ご紹介いただきました立命館大学の松宮です。
荒川さんのこの事件、それからやや類似の事件ということで立川の事件がございますけれど、こういう形で東京近辺で従来問題にされなかったようなチラシ・ビラ、宣伝物の配布に関して住居侵入というものが使われて、実際に裁判になるということは、私のような刑法学者には、数年前までは、予想もしなかったことでして、こういう事件(事件というのはつまり、配りにはいったから事件なのではないですね。逮捕されたとか起訴されたとかいうのが事件なんですけれども)、この事件が今の日本で起っていいるということについては、市川先生と同様、私も日本における政治的な表現の自由という点で非常に危機を感じております。
私は刑法学者ですので、憲法の表現の自由ということだけじゃなくて、刑法の解釈をやっていますから、住居侵入罪というのはいったいこんなことで成立する罪なのかということは、本当に考えさせられる意味があります。
立川の弁護団からも一度、意見書を書いてくれといわれたことがあります。そのようなことでこちらの事件でも意見書と証言をさせていただいたわけです。
ただ正直なところ私、裁判所で証言するのは2回目なのですが、とくに今回の場合、あまり、実際に現実に裁判所でこのような事件に即して、まだ現実感がないです。
なぜ現実感がないかというますと、何でこんなばかばかしい事件につきあわなければならないのかわからない。こんなことで裁判になるとということがまず一番問題です。何でこんな事件で住居侵入に当たらないに決まっているのに、なぜいちいち自分が出ていって説明しなければいけないのかという思いがあります。
申し訳ないのですが検察官に付いて言えば常識的な感覚でいえば、こんな事件取り合っちゃいけないという、それをまじめな顔で反対尋問されるので、まじめな顔で答えたのですが、内心「あんた本気で聞いているのですか」という気持ちになりました。そういうことも含めて一般、軍隊であれ警察組織であれ検察組織であれ、そういう組織に入ってしまって、そこで仕事をしていると、常識的な市民としての感覚が刑法の解釈にうまくいかされて来ない、ということになっているのではないか。
一審はもうあと一回で結審してどういう結論になるのかということでは、私、正直なところ予断を許さないと思います。常識的にはそんなものあるわけないじゃないかと思いたくなるのですが、今の日本の法曹界、司法界に何が起るわかりませんので、油断のないように、ということが一つ。
もう一つは一審で無罪を勝ち取っても控訴審は危ない。実は日本の裁判では、一審無罪判決で検察官が控訴したときに、控訴審で判決がひっくり返る可能性が80%あります。統計上。それはなぜかと申しますと、一審の無罪の論議を検察官は徹底的についてきてそこを攻撃するというのが控訴審で、弁護側は逆にやはりちょっと油断するのです。一審で無罪判決を勝ち取ったからということで。
いずれにしてもこの事件は一審で終わらないと思いますが、一審で仮に無罪としても、これは油断の無いようにしていただきたい。そのことをもうしあげて、ごあいさつに代えさせていただきます。
*これは06年5月19日公判後、弁護士会館の報告集会で学者証人として証言台に立っていただいた松宮先生の発言を守る会の責任で記録して文章化したものです。
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