担ぎねぶた

-月刊-
10月号
(Web版)

発行:事務局広報部

 『 東北三県の代表的な祭が一堂に!
         〜第22回十和田湖国境祭見物記そして…〜 』 

 9月6日(土)、会員5名で十和田湖畔の休屋に青森・秋田・岩手三県の代表的な祭が一堂に会し、一夜でその祭を見る事ができるという「十和田湖国境祭」に行って来た。
 同祭は、第1部(昼祭り)と第2部(夜祭り)から成り、私達は第2部を見物した。青森からは青森ねぶた・黒石ねぷた・黒石よされ・八戸えんぶり・地元十和田湖町の沢田鶏舞、秋田からは秋田竿燈・花輪囃子・大湯大太鼓・小坂音頭・小坂七夕、岩手からは盛岡さんさ踊り・岩崎鬼剣舞が参加し、私以外の会員は、ほとんどメイン会場(休屋公共北駐車場)にとどまって見ていたようだが、私はメイン会場から離れ、メイン会場前に待機(両国橋〜JRバス十和田湖駅前〜十和田神社前広場)している各団体を見て歩いた。
 私が好んで見たのは、「黒石よされ」と「小坂七夕」。黒石よされは、見に行こうと思えば見に行ける祭なのだが、よされの時期は何かと忙しくて見に行けず、やっと念願叶って見る事ができた。三味線と「エッチャホーエッチャホー」の掛け声に綺麗な流し踊り。さすが、日本三大流し踊りの1つだ。小坂七夕は、青森ねぶたに似た人形や弘前ねぷたのような武者絵の山車と「イヤサカサッサ、ホーイ、ホイ」という特徴ある掛け声に惹かれたが、それ以上に不思議だったのが、小坂七夕の囃子(小坂囃子)でハーモニカが吹かれていた事だ。国境祭から帰ってきた私は、何故ハーモニカなのかを調べ始めたのだが…。
 小坂七夕の歴史は、明治末期に尾去沢鉱山の犠牲者の冥福を祈って始められたとか、各地から集まった鉱夫達が故郷を偲んで始められたとか言われているようだが、何故、囃子にハーモニカが使われているのかは、八方手を尽くして調べたものの何故なのかは調べきれていない。話によれば、全国から集まった鉱夫達によって、各地の伝統や文化などがいち早く小坂に伝えられ、その中にハーモニカもあった。そこから小坂七夕の囃子にはハーモニカが使われたとか…。最終的には小坂町七夕祭り振興会という所に問い合わせるしかないようだ。う〜ん、もう少し調べてみよう!それにしても、掛け声の「イヤサカサッサ」っていうのも不思議だ。この「イヤサカ」って民謡の「イヤサカ節」が関係してるのだろうか?これについても調べてみよう!
                                                                                   【記:高谷俊幸】

(小坂七夕) (小坂七夕)
(花輪はやし) 秋田竿燈

「ねぶた祭で得た果実 
            
〜けいざい ア・ラ・カルトより〜」

 私は10月1日の東奥日報朝刊、第5面「けいざいア・ラ・カルト/青森地域社会研究所」の「ねぶた祭で得た果実/運行団体に還元しよう」なる見出しの記事に目がいった。記事を抜粋要約すると『青森ねぶたは日本を代表する祭りというもおろか、世界の祭りの一翼を担うまでになりつつある。ねぶたを出している団体は、ねぶた師に制作を依頼し、そのねぶた師はその期待に応えようと、一年がかりで制作に打ち込む。その繰り返しが年々ねぶたの技量を高め、その造形美はついに海外からの注目を浴びるまでになる。そのねぶたの最高の栄誉は「大賞」であるが、その賞金は5万円であるという。今どきなぜ5万円なのか。一説には、青森ねぶたの経済波及効果は130億円にも及ぶという。にもかかわらず、この体たらくである。情けなくないか。いったい、ねぶたで潤う関連企業は何をしているというのだろう。心ある団体や企業は、ねぶたでの潤いに関係なく、ねぶた祭や花火大会にそれなりに支援はしている。それにしてもあれほどの観光客である。そこから得た果実の何分の一かでもいい、ねぶた師の育成や運行団体に役立てるような仕組みが、別途つくれないものなのか。必ずしも賞金の額だけの事ではなく、ねぶた祭で得た果実の何分の一かの供出がねぶた祭のさらなる充実と蓄積が「ねぶた博物館」の現実につながる事を願っている。いかがだろう、関係者の皆さん、その仕組みづくりに向けて知恵を絞り、汗を流してみては。』という福士隆三氏が書いた記事であった。私も福士氏の考えと同感である。多かれ少なかれ、ねぶた祭で潤っているのだから、賞金よりもねぶた師の育成にその潤いの何分の一かでもいい、還元するべきである。
 また、国の重要無形民俗文化財でもある青森ねぶた、その一端を担うねぶた師は、伝統工芸師とか卓越技能者といってもいい。しかし、ねぶた師は賞が取れないというだけで、今まで制作を続けてきた団体からリストラされる場合もあると聞く。それは、ねぶた師にとって死活問題でもある。もっとねぶた師は評価され、きちんとした位置付けのようなものが必要ではないかと私は思う。
 以前「ねぶたミュージアム」建設の話も聞いた事がある。五所川原市では「立侫武多の館」建設が着々と進められている。何だか先を越されたような気がすると思っているのは私だけであろうか。いったい、いつになったら「ねぶたミュージアム」建設が本格化するのだろう。夢のままで終わるのだろうか…。
【記:高谷俊幸】

 『今年は残り4回! ねぶた囃子講習会&練習会
       〜シーズンオフに練習して人一倍上手くなろう〜』

      ・10月18日(土) 18:00〜19:30 荒川市民センター(2階:調理実習室ほか)
      ・11月15日(土) 18:00〜19:30 荒川市民センター(2階:調理実習室ほか)
      ・11月30日(日) 18:00〜19:30 荒川市民センター(2階:調理実習室ほか)
      ・12月 7日(日) 18:00〜19:30 荒川市民センター(2階:調理実習室ほか)
       ※太鼓のバチ・手振り鉦・笛は各自で用意して下さい。お貸しする事もできますが、数に限りがあります。
         また、購入を希望される方は講習会へ参加の際、担当者まで申し出て下さい。 
       ※会場の都合(葬祭行事等)により、急に囃子講習会が中止になる場合もありますのでご了承下さい。