身近なことばのルーツ

「指きりげんまん」は愛の証? 「猫も杓子も」はまちがっている?
「流石」と書いてなぜ「さすが」なのか? 「油を売る」は室町時代にできた
箱に入っている得意芸が「十八番」 「お払い箱」ってどんな箱?
シンポジウムでは酒を飲むべし 男性自身・女性自身
シャレで生まれた「屁の河童」 美人の「おかめ」と火男の「ひょっとこ」

「指きりげんまん」は愛の証?
「指きりげんまん」の指きりは、主として男女間でうそいつわりのない愛情の証として、 小指を切って相手に贈ったりしたもので、遊女が好きな男に対して行うことが多かった。 げんまんは「拳万」で、約束を破ったときには拳固で万回たたくぞということをいっているのである。
子供のころ、無意識に使っていた言葉だが言葉の意味はすごく怖いものだ。

「猫も杓子も」はまちがっている?
だれもかれもみな、の意味で「猫も杓子も」という言葉があるが、 これは本当は「女子も若子も(めこもじゃくしも)」なのである。 すなわち、女の子も若い子もという意味なのだ。

「流石」と書いてなぜ「さすが」なのか?
漢文に「沈石漱流(ちんせきそうりゅう)」という文句がある。 これは、「石に沈し、流れに口をそそぐ」という意味で、山奥で生活する仙人の境涯を詠ったものである。
その昔、晋の時代に孫楚という物識りを誇り、負けず嫌いで、絶対にまちがっていたと認めたことのない男がいた。 ところがある日、「沈石漱流」を「漱石沈流」と間違って言ってしまった。 そこである人が孫楚の鼻っ柱を折ってやろうと非難したところ、 孫楚は「石に口をすすぐとは仙人は石で口を磨き、流れに沈するとは不快なことを聞いたとき、 川の流れで耳を洗うためだ」と言って言いくるめてしまった。以後、「流石」を「さすが」と読むようになったのである。
ところで、夏目漱石のペンネームもこの故事からきている。「漱石」とは、変わり者、頑固者の意味。 漱石のこのユーモア感覚はさすがというべきだろう。

「油を売る」は室町時代にできた
室町時代から京都には「油座」という独占的な油業者の組合ができて、儲けほうだいであったという。 この業者の下で働く連中も比較的懐が温かいので、商売をせず、いとも悠々とやるので、遊び半分の、 気ののらぬやり方をすべて「油を売る」といったのである。


箱に入っている得意芸が「十八番」
得意な芸を「おはこ」といい「十八番」と書く。 これは歌舞伎の市川家に伝わる荒事の演目で七世団十郎が言い出し、九世がこれを大成したものである。
この「十八番」という演目は、封印をした箱に納め、 みだりに上演してはならぬとしたことから「おはこ」として権威づけられた。 そこで世間でも得意芸をこう名づけるようになったのである。

「お払い箱」ってどんな箱?
平安時代の末ごろから、「御師(おんし)」と呼ばれる下級の神職ができてきた。 御師はさまざまな神社に属していたが、江戸時代ごろから伊勢信仰が隆盛となるにしたがい、 伊勢神宮のものが代表的になった。
伊勢神宮では毎年十月十五日から歳末まで、大麻というお札を分け与えるのが恒例であり、 御師たちはこれを信徒のもとに運んだ。この大麻を入れる箱が「お払い箱」である。 御師は毎年定期的に現れ、新しいお札を置いていく。 古いお札は不要になってしまうことから、今の「お払い箱」という言い方ができたのである。

シンポジウムでは酒を飲むべし
シンポジウム=討論会の語源は古代ギリシャ語のsymposionである。 ところが、このシンポジオンは「ともに酒を飲むこと」という意味なのである。
討論に酒が付いていたのか、酒席に討論が起こったのかわからないが、後の世では、 「討論」の意味だけが残った訳である。シンポジウムでは大いに酒を飲み討論を盛り上げよう。

男性自身・女性自身
男性の象徴を一般に「きん○ま」と言っているが、元来は、「気のたまり」、 すなわち男らしさの根源、という意味である。 また、「ちん○」「ちん○こ」というのは珍なる宝、または鉾として尊んだことに由来するのである。
同じように女性の秘所を俗に「ま○こ」という。真処(まこ)、身体の中心、の意味である。


シャレで生まれた「屁の河童」
たわいのないこと、つまらぬことを「屁の河童」という。 それでは、河童と屁の関係はどうなのであろうか。実は、全く関係ないのである。
七輪で火をおこすとき、火種として木屑や鉋屑のたぐいを入れ、 燃え上がってから炭や薪を入れるのである。この木っ端というやつは、ぱっと燃え上がるものの、 すぐ燃え尽きてしまうから、手早くしなければ間に合わない。そこで、はかないものを「木っ端の火」と称したのである。
しかしこのままでは面白くないので江戸っ子特有の洒落で「河童の屁」としたのである。 さらに言葉をひっくり返して隠語めかすというテクニックを加え「屁の河童」となったのである。

美人の「おかめ」と火男の「ひょっとこ」
「おかめ」は今では不器量な女をののしっていう言葉になっているが、昔はどうも違っていたようだ。 昔、熱田神宮の巫女であった「亀女(かめじょ)」の顔が愛敬こぼれるばかりであったため、 人々がその顔をかたどったお面をつくって親しんだらしい。古代の日本ではあんな顔つきが美人だったようだ。
一方、醜男を代表する「ひょっとこ」は「火男」からきたもので、火をおこすのに口をつぼめて突き出し、 息を吹きかけながらも煙たいので片目を細めている顔つきを表わしているのである。 古代人にとって火を焚いて守っていくのは重要な役目で、なくてはならないメンバーの一人なのである。



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