驚きの刑法判例集


20年以上にわたる裁判で
3度の無罪判決が出た事件とは?
1974年3月、知的障害児施設のK学園で 女子園児と男子園児が相次いで行方不明になり、園内の浄化槽から水死体で発見された。 女子園児については事故死とされたが、兵庫県警は男子園児殺害の容疑で元保母を逮捕した。 この後、四半世紀にわたって裁判が続くこととなる。
一審の神戸地裁は園児の目撃証言や自白の信用性を否定して、1985年10月無罪を言い渡した。 検察側はこれを不服として控訴したが、大阪高裁は一審を破棄して審理を神戸地裁に差し戻した。 差し戻し審の神戸地裁は、すべての争点において検察側の主張を退け、 1998年3月再び無罪を言い渡したが、検察側は異例の再控訴に踏み切った。 そして第2次控訴審で大坂高裁は差し戻し審の無罪判決を支持して検察側の控訴を棄却し、3度目の無罪判決を言い渡した。
これを受けて大阪高等検察庁は1999年10月8日に上告する権利を放棄する手続をとり、 初公判からじつに21年ぶりに無罪が確定したのである。

トラックの荷台に勝手に乗り込んでいた人が
交通事故で死んで、運転手は「業務上過失致死罪」に
助手席に友人を乗せて軽トラックを運転していたが、 ハンドルを切り損ねて、トラックの後部を壁にたたきつけるようにぶつけてしまった。 幸い2人とも軽傷ですんだが、ここで思いもかけないことが起こった。 この軽トラックの後部荷台に2人の男性が勝手に乗り込み、壁に激突した衝撃で即死していたのだ。
裁判では勝手に乗り込んだ男性2人について、運転者が刑事責任を負うべきかどうかが焦点となったが、 一審でも二審でも、運転者の「業務上過失致死罪」の成立が認められた。
この判決を不服としてその運転者は最高裁に上告した。 弁護人の上告趣意書では一審、二審の判決に対してこう述べている。
@「後部荷台に人が乗っていれば容易にわかるはず」としているが、この指摘は独断にすぎない。
A「後部荷台に人が乗っていれば車体が揺れて感じ取ることができるはず」という点も決めつけである。
と主張し、同乗者もまったく気がつかなかったということは 認識不可能であったということにほかならず、過失はないと結論づけた。
その結果、最高裁はどのような判決を下したかといえば、 「上告の理由にはあたらない」として上告を棄却した。 推論を重ねた結果、有罪が確定したといった印象で、どうもすっきりしない。

一審で「無罪」という判決が出たのに拘置所入
1997年3月19日、東京都渋谷区のアパートの空き室で、 電力会社社員の女性が殺されているのが見つかった。 容疑者としてネパール人の男性が逮捕され、強盗殺人の罪で起訴されたが、2000年4月14日、 東京地裁は「犯人と認めるには合理的な疑問を差し挟む余地あり」として無罪を言い渡した。
検察側はネパール人男性が出入国管理法違反で国外退去になると 控訴審の審理に支障が出るなどとして、男性の勾留を求めた。 刑事訴訟法では、犯罪の嫌疑があり、住所不定だったり、証拠隠滅や逃亡のおそれがある場合などは、 勾留できるとしている。弁護側は再勾留は違憲として最高裁に勾留の取消を求めたが棄却された。
一審で無罪の判決を言い渡されたのに、なぜ勾留されなければならないのか。 被告の勾留については最高裁でも意見が分かれ、5人の裁判官で3対2の多数意見で結論が出された。 多数意見は「勾留の判断において被告に出入国管理法基づく強制手続が とられていることを考慮することができる」というもの。 また反対意見では「不法残留の外国人被告が無罪とされ、 強制退去手続きがすすめられた場合の規定がなく、法の不備と言わざるを得ない」と指摘した。
現行法では、不法残留の外国人の強制退去処分を、勾留以外の方法で停止することができず、 法の不備の解消を求める声も上がっている。


自白偏重に疑問を投げかけた最高裁判決
1985年7月、埼玉県草加市で女子中学生が遺体で見つかった「草加事件」。 犯人とされた少年達は少年審判で有罪が確定したものの、 被害者の両親が起こした民事訴訟では無罪となる可能性が高いとされている。
被害者の両親の起こした損害賠償訴訟で最高裁は「捜査段階の自白は任意性において問題があり、 殺害を裏づける証拠はない」として審理を東京高裁に差し戻した。
この事件では自白以外の証拠はなく、 被害者の遺体や衣服に残されていた体液の血液型はAB型であるのに犯人とされた少年の中にはAB型はいなかった。 また少年の一人は「やっていないといってもどうせ話を聞いてくれないと思った」と当時を振り返る。
この最高裁の判決は、自白偏重の事実認定のあり方に警鐘を鳴らしているといえるだろう。

裁判長が怒りをあらわにすることもある
法廷で静粛さを求めるはずの裁判長が、 つい声を荒げてしまったことがある。
1997年4月、ある女性Aさんが自宅のある団地のエレベーターホールで刺殺された。 その後警視庁は土木作業員の男を殺人の疑いで逮捕した。
この事件の発端は1989年12月にさかのぼる。 この容疑者は団地内でAさんを強姦したうえ、脅して現金を奪おうとした。 Aさんが警察に届け出たためその男は強盗致傷、恐喝未遂容疑で逮捕され、懲役7年の実刑判決を受けた。 そして1997年2月に出所し、2ヶ月後にAさん宅を探し当て凶行に及んだ。
東京地裁で開かれた公判で被告は「前の事件のことを警察に届けないという約束を破ったので、 謝ってほしかった」と述べ、被害者への気持ちを問われたときには、 憮然とした表情で「後悔している」と述べた。その直後、裁判長の怒りの言葉が法廷内に響いた。 「反省しているなら、そうゆう口のききかたをするのか」と言ったあと 「警察に届けないというのが約束になると、君は今でもそう思っているのか」と声を荒げたのだ。
結局この男は一審で無期懲役の判決を受けたが、二審で別の裁判長から死刑の判決を言い渡された。 金銭目当てでもなく、被害者が1人であるにもかかわらず死刑となったのは、 逆恨みによる報復に対しては極刑でもやむを得ない場合があるということを 示したものだといえるだろう。


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