姿が随所に描かれている。 16歳で嫁いで23歳のときに高杉が死ぬまでの武士の妻としての切なさが伝わってくる。 妾・おうのに対する感情も女として正直なところが書かれている。
妻・雅子の回顧が入っているところが他の歴史小説と趣を異にしており、 当時の女性の悲しい人生を考えさせられた。




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