社名・商品名の由来

おなじみビクターマークの犬の名は? グリコマークのモデルはフィリピン人
キヤノンカメラは“観音様”から 三菱財閥とは無縁の「三菱鉛筆」
最初のヌードポスターを作った「サントリー」 恵比寿という地名をつくった「エビスビール」
素朴な疑問から生まれた「味の素」 清酒にはなぜ「正宗」が多いのか?
「日産」のダットサンの由来は? 森永ミルクキャラメルは帝国劇場から

おなじみビクターマークの犬の名は?
ビクターレコードといえば、片方の耳を折って、ちょっと小首をかしげ、 ラッパ型の蓄音機から出る音に聞きほれている犬のラベルを思い浮かべる人が多いのではなかろうか。
このビクターの商標の犬のマークは、フランシス・バラードというイギリスの画家の作品による。 モデルは兄の愛犬だったニッパーというテリア。 飼い主の死後、飼い主である兄の声を入れたレコードをかけたところ、 懐かしそうに聞き入っているところを描いたものだ。

グリコマークのモデルはフィリピン人
「グリコ」といえば、“一粒300メートル”というキャッチフレーズか思い出されるはず。 そして、誰もが知っているのがグリコマーク。両手を上げたランニング姿の青年がそれである。 実はこのマークにはモデルがある。
グリコとは、健康増進源として話題となったグリコーゲンからとった名前で、大正11年の発売。 その前年に、第5回極東競技大会が開かれ、そのときのフィリピンのマラソン選手、 カタロンのゴールのときの姿をとったものである。 笑顔の印象が健康とスポーツ、子供とスポーツの関連から最適として選ばれたという。
それにしても、80年も前にスポーツ選手をモデルに起用するとは、先見の明ありと言うべきであろう。

キヤノンカメラは“観音様”から
カメラの「キヤノン」といえば、「ニコン」、「ミノルタ」などと並ぶ、 わが国を代表する世界の一流カメラメーカーである。 横文字のつづりでもCanonと、まことに洒落た語感なので、さぞかし由緒ある言葉かと思ったら、 キヤノンは“観音”の転化したものと聞かされてびっくり。ちなみに「キャノン」ではなく「キヤノン」なのでご注意を。
ついでに言えば、「ミノルタ」は「実る田」のカタカナ書き、 シャッターの「コパル」は社長小林春一の「小」と「春」をとったもの、 「チノン」も社長茅野弘の「チノ」に「ン」をつけたものといった具合である。

三菱財閥とは無縁の「三菱鉛筆」
三菱といえば、旧大財閥。三菱重工、三菱地所、東京三菱銀行と誰もが知っている。 そんな中で品質と生産量で世界一なのが三菱鉛筆。三菱鉛筆には、三菱のマークもちゃんと入っている。 ところが、三菱財閥とは全く無縁の会社なのだ。
「三菱鉛筆株式会社」を正式社名として名乗るようになったのが昭和27年。 その前身は、日本で初めて国産の鉛筆の工業化に成功した真崎仁六の「真崎鉛筆製作所」である。 真崎は真崎鉛筆製作所時代に「三菱マーク」を考え明治36年にこのマークを証票登録した。 そのため、天下の三菱財閥といえども、財閥とは無縁の会社ながら、黙認せざるを得なくなったのである。


最初のヌードポスターを作った「サントリー」
洋酒メーカーとして、またビールメーカーとして その地位をゆるぎないものにしたサントリー。その宣伝技術も注目の的である。 わが国で最初のヌードポスターを作ったのが、この会社だと聞けば、なるほど、と思うのではないだろうか。 ヌードといっても、首筋から両肩があらわに見える程度のものであったが、当時は革新的な宣伝ポスターであった。
ちなみに社名の「サントリー」は、「赤玉ポートワイン」の日の出ラベルに描かれている SUN(サン)と創業者の「鳥居信治郎」の鳥居(トリイ)をつけたものだ。

恵比寿という地名をつくった「エビスビール」
一般に会社名は、国名なり地名からとってつけることが多い。 サッポロビールなどをみても札幌の地名によっている。
しかし、「エビスビール」はまったく逆。エビスビールの存在が恵比寿という地名をつくりだしたのだ。 もともと東京府下荏原郡三田村(現在の東京都渋谷区)に設立されたのだが、出荷量が増えるにつれ、 出荷駅が必要となり、その駅を「恵比寿」と名づけたのだ。 そして、エビスビールの工場付近一帯を恵比寿と呼ぶようになるのである。
天理教の本山のある「天理市」、トヨタ自動車の発展で挙母市が「豊田市」となった経過も 同様といってよいだろう。

素朴な疑問から生まれた「味の素」
今では、化学調味料の代名詞的な存在となっている「味の素」。 その主成分はグルタミン酸である。 この発見は食事時の子供たちの会話、素朴な疑問がヒントになったといわれている。
発見者は、東京帝国大学化学教室の菊苗博士。明治40年、博士は家で家族そろって食事を楽しんでいた。 その日のお吸い物が格別美味しかったので何のダシか尋ねたら、昆布をいつもよりたくさん使ったとの事。 これを聞いていた子供たちが、
「昆布を使うとどうして美味しいの?」
「それは昆布の中にうまいものが入っているからさ。」
「じゃあ、そのうまいものって何?」
こうした会話をヒントに博士は昆布からグルタミン酸ナトリウムを取り出す事に成功し、明治42年、 「味精」と命名した原料を、東京の鈴木商店が商品化して、「味の素」が誕生したのだ。

清酒にはなぜ「正宗」が多いのか?
日本酒には、「菊正宗」、「桜正宗」など「正宗」とつくものが多い。 正宗といえば、日本刀の「正宗」を思い出すが、全く関係ない。 実は、禅宗の一派、臨済正宗の「正宗」からとったものである。正宗の元祖は神戸の山邑酒造の「桜正宗」。 その後、正宗は、清酒の代名詞として広く使われるようになったのである。


「日産」のダットサンの由来は?
日産自動車は、最近では、「ニッサン」と呼んでいるが、輸出用のブランドは、 ほとんどがダットサンである。 ダットサンとは、創業にかかわった「田」、「青山」、「竹内」の3人のイニシャルから「DAT」をとり、 「DAT号」となり、昭和8年創業の日産自動車に引き継がれた。 量産体制に入ったときDATの息子という意味でSONを加え「DATSON」としたのだが、 SONは「損」に通じるとあって「SUN」に変え「ダットサン」(DATSUN)としたのである。

森永ミルクキャラメルは帝国劇場から
エンゼルマークでお馴染みの森永ミルクキャラメルは帝国劇場オープンとともに誕生した。
明治44年、東京・丸の内に近代的な劇場、帝国劇場がオープンした。当時の芝居小屋は、食事をし、 酒を飲みながらの社交場とされていたが、帝国劇場はこうした慣習に反して、椅子席で禁煙・禁食だったのである。 こうなると、まったく慣習のちがう新式の劇場で観客は手持ち無沙汰になってしまう。 これを見て一人の青年が思いついたのが、 それまでアメ玉のように、バラ売りだったキャラメルを箱入りにするというアイデア。 これが箱入り森永ミルクキャラメルの誕生というわけである。
ちなみに、「ミルクチョコレート」、板チョコを日本で最初に発売したのも森永である。



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